第56話 市場の話と種の袋
数日後、ガイルが市場へ出かける準備を始めた。
朝から荷車の車輪を確かめ、売り物にする野菜の籠を積み込んでいる。アルドは荷車の横で荷物が動かないように紐を結び直し、ミーナは売り物と家で使う分を分けていた。
リオは庭先で、その様子を眺めていた。
「父さん、今日も市場へ行くの?」
「ああ。前に持ち帰った種のことも聞いてこようと思ってな」
その言葉を聞いて、リオはすぐに近づいた。
以前、ガイルが市場から持ち帰った種は、見慣れない形をしていた。リオは記録帳に種の特徴と疑問を書き残していたが、まだ答えは見つかっていない。
「どんな種なのか、分かるかな」
「売っていた人に聞いてみるよ。ただ、種は袋に名前が書いてあっても、それだけで全部分かるわけじゃない。育て方も聞いておかないとな」
「うん。僕も、何を聞けばいいか考えてみる」
リオは記録帳を開き、以前書いた質問を読み返した。
種をまく季節はいつか。どんな土がよいのか。水はどのくらい必要なのか。どれくらい大きくなるのか。
さらに、収穫までにどのくらい時間がかかるのか、ほかの野菜と同じ畑で育てられるのかも気になった。
しかし、質問を増やしすぎると、ガイルが全部覚えていられないかもしれない。
リオは、特に知りたいことを三つ選んだ。
種をまく時期。育てるときに気をつけること。収穫までのおおよその期間。
「父さん、この三つを聞いてきてもらってもいい?」
ガイルは記録帳を覗き込み、ゆっくり頷いた。
「分かった。覚えていたら、ほかのことも聞いてみよう」
「ありがとう!」
荷車が出発すると、リオは見えなくなるまで手を振った。
その日の午前中、リオは自分たちの畑を見回った。朝畑では葉が少し広がり、豆畑の茎は前よりもしっかりしてきた。日なた畑は土が乾きやすく、角の畑では葉の大きさに違いが見られる。
どの畑も、毎日少しずつ変化している。
リオは、その変化を記録帳に描き足した。
昼食のあと、エマたちがやってきたので、市場へ出かけた父の話をした。
「新しい種って、どんな野菜になるんだろうね」
エマが尋ねた。
「まだ分からないんだ。育て方も聞いてきてもらっているよ」
「市場には、村で見ない野菜もあるのかな?」
カイルは、町へ行ったことのある親戚から聞いた話を思い出しているようだった。
「あるかもしれないね。父さんは、いろいろな土地の人が野菜を売りに来るって言っていたよ」
トーマは、種よりも市場の食べ物が気になるらしい。
「僕は焼き菓子が見たいな。町には、村で作るのとは違うお菓子があるんだろう?」
「父さんが帰ってきたら聞いてみようよ」
四人は畑の端に座り、町で見てみたいものをそれぞれ話した。
エマは布屋を見てみたいと言い、カイルは農具の店に興味があるようだった。トーマは食べ物、リオは種や本を見てみたい。
市場へ行くことは、ただ買い物をするだけではない。自分たちが知らないものを知る機会でもあるのだ。
夕方、ガイルが帰ってきた。
荷車には空になった籠がいくつも積まれ、代わりに布包みや小さな袋が載っていた。
リオは父のもとへ駆け寄った。
「父さん、種のこと、聞けた?」
「聞けたぞ。まずは荷物を下ろしてから話そう」
家族で荷物を運び終えると、ガイルはテーブルの上に小さな種袋を置いた。
袋には、以前見たものと同じ印がついている。
「この種は、暖かい時期に育てるものらしい。ただ、今すぐ植えればいいというわけではない。畑の土の状態も見て、植える場所を考えなければならないそうだ」
「収穫までは、どのくらい?」
「育て方や天気にもよるが、すぐに採れるものではないらしい。詳しい日数は、袋に書かれた種類を確かめてからだな」
ガイルは市場で聞いたことを、一つずつ説明してくれた。
リオは記録帳を開き、父の言葉を書き留めた。分からない部分は、無理に埋めずに空けておく。
「市場では、同じ種でも育て方をよく知っている人に聞くのが大事だと言われたよ。土地が違えば、同じように育つとは限らないからな」
「じゃあ、僕たちの畑で育てるなら、もっと調べないといけないんだね」
「そういうことだ」
リオは種袋をじっと見つめた。
いつか、この種を育てる日が来るかもしれない。
でも、今はまだ、知らないことが残っている。
それなら、急がずに調べていけばいい。
リオは記録帳の最後に、こう書いた。
知らない種を育てるときは、種の名前だけでなく、育て方を知ることが大切。
袋を片づける前に、リオはもう一度、種の形を確かめた。
小さな種の中には、まだ見たことのない野菜の姿が隠れている。
その姿を知る日が来るのを、リオは楽しみにしていた。




