第80話 四つの畑の約束
その日の朝、リオは記録帳を抱えて食卓についた。
ここしばらく、四つの畑の様子を毎日のように記録してきた。最初は小さな芽の絵ばかりだったページも、今では葉の形や土の色、風の様子など、さまざまな記録で埋まっている。
朝食を食べながら、リオは父のガイルに尋ねた。
「父さん、四つの畑で採れた野菜を、みんなで食べる約束をしているんだ」
「前に話していたな」
「うん。そろそろ、どんなふうにするか決めたいんだけど、何を考えておけばいいかな?」
ガイルは少し考えてから答えた。
「まずは、収穫できる野菜があるかどうかを確かめることだな。それから、どのくらい採れるか。食べる人数に合わせて考えないといけない」
「たくさん採れなかったら?」
「少しずつ分けて食べればいい。最初から、たくさん用意しようとしなくてもいいんだ」
リオは安心した。
みんなで食べると考えると、たくさん収穫しなければならないような気がしていた。しかし、少しずつでも、自分たちで育てた野菜を味わうことはできる。
朝食を終えたリオは、畑へ向かった。
朝畑では、収穫の時期が近づいている野菜をガイルに見てもらった。まだ育てている途中のものもあったが、状態を確認したうえで、いくつかは収穫できそうだと教えてもらえた。
リオは記録帳に、その野菜の名前と場所を書いた。
日なた畑でも同じように確認したが、こちらはもう少し待ったほうがよさそうだった。豆畑には、まだ小さなものが残っている。角の畑も、収穫できるものと、これから育つものが混ざっていた。
「やっぱり、全部一度には採れないんだね」
リオが言うと、ガイルは頷いた。
「そういうこともある。だから、畑ごとに様子を見ていくんだ」
昼前、エマたちがやってきた。
「収穫できそうな野菜はあった?」
エマが尋ねる。
「少しだけど、採れそうなものがあったよ。まだ待ったほうがいい畑もあるけどね」
「じゃあ、採れたものから食べようよ」
カイルが言った。
トーマは少し考えたあと、指を折りながら話し始めた。
「まず、収穫した野菜を並べるだろ。それから、どの畑で採れたか分かるようにしておく。食べたら、味や形のことも記録してみたらどうだ?」
「食べた感想も記録するの?」
リオが尋ねる。
「だって、育っているときのことだけじゃなくて、食べたときのことも知りたいだろ?」
「確かに、そうだね」
リオは記録帳に、新しいページを作った。
そこには、収穫した日、畑の名前、野菜の名前、食べたときの感想を書くことにした。
もちろん、味の感想は人によって違うかもしれない。エマがおいしいと思ったものを、トーマも同じように感じるとは限らない。
だから、誰の感想なのかも書いておくことにした。
「これなら、あとから読んでも面白そうだね」
エマが嬉しそうに言った。
午後、四人は収穫できる野菜を少しだけ採ることにした。
ガイルに教えてもらいながら、リオは野菜の根元や葉の状態を確認し、必要以上に傷つけないように気をつけて収穫した。
採れた野菜は、籠に並べていく。
量は多くない。それでも、四人が育ててきたものの中から、食べられる野菜を集めることができた。
ミーナに相談すると、家の台所で簡単な料理を作ってくれることになった。
「せっかく育てた野菜だから、できるだけ味が分かるようにしてみましょうね」
ミーナは野菜を洗いながら言った。
四人は、料理の邪魔にならないように、野菜を運んだり、使った道具を片づけたりした。
やがて、食卓に料理が並んだ。
リオは一口食べてから、ゆっくりと味わった。
「おいしい」
思わず笑顔になる。
特別な料理ではなかった。いつもの家の食卓に並ぶような、素朴な料理だった。
それでも、自分たちが世話をしてきた畑から採れた野菜だと思うと、いつもとは少し違って感じられた。
「僕の畑の野菜、思っていたより柔らかいね」
トーマが言った。
「こっちは歯ごたえがあるよ」
カイルも別の野菜を味わっている。
エマは食べながら、記録帳を取り出した。
「忘れないうちに、感想を書いておこうよ」
四人は食べることを楽しみながら、それぞれの感想を記録した。
どの野菜が一番おいしかったかという話にもなったが、意見はきれいに揃わなかった。
それでも、誰も気にしなかった。
好みが違うのも、面白いことの一つだった。
食事が終わるころには、リナも食卓の近くにやってきた。
「お兄ちゃんたち、何を食べたの?」
「僕たちの畑で採れた野菜だよ」
「わたしも食べたかった!」
「まだ畑には野菜があるから、今度はリナも一緒に食べよう」
リオがそう言うと、リナは嬉しそうに頷いた。
夕方、四人は畑の前に集まった。
今日収穫した場所を確かめ、残っている野菜を眺める。まだ収穫できないものもあるが、それらはこれからも世話を続けていく。
「四つの畑、最初は小さな芽しかなかったのにね」
エマが言った。
「うん。毎日見ていたから、あまり気づかなかったけど」
リオは記録帳を開き、最初のページを見せた。
そこには、土の上に出たばかりの小さな芽が描かれていた。
今の野菜と比べると、ずいぶん小さい。
トーマも自分の記録帳を開いた。カイルは畑の地図を眺め、エマは葉の形を描いたページを見ていた。
四人の記録は、それぞれ違う。
けれど、どれも四つの畑で過ごしてきた時間を残していた。
「これからも、記録を続けよう」
リオが言った。
「もちろん」
エマが答える。
「次は、もっとたくさん食べられるといいな」
トーマが笑った。
「でも、採れた分だけでいいんじゃない?」
カイルの言葉に、リオは頷いた。
たくさん収穫できる日もあれば、少ししか採れない日もあるだろう。
すぐに分からないこともあるし、思ったように育たないこともあるかもしれない。
それでも、毎日畑を見て、必要な世話をして、分かったことを記録していく。
その積み重ねが、今の四人の楽しみになっていた。
家に帰る前、リオは四つの畑をもう一度眺めた。
朝畑、日なた畑、豆畑、角の畑。
それぞれ違う場所にあり、育っている野菜も少しずつ違う。
これからも、四つの畑は変わっていくだろう。
リオは記録帳に、今日の最後の一文を書いた。
『四つの畑で育てた野菜を、みんなで食べた。味の感じ方は人によって違ったけれど、育てた野菜を一緒に食べられて嬉しかった。これからも畑を見て、記録を続けていきたい』
書き終えると、リオは記録帳を閉じた。
「リオ、ごはんよー!」
家のほうから、ミーナの声が聞こえた。
「今行く!」
リオは友達に手を振り、家へと走り出した。
明日も畑へ行こう。
今日とは違う小さな変化を見つけられるかもしれない。
そんな楽しみを胸に、リオは夕食の待つ家へ帰っていった。




