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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
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蠢く自己顕示欲


 突如上がった声に道行く人々の注目が集まる。

 しかしハンゾウが教え子、コタロウが師匠と言ったため、師弟が遭遇したのかと分かり注目はすぐに外れた。だがコタロウとセンリの目と意識は彼らが師であるハンゾウから外れない。


「どうしたのかね。長い人生、今生の別れでなければ一度別れた人物と再会する可能性は常に存在している。それが偶然か必然か運命かを知るのは神のみだが、良き再会による喜びや悪い再会による苛立ちを分かち合うのは誰にでも与えられた権利だと思うのだが?」


 驚いたまま一言も発しない元教え子二人へ、まるで語るような言葉を掛けると二人の表情は変わる。

 コタロウは変わらない師の喋り方に笑みを浮かべ、センリは面倒そうな表情を浮かべる。


「相変わらず仰々しい言い方だなおっさん」

「お変わりないようで、安心しました」


 彼らがまだ若かった頃、壁に突き当たってもがいていた頃にハンゾウと出会った。紡がれる言葉に耳を傾けていたらいつの間にか心を許し、打ち明けた悩みに道を示してくれた。

 授けてくれた理論や技術は生半可な事では習得できなかったが、ぶつかっていた壁を越える確かな成長と手応えを感じさせてくれた。

 そんな日々がコタロウとセンリの脳裏に蘇る。


「あの頃の少年少女がここまで成長しているとは、年を重ねたものだな。杖が必要になるわけだ」


 あの頃の若者達が成長した姿に老いを実感するハンゾウは、出会った頃は使っていなかった杖の先端で地面を数回叩く。


「杖だけじゃないだろ。頭も薄くなったぜ、おっさん」

「センリさん……」

「ふふふ、別にいいさ。老いは誰にでも必ず訪れるものだ、君達にもいずれな」


 気にすることなく笑みを浮かべる姿に、二人は揃ってかつての師の姿を思い出す。

 実力的には三流の冒険者で終わったとは思えないほど膨大な知識と、それを理解させる論理力、特徴や心の機微を見抜く洞察力と推察力。それらを基に組み立てられた指導を授けられて成長する姿を見ていた時のハンゾウは、今のような笑みを浮かべていたと。


「しかし懐かしいな。こうして会うと思い出すよ、出会った頃の悩める君達を」


 目を閉じたハンゾウが思い出すのは、若かりし頃のコタロウとセンリ。

 強くなりたいのに思うように強くなれず、どうすればいいのか分からず悩んでいた。そんな彼らの抗おうとする姿に指導を決意し、道を示して活路を与えた。


「今日も己の弱さに悩み、それに抗おうとする少年に会ったよ。お節介を焼いて少し助言をさせてもらった」

「指導をしたいとは思わなかったんですか?」

「彼には君達にはあった物が足りない。だから彼には指導をする気にはなれなかったよ」


 惜しいことだと呟きながらハンゾウは首を横に振る。


「足りないもの?」

「野心だよ。彼には追いつきたい人物がいるようだが、その人物を追い抜きたいとは思っていなかった。弱さに抗いたい意思と信念があっても、越えたいという野心が無ければ追いついた所で満足してしまう。だから助言をする気にはなっても、指導をする気にはなれなかった」


 その少年というのがコタロウの弟子のパーティーメンバーで、追いつきたい相手というのがコタロウの弟子のシューゴであることは三人とも知らず気づいていない。

 当のシューゴと助言をもらったトシキも、コタロウとハンゾウが師弟関係にあることを知らないように。


「ところで、君達は知り会いだったのかね?」

「いいえ。私の弟子が彼女の勤め先での合同研鑽会に参加したようで、その繋がりで先ほど知り会いました」


 コタロウが弟子を持ったと聞き、ハンゾウが興味を示す。


「ほう、君も弟子を持ったのか。どうかね、己が教わって実戦するのとは違った難しさがあるだろう?」

「はい。とても師匠のように、喜々として指導することはできませんでした」


 もしもこの場にシューゴがいれば、その割には楽しそうに指導していたと言っただろう。

 なにせコタロウは予想以上に飲み込みいいがいいからと、どこまでやれるか楽しみになってつい調子に乗ってしまっていたのだから。少なくとも、指導を楽しんでいた事は間違いない。

 気づかぬところで師に似ている自覚の無いコタロウであった。


「ですが彼の成長を目の当たりにして、人を育てる喜びは実感できました」

「それを実感できただけでも大きな経験だよ。今もその子を鍛えているのかね?」

「いいえ。彼が冒険者学校へ入学するまでの二年だけです。私は今、ギルド所属の教官をしています」


 それを聞いたハンゾウは残念そうな表情を浮かべた。


「……退いたのかね」

「はい。仲間を庇って目をやられました」

「そうか。残念だよ、君は私が今まで指導してきた中で最も優れた教え子だったからね」


 年齢的にはまだ冒険者として一線で活躍していてもいいのだが、常に危険が伴う冒険者という職業では若くて才に溢れていようとも、身体的な理由で前線に立てなくなれば現役を退くしかない。

 己の命を惜しまなければ現役は続けることはできる。だがコタロウには家族がおり、不完全な体で無理に現役を続ける訳にはいかなかった。


「教官の仕事は大変だろう。戦う事以外にも教えなければならないことがあるのだから」


 師弟関係と違い、ギルドの教官は戦闘以外の冒険者として必要な知識や技術を教えなければならない。それも一人ではなく複数人を相手に。

 シューゴへ施したような戦闘や体作りや心構えの指導はハンゾウからの経験を基にしたが、それ以外の知識と技術の指導は完全に一からのスタートとなる。

 加えて指導対象の成長や理解の違いによる差も生じるため、一人へ指導するのとは大違いなのをコタロウは仕事に就いてから思い知らされ当初は苦労していた。


「全くです。それはそれで、やりがいはありますが」

「そうかね。まあ頑張りたまえ。それで、君はどうなのかねセンリ?」


 コタロウとの話を終えたハンゾウは、もう一人の教え子。魔力視という特殊な技術を教え、成長のきっかけを与えたセンリへ声を掛ける。

 ずっと蚊帳の外だったセンリは、頭を掻きながら自身の現状を伝える。


「駐屯地の一つで支部長やってる」

「ほう。教え子の中でも難物だった君が支部長ね」

「分かってるよ、似合わないってことは!」


 どちらかというと後方で指揮を執るよりも、前線に出て腕を振るうタイプのセンリは自分に支部長などという役職が似合わないのは理解している。

 国防軍上層部としては、そうやって前に立って部下を引っ張っていく能力を評価しての抜擢だった。しかし、当時のセンリにとって問題だったのは就任理由ではなく、勤務先が愛する家族のいる帝都ではなくなる方が問題だった。


「ちくしょう。原則家族を連れて行けないから単身赴任だし、余計な仕事が増えるから物理的に断って就任を無しにしてやろうと思ったのに、あのオヤジ共めえぇぇ……」


 センリが思いだしたのは上層部から就任を言い渡された時の光景。

 自分と家族を引き離す気かと食って掛かり、大立ち回りの大暴れをした。センリからすれば、これを理由に異動が無しになればしめたものだったがそうはいかない。言動からして異動させた方が罰になると判断した上層部は、半年の減給と始末書の提出と共にセンリの異動を本人の同意無しに罰則として通達。

 それを聞いたセンリは「なんでだ!」と叫んで上層部へ殴り込みに行こうとしたのを阻止され、夫と娘から慰められて渋々異動をした。


「思い出しても腹が立つぜ!」


 腹を立てるセンリにハンゾウは目を閉じて数回首を横に振る。


「人生とは、思い通りにいかない事の方が多いものだよ」

「分かってらい! ああもう、こうなったらさっさと帰って愛しの夫と娘に慰めてもらわないと。じゃあな、おっさん」


 なんとも賑やかかつ落ち着きの無い様子で去って行く姿に、昔と変わらないなとハンゾウは呟く。


「では師匠、私もこれで。娘達が待っているので」

「おや、そうかね。では私も失礼しよう。しばらくは帝都にいるから、また会う事もあろう」

「どうかお元気で」

「君もな」


 最後に言葉を交わすと二人は別れた。

 人ごみの中を歩きながら、不意に微笑んだハンゾウは呟く。


「コタロウの弟子……つまりは私の孫弟子か。ふふっ。できるものなら是非、どれほどの強さなのか見てみたいものだ」


 貴族家に生まれ、後継者争いに敗れ冒険者となったハンゾウ。

 実力的には三流止まりで終わったものの、学があった彼は強さというものの育て方に興味を持ち研究するようになった。

 得手不得手から導き出す強さの方向性、そのための訓練方法、今ある手札での戦術の組み立て方、決めるための一撃を当てるまでの過程、どんな魔法を創っているのか、その他諸々。千差万別、無限に存在する強さのあり方に魅了されたハンゾウだったが、実証するだけの体が自分には無い。

 そこで彼が思いついたのが、自分にできないのならば他者へ指導して実証しようということ。

 当初はそんな人体実験紛いの考え方で壁にぶつかっている冒険者や軍人に指導を施していたが、成長して結果を出し始めた彼らの姿を見て、自分の本心に気づく。



 自分は強者を育成することで、己の導き出した強さを証明する事に憑りつかれている



 弱かったから後継者争いに敗れ、冒険者としても三流で終わった。だからこそ強さに執着し、教え子を強くするための方程式を考えては、それを実証し成長させるために指導をしてきた。

 特に冒険者や軍人に求められる強さならば、これほど結果が分かりやすいものはない。

 正しく鍛え上げればついこの間まで弱者だった者を強者に勝たせ、能力で劣っていようとも戦術の組み立て方次第で強敵を倒すことができる。そこには貴族や商人のような金や権力や派閥といった余計な力など関係無く、純粋な力としての強さを示すことで実証される世界がある。

 その世界に憑りつかれた男、ハンゾウ。

 彼はそれを自覚しながらもその魅力から逃れられず、己の育成が間違っていないという自己顕示欲を満たし、まだ見ぬ未知の強さはどのようなものかを見たい。それだけを目的に旅を続けている。


「我ながら、狂った男だ」


 己にそう言って失笑するハンゾウは、そのまま人ごみの中へ紛れていった。



 ****



 日が落ちた頃、シューゴ達が冒険者どころか成人して初の飲み会は、宿泊しているアカネの実家の宿の食堂で行われる運びとなった。

 飲むより食う派のカズトとシノブとシューゴ、あまり積極的に飲もうとは思わないトシキとコトネとアカネ。切っ掛けが無ければ酒を飲む機会など無かった六人に切っ掛けが生じ、それぞれが酒壺から注がれた杯を手に卓を囲む。


「そんじゃリーダー、一言」

「……乾杯」

「おいこらシューゴ、もっと盛り上がること言えよ!」

「いきなり振って無茶言うな!」


 そんなシューゴとカズトのやり取りで一応は盛り上がり、飲み会は始まった。

 全員で乾杯をして酒を一口飲み、後は談笑しながら料理を食べ酒を飲む。

 至って普通に開始された飲み会だったが、変化は始まって十分もしないうちに訪れる。

 思っていたよりも甘口で飲みやすい酒だと思いながらシューゴがチビチビ飲んでいたら、何かが寄り掛かってきた。


「どうした、アカネ。調子でも悪いのか?」


 コトネとシノブにより、半ば強引にシューゴの隣へ座らされたアカネが寄り掛かってきたため、具合でも悪いのかと思って尋ねるとアカネはゆっくり顔を上げる。ヒックッとしゃっくりをするような呼吸をして、寝ぼけ眼のような眼つきで、顔を真っ赤にしつつも動揺も焦りも無い表情で。

 寄り掛かった瞬間に興味一色の眼差しを向けていたコトネも、何やら変な様子に首を傾げる。

 他の面々もそれに気づき、どうしたのかと見守っているとアカネの表情は満面の笑みに変わった。


「にへ~。シュー君ら~」

『シュー君!?』


 呼ばれた本人ですら驚き、仲間達からの好奇の視線に覚えが無いと首を振る。


「おい、どうしたんたアカネ」

「ふえ? やらな~、シュー君。わらし、どうもしてないひょ~」

「いやそんな訳が……まさか、もう酔ったのか? たった一杯で?」


 喋り方がおかしいのと見た目の様子からその事に気づく。

 仲間達も言われてみればと気づき、手元にある酒に視線を落とす。


「えっ? これそんなに強いのか?」

「甘くて飲みやすくはあったけど、強くはないと思う」

「むしろアカネ殿がお酒にとても弱いのかと」

「だからって一杯は弱すぎでしょ」


 大丈夫なのかと再びアカネへ視線を向けるが、当の本人はどこ吹く風とばかりにシューゴへ絡んでいる。


「さっ、シュー君も飲も」


 いつの間に注いだのか、空の杯は酒で満たされていた。


「いやいや、アカネはもう飲むな」

「にゃんで~?」

「とっくに酔ってるからだ」

「むぅ~。酔ってらいのぉ~」

「酔っぱらいは皆、総じてそう言うんだよ!」


 頬を膨らませて杯を置き、シューゴの胸元へ全く力の入っていない軽い打撃を繰り返すアカネに、酔っぱらいに対する偏ってはいるが間違いではない事実を突きつける。

 だが、この程度で今のアカネは止まらない。


「だからぁ~、酔ってらいの! その証拠に、まら飲めるもん!」


 そう言って卓に置いた杯を一気に飲み干す。


「ちょっ、それ以上飲むなって」


 慌てて杯を奪うが既に飲み干されており、すっかり空になっていた。

 遅かったかと俯くシューゴに、アカネはまたも頬を膨らませる。


「うぅ~。返してよぉ」

「……はいよ」


 もう空だったためあっさり返すが、これはシューゴにしては迂闊な判断だった。


「あいがと」


 受け取ったアカネはさも当然のようにお代わりを注ごうとして、返したらそうなると思い至らなかったシューゴはすぐさま再び杯を取り上げる。


「だからもう飲むなって!」

「なんれぇ~」


 またも杯を取り上げられたアカネは不機嫌そうにした後、何を思ったのか酒壺をしばし凝視すると直接飲もうとしだした。


「それはもっと駄目なやつだ!」


 むしろ危険だと判断し即座に取り上げる。


「あぁっ! まら取った~」

「当たり前だっての。てか、お前らもちょっとは止めようとしろ!」


 さっきから自分だけが酔ったアカネの対応に追われ、他の仲間達は全く止めに入っていないことを指摘するが加勢しようとしない。


「いやいや、そこはリーダーとしてしっかりしてもらわないと」

「安心ください。暴れ出したら止めに入ります」


 頼りにしたい女性陣は面白いものみたさと、この事を明日アカネへ教えたらどうなるのかを楽しむためニヤニヤ顔で傍観を貫く。

 次いで助けを求めようとしたカズトは、大笑いしながら別の酒壺から注いだ酒を飲みながら肉を食らっていて頼りにならない。残ったトシキに希望を託したシューゴだったが、苦笑いを浮かべたトシキは告げる。


「え、えっと……夫婦喧嘩は犬も食わぬって言うよね?」

「誰が夫婦か!」


 こうなったら仕事中とはいえアカネの家族に頼るしかないと思ったシューゴだったが、その前にアカネから尋ねられた。


「シュー君。いつの間にわらしをお嫁さんにしてくれたの?」

「はぁっ!?」


 この発言にシューゴは動揺し、仲間達は大爆笑し、周囲の客は口笛を吹いて囃し立てる。


「違うからな! 断じて違うからな!」

「ふえ……。シュー君、私がお嫁さんじゃ嫌なの……」


 涙目になるアカネに今度は仲間達も含めて周囲からブーイングの嵐。

 さらに救いを求めて視線を向けたアカネの家族からの反応に、シューゴは寒気を覚える。母親は笑顔なのに圧迫感を発し、厨房にいた父親は包丁を手に身を乗り出し、弟と義姉は真顔でジッと見つめ、父親と同じく厨房にいる実の兄と姉はそれぞれお玉と中華鍋を構えている。

 完全アウェーのシューゴに逃げ道は無く、どうしてこうなったんだと思いながら俯いて呟く。


「嫌じゃ、ありません」

「ほんろ? じゃあ頑張っれ二人目作りょうね」

「一人目すらまだなのにっ!? つか、そもそも結婚どころか付き合ってすらいないのに!」


 必死で反論するが酔っ払い相手には通じたり通じなかったりを繰り返し、周囲は囃し立てるばかり全く味方をしてくれる気配無し。

 そんな混沌とした飲み会を経験したシューゴは、もう二度と飲み会は開かない。開くとしても、アカネには飲まさないと煩い周囲に頭を抱えながら固く誓った。

 こうして夜は更けていく。



 ****



 翌日。帝都から少し離れた場所にある魔物の領域付近を、ローブに身を包んだ男が歩いていた。

 その男はかつてシューゴ達がカタギリタウンへ行く道中で遭遇したゴブリンに対し、何やら実験をして抜け道がどうとか言っていた人物。

 機嫌が良さそうな表情をする男は魔物の領域には入らず、やや離れた位置で立ち止まり「まものちょうさ」と呟き、付近に生息している魔物を調べていく。


「ほうほう、ちょうどいい具合にいますね。中へ入らずに済むのなら、都合がいいですね」


 楽しそうに呟くと魔物の領域へ向け、創った魔法を放つ。


「それでは……「こうふんするかおり」、「まものをよぶかおり」。そして「そよかぜ」」


 九文字を扱える男は今回の実験のために創った二種類の香りを魔法で発生させ、それを魔法での風に乗せて魔物の領域へと広げていく。

 香りを嗅いだ魔物は興奮してあっちこっちで雄叫びや咆哮を上げ、「まものをよぶかおり」に誘われて移動を開始する。

 「まものをちょうさ」で接近を知った男は、すぐさま帝都方面へ逃げながらも先の三つの魔法は維持している。


「くふふふふっ、いいですねいいですね。ではついでに、「こうかをばいぞう」」


 調子に乗った男は香りと風を強化し、魔物をより興奮させ遠くへいる魔物を誘う。

 どんな生物であろうと香りによる誘惑と香りが刺激する脳の感覚には逆らえず、男の狙い通りに興奮した様子で香りに誘われて動き出す。

 興奮したやがて魔物達はやがて何の躊躇も無く領域の外へ飛び出し、香りに誘われるまま集団を成して帝都方面への進路を行く。


「くふふふふっ、成功です成功! やはり魔法は素晴らしい! 考え方や捉え方一つで魔暴走さえ人工的に発生させられる!」


 魔暴走。それは魔物が領域の外へ出る場合の事例で最も最悪の形。

 増えすぎた魔物が領域内で縄張りを争い、敵味方関係無く戦い合って興奮状態になって勢いそのままに領域を飛び出し、近隣の町や村を襲って多大な被害を出したと記録されている。

 これを防ぐためにチージア帝国では、冒険者の手が入っていない魔物の領域には定期的に国防軍を向かわせて魔物を狩るなど、領域内に魔物が増えすぎないよう冒険者ギルドと連携して魔暴走を起こさないようにしている。

 そのため帝国において魔暴走が起きたのは、記録されている一回だけ。それが今、破られようとしてる。


「魔暴走が発生するのに必要な条件は、興奮状態と魔物の領域から出ること。この二点が満たされれば数は関係無い。増えすぎた数はあくまで暴走の原因の一つに過ぎないのですから。くふふふふふっ!」


 独特な笑い方で高笑いをする男の名はソウヤ。かつては知る人ぞ知る評価をされていた魔法の研究者だったのだが、考え方や思想が危険なため魔法学会から追放され評価も地に落ちた。

 だからといって彼は復讐心を抱くことは無かったのだが、代わりに彼が強く抱いたのは周囲へ自分の考えが間違っていないと示す自己顕示欲。

 周囲が自分を正当に評価しないのは理解が足りないからだと思い込み、それを理解させるには実際にやってみせるしかない。そういう結論に至ったソウヤは理論を実証するための魔法を創り、検証を重ね、実行へ移す段階へと入った。


「こうして魔物を特定の場所へ誘導できれば、待ち伏せて罠にかけて一網打尽にできる、魔物がいなくなった領域を開拓できる、討伐が困難な強い魔物は人的被害が起きにくい場所まで誘導できる、一網打尽した魔物の素材で国が潤う、魔物を他国へ攻め込ませて侵略する事もできる。良い事づくめじゃないですか!」


 恍惚とした表情でソウヤは言うが、それがどれだけ不確定で危険な行為であるかまでは深く考えていない。

 香りという手段ならば、誘導や興奮を促すことも可能だろう。しかし香りでは風などによって散って効果が分散して効きが弱かったり、逆に広まりすぎて想定以上の魔物を引き寄せてしまったりする可能性もある。

 だが、ソウヤにとってはそうした問題も些細な物としか考えていない。効きが弱ければ風向きを考慮して何度でもやればいい、想定以上の数が押し寄せて来てもそれは国防軍や冒険者が対処すべきこと。戦う力の無い研究者である自分には無関係。そういう思考の下で動く人間だからだ。


「こんな素晴らしい手段を理解しないあいつらに、身をもって知らしめてあげましょう。私の理論と計画が如何に国の利益に繋がるのかを」


 不適に微笑むソウヤは魔法を解除するが、勢いに乗った魔物の軍勢は止まることなく帝都方向へ進み続ける。

 それを確認したソウヤが「くさびのもとへ」と呟くと、ソウヤの体は光に包まれてどこかへ飛んで行った。


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