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第11話 行商人の帰ったあと

 行商人が村を去った翌朝。


 リオは、いつもより少し早く目を覚ました。


 窓の外から差し込む朝の光が、まだ薄暗い部屋の中をゆっくりと照らしている。


 昨日まで広場にあった行商人の荷車は、もうない。


 そのことが、なんとなく寂しく感じられた。


「……帰っちゃったんだ」


 布団の中で呟いてから、リオはゆっくりと起き上がった。


 顔を洗い、服を着替えて階段を下りる。


 台所では、母のミーナが朝食の準備をしていた。


「おはよう、リオ。今日は早いわね」


「おはよう、母さん」


 リオは椅子に座りながら、窓の外を見る。


 昨日まで村の広場にいた荷車を探してしまう。


「行商人さん、もう帰ったんだよね」


「ええ。朝早くに出発したみたいよ」


「街に帰るの?」


「そうね。次の村にも行くでしょうし、そのあと街へ戻るんじゃないかしら」


「街……」


 その言葉を聞いた瞬間、リオの頭の中に昨日見たものが浮かんだ。


 色とりどりの布。


 見たことのない道具。


 甘い匂いのする菓子。


 そして、たくさんの商品を積んだ大きな荷車。


「母さん」


「なあに?」


「街って、どんなところなの?」


 ミーナは少し考えてから答えた。


「お母さんは大きな街にはあまり行ったことがないけれど、人がたくさんいる場所だとは聞いているわ」


「人がたくさん?」


「村よりずっと多いでしょうね」


 リオは目を丸くした。


「そんなに?」


「ええ」


 そこへ、父のガイルが入ってきた。


「街の話か?」


「うん。父さんは行ったことあるんだよね?」


「ああ。昔はな」


「どんなところ?」


「そうだな……」


 ガイルは椅子に座りながら少し考えた。


「人が多くて、店も多い。道も広い。村では見ないようなものもたくさんある」


「じゃあ、父さんは何でも知ってるの?」


「まさか」


 ガイルは笑った。


「街に行ったからって、全部知っているわけじゃないさ」


 リオは少し安心した。


 父にも知らないことがある。


 それなら、自分が知らないことがたくさんあるのも当然なのだろう。


 朝食を終えると、ガイルは立ち上がった。


「さて、今日は畑だ」


「うん!」


 リオも急いで立ち上がった。


 畑へ向かう途中、昨日まで行商人がいた広場を通る。


 荷車の跡だけが、土の上に残っていた。


 リオは少しだけ立ち止まった。


「また来るかな」


「しばらくすればな」


 父が答える。


「行商人は村を何度も回っている。季節が変われば、また違うものを持ってくるかもしれないぞ」


「本当?」


「ああ」


 それを聞いて、リオは嬉しくなった。


 街へ行かなくても、街の方から人がやって来る。


 知らないものを見せてくれる。


 知らない話を聞かせてくれる。


 それだけでも十分に楽しそうだった。


 畑に着くと、父は昨日まで収穫していた場所を指差した。


「今日はここを片付けるぞ」


「何をするの?」


「残った茎や葉を取り除く。次に何を植えるか考える前に、畑を整えないとな」


 リオはしゃがみ込み、土に残っている小さな葉を拾い始めた。


 昨日まで作物が育っていた場所。


 今は何もない。


 けれど、父は何もない畑を見ているわけではなかった。


 次に植えるもの。


 その次に収穫するもの。


 そして、その先の季節。


 農家の人たちは、まだ何もない土を見ながら、その先を考えている。


「父さん」


「ん?」


「次は何を植えるの?」


「それをこれから考える」


「今日決める?」


「すぐには決めない」


 ガイルは笑った。


「畑は急いで決めればいいってものじゃないからな」


 リオはもう一度、畑を見た。


 何もないように見える土。


 でも、ここにはこれから何かが植えられる。


 そして、時間をかけて芽が出て、葉が増えて、最後には食べられる作物になる。


「楽しみだね」


「ああ」


 父は短く答えた。


 リオはその返事を聞きながら、もう一度土を拾った。


 行商人は帰ってしまった。


 街のことも、まだ何も分からない。


 それでも、自分の目の前には畑がある。


 明日は何を植えるのだろう。


 そんなことを考えながら、リオは父と一緒に土を片付け続けた。

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