第78話 種をまく前の準備
朝食のあと、ガイルは納屋から小さな袋をいくつか持ってきた。
袋には、種が入っているものもあれば、空になっているものもある。いくつかには、名前や日付が書かれた札がついていた。
「リオ、今日は種の整理を手伝ってくれるか?」
「いいの?」
「もちろんだ。ただし、袋を開ける前に、札を確認すること。中身が分からないものは、勝手に混ぜないようにな」
リオは背筋を伸ばした。
以前、父から種の保管について教えてもらったことがある。名前や日付を書いておけば、あとから見返したときに分かりやすい。
今日は、その整理を実際に手伝うことになった。
納屋の作業台には、種の袋が並べられていた。ガイルは、それぞれの袋を確認しながら、使う予定のものと、保管しておくものに分けていった。
リオも同じように札を見て、名前を読み上げた。
「これは、豆の種だね」
「そうだ。袋に書いてある名前と、中に入っているものを確認してから、決められた場所に置くんだ」
「こっちは、名前が書いていないよ」
リオが手にした袋には、小さな種が残っていた。しかし、札はついていない。
ガイルは袋を受け取り、中身を確かめた。
「これは、前に使い切れなかったものだろうな。ただ、名前が分からない以上、今は何の種か決めつけないほうがいい」
「見た目で分からないの?」
「似た種もあるからな。覚えているつもりでも、間違えることはある」
リオは、袋を元の場所に戻した。
名前が分からないものは、分からないものとして扱う。前にも教わったことだが、実際に目の前にあると、何の種なのか知りたくなってしまう。
「分からない種は、どうするの?」
「別にしておいて、分かる人がいないか確認する。使う予定がなければ、無理に植えなくてもいい」
「そっか」
リオは記録帳を開き、種の整理について書き留めた。
その後、袋の札を新しくする作業を手伝った。
名前が分かるものは、種の名前と日付を書き直す。古い札が読みにくくなっているものは、ガイルに確認してから新しい札に付け替えた。
リオは字を間違えないよう、ゆっくりと書いた。
「種の名前だけじゃなくて、いつ保管したかも書くんだね」
「そうだ。いつのものか分からなくなると、あとで困ることがあるからな」
「じゃあ、植えた日も書いておくといいのかな?」
「植えた日を記録するのはいいことだ。保管した日と、実際に植えた日は別だからな」
リオは頷き、記録帳に二つの欄を作った。
昼前になると、エマが遊びに来た。
「何をしているの?」
「種の整理を手伝っているんだ。袋に名前や日付を書いているよ」
リオが説明すると、エマは作業台の上を覗き込んだ。
「こんなにたくさんあるんだね」
「全部を一度に植えるわけじゃないんだって。季節や畑の状態を考えて使うんだよ」
「じゃあ、種を買ったら、すぐ植えればいいわけじゃないんだね」
「うん。父さんに教えてもらったんだ」
エマは、自分の家でも種を整理するときに札をつけてみようと言った。
リオは嬉しくなったが、すぐに付け加えた。
「でも、名前が分からない種は、無理に名前を書かないほうがいいよ。父さんがそう言っていたんだ」
「分かった。分からないものは、分からないって書いておけばいいんだね」
午後は、種を保管する場所の掃除をした。
棚の上にたまったほこりを払い、袋を並べ直す。重い箱はリオ一人では運ばず、父に手伝ってもらった。
片づけが終わるころには、袋がずいぶん見やすくなっていた。
リオは棚の前に立ち、札を一つずつ確かめた。
どこに何があるのか、以前より分かりやすい。
けれど、これで全部が分かったわけではない。名前のない袋は、まだ別の場所に置かれている。
「父さん、これからも種を使ったら、記録を続けるの?」
「そうだな。使ったことを記録しておけば、次に同じ種を扱うときに役立つからな」
「じゃあ、僕の畑でも、植えた日を書いておくよ」
「それがいい」
夕方、リオは四つの畑の記録帳を開き、種をまいた日付が抜けているところを探した。
いくつかは書いてあったが、全部が揃っているわけではなかった。
覚えているものは、父に確認して書き足す。分からないものは、空欄のままにしておくことにした。
記録を整える作業は、野菜を育てることほど目立たない。
それでも、あとから困らないようにするためには、大切なことだった。
リオは記録帳を閉じ、棚に並んだ種の袋をもう一度眺めた。
いつか自分が種をまくときにも、今日教わったことを忘れないようにしよう。
そんなことを考えながら、家族の夕食を知らせる声に返事をした。




