第22話 水やりのお手伝い
翌日の朝、リオが畑へ向かう支度をしていると、母のミーナから声をかけられた。
「リオ、今日はお父さんと水やりをするの?」
「うん。昨日、土が乾いている場所があったから」
「そう。じゃあ、これを持っていってちょうだい」
ミーナが渡してくれたのは、小さな布袋だった。
「これは何?」
「お昼に食べるパンよ。お父さんと一緒に食べなさい」
「ありがとう、母さん!」
リオは布袋を受け取ると、大事そうに腰の小さな鞄へしまった。
畑仕事は、思っていたよりも時間がかかる。
途中でお腹が空くこともあるし、喉が渇くこともある。父が水筒を持っていく理由も、最近になってようやく分かってきた。
家の外へ出ると、父のガイルが道具をまとめていた。
「準備はできたか?」
「できたよ!」
「よし。今日は水やりをする場所がいくつかある。まずはそっちから回ろう」
二人は水を運ぶための道具を持ち、畑へ向かった。
家の畑には、作物を植えている場所がいくつもある。植えたばかりのものもあれば、すでに大きく育っているものもある。
同じ畑でも、必要な世話はそれぞれ違っていた。
「父さん、全部の畑に水をやるの?」
「いや、土の状態を見て決める。昨日雨が降った場所なら、すぐに水をやる必要はないからな」
「土を見るだけで分かるの?」
「慣れてくればな。実際に触って確かめることもある」
ガイルは畑の端でしゃがみ、土を指先で少しだけ崩した。
「ここはまだ湿っている。こっちは少し乾いているな」
リオも真似をして土に触れた。
表面は乾いているように見えたが、少しだけ土を崩してみると、中には湿り気が残っていた。
「本当だ」
「表面だけを見て判断すると、間違えることもある。土の中まで確かめることが大切だ」
リオは何度も頷いた。
父の話は、どれも簡単そうに聞こえる。
しかし、自分でやってみると、すぐにはうまくいかない。
どこまで掘ればいいのか。どれくらい湿っていれば十分なのか。まだ分からないことばかりだった。
それでも、教えてもらったことを一つずつ覚えていくのは楽しかった。
水やりを始めると、リオは小さな容器を使って、父に教わった場所へ少しずつ水を与えた。
「一度にたくさんやればいいの?」
「作物や土の状態によるな。水が多すぎても困ることがある」
「少なすぎても駄目?」
「ああ。だから、様子を見ながらだ」
リオは慎重に水を注いだ。
勢いよく流し込んで土を崩してしまわないよう、ゆっくりと。
途中、容器が重くなって腕が疲れてしまった。
「父さん、これ、結構大変だね」
「そうだろう?」
「水を運ぶだけなのに」
「水を運ぶだけでも、畑では大切な仕事だ。毎日使う水だからな」
リオは自分の腕を見た。
大人が持っている道具は、子供の自分には大きい。いつか同じものを楽に持てるようになるのだろうか。
そんなことを考えていると、父が容器を受け取った。
「疲れたら休め。無理に続ける必要はないぞ」
「まだできるよ」
「分かっている。だが、疲れたまま作業すると、余計な失敗をすることもある」
そう言われて、リオは素直に頷いた。
少し休んでから、再び作業を始める。
午前中のうちに、予定していた水やりは終わった。
父と一緒に畑の端へ腰を下ろし、母が持たせてくれたパンを取り出す。
焼きたてではないが、柔らかいパンだった。二人で分けて食べると、いつもよりおいしく感じられた。
「父さんは、小さい頃から畑仕事をしていたの?」
リオが尋ねると、ガイルは少し考えた。
「いや。俺は元々、冒険者をしていたからな」
「冒険者だったときも、水やりをしたの?」
「いや、その頃は畑を持っていなかった」
「じゃあ、どうやって農家になったの?」
ガイルはパンを食べ終え、遠くの畑を眺めた。
「冒険者を辞めてから、農業を一から覚えたんだ。母さんや村の人たちに教わりながらな」
「父さんでも、最初は分からなかったんだ」
「当たり前だろう。剣の扱いを知っていても、種の植え方まで分かるわけじゃない」
リオは目を丸くした。
父は何でもできるように見えていた。
でも、父にも知らないことがあり、それを誰かから教わって覚えてきたのだ。
「じゃあ、僕もいつか父さんみたいになれる?」
「どうだろうな。お前がどんな大人になるかは、お前次第だ」
父は優しく笑った。
「ただ、今は目の前のことを一つずつ覚えていけばいい」
リオはその言葉を胸に刻んだ。
午後には残りの仕事を片付け、二人で家へ戻った。
夕方、リオは広場でエマたちと会った。
「今日は何をしたの?」
エマが聞く。
「水やりだよ。土の中がどれくらい湿っているか、父さんに教えてもらったんだ」
「そんなことまで分かるの?」
「まだよく分からないけど、少しずつ覚えてる」
トーマが腕を組んだ。
「俺なら、雨が降るまで待つけどな」
「それだと困るときもあるんだよ」
「そうなのか?」
カイルが頷いた。
「作物によって違うんじゃない?」
四人はしばらく、水やりについて話し合った。
結局、正確な答えが分かったわけではない。
それでも、リオは今日覚えたことを友達に話せたのが嬉しかった。
畑仕事は、種を植えて収穫するだけではない。
毎日の天気や土の様子を見ながら、必要な世話を考えていく仕事なのだ。
帰り道、リオは空を見上げた。
明日は晴れるだろうか。
雨が降るだろうか。
少しだけ、天気のことが気になるようになっていた。




