第52話 水をまく順番
翌朝、リオは朝食を食べると、いつものように畑へ向かおうとした。
しかし、戸口で水桶を持ち上げようとして、ミーナに呼び止められた。
「リオ、畑に行くなら、先に手伝ってくれる?」
「何をすればいいの?」
「裏の小さな畑に水をまいてほしいの。私が洗濯物を干している間だけお願いできるかしら」
リオはすぐに頷いた。
「うん。水をいっぱい持っていけばいい?」
「いっぱいでなくていいわ。必要な分だけ持っていきましょう」
ミーナは小さな桶を用意した。いつもリオが使っているものよりも軽く、子どもでも運びやすい大きさだった。
二人で井戸のそばへ行き、桶に水をくむ。リオは水面を見ながら、どこまで入れればよいのか考えた。
「このくらい?」
「もう少し少なくてもいいわ。運ぶ途中でこぼれてしまったら、せっかくの水がもったいないでしょう?」
リオは桶の縁まで入っていた水を、少しだけ別の容器に移した。
水は重い。両手で持っても、歩くたびに揺れてしまう。急がず、足元を見ながら歩くと、畑に着くころにはほとんどこぼさずに済んだ。
ミーナが育てている葉物野菜の畑は、四つの畑よりも広かった。葉の大きさもさまざまで、土の色にも違いがある。
「どこから水をまけばいいの?」
「まずは土を見てごらんなさい」
リオはしゃがみ込み、葉の根元に近い土を眺めた。表面が白っぽく乾いているところもあれば、少し黒く見えるところもある。
「ここは乾いているね」
「そうね。じゃあ、そこからお願い」
リオは桶を傾け、少しずつ水を流した。最初は一か所に水が集まってしまったので、慌てて桶を戻す。
「ゆっくりでいいのよ。水を流すことだけを考えると、土の様子を見落としてしまうわ」
ミーナはそう言いながら、別の畝で手本を見せた。
葉に水をかけるのではなく、根元の周りに静かに水を落としていく。水が土に染み込んだのを確かめてから、次の場所へ移動する。
リオも同じようにやってみた。
桶を少し傾け、土が水を吸い込むのを待つ。それから、乾いている場所を探す。
しばらくすると、最初に水をまいた場所と、まだ手をつけていない場所の違いが分かるようになった。
「お母さん、こっちはまだ乾いているよ」
「よく気づいたわね。でも、表面だけを見て決めないことも大切よ。土の中には水分が残っていることもあるから」
ミーナは指先で土を少し崩し、内側の様子を見せてくれた。
表面は乾いていても、少し掘ると湿り気がある。逆に、見た目は黒くても、土が固くなっているところもあった。
リオはその違いを覚えようとした。
畑の様子は、上から眺めるだけでは分からないことがある。葉の色や土の色、触ったときの感触。いろいろなものを見て、ようやく判断できるのだ。
水をまき終えたころには、桶は空になっていた。
「終わったよ!」
「ありがとう。助かったわ」
ミーナはリオの頭を軽く撫でた。
リオは自分が役に立てたことが嬉しかった。いつもの畑を見ているだけでなく、家の畑の仕事も少しずつ任せてもらえるようになっている。
その後、リオは自分たちの四つの畑へ向かった。
朝畑の土を指で触ってみる。昨日水をまいたところはまだ湿り気があり、別の場所は乾き始めていた。
「昨日と同じように水をまけばいい、というわけじゃないんだね」
独り言をこぼしながら、リオは記録帳を取り出した。
そこへエマがやってきた。
「何を書いているの?」
「水をまく前に、土を見たほうがいいって。お母さんに教えてもらったんだ」
「いつも同じだけ水をあげればいいんじゃないの?」
「僕もそう思っていたけど、場所によって違うみたい」
エマは朝畑の土に触れ、リオと同じように表面を確かめた。
「こっちはまだ湿っているね」
「うん。だから、今日は急いで水をあげなくてもよさそうだよ」
二人はほかの畑も見て回った。日なた畑は日差しを受ける時間が長く、土の表面が乾いている場所があった。角の畑では、葉が大きくなったところと、まだ小さなところが並んでいた。
リオは、畑ごとに水の必要な量が違うのかもしれないと思った。しかし、今はまだ、どのくらいの水が必要なのか正確には分からない。
だからこそ、見たことを記録することにした。
夕方、記録帳には、桶に入れた水の量、土の乾き方、水をまいた場所を書き込んだ。
最後に、ミーナの言葉を思い出しながら、一文を添えた。
水をまくときは、量を決めてからではなく、畑の様子を見て考える。
まだ小さな畑でも、覚えることはたくさんある。
リオは明日も土を見ようと思った。
昨日と今日で違うことがあれば、それもきっと、次に役立つはずだった。




