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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
41/45

なんやかんやと


 帝都の外で非常事態が起ころうとしていた少し前。気まずそうな雰囲気でシューゴとアカネは宿の食堂で向き合っていた。

 シューゴは頬杖をついて赤い顔を隠そうとしながらそっぽを向きつつも視線はアカネへ向け、そのアカネは耳まで真っ赤になった顔を両手で覆って隠している。

 そしてその様子をアカネの家族及び「月下の閃光」のメンバー全員が、身を隠しながらニヤニヤして見守っている。

 というのも、酔って先日の事は覚えていないというオチは存在せず、飲み会での出来事をバッチリと覚えていたからだ。

 前日に行った飲み会の後は結論から言えば酔った勢いで朝チュンという展開にはならず、酔ったアカネがシューゴに甘え上戸で絡んだだけで済んだ。

 しかし今朝に目が覚めた後、飲み会でのことを思い出すと悲鳴を上げてベッドに潜ってしまうほど、アカネにとっては恥ずかしい出来事だった。


「お願いします……。昨日の事は全力で忘れてください」 

「分かってるって。でも、しばらくは無理」

「お願い! 今すぐ忘れてぇ!」


 覆っていた手を下ろし真っ赤な顔を晒して懇願する。

 しかしシューゴは僅かに間を開けて小さく首を横に振った。


「いや……色々と衝撃的すぎて」

「あうぅぅ……」


 甘え上戸を晒したことよりも、想い人のシューゴに対して色々やらかしてしまったことを思い出してまた顔を隠す。

 一方のシューゴも、理性を総動員して酔った勢いでということにはならなかったものの、甘えてくる様子と押し付けてくる柔らかい物の誘惑に必死に耐えたことを思い出して視線さえ逸らしてしまう。

 そのまま沈黙が続く様子にコトネが表情をしかめる。


「いつまでああやってんのよ。ちょっとは動きみせなさいよ」

「お姉ちゃん、せっかくのチャンスなのに」

「俺が認めると言ってやったのに、何をしてるんだ」


 動かない二人にコトネが文句を言い、事情を聞いたホノカが姉への不満を口にし、腕組みをしているアカネの父親がシューゴを睨みながら呟く。

 それを見かねたのか、小さく頷いたアカネの母親が私に任せてと言って二人の下へ向かう。


「いつまでそうしているの、アカネ。シューゴ君も」

「お、お母さん……」


 母親の登場にアカネは顔を隠していた手を少し下ろす。


「こういう時はじっとしていても仕方ないの。とりあえず、動きなさい」

「動くって……」

「二人でアカネの新しいメガネを買いに行くんでしょ? 行ってきなさい」


 有無を言わさない雰囲気で出入り口を指差されるが、二人は互いの顔を見て気まずい空気を保った動こうとしない。

 その様子に溜め息を吐いたアカネの母親は、掌に拳を叩きつけて気合いを入れると二人へ歩み寄って襟首を掴む。


「へっ?」

「えっ?」

「いいから! 行って! きな! さあぁいっ!」

「「あぁぁぁぁっ!」」


 追い出された無一文の客のように外へ放り出された二人に通行人は驚き、放り出したアカネの母親は手を払った後に満足そうな笑みを浮かべて腰に手を当てた。

 それを見た通行人達の一部は、少し懐かしそうな表情をしてその場を去っていく。

 かつてこの界隈には、彼女の体目当てで手を出そうとしたら問答無用で放り出され、地面と拳を味わわされるという噂があった。

 ちょっとした名物にもなっていたその光景を偶然見て、当時の被害者の一人はその後に顔面が腫れあがるまで殴られた事も思い出して身震いした。


「いい! ちゃんと二人で買いに行って、夕方まで帰ってくるんじゃないわよ!」

「「はいぃぃっ!」」


 強い口調で半ば命令のように言われた二人は、すぐに立ち上がって直立不動で返事をする。

 それを聞いたアカネの母親は満足したように微笑み、宿の中へと戻って行った。


「……アカネの母さんって、昔何やってたんだ?」

「冒険者になるために帝都まで来たのに、冒険者になる前に泊まったうちの宿で当時のお父さんに一目惚れして、それ以降はずっと給仕で今は女将」

「マジで?」

「うん」


 元冒険者でも元国防軍所属でも元傭兵でもなく、冒険者志望だったのが一目惚れを切っ掛けに宿の女将になったアカネの母親。

 それなのに二人を外へ放り出した力に、少しばかりシューゴは恐ろしくなった。


「とりあえず、行くか」

「うん」


 放り出されたまま立ち止まっている訳にはいかず、再び気まずい空気を出しつつも二人は歩き出す。

 視線が合ったり合わなかったり微妙な距離感を取っている二人の様子は、初々しい恋人かその一歩手前のような雰囲気を周囲へ感じさせる。

 特に昔からアカネを知る宿の食堂の常連が二人を見かけると、一様に温かい視線を向けている。

 そんな周囲の様子に気づく余裕すら無い二人は、言葉一つ交わさず眼鏡店へ到着した。


「あっ、ここ」

「ああ」


 やっと交わした言葉もこれだけで、黙って眼鏡店へ入る。


「いらっしゃい。おお、ハシマんところの嬢ちゃん。久しぶりだね」


 店に入ると商品の陳列をしていた、人の好さそうな初老の男性が対応する。

 アカネの名前を知っていることから、以前より通っていた店のようだ。


「お久しぶりです、店長さん」

「そうだね。今日はどうした?」

「眼鏡を新調したくて……」

「ふむ、見せてごらん」


 店長へ眼鏡を渡すために眼鏡を外した姿に、一瞬シューゴが動揺を見せてすぐに視線を逸らす。

 その間に店長はアカネの眼鏡を観察し、時折頷きながらフレームやレンズを確認していく。


「なるほど、レンズだけじゃなくてフレームもだいぶ経年劣化している。確かにこれは新調が必要だね」


 眼鏡を返した店主は新調に同意しつつ、アカネと微妙に距離を取って立つシューゴを見る。


「で、お前さんは誰だい?」

「えぇっと……アカネの仲間です」


 不意に声を掛けられながらも簡潔に答えると、店長は口元に手をやって考え出す。

 やがて店長は何かを思い出したのか、おおっと声を上げて手を叩く。


「そうか、君が噂の」

「噂の?」

「宿の食堂の常連の間に広まっておるよ。アカネちゃんにも、とうとう恋人ができたと」

「「えぇっ!?」」


 ただでさえ先日の件があるのに身に覚えのない噂が広まっている事に、二人は真っ赤になって驚きを露わにする。


「どどど、どうして、そんな噂が?」

「うん? マコト君が言ったそうじゃないか。アカネちゃんが彼氏を連れて帰って来たと」

「「はっ? ……あぁっ!」」


 思い出すのはカタギリタウンから戻って来て、アカネの実家の宿を訪ねた時の出来事。

 勘違いからアカネの弟のマコトがそんな事を叫び、周囲へ誤解を広めてしまった。アカネの家族へはどうにか誤解だと理解してもらえたが、一部の常連客から他の常連客へと話が広まっていたようだ。


「なるほど、アカネちゃんが髪形を変えたのもそれが切っ掛けか。婆さんも若い頃、わしと恋仲になった時は」

「ちちち、違うんです店長さん。それは誤解で」

「ほっほっほっ。そんなに照れんでもいいよ。だったらジジイはさっさと退散するから、二人でゆっくり選ぶといい」

「お願い、聞いてください!」


 必死の懇願も聞き入れてもらえず、気を使った店長は奥へ引っ込んだ。

 取り残された二人は耳まで真っ赤になり俯く。

 今回もそのまま時間だけが過ぎるのかと思いきや、意を決したようにアカネが顔を上げてシューゴの手を掴む。


「えっ」

「き、来て」


 手を引っ張られたシューゴは商品棚の一角へ連れて行かれた。


「選んで」

「えっと……何を?」

「私の眼鏡。似合うの、選んでくれるんでしょ? 約束したよね」


 そもそもここへ来た理由を突き付けられ、観念したシューゴは棚に並ぶ眼鏡を見ていく。

 よくある形状の物から、何を狙ってこういう形状にしたのか首を傾げるような物まで並んでいて、それらを掛けたアカネの姿を思い浮かべては違うと首を横に振る。

 それを数回繰り返しているうちに目に留まったのは、これまでと形状は同じままで色違いの物。

 今付けているのが暗めの色なのに対し、シューゴが気になったのは淡い色合いの物。額を出して雰囲気が明るくなったアカネには、こっちの色の方がいいと思ったシューゴはそれを手にして差し出す。


「これがいいと思う」


 色違いなだけの眼鏡を差し出され、アカネは首を傾げる。


「これ? 色以外は同じだけど」

「ああ。これが今のアカネに似合うと思う」


 恥じらいつつもハッキリと断言するとアカネもしばしの間を置き、差し出された眼鏡を受け取って試しに掛けてみた。

 前髪を開けて額を出した事で変わった雰囲気に、形状は同じでも色を変えただけの眼鏡が合っているようにシューゴは感じる。

 これが形状も違う物だったら、変わり過ぎて違和感を覚えていただろうなと、実際に掛けた姿を見て思う。


「うん、似合っている」

「そ、そう? ありがとう。じゃあ、これにするね」


 照れながら購入を即決すると、タイミングを見計らったように店主が現れる。


「ほっほっほっ。決まったかな?」

「はい。これでお願いします」

「あいよ。じゃあついでに度が合っているかも確認しようか」


 そうして目の検査のために奥へ行く様子を、店の外でコトネとシノブとホノカが監視していた。

 カズトは付き合ってられないと言ってトシキを引っ張って鍛錬へ向かい、ホノカは母親から姉の監視を頼まれて送り出されてきた。


「ううん。良い雰囲気なのかそうでないのか分かりませんね」


 店内での様子からシノブは呟く。


「焦らないのシノブ。勝負はここからよ。そもそも眼鏡店で良い雰囲気になるのも、ちょっと色気が無いでしょ」

「そんな事はないと思います。仲睦まじければ、そこが色気のある良い雰囲気なんですよ。実際両親もそんな感じですし」

「なるほどね、妹ちゃんの言う通りだわ。私もまだまだね」


 腕を組んでうんうんと頷くコトネと店内を監視するシノブとホノカは気づいていない。

 何をやっているんだろうという、周囲から怪訝な表情と視線を浴びていることに。

 それからしばらくして目の検査と注文を終えたシューゴとアカネは、店内に出て立ち止まる。既に建物の陰に隠れたコトネ達は、どうしたのかと様子を見守る。


「……どうする? これから」

「お母さん、夕方まで帰ってくるなって言ってたからね」

「ちなみに帰ったら?」

「また放り出されると思う」

「……適当に行くか」

「そうだね」


 監視している三人へ背を向けて歩き出す。

 距離感は特に変わっておらず、様子に変化も見られない。

 ちょっとは変化があったように思えたが、一時的なものだったようだ。


「ふむ、どうやら変化は無いわね」

「お姉ちゃん、もっと積極的にいかないと」

「いやいや、ここはやはりシューゴ殿が男らしくいかなくては」


 なおも追跡を続けるコトネ達に気づくことなく、シューゴとアカネは目的も無く適当に歩いていく。 目に入った本屋に寄ったり休憩も兼ねて飲食店へ寄ったりするが、言葉を交わしても二言か三言で終わるため会話が続かない。それが余計に気まずい空気を作り出し、会話のネタさえも浮かばなくなる。

 無言のままただ飲食をする姿に、監視をしているコトネ達はもどかしい気持ちになるが乱入するほど野暮ではない。ここで下手に介入すると、どう転ぼうとも監視していた件を追及されると分かっているからだ。

 そうしているうちに二人は店を出て、相変わらず無言で微妙な距離感のまま歩いていく。

 せっかくの好機なのに、進展どころかこのまま気まずいに終わるのかと、アカネが小さく溜め息を吐いた時だった。不意にシューゴが話しかけてきた。


「なあ、アカネ」

「ひゃい! な、なんでしゅか」


 思いっきり噛んでしまったアカネは真っ赤になり俯くが、前に回り込んで正面から向き合ったシューゴは構わず続ける。


「昨日の飲み会でのことなんだけど」

「だ、だからあれは忘れて」

「忘れる前に聞きたい。酔っていたにしても、あれは冗談なのか本音なのか」

「え、えっと、その……」


 急に動きが起きたことでコトネ達は何事かと、身を潜めつつ聞き耳を立てる。

 建物の陰に隠れてそんな事をしている姿に、怪訝な視線を集めながら。


「冗談なら忘れよう。全力で忘れるようにする。だけど本音なら」


 今までにないほど真っ赤になったシューゴは拳を握りしめ、考えるより先に勢い任せで言い放つ。


「将来アカネと一緒に暮らしてる時の、思い出話の一つにしたい」

(((言ったあぁぁぁっ! そして行ったあぁぁぁっ!)))


 追跡がばれないように心の中で歓声を上げ、ガッツポーズをするコトネ達。

 一方で言われたアカネは体と思考がしばらく硬直して、しばし現実に置き去りにされてしまう。

 ポカンとしたままのアカネを前にどうしたのかと不安になるシューゴは、呼びかけながら目の前で手を振る。


「アカネ? どうした?」

「はっ!?」


 意識を取り戻して現実へ帰って来たアカネは唐突に言われたことを理解し、頭から湯気が暴発しそうなほど一瞬で真っ赤になる。

 停止していた思考は一気に暴走へと転換し、あらぬ方向へと処理した結論を飛ばす。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「いやそれ、間に挟むのをいくつか飛ばしてるって! いやでも、さっきの言い方なら間違っていないような」


 シューゴもシューゴで先ほどの発言の時点から思考が少し間を飛ばしていた事に気づき、わたわたしながら頭を下げるアカネへ対応する。

 その最中、クスクスとした笑いを耳にして二人は気づく。周囲からの生暖かい視線の笑みに。そしてここが天下の往来だということに。

 一部から拍手を受けたり子供から指を差されたりした二人は次の瞬間、全速力でその場から逃げ出した。


「「うわあぁぁぁぁっ!」」


 恥ずかしさが爆発した二人は走り去り、それを見送ったコトネ達は顔を見合わせて、成功を称えるように親指を立てあってハイタッチを交わした。

 何がどう成功したのかは、今一つ謎である。



 ****



 逃げた二人は人通りの少ない路地へ逃げ込んだ後、立ち止まって息を整える。


「あー。俺とした事が」


 言うにしても場所を選ばず、公衆の面前で言ってしまったことに冷静ぶっていながらも冷静で無かった事に気づく。

 しかし、言ってしまった後ではもう後の祭りである。


「あうぅぅ。明日から表に出れないよぅ」

「さすがにそこまではいかないと思うぞ?」

「甘いよ! シューゴ君はご近所さん間での、話が伝わる速さを分かってないよ!」

「そ、そうなのか?」


 涙目で迫りながら訴えるアカネの言う通り、ご近所のネットワークの通信速度は侮れない。

 その辺りを理解していないシューゴは、たじろぎながら返事をする。

 尤も、たじろぐのは勢いに押されているからだけではない。


「……近い」


 間近に迫っているアカネに顔を逸らしながら伝えると、アカネもハッとした。


「ご、ごめんなさあぁぁぁいっ!」


 近さに気づいて謝罪しながら身を引く。

 しばし沈黙が続き、また気まずくなるのかとアカネが不安になる中、小さく笑ったシューゴが呟く。


「なんか今のやり取り、前にも一度あったよな」

「へっ? あっ、プリンセススパイダーと戦った後」

「そうそう。あの時、調子に乗るなって頭に手刀やられた後で何様のつもりだって、説教されたんだよな」

「そう……だったね」

「……思えばあの時だったな。ぼんやりしていたアカネへの気持ちが、ひょっとしてって感じになったのは」

「そうなの?」


 思わぬ告白につい尋ねてしまう。

 小さく頷いて返事をしたシューゴ曰く、ぼんやりながらも意識を持った切っ掛けは冒険者学校でのデットリーボーン事件。多数のゴーストが迫ってくる中、背負っていたアカネの悲鳴を聞いて絶対に守らなきゃと思った時だったと。


「決定的になったのは昨日の飲み会だけど、俺の中じゃ合同研鑽会でのアレが決め手だったのかも」

「アレ?」

「治安維持部隊隊長に襲撃された後の、あのやり取り」

「うん? ……あぁっ!」


 思い出したアカネは、今さらながらなんという事をやってしまったんだろうと恥ずかしがる。

 ただ心配していたのは事実であり、なんともなかった事に安心したのも事実。アカネの中でもあの時のやり取りは、一つのターニングポイントだったと言える。


「わ、私も、あれでシューゴ君への気持ちに気づいて受け入れたというか、その……」

「へえ? じゃあきっかけは?」

「……同じ。デッドリーボーン事件で、背負われている最中に戦うシューゴ君を見て」


 偶然にも同じ出来事が切っ掛けで相手への想いを抱き、それが育っていたことが判明。

 思わぬ共通項に二人は真っ赤になるが、もう相手から目を逸らそうとはしていない。


「とりあえず、付き合うってことでいいか?」

「そうだね。よろしく、お願いします」

「こちらこそ――」


 よろしくと言おうとした最中、帝都中へ何度も鐘を鳴らす音が響き渡った。

 この鐘は緊急時に鳴らすものなのだが、これが何度も鳴るということは非常事態を告げる警報。

 何が起きたのかと帝都中の誰もが狼狽えたり戸惑ったりする中、拡声効果のある魔法で帝都中へ通達が響き渡った。


『緊急警報! 緊急警報! 帝都西側より魔物の大群が接近中! 繰り返す! 帝都西側より魔物の大群が接近中!』


 こうして帝都における長い戦いは幕を上げる。


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