第46話 市場へ行く準備
ある朝、父さんが食卓で話を始めた。
「明後日、村の外へ行く用事があるんだ。市場にも寄ってくるつもりだ」
市場という言葉を聞いて、僕は思わず顔を上げた。
村には、ときどき町から商人がやってくる。珍しい道具や布、普段は村で手に入りにくいものを持ってきてくれるので、商人が来る日はいつも楽しみだった。
でも、僕は市場そのものを見たことがない。
「父さん、市場ってどんなところなの?」
「人がたくさん集まる場所だな。野菜や果物、布や道具、いろいろなものが売られている」
「村の商人さんが持ってくるものより、たくさんあるの?」
「そうだな。町によって違うが、品物の種類は多いぞ」
僕は想像してみた。
野菜が並ぶ場所、布が並ぶ場所、道具を売る店。たくさんの人が行き来して、あちこちから声が聞こえてくる。
「僕も行ってみたいなあ」
「今回は荷物もあるし、用事も多いからな。次の機会に考えよう」
父さんの言葉に、僕は少し残念に思ったけれど、仕方がない。まだ子供の僕が一緒に行くと、かえって時間がかかることもあるだろう。
朝食のあと、僕は市場について聞いたことを記録に書いてみた。
けれど、実際に見たわけではないので、書けることは少ない。そこで、次に商人が村へ来たときに聞いてみようと思った。
その日の午後、エマたちが遊びに来た。
「父さんが市場へ行くんだって」
僕が話すと、トーマが目を輝かせた。
「市場って、何でも売ってるところだろ?」
「何でもかどうかは分からないけど、いろいろなものがあるらしいよ」
カイルが頷いた。
「町の大きさによっても違うんじゃないかな。村より人が多いだろうし、必要なものも違うだろうから」
「僕も行ってみたいなあ」
エマも言った。
「でも、今度は一緒に行けるといいね」
僕たちは市場で見てみたいものを考え始めた。
エマは布を見たいと言った。色の違う布がたくさん並んでいたら、どれが一番きれいか比べてみたいらしい。
トーマは道具が気になるようだった。
「畑で使う道具も、村にないものがあるかもしれないだろ?」
カイルは本や紙を見てみたいと言った。村では手に入りにくい本も、町なら売られているかもしれないからだ。
「僕は、種が見たいな」
僕が言うと、みんながこちらを向いた。
「種?」
「うん。村では育てていない野菜の種があったら、どんなものなのか知りたいんだ」
父さんが市場で種を買ってくるかどうかは分からない。でも、町には村で見かけない作物があるかもしれない。
「それなら、僕も見てみたいな」
トーマが言った。
僕たちは、見たいものを紙に書き出した。布、農具、本、種。それぞれの名前を書き、もし市場へ行く機会があったら確かめたいことも添えておく。
夕方、父さんが荷物の準備を始めたので、僕は手伝いを申し出た。
「何か運ぶものはある?」
「それなら、この袋を物置から持ってきてくれ」
僕は言われたとおりに袋を運び、父さんが荷物をまとめるのを手伝った。
荷物の中には、町で売るための農作物もあった。収穫した野菜を傷つけないように並べ、袋の口をしっかり閉じる。
「これは売るの?」
「ああ。村で食べる分を残して、余ったものを町へ持っていくんだ」
「市場で売るんだね」
「そういうことだ。売ったお金で、村では手に入りにくいものを買うこともある」
僕は袋を眺めた。
畑で育てた野菜は、家族が食べるだけではない。町へ持っていけば、別の誰かの食卓に並ぶかもしれない。そして、その代わりに村では作れないものを持ち帰ることもできる。
村と町は、こうしてつながっているのだ。
翌日は、父さんの出発に備えて、家の仕事を少し多めに手伝うことにした。
市場へは行けなくても、準備を手伝うことはできる。
いつか自分の目で市場を見られる日が来たら、今日考えたことを思い出すだろう。
僕は見たいものを書いた紙を、記録の束に挟んだ。
市場へ行く日は、まだ先かもしれない。
でも、知らない場所について考えるのも、なかなか楽しいものだった。




