余波は別に生じる
放たれたのは光線の名の通り、まさしく光の線。
迫るそれを危険だと本能的に察したギガアシッドサーペントは身を翻して避けようとするが、「標的誘導」で照準を合わせられているため「破壊光線」の軌道が変化して捉える。
避けたはずなのに。そう思う僅かな時間も無く、ギガアシッドサーペントは「破壊光線」に飲み込まれた。
大抵の物理攻撃も魔法も通じない表皮が塵芥のように消えていき、次いで肉体が、次いで臓器や血管が、最後に骨が消えていく。初めて訪れる死に、跡形も無く全てが破壊される時間をギガアシッドサーペントはとても長く感じた。しかし、実際に破壊に要した時間は一瞬だけ。
全身に「破壊光線」を浴びたギガアシッドサーペントは、僅か一瞬で塵一つどころか細胞一つ残さず全てを破壊され、この世から完全に消滅した。
目標を破壊し終えた「破壊光線」の光は収まっていき、やがて消える。
そこにギガアシッドサーペントの姿は欠片も残っておらず、それなのに射線上は一切の被害も無い。
通過した際の衝撃による損傷も無く、そのままの状態を保っている。
「お、おい、あのデカい蛇、どうなったんだ?」
「いない、よな? どこにも」
「地中に逃げたんじゃ……」
「だったら地面に大穴が空いているでしょ。そんなの、どこにも無いわよ」
「じゃあ、倒したのか? さっきの魔法で」
ギガアシッドサーペントが倒されたことが冒険者や国防軍の隊員達へ広まっていき、ざわめきが大きくなっていく。
やがてそれは歓喜となって爆発し、最大の危機を乗り越えられたことに誰もが喜びを露わにする。
誰彼関係無く抱き合い、勝利を分かち合う。
そんな中、険しい表情をしていたシューゴも表情を崩して呟く。
「どうやら……狙った対象にだけ、効果があるみたいだ……」
影響がどれくらい出るのかを気にしていたシューゴは、周囲が無事なことに胸を撫で下ろす。
すると安心感と魔力の急激な減少によって力が抜け、背中へ手を添えたままでいたトシキの方へ体が倒れていく。
「わっ、わっ!」
非力なトシキでは両手でもシューゴを支えきれず、二人揃って背中から倒れる。
「ちょっと、何してるのさ!」
「悪い。気が抜けたのと、一気に魔力を使ったから力が抜けた」
「分かった。分かったから、早くどいて! 地味に重い!」
「無理。脱力感が半端じゃない」
「誰か! 誰でもいいから、手を貸してください!」
下敷きになっているトシキの呼びかけに、近くでマサヨシと喜んでいたカズトがシューゴを起こし、コトネがトシキを救出する。
「まったく。良いカッコつけたくせに、シューゴ一人くらいどかせないなんて、まだまだ可愛い可愛い弟は卒業できないわね」
「余計なお世話だよぅ……」
拗ねるトシキの表情に、男と分かっていても胸がときめく男が数名出現。自分はそういう趣味は無いと頭を振ったり、頭を叩いたりと煩悩を振り払う。
一方でシューゴの周りには冒険者や国防軍隊員が殺到し、よくやったと声を掛けて背中や頭を叩き、しまいには支えているカズトから奪って胴上げまでする始末。
僅かに残っていた魔物達はギガアシッドサーペントが消えても逃走をやめず、そのまま王都から離れて行った。
不利な状況が一転しての大勝利に誰もが湧く中、不利を聞いて駆け付けた冒険者数名が呆気に取られる。
「えっ、何この状況」
「あれ? 魔物はどうした?」
「ひょっとして、全部倒しちゃったの?」
困惑しながら呆然と立ち尽くす冒険者達へ、彼らに気づいた国防軍隊員が状況を説明。
それを聞き、約一分ほど顎が外れたように口を開いた冒険者達は、ようやく胴上げから解放されたシューゴを見る。
自分達よりずっと若い少年が、何かは不明だが巨大な蛇の魔物を魔法で跡形も残さず倒した。
とても信じられない説明に呆気に取られる中、囲まれていたシューゴが急に座り込み、やがて言葉も無く横たわった。
どうしたのかと周囲がざわめく中、駆けつけた冒険者達が人ごみを掛け分けて倒れたシューゴを調べたところ、大量の魔力を急激に消費した反動によるものだと言う。
「少し休んで魔力が僅かでも回復すれば目を覚ますから、このまま寝かせておくといい」
「よかった……」
大したことがないと分かり、傍に寄り添っていたアカネを始め仲間達とマサヨシは胸を撫で下ろす。
「とにかく、こっちが片付いたのなら誰か城へ報告に向かわせた方がいい」
「ああ、そうだ。報告しないと。おいお前、すぐに報告へ行って来い」
「はい!」
この場のまとめ役だった国防軍の隊員が適当な部下を報告に走らせると、救援へ駆けつけた冒険者達はそれぞれの持ち場へ戻る。
残った面々は倒した魔物の回収へ向かい、広まっていた熱は徐々に落ち着いていった。
しかし、この時にシューゴは気づいていなかった。
「破壊光線」による余波は放った周辺ではなく、別の場所に余波を発生させるということに。
****
北側の防衛に成功した一報に続き、他三カ所からも防衛に成功したという報告が順々に届いた。
城内で何時間も対応に追われていた重鎮達は、騒動の原因となった男を捕え、帝都の防衛に成功したと分かっても歓喜する余裕は無い。彼らにあるのは、疲労と安堵感から脱力して卓へ崩れ落ちたり、椅子に身を預けたりと疲れを露わにする様子だけ。
皇帝のセイイチもそれに漏れず、帝都を守り抜けたことにホッとすると一気に疲れに襲われ、背もたれに寄り掛かり天井を見上げていた。
「陛下、皆様、大丈夫ですか?」
報告へ来た国防軍の隊員が、急に崩れ落ちた重鎮達の姿に戸惑う。
「案ずるな。帝都を守り抜けて一安心しただけだ。お前はすぐ、持ち場へ戻って事後処理に当たれ」
「はっ! 失礼します!」
敬礼して去って行く姿を見送ったセイイチは、自分達もすぐに事後処理に当たるべきだと分かっていても、疲れからすぐには動けなかった。
「皆、ご苦労だった。民への通達を出すよう各所へ連絡が終わったら、一休みしよう。事後処理はその後とする」
疲れ具合からそうした方がいいだろうというセイイチの判断に、異論を唱える者は出ない。
全員がそれを了解し、民へ危機が去ったことを伝えて避難勧告を解除するよう手を回すと、少しでも疲れを取るために僅かばかりの休息に浸った。
やがて一息入れ終えると、次々に届いていた報告書をまとめての事後処理に当たる。
万が一に備えて避難させていた皇族達も戻ってきて、シンイチロウも事後処理へ参加する。
「思ったより死者は出なかったようですね」
「だとしても、尊い犠牲が出たのには違いない。遺族には相応の金銭と、生活環境によっては援助制度を利用できるよう手配しておけ」
「はっ」
「怪我人の収容は間に合っているのか? 足りないなら、国防軍の施設を開放するが」
「現状、そのような報告は届いていません。ただ、治療をする人手が足りないと」
「既に医者だけでなく、国防軍の衛生部隊も総動員しているのですが……」
「国防軍内で、治療に使えそうな魔法を創った者を探してそちらへ回せ。帝都のために戦ってくれた戦士を、一人でも救うのだ」
「承知しました」
「なっ!?」
様々な案件への対応に忙しく動く中、一人の重鎮が驚きの声を上げた。
何事かと視線が集まるが、当の本人は報告書を手にしたまま固まっている。
「おい、どうした。何かあったのか?」
「こ、これを」
手渡された報告書を見るセイイチは、標記から内容が北門側の戦いについてのものだと知る。
だが、これのどこに固まるほど驚く要素があるのかが分からない。
しかし内容を読み進め、やがて終盤へ入ると信じられない内容が目に飛び込んできた。
「なん……だと……?」
皇帝であるセイイチすら驚いた内容に、周囲は何事かと気が気ではない。
「陛下、一体何が書かれているのですか」
「……北側に、ギガアシッドサーペントが出現したようだ」
「なんですとぉっ!」
国防軍の最高責任者である総司令官が絶叫しながら立ち上がり、椅子が激しい音を立てて倒れる。
さらに魔物に関する知識を持つ数名も勢いよく立ち上がり、椅子が次から次へと床へ転がる。
「父う……いえ、陛下。それは本当なのですか?」
「どうやら、そのようだ」
「だとしたら一大事です! ギガアシッドサーペントは数千規模の討伐隊を組んで、ようやく討伐できる魔物。そのような魔物が、帝都の近くに現れようとは!」
総司令官の叫びに、詳しく知らない面々も事態の重さに気づいてどよめく。
「し、しかし、ギガアシッドサーペントは、刺激さえしなければ地中で獲物を待ち構えて一生を過ごす魔物。それが何故地上へ」
戸惑いながらも一人の重鎮が生態について述べるが、直後に総司令官が叫ぶ。
「どうせソウヤとかいう男の策によって、地上に出て来たのだろう! だが今は、それを詮索している場合ではない! 陛下、帝都の危機を乗り越えたばかりですが、数千ならば準備できます! 討伐のご命令を!」
勇んで討伐へ向かおうとするが、それは杞憂に終わる。
「待て、落ち着け。ギガアシッドサーペントなら、既に討伐された」
「へっ?」
やる気満々でいた総司令官は、間抜けな声を漏らしてポカンとする。
「陛下、それは本当ですか!」
「本当だ。この報告書に書いてある」
そう言って手にしていた報告書を卓へ置くと、我先にと集まって密集して目を通していく。
彼らの目がギガアシッドサーペント討伐の内容まで至ると、誰もが驚きや困惑や混乱の声を上げる。
現実に戻って来た総司令官もそれを読み、信じられないような表情を浮かべた。
「倒したのは、十五歳のEランク冒険者の魔法? しかもその魔法は、五年前の光の柱事件で使われた魔法そのもの?」
思わず内容を口にした総司令官は、黙ったままセイイチの方へ顔を向ける。
「こんな大事な報告に、嘘を書くはずがない。おそらくは本当だ」
「馬鹿な。いや、しかし、あの光の柱が直撃したのなら……」
ブツブツと独り言を呟く総司令官を他所に、別の重鎮が声を上げる。
「あ、あの、討伐されたのでしたら、当然素材もあるのですよね!」
ギガアシッドサーペントは素材としても肉としても貴重で、超高級品として扱われる。
皮を使った防具はちょっとやそっとの物理攻撃や魔法では傷一つ付けられず、牙を使った槍は鋼鉄さえも貫通でき、肉は皇族の晩餐会で振る舞われてもおかしくない。
そんな貴重な物を扱えれば、大きな富を得られても不思議じゃない。
一部の重鎮が金に目をくるわせている様子にセイイチは溜め息を漏らした後、報告書を手に取って説明する。
「お前は最後までこれを読んでいないのか? 確かにギガアシッドサーペントは討伐されたが、素材は何も残っていない」
「えっ? な、何故ですか?」
「光の柱の元ともなった件の魔法で、跡形もなく消滅したそうだ」
跡形もなく消滅と聞き、報告書を最後まで読まなかった面々に動揺が走る。
「そんなまさか。ギガアシッドサーペントには、強力な魔法耐性があるはず……」
「使用者の冒険者への聞き取りによると、狙った対象を跡形も無く完全に破壊する魔法らしい。命中すれば、の話だがな」
「なっ! つまり、完全破壊効果という訳ですか!?」
これに再び室内がざわめく。
完全破壊効果。とても強力なものに聞こえるが、それと同じくらい危険を孕んでいる。
それが分かるからこそ、彼らはそんな魔法を創った人物がいることに戸惑っていた。
「対象が巨大なほど魔力を多く消耗し、絶対命中という訳ではなく、対象以外は破壊されない。これらがあるからこそ、成立して完成した魔法なのだろう」
報告書にある「破壊光線」の詳細からセイイチが推測を口にするが、周囲はそれどころではない。
当たりさえすれば狙った対象を跡形も無く消滅させるのだから、使い方次第では何でも消すことができる。それこそ犯罪の証拠であれ、邪魔な人物の存在でさえ。
しかも跡形も残らないのだから、捜査のしようがない。
特に人を秘密裏に跡形も無く消滅などさせたら、死んでいるのかさえ確かめる術が無い。なにせ、死体すら残らないのだから。
「落ち着け。お前達の不安は分かる。できればすぐにでも、この魔法を創った少年と会って見極めたい」
「でしたら、すぐにでも呼びますか?」
「いや。本人と会う前に、まずは外堀を埋めておこう」
「外堀……というと?」
「このシューゴ・カタギリという少年の素性を調べ、周辺人物について調べろ。家族、冒険者仲間、なんでもいい。周囲に危険な人物がいないか調べろ」
周囲に危険人物がいる場合、その影響を受けているか言葉巧みに唆される可能性がある。
危険な魔法の持ち主だからこそ、本人と同じくらい周囲に注意を向けて警戒しておき下調べをしておく。それが今回のセイイチが求める、外堀を埋めることだった。
「分かりました。では、すぐにでも」
重鎮の一人が手を叩くと、どこからともなく仮面を着けた人物が現れる。
その人物へシューゴの周辺を調べるように伝えると、仮面の人物は無言で頷いてその場を去った。
「さて、それでは続きを」
「失礼」
「おぉっ!? ど、どうしたさっきの今で」
事後処理の続きへ戻ろうとした途端、先ほどの仮面の人物が再び現れてセイイチが驚く。
こんな僅かな時間で調べられるはずがないと思っている一同は、何か問題が発生したのかと身構える。
ところが、そんな心配は杞憂だった。それどころか、有益な情報がもたらされた。
「この人物、知っています。カタギリ子爵領内での件で協力してくれた、ショウマ・カタギリ子爵の四男です」
「……本当か?」
「はい。私も調査隊に加わっていたので、覚えています」
こんなにあっさり素性が分かるとは思わなかった重鎮達とセイイチは、しばしポカンとする。
その間に仮面の人物は周辺について調べると言い残して再び去り、慌ただしい様子で飛び込んできた文官が追加の書類を置き、重鎮達の様子に気づくことなく出て行くまで彼らは固まっていた。
やがてそれが解けた後、セイイチは咳払いを一つして告げた。
「ショウマ・カタギリ子爵を呼び出せ」




