14 経営戦略
「売り上げは上々! やっぱり口コミが聞いてるみたいね!」
「もう少し生産ペースを上げたいわね……。ニネット、あなたのお友達でお手伝いしてくれる子を探してもらえる?」
「任せて、ママ!」
「少しずつコストダウンも進めていきたいところですね。原料の仕入れ先も選定しなければ」
目の前では花屋のマリエットとニネットの親子、それにアシルの従者であるブリスが顔を突き合わせ、真剣に話し合っている。
その光景を眺めながら、ミュゼは心底ほっとしていた。
(はぁ……ありがたい)
ミュゼは調香に関してはそれなりの腕を持っていると自負している。
だが香水工房を運営していくにあたっての商売のあれこれに関しては、正直あまり自信はなかった。
だからこそ既に花屋を切り盛りしているマリエット、流行に詳しく顔が効くニネット、帳簿をつけたり仕入れ先との交渉を担当してくれているブリスの存在は、ありがたいという他なかった。
「皆さん、本当にありがとうございます……」
「何言ってるのミュゼ、お礼は宮廷調香師になってから!」
「はいっ!」
ニネットに一喝され、ミュゼは背筋を正した。
そうだ、まだ始まったばかりなのだ。
気を抜いている暇はない。
「『アトリエ・ミュゼット』はまだ出来たばかりの香水工房です。まずは知名度拡大を第一にやっていきましょう」
ブリスの言葉に、ミュゼは神妙な顔をして頷いた。
次の宮廷調香師を決めるコンテストは、現役宮廷調香師を含む審査員の投票によって結果が決まる。
調香の腕はもちろん大事だ。だが……工房としての知名度がなければ勝ち抜くのは難しいだろう。
(香水に関しては「ブランド力」がなければ手に取ってもらうのも難しい……。まずは多くの人に「アトリエ・ミュゼット」を知ってもらわないと)
「アトリエ・ミュゼット」は、ミュゼが新しくオープンさせた香水工房の名前だ。
工房の開設申請の書類には工房名を記入する欄あり、ミュゼが頭を悩ませていたところ、アシルが考えてくれたのだ。
――「調香師の名前と工房名が結びついた方がいいだろう」
そうして、ミュゼの名前を少々アレンジして「アトリエ・ミュゼット」は生まれた。
アシルが完璧に記入した書類は(おそらく彼自身の手で審査を経た上で)、「認可」という形で返って来た。
(皆が私に協力してくれているのだから、私が足を引っ張るような真似だけはできないわ)
「新商品の開発をしてきます!」
ミュゼはそう宣言し、屋根裏のアトリエへと戻る。
(貴族向けの高品質な香水、それに庶民向けのラインナップも増やさないと……)
考えることは多い。
人の三倍、いや十倍は働かないと到底宮廷調香師になれないことはよくわかっている。
ふと窓の外の景色が目に入り、ミュゼは足を止めた。
(こういう調香以外の作業……以前はマルセルがやってくれていたのよね)
もちろん「アトリエ・クレルブラン」には優秀な従業員が多かったが、マルセル自身も足繁く様々な場に顔を出し、顧客の獲得や流行の分析をしていたのを覚えている。
(それだけ、マルセルは強力なライバルになるってことね)
負けられない。負けたくない。
悔しさを糧に、ミュゼは新たな商品開発に精を出すのだった。
「香り付き石鹸、十二季の守護精霊に合わせ十二種類同時発売です!」
「わぁ~!!」
目の下に隈を作ったミュゼの新商品発表に、ニネットは素直に感嘆の声を上げた。
だがニネットの母であるマリエットは、心配そうな表情のまま問いかける。
「ミュゼさん……顔色が悪いわ。もっと休まないと」
「いいえ、大丈夫です。今はとにかく話題になるような商品を増やしたいので」
「でもあなた、今朝呼びに行ったら床に倒れていたじゃない」
「ちょっと気絶していただけなので大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃないわ!」
マリエットはため息をつき、ニネット共に「ブラインド商法は悪か否か」を話し合っているミュゼを見つめた。
「そろそろ、お灸をすえてもらわないとね……」




