第72話 昼と夕方の違い
昼食を終えたリオは、朝に使った記録帳を食卓の隅に広げていた。
朝畑の土は濃い色に見え、葉には水滴が残っていた。日なた畑は風が通りやすく、水滴が少なかった。
朝のうちに書いた記録を読み返すと、同じ畑でも、それぞれ違う様子があったことを思い出せる。
「今度は昼に見に行くんだろ?」
向かいに座っていたアルドが、パンを食べながら尋ねた。
「うん。朝と違うところがあるか、見てみようと思って」
「なら、昼の仕事が始まる前に行ってくるといい。午後は父さんの手伝いをするんじゃなかったか?」
「あっ、そうだった」
リオは慌てて立ち上がりかけたが、ミーナに呼び止められた。
「リオ、お水を飲んでからにしなさい。外は少し暖かくなっているからね」
「はーい」
水を飲み終えると、リオは記録帳と鉛筆を持ち、家の外へ出た。
空には薄い雲がいくつか浮かんでいた。朝は雲が少なかったから、天気も記録しておこう。
まずは朝畑。
朝に見た水滴は、ほとんど残っていなかった。葉の表面は乾いていて、土の色も朝とは違って見える。
リオは記録帳を開いた。
『昼。薄い雲がある。葉の水滴はほとんど見えない。土の表面は朝より明るく見える』
そこまで書いて、少し手を止めた。
土が明るく見えるのは、乾いたからだろうか。それとも光の当たり方が違うからだろうか。
どちらもありそうだが、今のリオには決められなかった。
以前なら、何となく理由を考えて、それを正しいことのように書いていたかもしれない。
しかし、記録帳には見たことを書く。理由が分からないなら、分からないままにしておく。
リオは余白に小さく『理由はまだ分からない』と書き足した。
日なた畑では、朝よりも葉が明るく見えた。豆畑では、葉の重なり方が朝と違っているように感じたが、風が吹いたせいかもしれない。
角の畑に着くと、リオは少し離れた場所から全体を眺めた。
畑の端には、朝に見つけた小さな土の崩れがある。昼になっても、大きく変わった様子はなかった。
「ここは変わっていないな」
そうつぶやいて、リオは記録を残した。
四つの畑を回り終えると、家の近くでエマとトーマに会った。
「リオ、何を持っているの?」
エマが記録帳を指さした。
「朝と昼の畑を比べているんだ。葉の水滴とか、土の色とか」
「同じ畑を二回も見るの?」
「うん。朝と昼では違って見えるんだよ」
トーマは不思議そうに首を傾げた。
「野菜は、昼になったら大きくなるのか?」
「それは、まだ分からないよ。朝と昼だけでは、あまり違いが分からないものもあるから」
「じゃあ、夕方も見たらいいんじゃない?」
エマの言葉に、リオは目を丸くした。
「そうか。夕方も見れば、三回比べられるね」
三人はそのまま畑へ向かい、夕方にもう一度集まる約束をした。
午後の仕事では、リオは父の手伝いをした。道具を運び、収穫した野菜を入れる籠を並べる。観察ばかりしているわけにはいかないが、家の仕事も大切だった。
夕方、約束どおり三人で朝畑に集まった。
太陽が傾き、畑には長い影が伸びていた。朝とは反対側に影ができている場所もある。
エマは葉を眺め、トーマは土を見た。
「朝より影が長いな」
「うん。葉の色も、昼とは違って見えるよ」
リオは二人の言葉も記録帳に書き込んだ。
その日の記録は、朝、昼、夕方の三つになった。
帰り道、トーマが言った。
「畑って、同じところを見ても、見るたびに違うんだな」
「そうみたいだね」
リオは頷いた。
野菜が育つ様子は、毎日少しずつしか変わらない。
けれど、光や影、水滴のようなものは、同じ日の中でも変わっていく。
その違いを知るだけでも、畑を見る時間が少し楽しくなった。
家に帰ると、リナが玄関まで走ってきた。
「お兄ちゃん、おかえり!」
「ただいま、リナ」
「今日は何を見たの?」
「朝と昼と夕方の畑だよ」
「夕方の畑って、暗いの?」
「まだ暗くないよ。空が赤くなって、影が長くなるんだ」
リナは目を輝かせた。
「わたしも見たい!」
「今度、一緒に見に行こうか」
そう約束すると、リナは嬉しそうに笑った。
リオは夕食の前に記録帳を開き、その日の最後の一行を書いた。
『同じ畑でも、時間が違うと見え方が変わる。野菜の変化と、周りの変化を分けて見てみたい』
まだ分からないことは多い。
けれど、それを確かめるために、明日も畑へ行こうと思った。




