第71話 朝の畑を歩く
朝、リオ・フェルナーが目を覚ますと、窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
まだ日が高くなる前の時間だった。家の中は静かで、台所のほうからは、母のミーナが朝食の支度をする音だけが聞こえている。
リオは寝台から起き上がり、窓を開けた。
少し冷たい空気が頬に触れる。
「今日は、畑を見に行こうかな」
昨日、四つの畑の記録を読み返したとき、リオは一つ気になったことがあった。ここ数日、朝に見た畑と昼に見た畑では、土の色が違って見えたのだ。
もちろん、土そのものが別のものに変わったわけではないだろう。ただ、同じ場所でも、時間によって見え方が違う。そのことを、もう一度確かめてみたかった。
身支度を整えて台所へ行くと、ミーナが鍋をかき混ぜていた。
「おはよう、リオ。今日は早いね」
「うん。朝ごはんのあと、畑を見に行こうと思って」
「そう。朝露が残っているかもしれないから、靴を汚さないようにね」
「気をつけるよ」
食卓には、焼いたパンと野菜のスープが並んだ。リオがパンをちぎってスープにつけていると、少し遅れて父のガイルがやってきた。
「今日は畑の観察か?」
「うん。朝と昼で土の色が違って見えたから、もう一度見たいんだ」
「それなら、見たときの天気も書いておくといい。晴れているのか、曇っているのか。それだけでも、あとで見返すときに役立つぞ」
ガイルはそう言いながら、自分の椀を手に取った。
リオは頷き、朝食を終えると、小さな記録帳と鉛筆を持って外へ出た。
最初に向かったのは、四つの畑のうち、家から一番近い朝畑だった。
畑の端には、まだ小さな水滴が残っていた。葉の先に丸くついた水滴が、朝の光を受けてきらりと光る。
リオはしゃがみ込み、葉を傷つけないように気をつけながら、土の表面を眺めた。
昨日よりも濃い色に見える。
指先で少し触れてみると、表面はしっとりとしていた。
「昨日は、もう少し明るい色に見えたんだけどな」
リオは記録帳を開いた。
『朝畑。朝。晴れ。土の表面は濃い色に見える。触ると少ししっとりしている。葉に水滴が残っている』
書き終えてから、リオは日なた畑へ向かった。
こちらも同じように、土の表面には湿り気が残っていた。ただ、朝畑よりも風が通りやすい場所なのか、葉についている水滴は少なかった。
豆畑では、葉の形を一つずつ確かめた。角の畑では、畑の端にある土が少し崩れていることに気づき、場所を簡単な地図に記した。
四つの畑を回り終えるころには、太陽が少し高くなっていた。
「朝だけでも、いろいろあるなあ」
リオは記録帳を閉じた。
以前なら、畑を見て、野菜が育っているかどうかだけを確かめて終わっていたかもしれない。
けれど今は、土の色や葉の水滴、畑の端の様子まで目に入るようになっていた。
それらが野菜の育ち方にどう関係するのか、まだリオには分からない。
分からないことは、そのまま書いておけばいい。
父に教わってから、リオはそう考えるようになっていた。
家へ戻る途中、兄のノアが道具を抱えて歩いてきた。
「おう、リオ。朝から何をしていたんだ?」
「四つの畑を見ていたんだ。朝の土の色を記録してきたよ」
「土の色?」
「うん。昨日と違って見えたんだ」
ノアは少し考えてから、笑った。
「同じものでも、見る時間が違うと気づくことがあるんだな。俺も作業の前と後で、畑の様子を見比べてみようかな」
「本当?」
「作業が終わったら、だけどな」
ノアはそう言って、道具を持ったまま歩いていった。
リオはその背中を見送り、記録帳を大切に抱え直した。
朝に見たものを、昼にはもう一度見てみよう。
そうすれば、今は気づいていないことが、何か見つかるかもしれない。
リオは家の扉を開け、次の観察を楽しみにしながら中へ入った。




