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13 アトリエ・ミュゼット

「………はっ!」


 差し込む朝日の眩しさに、ミュゼははっと目を覚ました。

 ここは屋根裏部屋のアトリエ。

 ミュゼが目覚めたのは柔らかなベッド……ではなく、固く冷たい床の上だった。


「あぁ、仮眠のつもりが朝まで寝ちゃったんだ……」


 ベッドだとつい熟睡しすぎてしまうため、床で仮眠を取っていたのだが、うっかり朝まで寝てしまったようだ。


「いたたたた……ふぅ」


 凝り固まっていた体を解きほぐし、ミュゼはぐるりと室内を見回す。

 調香の道具やメモが散らばる中、壁の一角に額縁が飾られている。


「……ふふっ」


 ミュゼは飾られた額縁を見て、知らず知らずのうちに微笑んでいた。

 これは、国より正式に調香師の工房として認められた証の営業許可証だ。

 いよいよ、調香師として本格的に活動することができるようになったのだ。


「……頑張らなくちゃ」


 国の認可を得て、宮廷調香師になるための推薦状も一枚手に入れた。

 だがまだまだ、スタート地点に立ったに過ぎない。

 マルセルを始めとする他の宮廷調香師候補からすれば、大きく出遅れているのだから。


「よし!」


 ミュゼは気合を入れ立ち上がる。

 今日も、調香師としての一日が始まるのだ。



 ◇◇◇



「ねぇ、知ってる? 最近、桜果通りに香水のお店ができたんだって!」

「香水のお店……? 初めて聞いた」

「ちょっと行ってみようよ」

「でも香水って高いんでしょ? とても私たち庶民が買えるような物じゃないわ」

「それがね、私たちのお小遣いで買えるような物も売ってるのよ。ほら、これ見て」

「ハンカチ……? わっ、すごくいい匂いがする!」

「でしょ? これならちょっとお洒落なカフェでお茶するくらいの値段で買えるのよ!」

「そうなんだ、いいかも……」

「ね、一緒に行こうよ!」

「うん……」


 少女たちが連れ立って向かったのは、桜花通りに位置する一軒の花屋だ。


「あれ、ここってお花屋さんじゃないの?」

「そうなんだけどね、香粧品の取り扱いも始まったのよ!」


 よく見れば花屋「ミミ・フルール」の看板のすぐ近くに、別の看板が加わっていた。


「『アトリエ・ミュゼット』……?」


 少女が看板を眺めていると、入り口の扉が勢いよく中から開かれた。


「いらっしゃいませー! 花屋『ミミ・フルール』、先日より『アトリエ・ミュゼット』の香粧品も販売中! 新商品も入荷してますよ~!」


 そうまくしたてるのは、花屋の娘のニネットだ。


「えっ、新商品!? 見せて見せて!」

「さぁ、中へどうぞ!」


 促されるままに中へ足を踏み入れた少女は、その空間に漂う香りに目をぱちくりと瞬かせた。


「素敵な香り……」


 生花店特有の花の香りだけではない。

 まるで甘く包み込むような、優しい香りが出迎えてくれたのだ。

 花に吸い寄せられる蝶のように、少女はふらふらと店の一角へと進んでいく。

 そこには、キラキラと光る美しい瓶に収められた香水の他に、匂い袋(サシェ)や練り香、ハーブウォーター。

 それにハンカチや手袋やリボンなど、香り付きの雑貨が並んでいたのだ。


「なるほど、こっちの需要があるのね……あっ」


 少女の気配を察したのか、商品のチェックをしていた女性が振り返る。

 思わず固まる少女に、女性は笑いかけた。


「いらっしゃいませ。香粧品をお探しですか?」

「えっと、初めて来たので見てみたくて……」

「ありがとうございます。どうぞこちらへ」


 女性は商品を一つ一つ手に取り、丁寧に説明してくれた。


「ハーブウォーターは髪や衣服に軽く振るとほどよく香ります。贅沢に洗顔に使われる方もいらっしゃいますね。サシェは衣装箱や枕元に仕込んでみてください。昼も夜も、好きな香りに包まれますよ」

「まぁ……」

「香り付きリボンはいかがでしょうか? 効果は長持ちしませんが、日常を彩ってくれますよ」

「見て、私も付けてるのよ!」


 近づいてきたニネットが、これ見よがしに髪のリボンをアピールして見せた。

 なるほど、確かに少女の財布事情でも手が届きそうだ。


「もしお好きな香りがあるのでしたら、専用の物もお作りしますよ」

「えっ!?」


 何気なくそう言った女性に、少女は驚いて顔を上げる。

 不思議そうな顔をする女性の横で、ニネットが自慢げに言ってのけた。


「ほら、開店祝いの特別サービスよ! ね、ミュゼ!」

「あなたは……?」

「ふふっ! ここにいるぼけっとした女性こそが、未来の宮廷調香師! 『アトリエ・ミュゼット』代表の調香師ミュゼなのよ!」


 ニネットの紹介を受けて、ミュゼは小さく笑った。


「『ぼけっとした』は余計かな……」


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