第75話 小さな発見の分け方
翌朝、リオはいつもより早く起きた。
窓の外を見ると、空は明るく、昨日の雨が嘘のように静かだった。
朝食を済ませると、リオは記録帳を持ち、父のガイルと一緒に畑の端へ向かった。
昨日置いた板は、そのままの位置に残っていた。風に飛ばされた様子もなく、周囲の土には雨の跡が見える。
「板の下、見てもいい?」
「いいぞ。ゆっくり持ち上げるんだ」
リオは両手で板の端を持ち、そっと持ち上げた。
板の下には、周りとは少し違う色の土が見えた。表面には細かな土の粒があり、ところどころに小さな水の跡が残っている。
「色が違うね」
「そうだな」
ガイルは短く答えた。
「でも、これが何でなのかは、すぐには決められないぞ。板が日差しを遮ったことや、雨の当たり方など、いろいろ考えられるからな」
「うん。昨日は板の下を見ていないから、雨の前と後の違いも全部は分からないね」
「よく気づいたな」
リオは嬉しくなり、記録帳を開いた。
まず、板の下の土を簡単に描く。次に、板を置いていない場所の土も描いた。
どちらも同じ大きさの枠に描き、日付と時間を添える。
それから、違いを文章にした。
『板の下は、周囲より暗い色に見える。細かな水の跡がある。雨が降ったあとの状態。違いの理由はまだ分からない』
書き終えたあと、リオは板を元の場所へ戻した。
畑の入口では、エマたちが待っていた。
「どうだった?」
エマが駆け寄ってくる。
「板の下の土は、周りより暗い色に見えたよ。でも、理由はまだ分からないんだ」
「雨が当たらなかったからじゃないの?」
トーマが言う。
「そうかもしれないね。でも、板の端から水が入ることもあるだろうし、昨日は板の下を見ていなかったから、どのくらい変わったのかも正確には分からないよ」
カイルは記録帳を覗き込み、感心したように声を上げた。
「絵が二つあると、違いが分かりやすいね」
「同じ大きさで描いたんだ。そうすると、比べやすいと思って」
四人は板の周囲を眺めながら、ほかにも観察できそうな場所がないか話し合った。
ただし、畑の中で好き勝手に板を置くわけにはいかない。育てている野菜に影響が出るかもしれないし、父や母が仕事をするときの邪魔になることもある。
そこで、ガイルに相談し、畑の端にある作物のない場所だけを使うことにした。
「自分たちで考えるのはいいことだ。でも、畑は遊び場だけじゃないからな。家の仕事に支障が出ないようにしなさい」
ガイルの言葉に、四人は揃って頷いた。
その日は、板の観察だけでなく、これまでの記録を整理することにした。
リオは記録帳を開き、見たことを三つに分けてみた。
一つ目は、実際に目で見たこと。
二つ目は、手で触れて感じたこと。
三つ目は、まだ確かめていない考え。
例えば、土の色が濃く見えたことは、目で見たこと。土がしっとりしていたことは、触れて感じたこと。板が雨を遮ったために色が違うのではないか、というのは、まだ確かめていない考えだった。
「こうして分けると、何が分かっていて、何が分からないのか見やすいね」
エマが言った。
「うん。あとから読み返したとき、間違えて覚えないですみそうだよ」
トーマは、自分の記録帳にも同じような欄を作り始めた。
カイルは絵の横に小さな印をつけ、見たことと考えたことを区別する方法を試していた。
それぞれのやり方は少しずつ違ったが、どれも本人にとって分かりやすいものだった。
昼前になると、リオは家へ戻り、母のミーナの手伝いをした。野菜を洗い、籠を片づけ、乾いた布を畳む。
手伝いの合間に、リオは母にも板の観察について話した。
「見たことと、考えたことを分けて書くようにしたんだ」
「それはいいことね。料理でも、同じようなことがあるわ」
「料理でも?」
「ええ。材料を入れた時間や、火にかけた時間は実際にしたこと。でも、どうして味が変わったのかは、いくつか試してみないと分からないでしょう?」
リオは目を丸くした。
畑の記録と料理の記録は違うものだと思っていたが、似ているところもあるらしい。
「今度、お菓子を作るときも記録してみようかな」
「ふふ。手伝ってくれるなら、いいわよ」
その日の夕方、リオは新しく作った記録の欄を眺めた。
分かっていることと、まだ分からないこと。
それを分けておくだけで、記録は少し読みやすくなった。
大きな発見をしたわけではない。
それでも、自分の記録を少しずつ使いやすくできたことが、リオには嬉しかった。
明日は、友達の記録も見せてもらおう。
同じものを見ても、違うことに気づくかもしれない。
そう思いながら、リオは記録帳を棚にしまった。




