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17 第二の依頼

「初めまして、ミュゼさん。僕はベルフォーラン伯爵家のレナルドだ」

「お目に書かれて光栄です、レナルド様。調香師のミュゼと申します」


 アシルが依頼人として紹介してくれたのは、ミュゼやアシルと同年代の青年だった。

 穏やかに笑う人のよさそうな青年の姿に、ミュゼはほっと内心で胸をなでおろす。

 これなら無理難題をふっかけられるようなことはなさそうだ。


「ミュゼさんはアシルの同級生なんだろう? 僕は他国に留学していたんだが、もしこの国の貴族学園に入学していたらそこで出会っていたかもしれないね。何はともあれ、こうして知り合えたことは喜ばしいよ」


 彼は自己紹介を終えると、じっとミュゼを見つめる。

 何か失礼があっただろうか……とミュゼはどぎまぎしたが、彼は興味深そうに呟いた。


「君は凄腕の調香師だとアシルに聞いてね。いやぁ、あいつが素直に他人を褒めることなんて滅多にないからどんな人かと思っていたけど――」

「レナルド、前置きはいいからさっさと本題に入れ」

「ひぃっ!? そうやって威圧するのはよくないぞアシル!」


 アシルはぴしゃりとレナルドの言葉を遮った。

 レナルドはぶつくさ文句を言っていたが、すぐに気を取り直し話を続ける。


「えっと、そうだな……今日来てもらったのは、僕のプロポーズを手伝ってもらいたいと思ったんだ」

「プロポーズ、ですか?」

「あぁ、そうなんだよ」


 レナルドは恥ずかしそうにはにかみながらそう言った。

 ミュゼはその様子を微笑ましく思ったが、アシルは怪訝そうな顔をして口を挟んできた。


「レナルド、いつの間に婚約者ができたんだ?」

「いや、婚約者とかそういうのじゃないんだ。その、相手は貴族じゃなくて……」

「なるほど、身分違いの恋……というやつですね」


 ミュゼ自身は良く知らないが、書物や歌劇でそういった題材が好まれているとは聞いたことがある。


「お相手はどんな方なのですか?」

「実は、アルエット座の歌姫なんだ!」


 王都オーレリスは芸術の街としても名高く、いくつもの歌劇場を有している。

 レナルドの言う「アルエット座」はその中でも中堅どころで、庶民から貴族まで幅広い客層に人気があるそうだ。


「特にコレットの歌声と演技は素晴らしくてね。僕はもう一発で虜になったよ! 本当に素晴らしくて、だからこそコレットを狙う男も多くて、最近では隣国の富豪にも熱心に口説いている奴がいるし……」


 レナルドがプロポーズしようとしているのは、アルエット座の歌姫の一人、「コレット」という女性だそうだ。


「誰にも取られたくはない。貴族の妻とうことでコレットには苦労を掛けるかもしれない。でも、それでも僕は彼女が好きなんだ」


 そう語るレナルドの目は真剣だった。

 ミュゼはその熱意に感心した。こうした熱い想いを持つ人には、是非力になりたかった。


「素敵ですね……。それで、コレットさんとはどのくらいの期間、交際をされているのですか?」


 ミュゼは何の気はなしにそう質問した。

 だがその途端、レナルドの目は泳いでしまう。


「いや、それは、なんというか……」


 言いよどむレナルドを見て、アシルの視線が険しくなる。


「レナルド、お前まさか……」


 あからさまに視線を逸らしたレナルドに、アシルは容赦ない追撃を加えた。


「交際すらしていないとでも言うんじゃないだろうな」

「いや、その、まぁ……そうともいえる」

「えっ!?」

「はぁ!?」


 レナルドの予想外の答えに、ミュゼとアシルは同時に声を上げた。


「えぇっ、婚約者や恋人ですらない相手にいきなりプロポーズしようとしているんですか!? 何故!? お相手からしたら普通に怖いですよ!」

「しかも相手は人気の歌姫。よくもまぁそんなあり得ない夢想ができると感心するよ」

「うわぁ、波状攻撃はやめてくれ!」


 ミュゼとアシルの言葉に、レナルドは顔を覆うようにして後退した。


「僕だって無謀なのはわかってるよ! だからこそ君たちに何とかしてほしくて……」

「お前は馬鹿か? 交際すらしていないのなら相手にとってお前はただのファンの一人に過ぎない。プロポーズの計画よりも先にやることがあるだろう」

「いやいや待てよアシル! 確かに順番が違うかもしれないけどさぁ! このままだとコレットがあの成金野郎と隣国に行っちゃうかもしれないんだよ!」

「ならさっさと交際を申し込め。話はそれからだ」

「フラれたら気まずくなって劇場に通いにくくなるじゃないか! だから、絶対にプロポーズが成功するようなすごい香水が欲しいんだ!」


 ……想像以上の無理難題が来てしまった。

 これが依頼人の前でなかったら、ミュゼはこの場で頭を抱えていただろう。

 どうやらアシルも同じことを思ったようだ。


「帰るぞミュゼ。話にならない」


 アシルは論外だとでも言うように、ミュゼを連れてその場を後にしようとした。

 だがレナルドはすさまじい勢いで二人の進路をふさぐようにして扉の前に居座り、みっともなく平伏しながら懇願してきた。


「頼むよぉ! 君たちしか頼れる人はいないんだ! コレットが振り向いてくれるようなすごい香水を作ってくれ!」

「いい加減にしろ。蹴り飛ばすぞ」

「あっ、痛い! つま先でグリグリしないでくれ!!」


 アシルは足でレナルドをどかし、強行突破しようとしている。

 ミュゼは悩んだ末……アシルに声をかけた。


「アシル様、もう少し詳しいお話を聞いてみませんか」


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