第47話 父さんのおみやげ話
父さんが市場へ出かけた日の朝、僕はいつもより早く起きた。
玄関には、昨日まとめた荷物が置かれていた。野菜を入れた袋や、町で必要になる道具。父さんは荷物を確かめてから、母さんに声をかけた。
「それじゃあ、行ってくる」
「気をつけてね。帰りが遅くなりそうなら、無理をしないで」
母さんの言葉に父さんは頷き、僕たちにも手を振った。
「畑のことは頼んだぞ」
「うん!」
僕は元気よく返事をした。
父さんが村の外へ出ていくと、家の中はいつもより静かになった。
アルド兄さんとノア兄さんは畑仕事を進めていたし、母さんも家の用事で忙しい。僕も朝畑を見に行き、芽の様子を確かめてから、草取りを手伝った。
父さんがいなくても、畑の仕事はいつもどおり続く。
それでも、今日は何となく落ち着かなかった。
市場ではどんなものが売られているのだろう。父さんは何を買ってくるのだろう。僕が見たいと言っていた種は、見つかるだろうか。
そんなことを考えながら、僕は記録の紙を整理した。
昼ごろ、エマたちがやってきた。
「ガイルさん、もう市場に着いたかな?」
エマが尋ねた。
「どうだろう。朝早く出たから、もう着いているかもしれないね」
僕は答えた。
「市場って、どんな匂いがするんだろう」
「匂い?」
トーマが首を傾げる。
「野菜や果物がたくさんあったら、畑みたいな匂いがするのかなって」
エマの言葉に、僕は考えた。
市場には野菜だけでなく、パンや布、道具などもあるはずだ。いろいろな匂いが混ざっているのかもしれない。
「僕は音が気になるな。人がたくさんいたら、ずっと賑やかなんだろう?」
トーマはそう言って、少し大げさに市場の声を真似した。
「いらっしゃい! 野菜はいらないかい!」
「そんなに大声ばかりじゃないと思うよ」
カイルが笑った。
僕たちは市場について想像しながら、畑の手入れを続けた。
夕方になっても、父さんはまだ帰ってこなかった。
母さんは「町で用事を済ませているのでしょう」と言っていたが、僕は何度か玄関のほうを見てしまった。
空が暗くなり始めたころ、ようやく外から足音が聞こえた。
「ただいま」
「父さん!」
僕は玄関へ駆け寄った。
父さんは少し疲れた顔をしていたけれど、無事に帰ってきた。荷物を下ろすと、僕たちに市場の話をしてくれた。
「今日は人が多かったぞ。野菜を売る店もあれば、布や道具を並べている店もあった。パンを焼いて売っている店もあったな」
「パンも?」
僕は目を輝かせた。
「ああ。焼きたての匂いがしていたよ」
エマが言っていた匂いの話を思い出す。
「市場は、やっぱり賑やかだった?」
「そうだな。店の人が客を呼んでいたり、値段の話をしていたり。村の商人が来たときより、ずっと人が多かった」
父さんは荷物を整理しながら、買ってきたものを見せてくれた。
新しい農具の部品、家で使う布、それから保存のきく食料。僕が期待していた種も、いくつか買ってきてくれていた。
「これ、種?」
「そうだ。村ではあまり育てていない種類のものもあったからな。今すぐ植えるとは限らないが、見てみるといい」
僕は袋を受け取り、そっと中を覗いた。
小さな種が入っている。いつも畑に植えているものと似ているようにも見えるけれど、形や大きさが少し違う。
「これ、どんな野菜になるの?」
「袋に書いてある名前の作物だ。育て方も少し違うかもしれないから、植えるなら調べてからだな」
僕は名前を覚えようとして、袋の文字を何度も読んだ。
すぐに植えることはできなくても、知らない作物について知ることはできる。
父さんは、市場で会った農家の人の話もしてくれた。町の近くで畑をしている人もいれば、少し離れた場所から野菜を運んでくる人もいるらしい。
「同じ野菜でも、育てる場所によって収穫の時期が違うことがあるんだ」
父さんはそう説明した。
僕はその話を聞きながら、ルーベン村の畑を思い浮かべた。
村の中でも日当たりや土の様子が違うのだから、町や別の土地なら、もっと違いがあるのだろう。
寝る前、僕は市場で見たかったものを書いた紙を取り出した。
布、農具、本、種。
全部を見ることはできなかったけれど、父さんの話を聞いて、知らなかったことがいくつも分かった。
市場は、ただ物を買う場所ではないらしい。
いろいろな場所で暮らす人たちが、育てたものや作ったものを持ち寄る場所でもある。
いつか僕も、自分の目で見てみたい。
そう思いながら、僕は父さんが持ち帰った種の袋を、記録の紙と一緒に大切にしまった。




