開戦
帝都の城内は上へ下へどころか、右へ左へ前へ後ろへの大騒ぎを極めていた。
魔暴走が発生しただけでも異常事態だというのに、それが複数個所で同時に発生したと報告が届いたため城内は大混乱に陥った。
皇帝であるセイイチ・カミシロを始めとした上層部が一喝したお陰で混乱は収まったものの、対応についてはその場凌ぎのように指示を出しての後手後手にならざるを得なかった。
「もう魔暴走が起きていないのは北門側だけか」
「近隣の町への救援要請は既に出しました。あとは一刻も早く住人を避難させなくては」
「やはり帝都の外へ避難させるのですか?」
「しかしそうなると、北門へ大勢が一気に押し寄せることになる。既に北門周辺の住人達が脱出しようと混乱状態だというのに、これ以上は」
「だが多くの商人はもう脱出していると聞く。混乱の規模は幾らかマシになるのでは?」
「帝都の住人がどれだけいると思っているんですか! それに南門と東門から出られないと知った人々が、安全な北門へ流れています。どう考えても北門だけでの脱出は不可能です!」
「では城内へ避難させ、救援が来るまで籠城戦をしますか?」
「それは最終手段だ。まだ避難が可能なら、避難を優先に考えるべきだ」
重鎮達による会議は混沌としており、如何に住人の安全を確保するかで揉めていた。
その間に飛び込んで来る戦闘の情報も処理しつつ、どうするかを話し合う中でセイイチは告げる。
「最悪、帝都を囲む城壁を破壊してでも住人を逃がせ。壁はいくらでも修理できるし、責任は指示した私が取ればいい。だが人の命は修理などできんし、責任の取りようが無い!」
『おぉ……』
堂々と言い切ったセイイチに重鎮達からは感嘆するような声が漏れる。
「ですが陛下、そこから魔物が入ってくる恐れも」
「最悪、帝都は魔物に攻め込まれても構わん! 帝都が落ちようとも臨時拠点に使える場所はあるだろう! 落とされたのならば、取り返せばよかろう! 汚名は雪いで名誉は取り戻せばよかろう! 今は一人でも多くの民の命を守るため、全力を尽くすのだ!」
『はっ!』
拳を掌で包んで礼をした重鎮達は、急ぎ避難経路と避難誘導についての打ち合わせを再開する。
その最中、新たな伝令が届いた。
「報告します! 北門側にて不審な人物が、魔物の領域へ向けて飛んでいくのを確認しました!」
国防軍の隊員による報告を聞いた重鎮達により強い緊張が走る。
この異常事態の中で届いた不審者の情報。ひょっとするとこの事態は何者かによる、人為的なものなのではないかという可能性が突如浮上してきた。
「誰だ、そいつは!」
「不明です。取り急ぎ報告をしに来たもので……」
「さっさと調べろ!」
「落ち着け。我々が冷静さを失ってはいかん。調査も大事だが、今はそれよりも住人達の安全を考えよ」
感情に任せて机を叩く重鎮をセイイチは落ち着いた口調で宥め、優先順位を間違えないよう諌める。
宥められ諌められた重鎮は深呼吸をして気持ちを落ち着け、頭を下げる。
「申し訳ありません。つい感情的に」
「気にするな。それよりもそこの者、報告ご苦労。すぐに持ち場へ戻れ」
「はっ! 失礼します」
敬礼をした団員は駆け足で会議室を後にする。
その後も話し合いが続き、住民避難についての話がまとまった頃にその一報は届いた。
「報告します! 北門側にて発見された不審者が魔暴走を引き起こした黒幕だという情報と、その似顔絵が手に入りました!」
落ち着きかけた会議室は騒然として、先ほど机を叩いた重鎮が早く見せろと促し似顔絵が提示される。
「こ、こいつは!」
「知っているのかね?」
「かつて私が管轄する魔法学会に所属していた研究者です。非常に優秀だったのですが思想や研究内容があまりに危険な上、何度厳重注意しても改めないため追放処分にしたのです。あっ、そういえばこいつが研究していた中に、魔暴走に関する物もあったような……」
説明していた重鎮の言葉を聞き、国防軍の制服を着た老齢の男が立ち上がる。
「陛下! すぐに指名手配し、家宅捜索をします!」
「うむ、許す。もしも魔暴走を起こした原因があるのなら、止める方法もあるはずだ。急ぎ調べろ!」
「はっ! 失礼します!」
許可を得た男は拳を掌で包んで一礼し、年の割りに素早い動きで退室して対応へ向かう。
さらにセイイチは魔法学会が管轄だと言った重鎮にも、学会で保管してあるソウヤの研究記録に魔暴走を止める手立てはないかを調べるよう命じた。こちらもすぐさま対応にかかり、残った重鎮達は住民達の避難対応へと動き出す。
それを見守るセイイチは、隣に座る男へ話しかける。皇帝であり、父親として。
「シンイチロウ、お前も妻と子供達を連れてすぐに避難しろ」
「なっ、何を言うのですか陛下!」
席を立って戸惑いを露わにするシンイチロウと呼ばれた男。彼はセイイチの息子で現在の皇太子であり、アキラとマナの父親でもある。
「四方から魔物が迫っている以上、帝都が陥落する可能性もある。万が一にも私に何かあったら、お前が新たな皇帝となって帝都を取り戻せ。いいな」
「しかし!」
「これは皇太子であるお前にしかできない事だ。同時に、皇太子だからこそ行うべき義務なのだ。お前の子達に託すにはまだ荷が重い。これはお前にしかできないことなのだ!」
真剣な眼差しと強い口調で言われたシンイチロウは、黙って目を伏せ拳を掌で包み頭を下げる。
「承知しました、陛下」
「それとな、この件がどうなろうとこれが私の皇帝としての最後の仕事とする。分かったな」
「……はっ!」
しっかりと返事をしたシンイチロウは足早に会議室を出て行く。
それを見送ったセイイチは、重鎮達へも次を託す者達は万が一に備えて逃がすよう指示を出す。これが老骨に鞭を打つ最後の大仕事だと、自身にも言い聞かすように言い放って。
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一方のシューゴ達のいる北門側はどうにか迎撃態勢を整え、最小限の人数を北門に残して門からやや離れた位置に陣取って徐々に近づいて来る魔物の大群を確認していた。
数千はいるであろう魔物達に対し、国防軍の隊員と冒険者の数は精々数百。おおよそ十倍以上はあろう戦力差とあって不安そうな表情を浮かべている者達も多くいる。
彼らを指揮する国防軍の男は、そんな空気を変えようと声を張り上げる。
「怖気づくな! 我々には退くことができない! 帝都にいる友を、家族を、大切な者を守るために奮起しろ! あの魔物達を、帝都へ一歩たりとも踏み込ませるな!」
『おぉぉぉっ!』
完全に空気が変わったとは言い難いが、少しは表情が引き締まったのを見た男はこれで行くしかないと腹を括る。
「まずはなんでもいい、合図と同時に魔法で攻撃! それによって向こうの動きに乱れが生じたところへ、一気に斬り込む!」
本来ならもっと細かい指示を出したいところだが、急ごしらえで組んだ部隊の上に国防軍と冒険者がいきなり連携を取るのは無理。
そう判断した男は要点だけ伝える大雑把な指示を飛ばした。
部隊も国防軍と冒険者が入り混じっておらず、左翼に国防軍を右翼に冒険者を配置している。連携が取れないのならば、最初から連携する事を考えなければいい。大事なのは、目的が同じであることだと割り切っての采配だ。
「攻撃、開始!」
合図と同時にいくつもの魔法が放たれ、魔物へと降り注ぐ。攻撃を受けた魔物達の動きが乱れると、すかさず突撃の指示が飛ぶ。
ほぼ全員が声を上げて魔物へと向かって行き、双方が衝突する。
「はやくうごく!」
「からだをつよく!」
速さを強化する魔法を使ったコトネは素早い動きで翻弄しつつ、近くにいた魔物数体を始末する。
後に続くシノブも強化した体での一振りで、何体もの魔物を同時に斬り捨てた。
「俺も続くぜ! 「きょうか」!」
同じく自身を強化したカズトは盾で魔物を吹き飛ばし、転んでいるところを剣で斬る。
「へへっ、どんなもんだ」
上手く倒せたと思っていると。背後からゴブリンが棍棒を振り上げて迫る。
慌てて盾で受け止めようとするが、その前に短剣が飛んできてゴブリンの喉を貫く。それで動きが止まったところを剣で斬って倒すと、シューゴが現れてゴブリンの喉から短剣を抜いて別の魔物を斬った。
「油断すんな。こんだけ数がいるんだ、調子に乗っている暇もないぞ」
「悪い。フォローサンキュー」
「仲間だろ、気にすんな」
短剣を振って魔物の血液を払い、カズトと背中合わせになって魔物との戦闘を継続する。
国防軍も冒険者も出来る限り魔物への対処をしているものの、何体かはそれを抜けて帝都へ向かう。それに備えてやや後方に控えていた別働隊がこれに対処する。
「……ふっ!」
「はぁっ!」
こちらに配置されたアカネが抜け出た魔物の額を矢で射抜き、別の魔物をトシキが槍で胸元を貫く。
「こんなにたくさんいても、普通に魔暴走が起きないんだね」
「魔物の領域って意外と広いからね。うん?」
何かに気づいたトシキは「とおくをみる」を使う。
すると魔物の領域の方から、中型の鳥型の魔物が何十体も迫っているのが見えた。
「ちょっ!? 空から魔物が来ています!」
急いで伝えると後方に控えていた部隊が動揺する。
「慌てるな、前方の部隊へ報せろ!」
「はい! 「おおごえ」!」
指揮を執っている国防軍の男の傍にいた部下が魔法を唱え、空気が震えるのが分かるほどの大声で前方の部隊へ空中の魔物の存在を伝える。
届いた声に前方の部隊が空を見上げると、上空にいる鳥型の魔物が頭上を越えようとしていた。
前衛で戦う者を集めたこの部隊に弓矢の使い手がいないため、魔法で攻撃するが距離がありすぎて避けられてしまう。このままでは後方にいる部隊の上空も通過され、帝都へ入られてしまう。そんな時に、何かが上空へ飛んで行って接近し、複数の風の刃を放った。
距離を詰められたうえに飛べないはずの相手が飛んだことに驚いた魔物は回避できず、四体が翼や胴体を斬られて落下していく。
仲間がやられたことで羽ばたきながら空中で停止した魔物の前に現れたのは、「浮遊動盾」に乗ってここまで飛んできたシューゴだった。
「飛べるのがお前達だけだとおもうなよ」
そう呟き悪い笑みを浮かべ、無詠唱で「螺旋廻弾」を放つ。
体や羽を貫かれて次々と落下していく鳥型の魔物。落ちた先には別の魔物がいて巻き込んでしまったり、落下しているところを国防軍や冒険者の魔法が直撃して討伐されたりしている。
「さすがシューゴ君」
「やっぱり飛べるって便利だね」
自在に空中を移動しながら短剣と魔法で魔物を倒していく様子を眺めながら、改めてトシキは自分との差を実感する。
仮に自分が飛べたとしても、あれだけの戦いはできないと。
ふと隣を見れば、同じくシューゴの戦いに見とれているアカネの姿がある。自分もあれだけできればひょっとしたらと、視線を向けた先には落下してきた魔物を斬るシノブの姿があった。
それでいても、迫っていたクローリザードにはしっかり反応して喉元を貫く。
(まあ、僕なりに君の強さに抗わせてもらうからね。シューゴ君)
槍を引き抜いてそう決めたトシキは、続いて迫ってくるゴブリンへ狙いを定めて槍を振るった。
一方で上空で鳥型の魔物を一掃したシューゴは地上には下りず、そのまま上空で後続の魔物達へ魔法を放ち続けている。地上にいた時は気づかなかったが、前方の部隊が数の差にやや押され気味なのが見られたため、援護するために「螺旋廻弾」と「疾風刃来」と「火炎放射」を放っていく。
その意図を理解した地上からは時折感謝の言葉が飛び、後方の部隊からもさっきのような大声でそのまま後続への攻撃を続けるよう指示が飛ぶ。
許可を得たシューゴが魔法を放ち続けることで徐々にだが押し返し始め、それに伴い士気も上がっていく。
(この調子ならなんとか……うん?)
なんとかなりそうな雰囲気を感じていたシューゴだったが、魔物の領域の方から何かが飛んでくるのが見えた。また鳥型の魔物かと思ったがよくよく見ると、鳥型ではない。
「な、なんだぁっ、ありゃ!」
見えて来たのは羽を羽ばたかせて接近する左右に二本ずつ、合計四本の鎌の腕を持つカマキリの魔物だった。
威嚇するように二本の鎌を掲げたその魔物は、唯一空中にいるシューゴ目掛けて接近してくる。
「こんのっ!」
先手必勝とばかりに「疾風刃来」を放つが素早い動きで降下して避けられ、追撃の「螺旋廻弾」を放とうとするが射線上に味方がいるため攻撃できず降下して接近。
いかに四本腕だろうと、無防備な背中から攻撃すればと短剣を手に迫る。
ところが今度は急上昇して、逆に四本の鎌でシューゴへ襲いかかる。
「うおっ!?」
全部を捌ききれないと複数枚の「浮遊動盾」で防ぎつつ、急停止からの急上昇で衝撃も緩和させた。
それでも魔物の攻撃の方が強かったのか、「浮遊動盾」に亀裂が入り徐々に広がっていく。
「ちいっ!」
衝撃を緩和しても防ぎぎれない攻撃と分かり、即座に角度を変えて受け流しつつ回避する。
「なんだよ、この魔物は……!」
以前に戦ったプリンセススパイダーに匹敵するか、それ以上の魔物と対峙し睨みあう。
すると魔物の方が鳴き声を上げだし、背中からさらに二本の鎌付きの腕が生えた。
「ちょっ、六本腕ってそんなのありか!?」
四本でも厄介そうだったのに、さらに増えたとあってシューゴは動揺する。
そこへ、後方部隊から魔法による大声が届く。
『気をつけろ! そいつはアシュラマンティス! 最近報告があって討伐隊が組まれる予定だった、上位種の魔物だ! さっきまでのは不完全体、今のそいつは完全体だ!』
「なんでこう、虫系の強い魔物に遭遇するんだよ!」
前回のプリンセススパイダーの件もあり、ついそう叫んでしまう。
何か虫に恨まれることをしたかなと思いつつ、鎌を掲げて威嚇するアシュラマンティスへ向けて「周刃貫刺」を使った。突如周囲に刃が現れて囲まれたアシュラマンティスは一瞬動揺し、直後に刃が一斉に襲いかかる。
ところが、刃で周囲を包囲する「周刃貫刺」にも逃げ道はあった。その逃げ道である上空へ回避され、刃同士がぶつかって消滅する。
「周刃貫刺」が出現するのはあくまで前後左右という横向きの三百六十度であって、上下に関しては逃げ道が残っている。しかしそれを分かっているからこそ、上昇の動きを見せると同時に「火炎放射」を上空へ放ち直撃させた。
「虫は焼却処分が一番だ」
そう呟きながら「火炎放射」を放ち続けるが、再び魔法での大声が響く。
『駄目だ! アシュラマンティスは炎への強い耐性がある!』
「先に言ええぇぇっ!」
思わず叫んだ直後、炎を払ってアシュラマンティスが迫る。
反応が遅れたシューゴは「浮遊動盾」を操って六つの鎌を避けようとするが、最後の一撃を避けきれず右腕が斬られて宙を舞った。
「シューゴ君!」
その光景を目の当たりにしたアカネの叫びが周囲へ響き渡った。




