第73話 風の通り道
翌朝、リオが朝畑へ向かうと、いつもより少し強い風が吹いていた。
家の前に植えられた草花が揺れ、道端の小さな葉が裏返る。風は冷たすぎず、歩いていると心地よかった。
リオは畑の入口で立ち止まった。
葉が揺れている。
昨日の夕方にも風は吹いていたが、今日の風はそれよりも強く感じられた。
「今日は風も書いておこう」
記録帳を開き、天気の欄に『晴れ。風がある』と書いた。
朝畑では、葉が同じ方向へ揺れたり、反対側へ戻ったりしていた。リオはしばらく眺めていたが、葉の動きを全部書くのは難しいと気づいた。
風が吹くたびに、葉の向きが変わる。
一枚ずつ記録するより、全体がどのように動いているかを書くほうがよさそうだった。
『風が吹くと、葉が揺れる。強く吹いたときは、葉が大きく動く』
それから、リオは日なた畑へ移動した。
こちらは周りに背の低い草が生えていて、風が通るたびに草の先が揺れていた。朝畑と比べると、葉の揺れ方が違うようにも見える。
しかし、育てている野菜の種類も違う。葉の大きさも形も同じではない。
風の影響だけを比べるのは、思ったより難しそうだった。
「何でも比べればいいってわけじゃないんだな」
リオは独り言をこぼした。
豆畑に着くと、エマが畑の端で待っていた。
「おはよう、リオ」
「おはよう。エマも見に来たの?」
「うん。昨日、風の話をしていたでしょう? 葉が揺れるところを見てみたくて」
エマは葉を指さした。
「この葉、風が吹くと裏側が見えるよ」
「本当だ。裏側は少し色が違って見えるね」
二人は葉に触れないように気をつけながら、風が吹くのを待った。
しばらくすると、少し強い風が通り抜けた。葉が一斉に揺れ、普段は見えにくい裏側が見えた。
「今のは見やすかったね」
「うん。でも、いつも同じように見えるわけじゃないね」
エマはそう言って笑った。
その後、トーマとカイルもやってきた。カイルは風に揺れる草を見て、何か思いついたように顔を上げた。
「畑の周りに木があるところと、ないところで、風の感じが違うんじゃないか?」
「そうなの?」
トーマが尋ねる。
「僕の家の裏は木が多いから、風が吹いても、草があまり揺れないところがあるんだ」
カイルの話を聞いて、リオは畑の周りを見渡した。
確かに、畑の近くには低い柵や草むらがある場所もあれば、開けた場所もある。
ただ、風がどこから来て、どこへ抜けていくのか、今のリオにはよく分からなかった。
「今度、畑の周りも見てみよう」
リオが言うと、三人は頷いた。
その日は、畑の中だけでなく、周りの様子も記録することにした。
リオは地図を開き、柵や草むらの位置を書き足した。風が強く吹いた時間も、簡単に記録しておく。
昼になると、風は少し弱くなった。
朝に大きく揺れていた葉も、今はゆっくりと動いている。
リオは朝の記録を読み返した。
風が強かった時間、葉が大きく揺れたこと。風が弱まると、揺れも小さくなったこと。
ただし、葉の揺れ方は、野菜の種類や葉の形によっても違うかもしれない。
まだ結論は出せなかった。
午後、父のガイルに記録を見せると、父は頷きながら目を通した。
「よく見ているな。風のことを調べるなら、畑だけじゃなく、周りの様子も見ておくといい」
「カイルが、木が多い場所では風の感じが違うって言っていたんだ」
「そうか。場所によって風の通り方が変わることはある。ただ、木があるから必ず風が弱いとも限らない。地形や向きも関係するからな」
「じゃあ、いろいろな場所を見たほうがいいんだね」
「そうだな。見たことを記録して、分からないことは分からないままにしておけばいい」
リオは、いつものように頷いた。
夕方、畑を片づけていると、風が止まり、周囲が静かになった。
草も葉も、先ほどまでとは違って、ほとんど動かなくなっている。
リオは記録帳を開き、最後に一行を加えた。
『風が強いと葉が大きく揺れる。風が弱くなると揺れも小さくなる。周りの木や草の位置も記録しておく』
畑の中だけを見ていても、分からないことがある。
畑の外を見てみれば、新しい疑問が生まれることもある。
リオは記録帳を閉じ、家へ戻った。
明日は、風のこととは別に、土の表面に残った小さな跡も見てみよう。
そんなことを考えながら、夕食の匂いが漂う家の扉を開けた。




