第74話 土の上に残るもの
朝食のあと、リオは小さな木の板を一枚、父の作業台から借りた。
板には特別な模様もなく、道具を置くときに使う、ごく普通の板だった。
「それをどうするんだ?」
ガイルが尋ねる。
「畑の土を少し観察したいんだ。板を置いたところと、何も置いていないところで、表面がどう違うのか見てみようと思って」
「なるほどな。ただ、板を置くなら、野菜の近くは避けるんだぞ。育てているものを傷つけない場所にしなさい」
「うん。畑の端でやるよ」
リオは板を抱えて外へ出た。
最近、朝と昼で土の色が違って見えることが気になっていた。日差しや風が関係しているのかもしれないが、確かなことは分からない。
そこで、畑の端にある、作物のない場所を使ってみることにした。
まず、土の様子を記録する。
板を置く前の土は、表面に小さな粒が見え、ところどころに細い草が生えていた。リオはその様子を簡単に描き、日付と時間を書き込んだ。
それから、板を土の上に置いた。
重いものではないので、土を強く押さえつけることもなかった。板の周囲を踏み荒らさないように気をつけ、場所が分かるように近くの目印も記録した。
「これで、しばらく置いておこう」
リオは板から離れ、ほかの場所を見て回った。
朝畑では葉の様子を確認し、日なた畑では土の表面を眺めた。豆畑では、以前記録した葉の形を見比べ、角の畑では崩れていた端の様子を確かめた。
昼前、エマたちがやってきた。
「何を置いたの?」
エマが板を見て尋ねる。
「土の表面がどう変わるか、見てみたいんだ。板を置いたところと、何も置いていないところを比べるんだよ」
「板を置くだけで違うのかな?」
「僕も分からない。だから試してみるんだ」
トーマは腕を組んで考えた。
「板の下には日が当たらないよな」
「そうだね」
「じゃあ、そこだけ土の色が違うかもしれない」
カイルも板の周囲を覗き込んだ。
「雨が降ったらどうなるんだろう」
「それも見てみたいね。でも、板が飛んでいったら困るから、風が強い日は気をつけないと」
四人は、板を置いた場所を記録帳の地図に印をつけた。
昼になってから確認すると、板の周りの土は、朝より少し明るく見えた。板の下は見えないので、無理に持ち上げず、周囲の様子だけを記録した。
リオは板の近くにしゃがみ、指で土を少し触れた。
表面は朝より乾いているように感じたが、指先で触っただけでは、どれほど違うのか正確には分からない。
「触った感じも、書いておこう」
記録帳には、『板の周囲は朝より乾いているように感じる。板の下はまだ確認していない』と書いた。
午後になると、雲が広がり始めた。
夕方には、短い時間だけ雨が降った。大粒の雨ではなかったが、土の表面に小さな点ができ、乾いた土の色が濃くなった。
リオは家の窓から雨を眺めていた。
畑を見に行きたかったが、母に止められた。
「雨が降っている間は、無理に出なくていいのよ。止んでから、足元に気をつけて見に行きなさい」
「分かった」
雨が止んだのは、夕食の少し前だった。
リオは父と一緒に畑の端へ行った。土は湿り、板の周りには小さな水の跡が残っている。
「板の下は、今は見ないほうがいいな」
ガイルが言った。
「どうして?」
「濡れた土を何度も触ると、表面を崩してしまうことがある。明日、少し落ち着いてから確認すればいい」
リオは頷いた。
すぐに確かめたい気持ちはあったが、観察するために土を壊してしまっては意味がない。
その日は板の位置と、雨のあとに見えた土の様子だけを記録した。
家に戻る途中、リオは空を見上げた。
雨雲の切れ間から、夕方の光が差し込んでいる。
板を置いたことも、雨が降ったことも、特別な出来事ではない。
けれど、同じ場所を続けて見ていれば、小さな変化を見つけられるかもしれない。
リオはそう考えながら、記録帳を胸に抱えた。
明日の朝、板の下の土はどんな様子になっているだろう。
その答えを楽しみに、リオは家族の待つ食卓へ向かった。




