第50話 次の楽しみ
朝、僕は朝畑の前で、しばらく立ち止まっていた。
種を植えたばかりのころは、土の上には何も見えなかった。毎朝、芽が出ていないかを確かめ、土の様子を見て、雨の日には家の中で記録をつけた。
それから少しずつ芽が出て、葉が開き、今では畝のあちこちに小さな緑が見えるようになった。
まだ大きく育ったとは言えない。でも、最初のころと比べれば、畑の景色はずいぶん変わった。
「リオ、何を見てるの?」
エマの声が聞こえた。
振り返ると、エマとトーマ、カイルがやってきた。
「最初に種を植えたころのことを思い出してたんだ」
「何も生えてなかったころ?」
トーマが言った。
「そう。毎日見に来ても、何も変わっていないように見えたんだよね」
「でも、土の下では育ってたんだよね」
エマが芽を眺めながら言った。
僕は頷いた。
目に見えない間にも、変化は起きていたのかもしれない。だからこそ、すぐに結果が出なくても、世話を続けることが大切なのだろう。
僕たちはそれぞれの畑を見て回った。
朝畑では、葉が少しずつ広がっている。日なた畑では、芽の周りの土が乾きやすい場所がある。豆畑には新しい芽が増え、角の畑でも、小さな緑が少しずつ目立つようになっていた。
四つの畑は、同じように見えて少しずつ違う。
僕たちは記録の紙を並べ、今までに気づいたことを確認した。
「最初に芽が出たのは朝畑だったね」
エマが言った。
「でも、どの畑が一番よく育つかは、まだ分からないよ」
カイルが答えた。
「これから葉が増えたり、もっと大きくなったりするからね」
「それに、収穫できるようにならないと、どれくらい育ったかは分からないもんな」
トーマが言った。
僕たちは、これからの楽しみについて話し合った。
芽がもっと大きくなること。葉が増えること。作物がどんな形に育つかを見ること。そして、いつか収穫して、自分たちで育てた野菜を食べること。
まだ先のことばかりだったけれど、考えるだけで楽しくなった。
「収穫できたら、みんなで食べ比べしてみたいね」
エマが提案した。
「いいね! 僕の豆も食べてもらいたいな」
トーマは胸を張った。
「ちゃんと育ったらね」
カイルが笑う。
「もちろん! だから、ちゃんと世話をするんだよ」
トーマはそう言って、豆畑の芽を眺めた。
僕も朝畑を見た。
収穫までには、まだやることがたくさんある。水をあげる日もあれば、草を抜く日もある。天気によっては、畑の様子を見て作業を変える必要もある。
それでも、みんなで同じ目標を持っていると思うと、毎日の仕事が少しだけ楽しく感じられた。
昼前、僕たちは畑の手入れを終え、それぞれの記録に今日の様子を書き加えた。
僕は今までの記録を並べてみた。
種を植えた日。雨が降った日。最初の芽を見つけた日。芽が増えた日。葉の形を観察した日。日当たりを調べた日。
紙の枚数は増えたけれど、どれも大切な記録だった。
最初は、芽が出るかどうかだけが気になっていた。けれど、今は芽が出てからも、いろいろなことに気づくようになった。
畑の仕事は、ただ作物が育つのを待つだけではない。毎日見て、考えて、必要なことを少しずつ続けていくものなのだ。
午後、家へ戻ると、母さんが夕食の準備をしていた。
「畑はどうだった?」
「葉が少しずつ増えてきたよ。みんなで、収穫できたら食べ比べしようって話したんだ」
「それは楽しみね。でも、収穫できるまでは、まだお世話が必要よ」
「分かってる。毎日ちゃんと見に行くよ」
母さんは笑って、洗った野菜を籠に入れた。
僕はその籠を台所まで運ぶのを手伝った。
夕食のあと、机に向かって今日の記録を書いた。
最後に、少しだけ考えてから一文を加えた。
「みんなで育てた野菜を、いつか一緒に食べたい」
書き終えた紙を、今までの記録の束に重ねる。
種を植えた日から、今日まで。毎日の変化は小さくても、こうして並べてみると、確かに前へ進んでいることが分かる。
明日になれば、また新しい変化が見つかるかもしれない。
何も変わっていないように見える日もあるだろう。
それでも、僕は朝畑へ行く。
小さな芽を見て、土を確かめ、必要な仕事をする。
エマたちも、それぞれの畑で同じように頑張っているはずだ。
僕たちの畑は、まだ始まったばかり。
収穫までの道のりは長いけれど、その途中にも楽しみはたくさんある。
窓の外から、夜の風がそっと吹き込んできた。
僕は記録の束を机の端に置き、明日の朝を楽しみにしながら、寝る支度を始めた。




