第35話 畑の名前
雨が上がってから二日が過ぎた。
朝の畑は少しずつ乾き始め、ぬかるんでいた道も歩きやすくなっていた。僕はいつものように種を植えた場所を確かめたが、やっぱり芽は出ていない。
もう少し時間がかかるのだろう。
そう思えるようになったのは、毎日畑を見ているからかもしれない。
朝食のあと、僕が記録の紙を見返していると、アルド兄さんが横から覗き込んできた。
「ずいぶん増えたな」
「雨の日にも書いたからね」
「続けられているのはいいことだ。ところで、どの畑の記録か、すぐ分かるか?」
「え?」
僕は紙を見直した。
日付は書いてある。何をしたかも書いてある。でも、確かに、どこの畑なのかは書いていなかった。
「僕の畑の記録だから、分かると思ってた」
「今はな。でも、エマたちの記録と一緒にしたら、分からなくなるだろう?」
そのとおりだった。
昨日、エマたちも同じように記録をつけ始めていた。みんなの紙を一緒に並べたら、どれが誰のものか分からなくなるかもしれない。
「畑にも名前をつけたらどうだ?」
アルドが提案した。
「名前?」
「難しく考える必要はない。自分で分かる名前ならいいんだ」
僕は窓の外に目を向けた。
僕の畑は、家の裏手にある。家から近くて、朝一番に見に行く場所だ。何か特徴があるだろうか。
しばらく考えて、僕は言った。
「朝畑!」
「朝畑?」
「朝、最初に見に行くから!」
アルドは少し驚いた顔をしたあと、笑った。
「分かりやすくていいじゃないか」
僕はさっそく、記録の一番上に「朝畑」と書いた。
すると、エマたちがやってきたとき、その話を聞いて興味を持った。
「私の畑にも名前をつけようかな」
エマは少し考えたあと、自分の畑が家の横にあって、午後になるとよく日が当たることを思い出した。
「じゃあ、日なた畑にする!」
「そのままだな」
トーマが笑った。
「トーマはどうするの?」
「うーん……豆畑!」
「まだ豆が育ってないのに?」
「育てる予定なんだから、いいだろ!」
トーマは胸を張った。
カイルは少し考えてから、「角の畑」と名づけた。彼の畑は道が曲がるところにあって、村の中でも分かりやすい場所にある。
それぞれの名前が決まると、僕たちは記録の紙を持ち寄って、畑の名前を書き足した。
「これなら、あとで見ても分かるね」
エマが満足そうに言った。
「ついでに、畑の絵も描き直そうよ」
僕は昨日描いた細長い畑の絵を取り出した。
「リオの絵、そんなに悪くなかったよ」
「エマ、笑ってたじゃないか!」
「だって、本当に細長かったんだもの」
みんなが笑った。
僕たちは紙を広げ、畑の形や畝の位置を描いていった。絵が上手な人はいなかったけれど、どこに何を植えたか分かれば十分だ。
昼前には、四人分の記録がそれぞれまとまった。
僕の記録には「朝畑」と書かれた紙が重なり、エマの紙には「日なた畑」、トーマの紙には「豆畑」、カイルの紙には「角の畑」と書かれている。
ただの名前なのに、並べてみると、なんだか自分たちの畑が特別なものになったような気がした。
「いつか、ここに育った野菜のことも書けるといいね」
エマが言った。
「どれくらい大きくなったかとか、いくつ収穫できたかとか」
「それなら、食べた感想も書こうよ」
トーマが提案した。
「甘かったとか、柔らかかったとか?」
「そうそう。おいしかったら、来年も植えたいだろ?」
カイルも頷いた。
「育てるだけじゃなくて、来年どうするかを考えるための記録にもなるね」
僕は紙を見下ろした。
今は、種を植えたことと、雨が降ったこと、それから土の様子を書いただけだ。でも、この紙がいっぱいになるころには、いろいろなことが書けるかもしれない。
芽が出た日。葉が増えた日。水をあげた日。収穫した日。
そして、食べた日のことも。
考えるだけで、少し楽しくなってきた。
午後、僕は朝畑へ行き、畑の端に小さな木札を立てた。そこには、アルドに手伝ってもらいながら「朝畑」と書いてある。
字は少し歪んでいるけれど、僕には十分だった。
畑の名前をつけたからといって、種が早く芽を出すわけではない。それでも、明日もここへ来ようと思う気持ちは、昨日より強くなった気がした。
朝畑。
僕が毎朝、少しずつ変化を見つけていく場所。
いつかここに、緑の葉がたくさん並ぶ日が来るのだろうか。
僕は木札が倒れないように土を押さえ、満足して家へ戻った。




