第55話 ノア兄さんの道具箱
昼下がり、リオは納屋の中で木箱を探していた。
ミーナに頼まれて、ほつれた麻紐をしまう場所を見つけるためだった。納屋には農具や籠、古い布などが並んでいて、必要なものを探すには少し時間がかかる。
棚の下を覗き込むと、奥に小さな道具箱が置かれていた。
蓋には傷があり、片方の留め金は少し曲がっている。リオは箱を引き出し、そっと蓋を開けた。
中には、木の柄がついた小さな道具や、針金、釘、使い古した布が入っていた。見たことのない形の道具もある。
「それを見つけたのか」
声に振り向くと、ノアが入口に立っていた。
「ノア兄さんの?」
「そう。俺が使っている道具箱だよ。大きな道具を持っていくほどじゃない仕事のときに使うんだ」
リオは箱の中を覗き込んだ。
「これは何に使うの?」
手に取ったのは、先端が少し曲がった金属の道具だった。
「針金を曲げたり、細いものをつかんだりする。こっちは小さな釘を抜くときにも使えるな」
ノアは一つずつ、道具の使い方を説明してくれた。
リオは農作業には鍬や鎌、水桶が必要だと思っていた。しかし、実際には道具を直したり、籠を補修したり、壊れたものをつなぎ直したりする仕事もある。
「畑の仕事って、道具を使うだけじゃないんだね」
「そうだな。道具が使えなくなったら、直せるものは直す。使ったあとに手入れしておけば、長く使えるからな」
ノアは箱の隅から、短くなった麻紐を取り出した。
「これも捨てずに取ってある。長い紐が必要なときには使えないけど、束ねるだけなら十分だ」
リオは紐を手に取った。
確かに短いが、まだ結ぶことはできる。何にでも使えるわけではないけれど、すぐに捨てる必要もない。
「僕たちの畑でも、何か道具を用意したほうがいいかな」
「必要になったら考えればいいさ。最初から道具をたくさんそろえる必要はない。今あるものを大事に使うことも、立派な仕事だよ」
ノアはそう言って、道具箱の中身を整理し始めた。
使う頻度の高いものは手前に置き、細かな釘や紐は小さな袋に分ける。似た形の道具はまとめておき、どこに何があるか分かりやすくしていた。
リオも手伝い、箱の底にたまっていた土や木くずを布で拭き取った。
その途中、箱の隅から古い木札が出てきた。表面には、かすれた文字が残っている。
「これ、何て書いてあるの?」
「昔、父さんが使っていたものらしい。俺も詳しくは知らないな」
木札には、農具の名前らしい文字が書かれていた。リオは読めるところだけを読み、分からない文字はノアに尋ねた。
「道具の名前も、覚えておいたほうがいいの?」
「そうだな。名前が分かれば、人に頼むときも説明しやすい。だけど、名前だけ知っていても使い方を間違えたら危ない。両方覚えていくといい」
ノアの言葉を、リオは心の中で繰り返した。
名前と使い方。
畑の作物も同じだ。何という野菜なのかを知るだけでなく、いつ種をまき、どんな世話をするのかも知らなければならない。
道具箱を整理し終えたころには、日が傾き始めていた。
リオはミーナに頼まれていた麻紐を見つけ、道具箱とは別の籠にしまった。
「ありがとう、ノア兄さん。いろいろ教えてくれて」
「どういたしまして。分からない道具があったら、勝手に使わずに聞くんだぞ」
「うん!」
その日の夕方、リオは記録帳に道具箱のことを書いた。
道具は使ったら片づける。壊れたら直せるか考える。短い紐のように、まだ使えるものは別の使い道を探す。
書き終えたところで、リオは少し考え、道具箱の絵も描いてみた。
箱の中身まで細かく描くことはできなかったが、釘を入れる袋や、紐をまとめておく場所を簡単に記録した。
次に何かを探すとき、どこに置けば分かりやすいのかを思い出せるようにするためだ。
夕食の席で、リオはノアから教わったことを家族に話した。
ガイルは頷き、ミーナは笑顔で聞いていた。
「道具を大切にするのは、農家に限ったことじゃないわね。鍋も布も、使い方を工夫すれば長く使えるもの」
ミーナの言葉に、リオは自分の記録帳を思い出した。
畑で見つけることだけが勉強ではない。
家の中にも、知らないことがまだたくさんある。
リオは、明日も何か一つ、新しいことを見つけられたらいいなと思った。




