第26話 雨の日の家の中
朝、リオが目を覚ますと、窓の外から雨音が聞こえてきた。
屋根を叩く雨粒の音。
庭の土に落ちる雨の音。
いつもなら鳥の声が聞こえる時間なのに、今日は雨音ばかりが耳に入ってくる。
「雨だ……」
リオは窓を開けずに、ガラス越しに外を眺めた。
空は灰色の雲に覆われている。昨日まで見えていた畑も、雨に濡れて少し霞んでいた。
急いで着替えて階段を下りると、台所には母のミーナがいた。
「おはよう、母さん」
「おはよう。今日は雨だから、畑へ行くのは様子を見てからね」
「芽は大丈夫かな?」
「きっと大丈夫よ。お父さんが、昨日のうちに確認していたでしょう?」
リオは頷いた。
昨日、父と一緒に畑を回ったとき、土の様子を確かめていたことを思い出した。
雨が降ることも考えて、必要な場所の手入れをしていたらしい。
朝食には、温かいスープとパンが並んだ。
外で作業をする予定がなくなったため、家族もいつもよりゆっくりと食卓を囲んでいる。
「今日は家の中でできる仕事をしようか」
ガイルが言った。
「畑に行かないの?」
リオが尋ねる。
「雨の降り方や土の状態によっては、畑に入らない方がいいこともある。無理に作業して土を踏み固めたり、ぬかるんだ場所で転んだりしたら困るだろう?」
「そっか」
「だから、今日は道具の手入れをする」
食事のあと、ガイルは物置から農具をいくつか持ってきた。
木の柄が付いた道具や、使い込まれた小さな鍬。どれも長く使っているものだった。
「リオ、布を持ってきてくれるか?」
「うん!」
リオは母に頼んで布をもらい、父のところへ戻った。
父は道具についた土を落とし、傷んでいるところがないか確認していた。
「どうして、使わない日に手入れするの?」
「使うときに困らないようにするためだ。道具も、きちんと手入れすれば長く使えるからな」
「壊れたら新しいのを買えばいいんじゃないの?」
「買うこともできるが、すべての道具を簡単に買い替えられるわけじゃない。それに、使い慣れた道具は大切にしたいだろう?」
リオは父が持っている鍬を見た。
木の柄は少し色が変わり、何度も使われた跡が残っている。
「父さん、その道具、ずっと使ってるの?」
「ああ。何年も使っているな」
「すごいね」
「使ったあとに手入れしているからな」
リオは自分の持っている小さな道具を思い出した。
使い終わったら、そのまま物置に置いてしまうこともあった。
これからは、きちんと片付けよう。
そう思いながら、布で道具の表面を拭いた。
昼前には、手入れする道具が一通り片付いた。
その頃、ノアが部屋から本を持ってきた。
「リオ、暇ならこれでも読むか?」
「何の本?」
「植物のことが少し書いてある本だ。前に父さんが見ていたやつ」
リオは目を輝かせた。
「読んでいいの?」
「いいぞ。ただし、俺も全部読んだわけじゃないからな」
ノアが渡してくれた本には、作物の育て方や、季節ごとの作業について書かれていた。
難しい文字も多かったが、知っている文字を探しながら、ゆっくりと読んでいく。
「これは何て読むの?」
リオが尋ねると、ノアは本を覗き込んだ。
「それは……」
ノアも少し考えた。
「母さんに聞いてみるか」
「兄ちゃんも分からないの?」
「全部分かるわけじゃないぞ」
二人で母のところへ行き、文字の読み方を教えてもらった。
リオは一つの言葉を覚えるたびに、嬉しくなった。
いつもは畑で土や作物を見て覚えていることを、本からも学べる。
そのことが新鮮だった。
午後になっても、雨は降り続いていた。
リオは窓辺に座り、外の様子を眺めていた。
「明日は晴れるかな?」
隣に座ったアルドが答える。
「どうだろうな。天気のことは、明日になってみないと分からない」
「早く畑を見に行きたいな」
「雨が止んだら行けばいいさ」
アルドはそう言って、帳面を開いた。
去年の畑の記録を確認しているらしい。
「兄ちゃん、何を見てるの?」
「去年のこの時期に、どんな作業をしていたか調べているんだ」
「雨の日も書いてあるの?」
「書いてある日もあるぞ。全部ではないけどな」
リオは帳面を覗き込んだ。
そこには、日付と作業内容が簡単に記されていた。
過去の記録を見て、今の作業を考える。
それも農家の大切な仕事なのだろう。
夕方になる頃、雨は少しずつ弱くなった。
家族で夕食を囲みながら、ガイルが言った。
「明日は畑の様子を確認しよう。今日の雨で土がどうなったか見ておきたい」
「僕も行く!」
リオはすぐに返事をした。
今日は畑に行けなかった。
けれど、道具の手入れを覚え、本を読み、帳面を見せてもらった。
雨の日にもできることは、たくさんある。
寝る前、リオは窓の外をもう一度眺めた。
雨粒が屋根から落ちている。
明日はどんな空になるだろう。
リオは、明日の朝が楽しみだった。




