第39話 豆畑に出た芽
朝、トーマが家の前まで走ってきた。
「リオ! リオ!」
声を聞いて外へ出ると、トーマは息を切らしながら立っていた。
「どうしたの?」
「芽が出た!」
「えっ?」
「豆畑に、芽が出たんだ!」
トーマは嬉しそうに笑っていた。
僕もつられて笑顔になった。
「本当? 見に行こう!」
僕たちはトーマの家へ向かい、豆畑へ急いだ。ただし、畑の中を走らないように、入り口からは歩いた。
トーマが指さした場所には、小さな芽が顔を出していた。
「ここだよ!」
豆畑の土から、緑色の芽が一つ、まっすぐに伸びている。朝畑で見た芽とは少し形が違うように見えた。
「これが豆の芽なんだね」
「そうだよ! 父さんが、豆の芽はこんな感じだって教えてくれたんだ」
トーマは得意そうだった。
僕は芽をじっと眺めた。まだ一つだけだけれど、確かにトーマの畑にも変化が起きている。
「ほかのところにも出てくるかな?」
「出てほしいな。まだ土の下にいるかもしれないから、明日も確認するよ」
トーマはそう言って、記録の紙を取り出した。
芽が出た日付を書き、その横に小さな絵を描いている。絵は少し大きすぎるように見えたけれど、本人は満足そうだった。
「ずいぶん立派な芽だね」
僕が言うと、トーマは胸を張った。
「大きく描いたんだ!」
「実際より大きくない?」
「記録だから、分かりやすいほうがいいんだよ!」
そう言い張るトーマに、僕は笑ってしまった。
そこへエマとカイルもやってきた。
「トーマのところにも出たんだね!」
エマは芽を見て、嬉しそうに声を上げた。
「これで三つの畑に芽が出たことになるね」
カイルが指を折って数えた。
朝畑、日なた畑、豆畑。残っているのは角の畑だけだ。
「僕のところは、まだなんだよな」
カイルは少し残念そうだった。
「でも、種の種類も違うし、畑の場所も違うからね。もう少し待ってみようよ」
僕が言うと、カイルは頷いた。
「そうだね。焦っても仕方ないから」
そのあと、僕たちは角の畑へ向かった。
カイルは種を植えた場所を一つずつ確認した。芽はまだ見つからなかったけれど、土が大きく崩れたり、目印が倒れたりした様子もない。
「うん。今のところ問題はなさそうだ」
「記録には、芽が出ていないって書くの?」
エマが尋ねた。
「そうするよ。出ていないことも、今の畑の様子だからね」
カイルは記録の紙に日付を書き、芽が見つからなかったことを書き足した。
僕はその様子を見ながら、なるほどと思った。
芽が出た日だけが大切なのではない。まだ出ていない日も、ちゃんと畑の記録になる。あとから振り返れば、種を植えてからどのくらいで芽が出たのか、考える材料になるはずだ。
昼前、トーマの母さんが僕たちを呼びに来た。
「みんな、畑を見てくれたの? お茶と焼き菓子を用意したから、少し休んでいきなさい」
「ありがとうございます!」
僕たちは家の前の長椅子に座り、冷たい水と焼き菓子をいただいた。
トーマは、芽が出たときのことを何度も話していた。
「朝、畑を見たら、そこにあったんだ。昨日はなかったのに!」
「何回も見に行ったんじゃないの?」
エマが尋ねる。
「いや、朝に一回だけだよ。たぶん!」
「たぶん?」
カイルが笑った。
「昨日の夕方も見に行っただろう?」
「……二回だったかも」
みんなで笑った。
でも、何度も見に行きたくなる気持ちは、僕にもよく分かる。
芽は小さい。ほんの少し場所を変えて見ただけで、見つけにくくなることもある。だからこそ、見つけたときは嬉しいのだ。
午後、僕は朝畑へ戻り、自分の芽を確かめた。
新しい芽が一つ増えていた。
「こっちも増えてる!」
今度は大きな声を出さず、心の中で喜んだ。
トーマの豆畑に芽が出たことも嬉しかったけれど、自分の畑にも新しい変化があった。
僕は記録に「芽が一つ増えた」と書き足し、絵も描いた。
まだ小さな芽ばかりだ。畑全体が緑になるには、もっと時間がかかるだろう。
それでも、みんなの畑が少しずつ変わっていくのを見るのは楽しかった。
明日はカイルの角の畑にも芽が出ているだろうか。
そんな期待を胸に、僕は朝畑の木札をそっと押さえた。




