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第70話 明日へ続く畑の記録

朝、リオはいつもより早く目を覚ました。


窓の外には柔らかな朝日が差し込み、庭の草には小さな露が残っている。鳥の鳴き声が聞こえ、家の中からはミーナが朝食を準備する音が響いていた。


リオは身支度を整えると、机の上に置いていた記録帳を手に取った。


『四つの畑の記録』。


エマたちと一緒にまとめてから、少しずつページが増えている。畑の地図、芽の背丈、葉の形、土の状態、雨が降った日の様子。初めのころに比べると、記録帳の中身はずいぶんと賑やかになっていた。


朝食のあと、リオは庭へ出た。


今日は、これまでの記録を一度見直してみようと思っていた。


朝畑へ向かい、目盛りの棒を使って芽の背丈を測る。前に測った数字と比べると、少しずつ伸びていることが分かった。


葉の形も、最初に描いた絵とは違っている。小さな葉が広がり、輪郭がはっきりしてきた。


日なた畑では、土の乾き方を確かめた。以前に水をまいた場所は、今では周囲の土と大きな違いがなくなっている。雨のあとに水がたまった場所も、すでに乾いていた。


豆畑では、茎が伸びて葉が増えている。以前、草かどうか分からずに残していた芽は、ガイルに見てもらった結果、畑に生えていた別の草だと分かった。リオたちは、その場所を記録してから、教わったとおりに取り除いた。


角の畑では、葉の形を描いた場所をもう一度確かめた。


四つの畑は、どれも少しずつ変わっていた。


けれど、リオが最も驚いたのは、畑そのものよりも、自分が見ているものの変化だった。


以前は、芽が出たことだけで嬉しかった。葉が大きくなれば、それだけで成長したと思っていた。


今は、芽の高さや葉の形、土の乾き方、日差しの当たり方にも目が向くようになっている。分からないことがあれば、すぐに決めつけず、記録に残してから家族や友達に聞くことも覚えた。


「少しは、畑のことが分かるようになったのかな」


リオは小さく呟いた。


もちろん、まだ分からないことはたくさんある。


どの野菜がどのくらい大きくなるのか。収穫の時期はいつなのか。種を取って、次の年にも育てることができるのか。


知りたいことは、いくらでも出てくる。


けれど、今はそれでいいのだと思えた。


昼前、エマたちがやってきた。


リオが記録帳を見直していると話すと、三人も一緒に見てくれることになった。


エマは最初のころに描いた葉の絵を見て、今の葉と比べていた。トーマは背丈の記録を確かめ、カイルは雨が降った日と土の状態をまとめたページを読んでいた。


「こうして見ると、ずいぶん記録が増えたね」


エマが言った。


「最初は、芽が出たことを書くだけだったのにね」


リオは最初のページを開いた。


そこには、土から顔を出したばかりの芽が、小さな絵で描かれていた。今の葉と比べると、ずいぶん頼りなく見える。


「このころは、葉っぱの形もよく分からなかったな」


「私も、最初はどこを描けばいいのか分からなかったよ」


エマが笑った。


トーマは、背丈の記録を指差した。


「次からは、測る場所をもう少し増やしてもいいかもしれないね。でも、増やしすぎると大変かな」


「少しずつ試してみようよ」


リオは答えた。


カイルは地図を広げ、四つの畑を見比べた。


「地図も、最初より分かりやすくなったね。道のことも書いてあるし、観察した場所も分かるようになった」


「これからも、気づいたことがあれば直していこう」


リオは、地図の端に小さく書き足した。


四人はそのあと、畑を一周してから、これから記録したいことを話し合った。


トーマは、収穫できるようになったら野菜の大きさを測りたいと言った。エマは、葉だけでなく、花が咲いたらその形も描いてみたいらしい。カイルは、種をまいた日から収穫まで、どれくらい時間がかかるのかを記録したいと話した。


リオは、それぞれの意見を記録帳に残した。


すぐに全部を始める必要はない。


今できることを続けながら、新しく知りたいことが出てきたら、そのときに試してみればいいのだ。


午後、リオはガイルと一緒に家の畑を見回った。


父は野菜の葉を確かめ、土の様子を見ながら、必要な手入れをしていた。リオはそのそばで、畑の仕事について質問した。


「父さんは、毎日畑を見ていても、知らないことがあるの?」


ガイルは少し考えたあと、笑った。


「あるさ。毎年同じように育てているつもりでも、土の状態や天気は少しずつ違う。うまくいくこともあれば、思ったとおりにならないこともある」


「じゃあ、父さんも記録をつけるの?」


「必要なことは覚えておくし、忘れないように書いておくこともある。長く畑をやっていても、全部を頭の中だけで覚えておくのは難しいからな」


リオは頷いた。


大人になれば、何でも分かるようになるわけではない。経験を重ねても、新しいことを知る機会はあるのだ。


それを聞いて、リオは少し安心した。


分からないことがたくさんあっても、焦る必要はない。


毎日見て、考えて、必要なら人に尋ねる。そうして少しずつ覚えていけばいい。


夕方、リオは机に向かい、今日の記録を書いた。


これまでの記録を読み返したこと。四つの畑が少しずつ変わっていること。友達と、これから知りたいことを話し合ったこと。


最後に、今までの記録を振り返って思ったことを、ゆっくりと書き込んだ。


最初は、芽が出るだけで嬉しかった。


今は、芽がどんな形をしているのか、どのくらい伸びたのか、土がどう変わったのかも気になるようになった。


まだ知らないことはたくさんある。


でも、知らないことがあるから、明日も畑を見に行きたいと思える。


書き終えたリオは、記録帳を閉じた。


窓の外では、夕日が畑の向こうへ沈みかけていた。


四つの畑には、それぞれの目印が立っている。朝畑、日なた畑、豆畑、角の畑。


どれも、自分たちが種をまき、毎日通って、少しずつ育ててきた畑だ。


明日になれば、また新しい変化があるかもしれない。


何も変わっていないように見える日もあるだろう。


それでも、リオは明日も畑へ向かうつもりだった。


畑は、急いだからといってすぐに大きくなるものではない。


毎日の小さな仕事を積み重ねながら、少しずつ育っていく。


それは、リオ自身にも似ているのかもしれなかった。


「リオ、ご飯よ」


ミーナの呼び声が聞こえた。


「はーい!」


リオは返事をして、記録帳を大切にしまった。


明日も、畑へ行こう。


そう思いながら、リオは家族の待つ食卓へ向かった。

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