第44話 水桶を持つ練習
その朝、母さんから頼まれたのは、水桶を運ぶ仕事だった。
「今日は少し畑が乾いているから、水を用意しておいてくれる?」
「分かった!」
僕は返事をして、物置の近くに置かれている水桶を持ち上げた。
ところが、水を入れた桶は思ったより重かった。
「うっ……!」
両手で持ち上げてみたものの、歩き出すと水が揺れて、桶の縁からこぼれそうになる。僕は慌てて足を止めた。
「そんなに急がなくていいぞ」
父さんが声をかけてきた。
「水を運ぶだけなのに、難しいよ」
「水は揺れるからな。歩幅を小さくして、桶を安定させるんだ。それに、無理にいっぱいまで入れなくてもいい」
父さんは桶の水を少し減らしてくれた。
「一度にたくさん運ぼうとしなくていい。必要な分を、何回かに分けて運べばいいんだ」
僕は改めて桶を持ち上げた。
今度はゆっくり歩く。足元を見ながら、一歩ずつ。水が揺れるたびに、桶を傾けすぎないよう気をつけた。
畑の端まで運ぶと、腕が少し疲れていた。
「やっと着いた……」
「よく運べたな」
父さんはそう言って、桶を受け取った。
「ただし、水を運ぶことだけが仕事じゃないぞ。どこに、どのくらい水が必要なのかも考えないとな」
僕は頷いた。
畑の芽は、全部が同じように水を必要としているわけではない。土が湿っている場所に、さらに水をあげても意味がないかもしれない。
僕たちは土の様子を確かめてから、水が必要な場所に少しずつ水をあげた。
そのあと、エマたちがやってきた。
「リオ、今日は水運び?」
「うん。桶が思ったより重かったよ」
「僕も手伝ったことがあるけど、けっこう大変なんだよな」
トーマが頷いた。
「僕は桶を傾けすぎて、途中で水をこぼしたことがある」
「私もあるよ」
エマも笑った。
「それで母さんに、ゆっくり運びなさいって言われたの」
みんな同じような失敗をしているらしい。
カイルは水桶を見ながら言った。
「二人で運べる桶もあるけど、畑の広さや道によっては、一人で運んだほうが楽なこともあるね」
「じゃあ、どっちがいいか試してみようよ」
トーマが提案した。
僕たちは空の小さな桶を使い、一人で運ぶ場合と二人で運ぶ場合を比べてみた。もちろん、遊びではなく、水をこぼさずに運ぶ練習だ。
一人で運ぶと、桶を持ち上げるのは大変だけれど、自分の歩幅に合わせて動ける。二人で運ぶと重さは分けられるが、歩く速さを合わせなければ、桶が傾いてしまう。
「どっちも、簡単じゃないね」
エマが言った。
「でも、重い桶は二人で運んだほうが楽だと思う」
僕が答えると、カイルも頷いた。
「道が広くて、二人が歩ける場所ならね。狭いところでは、一人のほうがいい場合もありそうだ」
僕たちは、畑の入り口まで空の桶を運ぶ練習をした。
何度か繰り返すうちに、僕も少しずつ水の揺れを抑えられるようになった。まだ重い桶を長い距離運ぶのは大変だけれど、最初よりは上手になった気がする。
昼前、母さんが水を使って野菜を洗っていた。
「水を運ぶのは上手になった?」
「少しだけね。でも、いっぱい入った桶はまだ重いよ」
「最初から全部できなくてもいいのよ。毎日少しずつ慣れていけばいいわ」
母さんは笑って、洗った野菜を籠に入れた。
僕はその野菜を台所まで運ぶのを手伝った。
午後は、朝畑の芽を確認してから記録をつけた。水をあげた場所と、あげなかった場所を分けて書く。土の様子も簡単に記録した。
水を運ぶことは、ただ力があればできる仕事だと思っていた。でも、実際には水をこぼさないように歩き、必要な場所を考え、無理をしないことも大切だった。
夕方、僕は空になった桶を物置へ戻した。
明日も水が必要になるかもしれない。そのときは、今日より少し上手に運べるだろうか。
僕は桶を置き、手についた水を払った。
畑仕事は、芽を育てるだけではない。
そのために使う道具を扱うことも、少しずつ覚えていくのだ。




