第28話 父さんの昔話
雨上がりの畑を確認してから数日後。
その日の仕事が早めに終わったため、リオは父のガイルと一緒に、畑の端にある木陰で休んでいた。
少し離れた場所では、アルドが道具を片付けている。
ノアは母から頼まれた用事があるらしく、先に家へ戻っていた。
リオは水を飲みながら、父の顔を見上げた。
「父さん」
「ん?」
「冒険者だったときの話、もっと聞きたい」
ガイルは少し驚いたように眉を上げた。
「また昔話か?」
「うん。前に街の話をしてくれたでしょ?」
「ああ、そんな話もしたな」
「冒険者って、何をする人なの?」
リオが尋ねると、ガイルはしばらく考えた。
「冒険者といっても、いろいろな仕事がある。街の外へ出て道を調べたり、依頼された荷物を運んだり、薬草を採ったりな」
「薬草?」
「薬を作るために使う草だ。種類によって使い方が違うから、見分ける知識も必要になる」
リオは目を輝かせた。
「父さんも薬草を採ったことがあるの?」
「あるぞ。最初は名前を覚えるのに苦労した」
「父さんでも?」
「何でも最初からできるわけじゃないからな」
ガイルは笑った。
「一緒に仕事をしていた仲間に教えてもらったり、図鑑を見たりして覚えたんだ」
「仲間がいたんだね」
「ああ。俺より年上の人もいれば、年下の人もいた。得意なことも、それぞれ違ったな」
リオは、父にも昔は一緒に働く仲間がいたことを想像した。
今の父は、畑で作物を育て、家族と一緒に暮らしている。
けれど、昔は今とは違う生活をしていたのだ。
「どうして冒険者を辞めたの?」
リオが尋ねると、ガイルは遠くの畑を見た。
「いろいろ理由はあるが、いつか落ち着いて暮らしたいと思うようになったんだ」
「落ち着いて?」
「毎日、同じ場所に帰ってこられる生活だな。畑を作って、家族と食事をして、明日も同じ場所で仕事をする。そういう暮らしがしたくなった」
リオは周りを見渡した。
畑がある。
村の家々がある。
遠くから、誰かが話す声も聞こえてくる。
いつも見ている景色だった。
「父さんは、今の暮らしが好き?」
「ああ。気に入っているよ」
ガイルは迷わず答えた。
「もちろん、農業にも大変なことはある。天気に左右されるし、作物が思ったように育たないこともある。それでも、自分が手をかけたものが育っていくのを見るのは楽しいからな」
リオはその言葉を聞いて、畑の芽を思い出した。
小さな種から芽が出て、少しずつ大きくなっていく。
まだ食べられるようになるまでには時間がかかる。
けれど、その成長を見守るのは楽しかった。
「僕も、畑の仕事が好きになれるかな?」
「もう好きなんじゃないか?」
「そうかな?」
「毎朝、芽を見に行っているだろう?」
父に言われて、リオは少し恥ずかしくなった。
「だって、気になるんだもん」
「それなら、十分だ」
ガイルは笑った。
しばらく二人で、木陰から畑を眺めていた。
風が吹き、葉が静かに揺れる。
村の向こうから、家畜の鳴き声が聞こえた。
特別な出来事はない。
けれど、父の昔話を聞いていると、いつもの景色が少し違って見えた。
「父さん」
「何だ?」
「冒険者だったときの仲間に、また会いたい?」
ガイルは少しだけ目を細めた。
「そうだな。元気にしているなら、また話をしてみたいものだ」
「村に来ることはあるの?」
「どうだろうな。ここまで来る用事があれば、立ち寄るかもしれない」
「来たら、僕にも紹介してね」
「ああ。そのときはな」
リオは嬉しそうに頷いた。
父の昔の仲間。
街で暮らす人たち。
村の外には、自分の知らない生活がたくさんある。
けれど、今すぐそこへ行かなくてもいい。
いつか話を聞ける機会があれば、そのときに知ればいいのだ。
夕方、家へ戻ると、アルドが帳面を片付けていた。
「父さんと何を話してたんだ?」
「冒険者だった頃の話!」
「へえ、どんな話?」
リオは聞いたばかりの話を、覚えている範囲でアルドに伝えた。
薬草のこと。
仲間がいたこと。
父が今の暮らしを気に入っていること。
アルドは興味深そうに聞いていた。
「父さんにも、いろいろな時代があったんだな」
「うん!」
その夜、リオは布団の中で父の話を思い返した。
自分が知らない父の姿。
まだ見たことのない街の景色。
いつか知ることになるかもしれない、たくさんの話。
そうしたものを想像しながら、リオはゆっくりと眠りについた。




