数奇な縁
浴場内に設置されている長椅子に座ったトシキは、蒸し風呂で会った初老の男に悩みを打ち明けていた。
初対面にも関わらずトシキからそれを聞き出せるほど心の内へ入り込んだ男は、時折頷きながら黙って話を最後まで聞く。
「なるほど。パーティー内で突出して強い子への劣等感、嫉妬。それと自分の力に対する疑心、不安。それが君の悩みの根底だね」
抱いていた気持ちをズバリと言われ、トシキは俯いてしまう。
「落ち込むことはない。君はそれに対して根拠の無い強がりや無意味な見栄で己を誤魔化そうとせず、己を自覚して弱さを受け入れている。だからこそ強くあろう、弱さに抗おうという気持ちを抱き、そのためにどうすればいいのかと悩んでいるのだから」
内面的な部分を褒めつつ、だからこそ悩んでいるのだと説かれたトシキは男の方へ顔を向ける。
男はトシキの方を見て、体を指差しながら話を続ける。
「君はこう思ったんじゃないのかな? どうしてこんなに非力なのか、体が大きくならないのか、筋肉がつかないのか、早く動けないのか、それを補う方法を思いつけないのかと」
「うっ」
またもズバリと言い当てられたトシキは小さく声を上げ、しばし硬直した後に小さく頷く。
「確かに君は体は大きくなく、筋肉もさほどなく、健脚そうな脚にも見えない。鍛えてはいるのだろうがそんな体なのは、鍛錬方法が間違っているか鍛錬の量が足りないかそういう体質なのかだね。話を聞くに、君の場合は筋肉がつき辛い体質なのだと推測できる」
「体質……」
方法が間違っていたり量が足りないのなら改善しようがあったが、体質では改善しようが無くトシキは落ち込む。
この世界には体質改善のような考えは無く、サプリメントやプロテインのような補助食品のような物も無い。そのため、体質的な問題は諦めざるを得ないのがこの世界の常識となっている。
「悲観することはない。確かに君は筋肉こそつき辛い上に女人のような見た目と声をしているが、己の弱さを理解する知恵、それを受け入れる心、弱さに抗おうとする意志と信念がある」
褒められているのかいないのか分からない言葉を受け、微妙な表情をするトシキへ男は続ける。
「強さとは力だけにあらず。如何に破格の肉体を持っていようとも、心が未熟では単なる獣、知恵が未熟なら体が大きいだけの赤ん坊、意思と信念が未熟なら芯の無いハリボテの強さと化す」
述べられたそれぞれの例えを想像し、なんとなく分かるような分からないような気がして首を何度も捻る。
その様子を見た男は小さく微笑みながら、思い出話をするように語りだす。
「私はこれまで多くの戦う者を見てきた。今挙げたような者もいれば、君のような者もいた。圧倒的な才能の前に屈して諦めた者、才に溺れ己惚れる者、力も無いのに粋がる者、安易な小細工や悪知恵で弱さを克服した気でいる者。中には肉体も知恵も心も意思も信念もあるのに、それをより活かす道が見つけられず、迷うばかりの者もいた」
「……」
自分とは見てきた人間の数が大きく違う。それらによって鍛えられた観察力と積み重ねてきた経験が違う。だから自分にはさっきの例えが分からなかったんだと気付いたトシキは顔を上げ、男は理解したかと言わんばかりに微笑む。
「ではここで問題だ。君のように強さへの道に迷った者に必要な物とは、何だと思うかね?」
急な問題だがトシキは落ち着いて思考する。迷っている今の自分に必要だと思う物を。
強くなりたい。でもそのためにどうすればいいのか分からない。だが男の口ぶりだと、それを解決する方法は存在する。だからこそ考えるが、答えが出てこない。
考え込んでいるトシキを眺めながら、男は解答を口にする。
「君の力を客観的に見て長所や短所を指摘してくれる者。つまりは指導者や仲間内での指摘者だよ」
解答を聞きハッとする。自分自身で強くなることを前提に考えていたトシキは、それに囚われすぎていて他者の協力という選択肢が浮かばなかった。
自分自身の力に壁を感じたからといって、なにも自力で乗り越える必要など無い。仲間や友人の力を借りて乗り越えたっていい。悩みの根底にあるのがシューゴへの嫉妬や劣等感であったためか、そんな簡単な事に気づかなかったトシキは悔しい気持ちになる。
「少年、気にすることは無い。他人に頼らず己の力で解決したいと思うのは、誰しもが最初は考えることだ。大事なのはそれに囚われすぎて、他者を頼る事を恐れないことだ」
「……はい」
「では重ねて聞こう。君にはそんな助言をくれる者に心当たりはいるかね?」
「……います」
脳裏に浮かぶのはパーティーを組んでいる五人。
その中には悩みの原因となったシューゴも含まれているのだが、隣に座る男に諭された今は自分よりも強いからこそ頼りたいと思えた。
悩みの解決とはいかなくとも、その糸口を掴んだ様子のトシキに男は満足そうに頷く。
「うむ。ならば後はその者に尋ねたまえ。初対面で君の事を全く知らない、ちょっと頭が回るだけのジジイよりも的確な助言をくれるだろう」
そう言い残して立ち去ろうとする男へ、慌てながら声を掛ける。
「あ、あの、ありがとうございます。お陰で悩みがなんとかなりそうです」
「そうか。ならばこのジジイのお節介も、少しは役に立てたようだね」
「はい、とても。できれば何かお礼を」
「必要無い。所詮はただのお節介だ、気にしなくていいさ」
「じゃあ、名前だけでも教えてくれませんか?」
「名乗るほどの者ではないが、まあいいだろう。私の名はハンゾウ。元三流止まりの冒険者だった、つまらない男さ」
名前を伝えた男はそれ以上は何も言わず脱衣所へ歩き出す。
いくら年を取ったとはいえ元冒険者とは思えないほど小柄で細い体つきに、それが理由で三流止まりだったのかと思いつつも感謝を込めて一礼した。
「何やってんだ、トシキ」
掛けられた声に頭を上げると、そこにはグッタリしたカズトに肩を貸すシューゴがいた。
「いや、そっちこそ何やってんの?」
「このバカがのぼせたから、水ぶっかけて外へ運んでるところだ」
軽く頭を小突くがカズトはグッタリしたまま、言い返すこともせずシューゴに運ばれていく。
それにトシキも付いて行き、脱衣所内の長椅子にカズトを寝かせる。周囲の客から何があった、大丈夫かと声を掛けられのぼせただけだと説明し、とりあえず起きるまで放置することにした。
その間にシューゴとトシキは服を着て、別の長椅子に座ってカズトが起きるのを待つ。
「まったく。調子に乗って長湯するからだ」
少し苦しそうに唸るカズトを眺めて呆れるシューゴへ、隣に座って水を飲むトシキはチラチラと視線を送る。
先ほどハンゾウと名乗った男からの助言で、自分が強くなるための意見を聞くタイミングを計っているのだが、見た目のせいで湯上りの想い人を眺める少女のように見える。そのため入浴している様子からトシキが男だと分かっている周囲からは、彼はそういう趣味の持ち主で隣にいるのが狙っている相手なのかという誤解を抱かれる。
そんな誤解を生じさせているとは気づいていないトシキは、一つ深呼吸をして意を決する。
「あのさ、シューゴ君。大事な話があるんだけど」
こんなところで勝負にいくのか⁉
決意の籠った表情にそんな勘違いをする周囲は、どうなるのかと横目での視線を外せず耳を傾けずにはいられない。
そして話しかけられ、真剣なトシキの表情を見たシューゴは告げる。
「悪い。俺にそういう趣味は無い」
「何を勘違いしているのかなっ⁉ 違うよ、僕がもっと強くなるためにはどうすればいいか、聞こうとしたんだよ!」
勝手に誤解していた周囲は、実は大したことじゃないのだと分かり興味が失せた。
「もっと強くって、具体的には?」
「具体的にって……」
「お前個人として強くなりたいのか、パーティーでの立ち位置的なところの力をもっとつけたいのかってことだ」
それを聞いたトシキは、またしても自分の考えの甘さと浅さに落ち込んだ。
自分が求めた強さは嫉妬対象のシューゴへの対抗心から生まれたもので、分類するなら個人的な強さだった。だがそれと同じくらい、仲間としてもっと役に立ちたいというパーティー内における強さも求めている。
指摘されて初めて両方を同時に求めている事に気づかされ、軽く自己嫌悪に陥ってしまうが今さら隠すようなことはしない。強くなるにはどうすればいいのかを聞いた以上、もう引けないと踏み出した足を更に踏み出す。
「……両方」
何を言われようとも構わないという気持ちで告げる。ところが返ってきた反応はトシキが覚悟した類のものでは無かった。
「両方か。まあ、できなくはないか」
「……あれ?」
予想と違う反応に思わず戸惑いの声が出てしまう。
しかも、できなくもないと言われ本当なのかと驚きも混じる。
「なんだ?」
「いや、両方いけるの?」
誤魔化すように尋ねるトシキへシューゴはできるとだけ返す。
「ど、どうやればいいの!?」
「極端な事を言えば、今のやり方を変える必要は無い。魔法の創り方を考えればいい」
「えっ? どういう意味?」
「トシキってさ、創った魔法は補助系のが大半だろう?」
現時点でトシキが創れる魔法は十個で、実際に創っている魔法は七個。
暗闇を照らすための「ひかりでてらす」、周囲の生き物の種族や位置を知る「しゅういをしる」、動きを素早くする「すばやいどうさ」、記憶や知識や感覚から指定した一つを誰かと共有する「きょうゆう」、誰かと自分の位置を入れ替える「いちこうかん」。トシキの創った魔法はこういった何かしらの補助を目的とした物が中心で、残る二つの魔法は攻撃用と防御用の魔法をそれぞれ一つずつ創っている。
「これは俺の勝手な想像だけど、身体能力が高くないって自覚しているから「すばやいどうさ」を創って、自分に足りない所を誰かと補うために「きょうゆう」とか「いちこうかん」を創ったんじゃないのか?」
「まあ、そんな感じだね」
「なら答えは簡単だ。「すばやいどうさ」以外の自分を強化する魔法を創れば強くなれるし、もっと別の形で誰かと補う魔法を創ればパーティー内での連携に役立つだろ。そうやって補いながら、時間をかけて個人的に強くなるのと並行して連携を強化かつ豊富にしていけばいい」
「あぁっ!」
本当に今日は気づかされてばかりだとトシキは思った。
すぐには強くはなれなくとも、これまでやってきたように魔法で補っていけば個人的な強さもパーティーにおける強さも得ることができる。
所詮は魔法による一時的な強さだが、簡単に強くなれない以上はそうやって補うしかない。そう割り切って補助系の魔法を創ってきたというのに、そんな初心を忘れて魔法抜きの実力を上げて強くなりたいとばかり考えていた。
その事に気づいたトシキは、シューゴとコタロウの手合せでの二人の動きからついそう考えてしまっていた事を反省する。自分は自分、彼らは彼らなんだと割り切るべきだったと。
「シューゴ君。今日は自分の底の浅さが嫌になってばかりだよ」
「不満を鍛錬にでもぶつけて発散するか?」
「お酒を飲みに行くんじゃなくて、鍛錬にぶつけようとするのがシューゴ君らしいよね」
「飲みたいなら付き合うぞ」
成人しているシューゴ達は飲酒可能だが、実は今まで酒を飲みに行った事は無い。
深い理由は無く、飲みに行こうと誰も言い出さなかったため飲みに行っていないだけ。
「……行こっか。皆にも聞いてみて賛成なら」
「了解」
この後、復活したカズトはノリノリで了解。残るは女性陣だけだと脱衣所を出て合流すると。
「あっ、来た。見て見て、アカネって眼鏡無しの方が良くない?」
「髪型にも手を加えて額を出してみました」
「返して~、戻して~、放して~」
背後からシノブに押さえられたアカネは眼鏡を奪われ、前髪を左右に分けて額を出す髪型に変えられていた。
右手に奪った眼鏡を、左手に髪型を変えるために使ったと思われる櫛を持つコトネが元凶でシノブはそれに乗ったと思われる光景に、真っ先に食いついたのはカズト。
「んん? なんか見慣れない感があってイマイ――ぐほぁっ!」
イマイチだと評価をしようとしたカズトの腹へコトネの肘が叩き込まれた。
鍛えられた腹筋であっても油断して力が入っていなかったため、腹を押さえて蹲ってしまう。
「アンタね! ちょっとは言い方ってもんを考えなさいよ!」
「シューゴ殿! シューゴ殿はどう思いますか!」
取り繕うようにシューゴへ意見を求めるが、彼女達にとってはこっちが本命。
あの会話の結果、気を引くためにまずは外見を変てみたらという意見に収まり、拒否するアカネを力に勝るシノブが押さえてコトネが手を加えた。
尋ねられてアカネを凝視するシューゴの様子に、どんな反応を見せるのかとコトネとシノブは楽しそうに見守り、顔を真っ赤にしたアカネは様々な感情が絡み合い硬直してしまう。
そんなアカネをじっと眺めたシューゴは確認するように尋ねる。
「アカネ、見えるのか?」
「な、何が?」
「いや、眼鏡無しで見えるのか?」
「見える見える見える。近ければ見える!」
焦る必要も無いのに焦った様子での返答に首を傾げつつ、質問への返答を聞いたシューゴはコトネの方を向く。
「コトネ」
「何よ」
「額を出して眼鏡無しの方が良いっていうのは、同意しよう。だけど弓矢を使うのに遠距離が見えないのは不味い。だからここは、フレームの形状や色を変えてみたらどうだろう?」
「なるほどね」
「割と本気で意見してる!?」
こんな展開は予想しておらず驚くアカネだったが、想い人から外見を褒められた事は嬉しくて顔の赤みが耳まで広がる。押さえられているシノブが耳元でこっそり、良かったですねと囁くとアカネは小さく頷いた。
「ところで、なんでいきなりこんな事してんだ?」
「アンタ達が遅いから、ちょっと遊んでたのよ」
「悪い。そこで蹲っているアホが長湯してのぼせてたから、休ませてたんだ」
まだ腹を押さえて蹲っているカズトを指差し、遅くなった理由を説明する。
そのカズトにはトシキが寄り添い、邪魔になるからと近くの椅子へ運ぼうとしていた。
「そうだったの。まあ気にしなくていいわ、お陰でアカネの隠れた魅力を発掘できたから」
「……確かに」
アカネの方を向いてポツリと呟く一言を耳にしたコトネは、イメチェン作戦成功だと思いつつもさらなる一手を打つ。
「ねえねえアカネ、シューゴもこう言ってるんだし髪形はそれでいいじゃない。眼鏡もそろそろ変え時みたいだし、さっき言われたように別の形状で新調したら?」
ほらほらと薄っすら傷がついたレンズや、塗装が剥げてきているフレームを指差す。それと共に、話を合わせろと目で訴える。
それが伝わったのか伝わらずとも新調しようと思っていたのか、アカネは頷いて肯定する。
「だったら明日にでも行ってきなさいよ。シューゴ、アンタが言い出しっぺなんだから一緒に行って選んであげなさい。似合うと思う物をね」
「へぁっ!?」
さりげなくデートっぽい状況を作ろうとしている事に気づいたアカネから変な声が出た。
「皆で行かないのか?」
「大人数で行っても、別々の意見が出てかえって困るものよ。こういうのは少人数がいいの」
「そういうもんか?」
「そういうものよ」
「分かった。アカネ、そういう訳だから明日はよろしく」
「ほあぁっ!?」
あっさり納得させられて丸め込まれたシューゴに、またもアカネは変な声を出す。さっきから何で変な声を出しているのかとシューゴは首を傾げるが、深くは気にせず良いのか嫌なのかを尋ねる。
返答に困っているとシューゴの背後にいるコトネから、せっかくおぜん立てしたんだから断らないわよね? とでも言いたげな雰囲気と視線を浴びる。さらにまだアカネを押さえていたシノブからも、ここを逃せば次の機会はいつになるか分かりませんよと小声で促され、お願いしますと話を受けた。
椅子に座ってまだ前屈みになっているカズトはともかく、その光景を客観的に見ていたトシキはなんとなく気づいた。
(あっ、なるほど。そういうことか)
アカネがシューゴに想いを寄せ、それを援護するためにコトネとシノブが協力。上手いこと二人になれる状況を作ったのだと。
(これがあの人が言っていた、客観的に見るってことか)
当のシューゴは気づいていないが客観的に見ていたトシキは気づいた。それにより助言をもらった男の言葉の意味をより一層理解して、今後はもっとこうした目線でパーティー全体を見て必要そうな魔法を創りだそうと決めた。
なお、飲みに行く件については全員が賛同。「月下の閃光」による初の飲み会が行われることとなった。
****
シューゴ達が飲み会に行こうと決めたちょうどその頃、国防軍本部で詳細説明をして叱責を受けたセンリは後日軍法会議に出席する通達が届くまで一時謹慎を言い渡され、部下と別れて歩きで家路へと着いていた。
「ったくあのジジイ共。ネチネチと説教しやがって。ああ、早く帰って愛する夫と娘に癒されたい」
頭の中に夫と娘のマリを思い浮かべながら歩くセンリ。
そんな彼女の前にコタロウが姿を現す。
「おや、さっきぶりですね」
「アンタ、娘と飯食いに行ったんじゃなかったのか?」
「行きましたよ。その後でちょっと用事を思い出しましてね。娘達を先に返して、その用事を片付けてきたんです」
微笑みを絶やさず説明する様子に、本当にどうしてこんな顔であんなエゲツナイ策を思いつくのかとセンリは不思議に思った。
そんな最中、コタロウの目に見覚えのある人物が映った。
「おや? あれはまさか……」
何かあったのかとセンリが振り返ると、多くの人々が行き交う中に彼女の見知った人物を見つけて目を見開く。しかもその相手は奇しくもコタロウと同じ人物。
その人物は杖をついているというのに人ごみの中を滑らかにすり抜け、急に飛び出してきた子供にもまるで察知していたかのように立ち止まって通過させ再び歩きだす。やがてその人物もコタロウとセンリを見つけると、ほうと小さく声をもらした。
人ごみをすり抜けて来たその男は、二人の前へ辿り着くと懐かしそうに話しかけた。
「やあ、久しいな。まさかこんな所でかつての教え子達に会うとは思わなかったよ」
どこか楽し気にそう言った男、ハンゾウに二人はほぼ同時に声を上げた。
「ハンゾウ師匠!?」
「ハンゾウのおっさん!?」




