自重封印解除
切られた右腕が宙を舞う。
それをシューゴが痛みとして認識し、右腕を押さえて絶叫する。
「があぁぁぁっ!」
腕の切断。それも麻酔を利用する医療処置としてのものではなく戦闘中の切断とあって、これまでに感じたことの無い痛みが走る。
思わず飛んでしまいそうな意識を必死で保ち、歯を食いしばってそれに耐えながらシューゴは切断された右腕を探す。
(あった。早く、早く回収しないと)
右腕を見つけるやいなや「浮遊動盾」を操り、アシュラマンティスの追撃を避けて地面へ落ちていく右腕を追い、狼型の魔物が跳躍してそれを食おうとした直前で回収した。
すぐさまそれを傷口同士で押し付け、さらなる痛みを堪えながら唱える。
先日、創造可能な魔法数が増えたのに気づいた日の夜に決めて創った、十二番目の魔法を。
(接着修復!)
唱えた魔法により、傷口同士は接着していき切断された骨も血管も神経も筋肉も肌も修復されていく。
最終的には薄っすらと切断された傷は残ったものの、右腕は元通りになって痛みも消えて問題無く動かせた。
「っし! なんとか間に合った」
新たな魔法、「接着修復」は断ち切られたものをくっ付けて外側だけでなく内部まで修復し、元通りに戻す魔法。
それが無機物であろうと生物であろうと効果を発揮し、切り傷や骨折や今回のような切断の傷口を接着し、血管も神経も筋肉も肌も修復してしまう。ただし切断された場合、当然だが切り落とされた部位がないと接着も修復もできない。
あくまでくっ付けて元通りにする魔法であって、新たに手足が生えたり時間を遡って元の状態へ戻したりする魔法ではないからだ。
「おい、シューゴ! 大丈夫なのかよ!」
「大丈夫だ、魔法でくっ付けた!」
ちょうど真下にいたマサヨシにそう返すと、追撃しようと迫っていたアシュラマンティスの攻撃を「浮遊動盾」を六枚追加で出現させ、全て防いで後方へ上昇しながら離脱。
「標的誘導」で頭部へ照準を合わせ、十数発の「螺旋廻弾」を放つ。
一旦は避けられてしまうが、「標的誘導」で照準を合わせられているため「螺旋廻弾」はアシュラマンティスを追尾。
不意を突かれて鎌による防御が間に合わず、頭部へ直撃。そのまま螺旋回転する弾丸が頭部を貫通し、息絶えたアシュラマンティスの体が力無く落下していく。
下にいた国防軍隊員はそれを見て回避するが、魔物数体は下敷きになってしまった。
「あっぶなかった……」
落下したアシュラマンティスを眺めながら胸を撫で下ろし、プリンセススパイダーの時もこれくらいあっさり片付けば良かったのにと思っていると、今度は後方から声が届いた。
「そこの君! 一旦こちらへ下がってくれ! 怪我の状態を確認したい!」
できれば大丈夫だとアピールして戦闘を継続したいシューゴだったが、腕が切断された以上は一度下がって見せないと後で煩いだろうと判断する。
「浮遊動盾」を操作して空中を移動して後方部隊へ合流すると、猛ダッシュでアカネが駆け寄って来た。
「シューゴ君、大丈夫!? 腕は、腕は大丈夫なの? なんかくっ付けてたけど、本当にくっ付いてるの!?」
凄い剣幕で迫りながらシューゴの体に触れ、くっ付けた右腕をジロジロ見て確認している。
「大丈夫だって。ほら、ちゃんとくっ付いてるし動くから」
「良かった……」
「また凄い魔法創ったね。いつ創ったの?」
後から来たトシキもくっ付いた右腕を凝視する。
「共同浴場に行った日の夜だよ。尤も、くっ付けて修復するだけだからあのまま腕を食われてたら、どうしようもなかったけどな」
回収が間に合って良かったと胸を撫で下ろすシューゴだが、アカネは心配させないでと涙を浮かべてシューゴの胸元を叩く。そんな様子に、後衛部隊で独り身の男達は嫉妬交じりの視線を向ける。
「本当に大丈夫なのか?」
「平気です。ごらんの通り、骨も血管も全部修復されています」
呼び戻した国防隊員へも腕を見せ、問題無いことを確認させた。
触れても痛がる様子は無く、特に異状も見当たらないことから大丈夫だと判断されたシューゴは空中の魔物に備えるのと、上空からの援護のために「浮遊動盾」に乗って再び上空へ飛んでいこうとする。
「今度は気をつけてね」
「善処する」
「絶対に!」
「……はい」
早くも尻に敷かれつつあるシューゴの様子に、家庭内では妻の尻に敷かれている男達は密かに同情した。
さらに同じくらい、嫉妬の目を向けていた男達は憎らしい感情を抱いた。
そのせいか若干の寒気を覚えつつ、シューゴは再び上空へ飛んでいく。
「改めてみると、ホント凄い数だな」
この騒動が終わったら、もう魔物の領域には魔物がいなくなるんじゃないかと思いながらも、今の状況を切り抜けるため上空からの援護を開始した。
****
一方で王都の四方へ魔物を誘導し、人為的な魔暴走を発生させるのに成功したソウヤは王都へ戻り、観光名所の一つである塔にいた。
普段なら観光客が大勢いるその塔の頂上にある展望台だが、魔暴走による混乱で管理者も含めて無人となっている。その展望台にいるソウヤは遠見筒を手に、魔暴走の様子を上機嫌に観察していた。
「ふむふむ。既に魔法の効果は切れているでしょうが、戦闘が行われることで進行に影響は出ないようですね。これならば退却と見せかけて仕掛けた罠へ誘導する事も可能そうですね」
戦闘の様子や王都の混乱具合や身の危険など全く考えず、ただ魔物の動きを観察することに没頭している。
実験を実行したら今度は観察だとばかりに研究者気質を見せるが、そんな彼に追手が迫っていた。
彼らはかつてカタギリ子爵領での事件で派遣された、仮面をつけた部隊。その中にはツルギの姿もあり、無人の塔を駆け上ってソウヤの姿を確認。
ハンドサインでタイミングを合わせ、一気に展望台へとなだれ込んでソウヤを抑えつけた。
「なっ、お前達は一体」
「ソウヤ・ヤマシロ! 貴様が魔暴走を引き起こしたのは調べがついている。大人しく来てもらおう」
彼らを率いているツルギがそう告げ、抵抗するソウヤに猿轡を噛ませて連行する。
研究ばかりで体力が無く、詠唱ができなくなって魔法を使えないソウヤは抵抗虚しく連れて行かれる。
それを見届けたツルギは部下へ報告に走るよう伝え、戦いの様子を落ちていた遠見筒で見た。
「西は優勢だが南と東は五分五分、北はやや劣勢というところですか」
真っ先に魔暴走が発生したため主力が集まっている西は戦闘を有利に進めているが、残る三方向は油断ができない。
特に劣勢の北側は何かの切っ掛けで戦線が崩壊すれば、あっという間に王都へ魔物が到達してしまう。
「できれば私も参戦したいのですが……」
遠見筒を強く握るツルギの任務は、一刻も早く魔暴走を停止させる方法をソウヤから引き出すこと。
参戦できない口惜しさを滲ませつつ、任務を果たすためにツルギは駆け出す。
王都を救うため、ソウヤから情報を引き出すために。
「まだ彼へのお詫びも済ませていませんからね」
そう呟き、屋根伝いに王都の中を駆け抜けて行った。
****
一方で戦いの方――というよりも王都の北側の森では異変が起きていた。
そいつは普段土の中に潜み、鼻先だけを地面から出して獲物の匂いを探知して地中から襲いかかり捕食する巨大な蛇型の魔物。
何十年もの長い年月をそうやって過ごし、月日と成長を重ね、今日も変わらずそれを続けているところへソウヤの放った香りが鼻へ届いた。
届いた香りは微かなものだったが、この蛇が潜んでいる場所は危険だと魔物達は理解していてたまに来る冒険者以外は何も近づかなかったこともあり、長期間の空腹で香りに敏感になっていた。
自分を誘う香りに本能をくすぐられ、興奮を誘う香りで土から飛び出した蛇の魔物――ギガアシッドサーペントは香りに誘われるまま、王都方面へ突き進んで行く。
その最中に同じく王都へ向かう魔物と遭遇すると一口で食らい、吐き出す事もできる体内の強酸で一気に溶かして消化する。そうやって魔物を食らっても長らく空腹だった腹は全く満たされず、とにかく魔物を食いながら森を抜ける。
するとそこには多くの魔物と人間がおり、ギガアシッドサーペントにはそれが大量の食料に見えた。
空腹を久々に満たすほどの食料を前に、天へ向かって咆哮とも雄叫びとも取れる鳴き声を上げる。
それが響き渡ると、ただでさえ劣勢気味な状況で現れた巨大な魔物に国防軍と冒険者は揃って戦慄した。さらに魔物達も本能的に危機を察知し、方向転換して一目散に逃走を始める。
だがギガアシッドサーペントは巨体に見合わぬ素早さで魔物へ襲いかかり、次々と食らっていく。
「なんだよ、あれ……」
空中にいるシューゴの目にも映ったギガアシッドサーペントにより、王都へ迫っていた魔物は食われるか逃げるかして減っていく。
魔物の数が激減したという点については救われたものの、状況は悪くなってしまった。数はいたが弱い魔物ばかりだった、さっきまでの方がまだマシだと思うくらいに。
誰もがそのままどこかへ行ってくれと願うが、魔物を食い荒らしてもまだ腹が満たされないギガアシッドサーペントは、大量の食糧の匂いを鋭敏になっている鼻が嗅ぎ取って王都の方を向く。そして刺激された本能に従い、王都へと進行を始めた。
「お、おい、あのデッカイのこっちへ来るぞ!」
「冗談じゃねぇ、あんなのに勝てるか!」
自分の命を優先して逃げ出す者、硬直するか震えてその場から動けない者、怯まず王都を守ろうと構えを取る者。
各々が違う反応を見せる中でシューゴが取った反応は、あの魔法の封印を解くかどうかだった。
(あれを使えば、あんな魔物でもどうにかできる。でも……)
使うこと自体が怖い上に、空への試し撃ち以降は使っていないため、地上を這う相手に放てば周囲にどれだけ余波による影響が出るか分からない。
効果がそのまま反映されれば、辺り一帯が更地になってもおかしくない。おまけにまだ周辺には味方も多くいる。
そんな恐怖心と葛藤が躊躇を生み、魔法を使う判断だけでなく状況判断さえ鈍らせた。
「逃げろシューゴ!」
地上から聞こえたカズトの声にハッとすると、もうすぐそこに口を開けたギガアシッドサーペントが迫っていた。
「うおっ!?」
驚きながらも咄嗟に乗っている「浮遊動盾」を操作し、閉じる寸前にその場から脱出する。
食料に逃げられたギガアシッドサーペントは再度口を開いて襲い掛かろうとするが、そこへ戦意を失っていない国防軍の隊員や冒険者の魔法が命中した。
無傷に終わったものの僅かに意識が逸れたそこへ、開かれたままの口へ向けて「火炎放射」を放つ。
口内を焼かれたギガアシッドサーペントは、単に火傷をしたとは思えないほど全身をくねらせながら悶えだす。
実はこの時、単に口の中を火傷しただけでなく、炎によって口内の粘膜が焼かれていた。これによって唾液の如く湧き出ていた強酸が粘膜の損傷部分から染み込み、肉体を溶かしだしていた。
初めて味わう自身の強酸の効果に、ギガアシッドサーペントは対抗手段を持たず悶えるばかり。
あまりの暴れように接近しようなど誰も考えず、魔法も放たずに慌てて後退していく。
どうにか危機を切り抜けられたシューゴもすぐに距離を取り、後衛部隊のいる所まで下がると胸を撫で下ろす。
「危なかった……」
危うく食べられる寸前だったこともあって心臓の拍動は早く強く脈打ち、そうそう静まりそうにはない。
「シューゴ!」
少しでも早く落ち着こうと深呼吸をしていると、下からマサヨシの声が響いた。
見下ろすとマサヨシだけでなくカズト達もその場にいて、悶えている間に退避してきた前衛部隊の人員が多くいる。
一旦地上へ降りると、すぐさまマサヨシとカズト達が駆け寄る。
「大丈夫なのか? どこも食われてないか?」
「どうにか助かったよ、マサヨシ兄さん」
「つうかお前、何ボーッと突っ立ってたんだよ!」
「悪い。あの魔物を倒すのに、例の強力すぎて封印している魔法を使おうか迷ってた」
まだ鳴き声を上げて悶えているギガアシッドサーペントを指差しながらそう言うと、そんな魔法を創っているのかという反応が周囲に広がり、その魔法の存在を知っているカズト達はあれを使おうとしたのかと、かつて見た光の柱を思い出す。
「お前、そんな魔法創ってたのか?」
「創った、というと創れちゃったというか」
魔法についての話し合いをしている最中、ギガアシッドサーペントの鳴き声が轟く。
徐々に痛みが収まっていき、荒い呼吸をしながらの眼光には殺意が湧いている。
蛇に睨まれた蛙のように硬直する者が出る中、指揮を執っている国防軍の男が声を張り上げる。
「総員、魔法での攻撃準備! ありったけの魔法を叩き込め!」
それにハッとした面々は、倒すなら苦しんでいる今しかないことに気づいて魔法を放っていく。
的となるギガアシッドサーペントが大きいため命中はするが、狙いがバラバラな上に皮膚が強固なため、どれだけ魔法を浴びせても致命傷どころか傷らしい傷もつかない。
「くそっ! 目だ、目か口の中を狙え!」
ただ当てるだけじゃ無駄な事に気づき、狙う箇所の指示を出す。
全員がそれに従って目や口を狙いだすが、その頃にはギガアシッドサーペントは動けるまでに回復していた。
蛇特有の柔軟な動きで魔法を避け、尾で払い、地面を抉って巻き上げた土で防御する。
まだ口の中が完全に回復した訳ではないため強酸を吐けないとはいえ、巨大で強固な皮膚を持ち強い力を持っているというだけで十分に脅威となる。
それを実感した国防軍隊員や冒険者はすぐにでも逃げ出したくなり、絶望的な空気に包まれていく。
シューゴも同様にそれを実感しているからこそ、腹を括って覚悟を決めた。
「全員離れろ!」
辺りにシューゴの叫びが響き渡った直後、膨大な量の魔力がシューゴを包み渦巻き周囲には余波の風が吹く。
多量の魔力を集中した際に起きるこの現象に、単に魔法の威力を増すだけでは通じなさそうなのに何をするつもりなのかと注目が集まる。
「封印していた魔法を使う! どれだけ余波があるか分からないから、全員俺の後ろに!」
簡単な説明をしている間に、睨みつけてくるギガアシッドサーペントへ向けた右手へ魔力が集約されていく。
しかし、いまひとつそれを理解できない周囲は逃げようとしない。
「おいシューゴ、それどれぐらいの威力なんだ?」
首を傾げながらマサヨシが尋ねると、慌てた様子でカズト達が声を上げる。
「全員逃げろ!」
「五年前のあの光の柱事件! あれシューゴ君が試し撃ちした魔法なんです!」
「今からあれを、魔物へ向けて撃つつもりなんです!」
「だからすぐに下がってください!」
「早くしないと巻き込まれるかも!」
それを聞いて当時の事を覚えていた多くの人々が、その時の光の柱を思い出す。そして一斉に後方へ逃げ出す。
「ちょっ、マジか!」
「あれって人間に撃てるものなのか!」
「いいからさっさと下がるわよ!」
当時王都にいなくて分からない面々も手を引かれて下がり、後ろから見守る中でシューゴは封印していた魔法を使おうとしたが一つ問題が生じてしまった。
「やばい……魔力が少し足りない」
『えぇっ!?』
これからシューゴが使おうとしているのは、狙った対象を完全に破壊するための魔法。
ただ、そのためにはそれを実行できるだけの魔力が必要となる。対象の質量が大きければ大きいほど必然的に必要な魔力量は多くなり、逆に質量が小さければ必要な魔力量は少なく済む。今回のギガアシッドサーペントはあまりに巨大で質量もあるため、どうしても魔力が多く必要になる。
しかし、ここまでの戦闘で魔力を消費していたシューゴに残った魔力では、ギガアシッドサーペントを破壊するために必要な量には足りていない。
「どうすんだよ!」
「なんとか魔力を制御して不発に終わらせるしか――」
高出力の魔法を暴発させないためにも制御しようとするが、そんなことなどギガアシッドサーペントは知ったことじゃない。
集約された高濃度かつ膨大な魔力に身の危機を本能で感じ取り、一直線に迫ってくる。
「拙い、迎撃しろ! 頭を狙え!」
再びありったけの魔法が頭へ集中的に放たれるが、その全てが避けられてしまう。
たまに当たっても目や口内に当たったわけではないため、少し動きを鈍らせる程度に終わる。
「だ、駄目だ! 止まらない!」
「もう無理だ、逃げろ!」
徐々に迫るギガアシッドサーペントに誰もが逃げ出す中、魔力を制御しようとしているシューゴは一か八か不完全でも撃つしかないのかと思っていると、誰かの手が背中へ触れた。
「任せて」
短い言葉だが、その声だけで背中に触れているのがトシキと分かった。
笑みを浮かべたトシキは、創れる魔法数が増えていたことで創りだした新たな魔法を唱える。
「まりょくうつし!」
魔法名が唱えられるとシューゴの体へ魔力が流れ込んできた。
「おっ、とっ」
急に増えた魔力を制御して暴走しないようにしつつ、後ろにいるトシキへ尋ねる。
「トシキ、これって」
「新しく創った魔法だよ。これで魔力は足りるでしょう?」
「……あぁっ!」
期待を裏切らないよう、確実に命中させるため余分にもらった魔力で「標的誘導」を使い、迫り来るギガアシッドサーペントへ照準を合わせる。
口を開いて襲い掛かってくるのに不思議と恐怖は感じず、制御された魔力が集まった右手を向けて準備の整った魔法名を心の中で唱えた。
ギガアシッドサーペントを完全に破壊するために、ずっと封印していた魔法の名前を。
(破壊光線!)




