第48話 知らない種の名前
父さんが市場から持ち帰った種は、僕の机の上に置かれていた。
小さな袋がいくつか並んでいる。袋には作物の名前が書かれていて、父さんが教えてくれたものもあれば、まだ聞いたことのない名前もあった。
僕は朝畑の記録をつけ終えると、その袋を一つずつ眺めた。
「この種は、どんな葉っぱが出るんだろう」
思わず呟いた。
いつも育てている作物なら、芽や葉の形を少しずつ覚えてきた。でも、知らない種は、どんな姿に育つのか想像することしかできない。
父さんに聞けば教えてくれるかもしれないが、育てたことがないものもあるという。そういうときは、袋に書かれた名前や、育て方についての説明を手がかりにするしかない。
僕は紙を用意して、種の名前を書き写した。
その下に、知っていることと、まだ分からないことを分けて書く。
名前は分かる。種の形も分かる。でも、葉の形や育つ大きさ、収穫までにかかる時間は分からない。
「分からないことばかりだなあ」
それでも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
知らないことがあるなら、これから知っていけばいいのだ。
昼前、エマたちが遊びに来た。
「それ、何?」
エマが机の上を覗き込む。
「父さんが市場で買ってきた種だよ。村ではあまり育てていないものもあるんだって」
「見てもいい?」
「もちろん」
僕は袋を一つずつ見せた。
トーマは種の大きさを比べ、カイルは袋に書かれた名前を読んでいた。エマは、どんな野菜になるのかを想像しているらしい。
「これ、葉っぱが大きくなるのかな?」
「どうだろう。袋にはそこまで書いてないんだ」
僕が答えると、カイルが言った。
「育て方が分からないまま植えるより、まずは父さんに聞いてみたほうがいいね。種によって、植える時期や水の量も違うかもしれないから」
「そうだね。せっかくの種だし、失敗しないようにしたいな」
トーマも頷いた。
僕たちは、袋の名前を紙に書き写し、それぞれ気になったことを並べてみた。
どんな土が合うのか。どの季節に植えるのか。芽が出るまでどのくらいかかるのか。どれくらい大きく育つのか。
質問を書いていくうちに、紙は思ったより早くいっぱいになった。
「こんなに聞くことがあるんだね」
エマが驚いたように言った。
「でも、全部一度に分からなくてもいいと思うよ」
カイルは紙を見ながら答えた。
「植える前に必要なことから調べればいいんだ。今の畑を育てながら、少しずつ知っていこう」
その言葉に、僕は頷いた。
新しい種があるからといって、すぐに畑へ植えなければいけないわけではない。今育てている作物をきちんと世話することも大切だ。
午後、僕は父さんに質問の紙を見せた。
「ずいぶん考えたな」
「知らないことがたくさんあったんだ。植える前に、ちゃんと知っておきたい」
父さんは紙を受け取り、質問を一つずつ見てくれた。
「いい考えだ。種を植える前に、育て方を知っておくのは大事だからな。ただ、袋に書かれたことだけで全部分かるとは限らない。実際に育ててみて初めて分かることもある」
「じゃあ、育ててみないと分からないこともあるんだね」
「ああ。だからこそ、記録をつけると役に立つんだ」
僕は、今までの記録の紙を思い出した。
朝畑で芽が出た日、雨が降った日、草を抜いた日。何気なく書き残してきたことが、あとから比べるための材料になっている。
知らない種を育てるときも、同じように記録をつければいいのだ。
「いつか、この種も植えてみたいな」
「今の畑の世話を覚えてからでも遅くない。焦らずにな」
父さんは笑った。
夕方、僕は種の袋を丁寧にしまった。
今すぐ植えるわけではない。でも、袋に書かれた名前を覚え、分からないことを書き出したことで、少しだけ種のことを知ることができた。
机の上には、質問を書いた紙が残っている。
僕はその紙を畑の記録とは別の束に挟んだ。
いつか新しい種を植える日が来たら、この紙をもう一度開こう。
そのころには、今より少しだけ、畑のことを知っているはずだ。




