第25話 母さんの保存食
ある日の午前中。
リオは母のミーナに呼ばれ、台所の隅にある棚から籠を運んでいた。
「リオ、もう一つお願いできる?」
「いいよ。何を持ってくるの?」
「そこの棚にある、空の瓶を三つ持ってきてちょうだい」
リオは棚を見上げた。
そこには、大小さまざまな瓶が並んでいる。中には何も入っていないものもあれば、蓋を閉めて保存しているものもあった。
「これ?」
「そう、それよ。落とさないように気をつけてね」
リオは両手で瓶を抱え、慎重に台所へ運んだ。
「母さん、何を作るの?」
「今日は保存食を作るの。野菜を長く食べられるようにするためのものよ」
「保存食?」
「ええ。採れたものを全部すぐに食べられるわけではないでしょう?」
ミーナは籠に入った野菜を取り出しながら説明した。
「たくさん採れる時期もあれば、畑からあまり採れない時期もあるの。だから、食べきれない分を保存しておくのよ」
リオは籠の中を覗き込んだ。
そこには、家の畑で採れた野菜がたくさん入っていた。
「全部食べちゃ駄目なの?」
「食べてもいいけれど、今すぐ全部食べてしまったら、後で困るでしょう?」
「そっか。後で食べる分も必要なんだね」
「そういうこと」
母は野菜を洗い、食べやすい大きさに切っていった。
リオは横で、洗い終わった野菜を籠に並べる手伝いをした。
最初は簡単だと思っていたが、同じ作業を何度も繰り返していると、だんだん手が疲れてくる。
「母さん、これ、いつもやってるの?」
「ええ。季節によって作るものは違うけれどね」
「大変じゃない?」
「大変な日もあるわ。でも、家族みんなが食べるものだから」
ミーナは優しく笑った。
リオはその言葉を聞きながら、籠の中の野菜を見た。
畑で作物を育てる人がいる。
収穫した作物を選り分ける人がいる。
そして、料理したり、保存したりする人がいる。
毎日の食卓には、たくさんの仕事がつながっているのだ。
「僕も、もっと手伝えるようになりたいな」
「そう思ってくれるだけでも嬉しいわ。でも、今はできることから少しずつ覚えていきましょうね」
昼前になると、ノアが台所へやってきた。
「母さん、昼飯は?」
「もう少ししたらできるわよ」
「何か手伝うことある?」
ミーナは少し驚いた顔をした。
「珍しいわね。自分から手伝いを申し出るなんて」
「別にいいだろ」
ノアは照れくさそうに頭を掻いた。
「じゃあ、そこの籠を物置まで運んでくれる?」
「分かった」
ノアは籠を持ち上げ、物置へ向かった。
リオはその後ろ姿を見送りながら、母に小声で尋ねた。
「ノア兄ちゃん、最近よく手伝うようになったね」
「そうね。畑のことも、家のことも、少しずつ自分から考えるようになったみたい」
「大人になってきたのかな?」
「ふふっ。そうかもしれないわね」
リオは嬉しくなった。
兄が変わっていくのを見るのは、なんだか楽しい。
自分もいつか、兄のようにいろいろな仕事を任せてもらえるようになるだろうか。
そんなことを考えていると、母が小さな瓶を手に取った。
「リオ、この瓶に何を入れると思う?」
「えっと……野菜?」
「正解。これは、保存しておく野菜を入れるための瓶よ」
「じゃあ、蓋を閉めたらずっと食べられるの?」
「ずっと、というわけではないわ。作り方や保存する場所によって、食べられる期間は変わるの」
リオは頷いた。
保存すれば、いつまでも大丈夫というわけではない。
これもまた、覚えておくべきことだった。
午後には保存食作りが一段落した。
並べられた瓶を見て、リオは思わず声を上げた。
「いっぱいできたね!」
「これで、しばらくは食卓に出せるわね」
ミーナは満足そうに頷いた。
夕食の時間。
食卓には、いつもの料理に加えて、昼間に準備した保存食も並んでいた。
「これ、僕も手伝ったんだよ」
リオが言うと、アルドが笑った。
「そうか。じゃあ、ありがたくいただこう」
ノアも頷いた。
「リオが手伝ったなら、いつもよりおいしいかもしれないな」
「本当?」
「いや、まだ食べてないから分からない」
「もう!」
食卓に笑い声が広がった。
リオは保存食を一口食べた。
いつもと変わらない味だった。
けれど、自分が手伝ったことを思い出すと、少しだけ特別なものに感じられた。
農家の暮らしは、畑の中だけで完結するわけではない。
収穫したものをどう食べるか。
どう保存するか。
次の季節まで、どうやって暮らしていくか。
そうしたことも、家族の大切な仕事なのだ。
リオは食事を終えると、明日は何を手伝おうかと考え始めた。




