第34話 雨上がりの土
翌朝、目が覚めて最初に聞こえたのは、鳥の声だった。
雨音はもうしない。窓の外には雲が残っていたけれど、その隙間から明るい光が差し込んでいた。
「今日は畑に行けそうだ!」
僕は着替えを済ませると、朝食を食べてから外へ出た。
雨上がりの空気は少し冷たく、土と草の匂いがいつもより強く感じられた。道の端にはまだ水たまりが残っている。靴が汚れないように気をつけながら、僕は畑へ向かった。
畑に着いて、まず目印の枝を確かめる。
倒れていない。種を植えた場所も、昨日見たときと大きく変わってはいないようだった。
ただ、土は水を含んで黒っぽくなり、畝の表面には小さな水の跡が残っている。
「これが雨上がりの畑か」
僕はしゃがみ込んだ。
土を触りたい気持ちはあったけれど、昨日父さんから、濡れた土を必要以上に踏んだり、かき混ぜたりしないようにと言われていた。
だから、今日は目で見るだけにする。
「リオ、おはよう!」
エマの声がした。
振り返ると、エマとトーマ、カイルが畑の入り口に立っていた。
「雨、止んだね」
「うん。これなら、みんなの畑も見られそうだ」
カイルが言った。
僕たちはまず、僕の畑の様子を見てから、エマの畑へ向かった。続いてトーマの畑、カイルの畑も確認する。
どこも土は濡れていたが、目印は残っていた。水がたまりやすい場所は少し違っていて、カイルの畑は思ったより早く水が引いているように見えた。
「やっぱり、場所によって違うんだね」
エマが言った。
「日当たりも関係するんだろうな」
カイルは畑の周囲を見回していた。
「それに、畝の高さも違うよ。うちの畑は、少し高めにしてあるから」
「そうなの?」
「父さんがそうしてくれたんだ。水がたまりすぎないようにするためだって」
僕は自分の畑を思い浮かべた。父さんが土を盛って畝を作ってくれたけれど、どうしてその高さなのかまでは考えたことがなかった。
畑はただ平らにすればいいわけではないらしい。
そのとき、トーマが畑の端を指さした。
「これ、雑草かな?」
そこには、小さな緑色の葉がいくつか見えていた。
僕たちは一斉に近づこうとしたが、カイルが手を伸ばして止めた。
「待って。種を植えた場所じゃないから、雑草かもしれないけど、まだ分からないよ」
「でも、芽っぽいよ?」
「植えた種と同じものかどうか、確かめないと」
確かに、その緑色の葉が何なのか、僕たちには分からなかった。
父さんを呼んで見てもらうと、それは畑の端に自然に生えた草の一種だと教えてくれた。
「畑に生えてくる草は、全部が悪いわけじゃない。ただ、育てたい作物の邪魔になるものは取り除く必要がある」
「じゃあ、これは抜くの?」
「今なら抜いてもいいが、作物を植えた場所を間違えないようにな」
父さんが見てくれている間に、僕たちは畑の端に生えていた草を取り除いた。濡れた土は柔らかく、草の根も抜きやすかった。
でも、夢中になって抜いていると、エマが「あっ」と声を上げた。
「これ、残しておいたほうがいい草だったかも」
エマが持っているのは、細い茎の草だった。
父さんはそれを見て、少し考えてから答えた。
「それは畑の外側に生えているものだな。作物の邪魔にならない場所なら、無理に全部抜かなくてもいい。どこまで手を入れるかも、畑を管理する人が考えることだ」
僕たちは顔を見合わせた。
草は見つけたら全部抜けばいいと思っていた。でも、そうではないらしい。
畑の外側まできれいにしようとして、時間を使いすぎる必要もない。大事なのは、育てたい作物がきちんと育つようにすることだ。
「畑仕事って、考えることが多いね」
トーマが呟いた。
「でも、少しずつ分かってきた気がする」
僕が言うと、エマも頷いた。
昼前、空はさらに明るくなった。日差しが畑を照らし、濡れた土が少しずつ乾いていく。
僕はもう一度、種を植えた場所を眺めた。
まだ芽は見えない。
けれど、昨日は雨の音を聞きながら、畑がどうなっているのか心配していた。今日は実際に様子を見て、土の違いや水のたまり方を知ることができた。
記録の紙にも、書くことが増えそうだ。
家に帰ると、僕は濡れた靴を玄関で脱ぎ、手を洗ってから紙を広げた。
「雨上がり。畑の土は濡れていた。畝の高さや日当たりによって、水の引き方が違った」
そこまで書いて、僕は木炭を置いた。
昨日より少しだけ、畑のことを知ることができた。
芽が出る日はまだ分からない。でも、芽が出るまでにも、見つけられることはたくさんある。
僕はそう思いながら、次の記録を書くために紙を丁寧に畳んだ。




