甘い考えには現実を
帝都に戻って来た翌日。冒険者ギルドに赴いたシューゴ達は依頼を受けず、ギルド内で最近の様子を聞いたり貼られている依頼の下見をしたりして不在中の情報を集めていた。
依頼で気になった点は職員にも尋ねて確認し、ここ最近は何か変わった事がなかったかと冒険者に尋ねて帝都の情報を集めて回る。
こういった魔物が多く見られるようになって討伐依頼が毎日のようにある、既に解決したがこういったことがあった、最近はこの素材が不足していて買い取り額が高沸している。そういった情報を集めて共有し、不在中の情報不足を埋めていく。
「向こうに行く前はあまりいなかったファングアリゲーターが増えて、沼地周辺の生態系を乱す恐れありってことで討伐依頼が頻繁にあるらしい」
「そのせいで素材と肉の流通量が増えて、買い取り額は下がっているんだって」
「代わりに成功報酬を上げているみたいだけど、そろそろ頭打ちだろうって話を聞いたよ」
依頼の情報や素材買い取り額の変化は冒険者にとって生活に直結する貴重な物。
不在前のつもりでいると最近の傾向を見落とし、以前なら高額買取の物を採ってきたら今は二束三文だったという話もある。
また、逆のパターンも当然ながら存在する。
「今、買い取り額が高沸しているのはラージバットだって」
「はあ? あのデカくて手こずらせる割に何の素材にもならず、肉は味も香りも癖が強くて犬猫も食べないっていうあの蝙蝠が?」
コトネが言うような理由でラージバットの討伐はあまり人気が無く、大繁殖して討伐する必要があるか報酬が多くないと誰も受けない場合が多い。
「それが一ヶ月くらい前にラージバットの美味しい調理方法が確立されたらしくてさ、自称を含めて食通な貴族が買い求めているんだって」
話を聞いてきたトシキが最初は信じられなかったように、説明されてもシューゴ達は信じきれず怪訝な表情を浮かべる。
冒険者学校でもラージバットについては教わっており、倒すのがどれだけ面倒でいかに素材としても食用としても使い道が無いかは知識として知っていた。
それだけに調理方法が確立されたと言われても、どうにもピンとこない。
「どうします? ラージバットを狩りに行きますか?」
「どうするかな……」
高額収入が待っているとなれば誰もが動きそうだが、そう簡単に倒せないのがラージバットという魔物。
日中は主に住み着いた洞窟や廃鉱に留まり、夜間は外へ飛び出して別の魔物や冒険者を襲って血を吸うこの魔物はラージというだけに蝙蝠としては巨大で、最小でも全長二メートルはある。昼夜関係無く暗ければ活動可能なため日中でも油断はできず、どうせ日中は寝ているだろうと油断した冒険者が被害に遭う事は多い。
地面に降り立って戦う事も可能な上、翼は斬れ味抜群の剣のように鋭くて表皮は硬いため下手な接近戦は体格差もあって不利になるだけ。生半可な魔法も通じないため、経験の浅い冒険者が痛い目を見る魔物の一つとしても名が通っている。
「カズト、攻撃を凌ぐ自信はあるか?」
最前線に立つタンクが如何にラージバットの攻撃を凌げるかが重要だと言われているだけに、パーティー内でタンクを務めるカズトに注目が集まる。
「やってみなきゃ分からねえ!」
「……だよな」
何故か胸を張って自信満々に言い切る様子に少し頭痛を覚えたシューゴは額に手を当て、やめておこうかなと呟く。
そんなやり取りに他のメンバーが苦笑していると、聞き覚えのある声がギルド内に響いた。
「あっ、お姉ちゃん発見!」
「えっ? ホノカ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、駆け足で寄ってくるホノカとその友人らしき三人がいた。
後ろに続いているのは双子らしきそっくりな顔立ちの少女達と、髪を三つ編みのおさげをまとめてメガネをかけた真面目そうな少女。
主に男性冒険者の視線が一瞬集まるが、子供には興味が無いとすぐに視線は外される。
「どうしたの? まだ冒険者登録はできないでしょう?」
未成年が冒険者ギルドに来ることなど滅多に無い。
あるとすれば依頼の申し込みか、十二歳以上が冒険者学校へ行かずに直接冒険者になる場合。
しかしホノカはまだ十一歳で冒険者にはなれず、実家が依頼を出すような事態には陥っていない。
それだけに不思議に思ったアカネが尋ねると、姉と違って薄いどころか真っ平な胸を張って答える。
「お姉ちゃん達に冒険者のことを色々と教わろうと思って!」
「色々って?」
「昨日言っていた必要な技術や知識について」
返事を聞いたシューゴ達は昨夜のやり取りから、彼女の考えが甘くて浅いことを知っている。
おそらくはこれもそうなんじゃないかと、後ろで気まずそうにしている友人達のためにも詳しく聞いてみることにした。
「教わってどうするの?」
「そうすれば昨日言っていた、教官から教わることが減って早く一人立ちできるでしょ」
自信満々に言うが、世の中はそんなに甘くない。
「それは無いぞ。冒険者登録して教官を付けてからの話だから、事前に学んだことは予習扱いされて終わりだ」
「なんでえぇぇぇぇぇっ!」
現実の厳しさをシューゴが教えると絶叫し、その場に崩れ落ちて項垂れる。
またしても考えの甘さを露呈したホノカだが、そう考えてしまう気持ちは分かると一部の冒険者が心の中で同意する。
彼女の後ろにいる友人達はその辺りを理解していたようで、やっぱりという表情を浮かべていた。
「あの、ごめんね。うちの妹が色々と足りなくて」
申し訳ない気持ちになったアカネは姉として妹の友人達へ謝罪する。
「「気にしないでください」」
「彼女と長く友人をやっている間に、良くも悪くも慣れてしまったので」
声を揃える双子と一番気にしそうな真面目な見た目の少女は、考え無しに行動するホノカには既に慣れていた。
「あのさ、悪い事は言わねえからちゃんと学校行くかギルド付きの教官に教われよ。君の為にもさ」
「カズト君がまともな事を言った!?」
「おいこらトシキ、そりゃどういう意味だ」
驚きながらの発言にバカにされた感のあるカズトが怒ってみせるが、そういう反応をされてもおかしくないとシューゴ達は思った。
一方で項垂れたままのホノカには友人達が声を掛けている。
「だからいったじゃないホノちゃん」
「おとーさんの言う通り、ちゃんと冒険者学校で勉強した方がいいって」
「やーだー! 勉強嫌いー!」
「諦めなさい。何事にも近道は無いのよ。ママも言っていたわ」
「ぶーぶー!」
両手で机を何度も叩いて駄々っ子のように文句を言う妹の姿を目の当たりにしたアカネは恥ずかしくて仕方なく、真っ赤になった顔を両手で覆うように隠して俯く。
同じ妹でもミユキとは大違いだとシューゴが思ったその時、ホノカの口から聞き捨てならない事が飛び出す。
「どうして毎日をお気楽に過ごせる冒険者が、そんなに勉強しなくちゃならないのー!」
これには傍聴者に徹していた周囲の冒険者の癇に障り、鋭い視線が一斉に集まろうとした。
だがそれよりも早く、「具現短剣」による短剣を手にしたシューゴが切っ先をホノカの目の前に突きつけていた。
「――へっ?」
突然目の前に刃を突き付けられたホノカは硬直し、さすがにそれは拙いと察した彼女の友人達もいきなりの事に言葉を失う。
沈黙して身動き一つしない彼女へ向け、目つきを鋭くしたシューゴが問いかける。
「テメェ、冒険者舐めてるだろ?」
「えっ」
「自由と気楽を履き違えるな。俺達冒険者は自由であっても気楽じゃないんだよ。そういう事が言えるのは、冒険者を舐めている証拠だ」
迫力の籠った目と言葉にホノカが何も言い返せないでいると、周囲からその通りだと同意する冒険者達の声が次々に上がる。
異様な雰囲気になっていく様子に彼女の友人達は身を寄せ合って助けを求めようとするが、ついさっきまで和やかだったシューゴの仲間達も厳しい表情をしているのに気づき、求めようとした助けを飲み込んだ。
「あ、あわわわっ!? いきなり何するんですか!?」
ようやく頭が事態を理解すると慌てて刃から離れようとして、勢いあまって背中から倒れて尻もちをついてしまう。
そのまま背中向きで這うように距離を取ると「具現短剣」を解除する。
「俺達冒険者が毎日気楽に過ごせるって? 冒険者のことなんかこれっぽっちも知らない奴が、バカなこと言ってるんじゃねえ! 俺達がどれだけ自分の命を張って、日々を送っていると思ってんだ!」
腕を組んで見下ろしながら叱責するシューゴへ同調するように、周囲からもっと言ってやれと叫ぶ声が響く。
ギルド職員が宥めようとしても治まらず、どうしてこうなったのか分からないホノカは怯えて震える。
すると席を立ったアカネが歩み寄り、全く和やかさを感じさせない笑みを浮かべた顔を近づけながら告げる。
「ねえホノカ? 今夜はちょっと外に泊まろうか」
「えっ? えっ?」
「お姉ちゃんとして教えてあげるよ。ホノカが冒険者を舐めているってことを」
そこに彼女の知る大人しくてどこか引っ込み思案な姉の姿はなく、怒りを露わにしている今までに見た事の無い姿がそこにあった。
****
帝都から少し離れた森の中。
魔物の領域ではないが野生動物がひしめくこの森の中に、シューゴ達はホノカを連れて来ていた。
あの後で周囲の冒険者へ謝罪するシューゴとコトネを残してホノカとその友人達を外へ連れ出すと、とりあえず友人達へお詫びを入れて帰ってもらい一人残ったホノカへアカネが告げた。
「お父さんとお母さんには私が説明しておくから、野営に必要だと思う物を揃えてきなさい」
「ど、どうして?」
「冒険者にも勉強が必要な理由を、身をもって教えてあげる」
有無を言わさない雰囲気に頷くしかなかったホノカは何度も頷き、駆け足で去って行く。
そうして約一時間後。収納系の魔法を創っていないからか、必要な物を詰めたと思われるリュックを背負ったホノカを連れて一行は森へと向かって現在に至る。
荷物を持たず身軽なシューゴ達に対し、重いリュックを背負っているホノカは息を切らしていた。
帝都を出てしばらくは軽かった足取りはすっかり重くなり、一歩を踏み出すのにも決意がいるほどにまで疲れている。しかし誰も手を貸そうとしない。
いったいどこまで歩くのか。そんな考えが頭を過った頃、前を歩くシューゴ達が止まった。
「さて、この辺りでいいか。今日はここで一晩野営するぞ」
そこはこれまで歩いてきた道と比べ、やや開けただけの場所。
ようやく休めると思ったホノカは最後の力を振り絞ってそこへ辿り着き、息を切らしながら腰を下ろす。
そんな疲れ切った彼女の耳に、信じがたい一言が届いた。
「あっ、君は全部自分でなんとかしなね」
「――えっ?」
思わず自分の耳を疑ってしまう言葉を聞いたような気がしたホノカだが、生憎とこれは現実である。
「俺達は俺達の分しか野営用の備えをしていないから、頑張ってね」
「えっ? えっ?」
「大丈夫だよねホノカ。ちゃんと野営に必要だと思う物を揃えてきたんでしょう?」
重そうなリュックを指差して言うアカネに、普段は無い冷たさを覚えたホノカは何も言い返せない。
そうしている間にシューゴ達は誰が何を担当するかを決めていき、二人一組になって森の中へ散って行った。
しばしポカンとしているホノカがふと周囲を見渡すと、魔物の領域でもない普通の森なのにやたら圧迫感があって木々が風で擦れる音や鳥の鳴き声と羽ばたきに体を跳ねてしまう。
「まっ、待って、一人にしないで!」
この場に一人で留まる事に恐怖心を覚えたホノカは、とにかく誰かと一緒にいたくて急ぎリュックを下ろすとシューゴとアカネの後を追っていく。真っ先に見えたのはシノブとトシキなのだが、そちらではなくわざわざ姉のいる方を選んだのは身内ということによる安心感を求めてだろうか。
追いかけて来るホノカの姿を確認した二人は頷き合い、そっと歩く速度を落として歩みの遅くなったホノカが付いて来れるように調整した。
「待って、てばぁ」
息も絶え絶えになってどうにか付いて行く最中に茂みが揺れる。
「ひっ!?」
怯えるホノカの前に姿を現したのは一羽のウサギだった。
驚いて損をしたと胸を撫で下ろした直後、そのウサギの頭部に矢が刺さった。
「えっ?」
ついさっきまで生きていた可愛らしいウサギは頭を射抜かれて倒れ、ただの肉塊と化す。
矢が飛んできた方へ目を向けると、そこには弓を持つアカネと短剣を抜いて近寄るシューゴの姿があった。
「お、お姉ちゃん? 何してるの?」
「何って狩りだよ。せっかくそこに今夜の晩御飯があるのに、狩らないはずがないでしょう?」
「晩御飯? って――」
晩御飯とは何を指しているのかを察したホノカがウサギの方へ視線を戻すと、ちょうどシューゴがそのウサギを捌いているところだった。
何の躊躇もなく刃を入れて血抜きをして毛皮を剥ぎ取り内臓を取り出し、肉屋で売っているような本当にただの肉へと処理していく。
それを目の当たりにしたホノカは耐え切れず嘔吐して、戸惑いと困惑しかない視線をアカネへ向ける。
「ど、どうして?」
「どうしてって、こうしないとお肉が食べられないでしょ?」
「でも、でも、あのウサギさっきまで生きて」
「だから何? ホノカがいつも美味しいって食べてたお肉も、全部がそうじゃないけどこうやって手に入れているんだよ?」
生き物を自ら仕留め、解体される様子を見ても冷静かつ淡々としている姉の姿は彼女の知らないもの。
初めて見るその様子は冒険者になる以前に比べて冷たくも感じられるが、それ以上に姉がとても大きくなったようにホノカには見える。
自分より気が弱くて冒険者などやっていけるのかと思っていた姉の現在の姿に対して浮かぶのは、勝てない、追いつけない、そんな弱腰の考えばかり。
「アカネ、毛皮は俺の方で預かるから肉は頼む」
「分かった。「ほかんばしょ」」
「収納空間」へ毛皮を入れるシューゴから肉を預かり、「ほかんばしょ」の中へ入れておく。
切り取った内臓は周囲へ燃え広がらないよう注意しながら「火炎放射」で焼却処分すると、何事も無かったように再び歩き出す。
「――あっ」
呆然としていて若干飛んでいた意識を取り戻したホノカは慌てて後を追う。
その後もシューゴとアカネは発見した鳥や狸を矢と短剣の投擲で仕留めては解体しを繰り返していき、その様子をホノカはただ眺めていた。
「ねえホノカ、あなたは何を食べるの?」
何も言わずただ後を付いて来るだけの妹へ問いかけると、暗い表情を浮かべて俯いていた顔を上げる。
「何を食べるって……?」
「だってこれは野営。つまりここで一晩過ごすんだから、食料は必要でしょ?」
やっぱりあのウサギや鳥はそういう目的で狩ったのかと分かったホノカだが、ふと疑問に思った。
「えっ? 私にはくれないの?」
幾分か驚き混じりに問うとアカネは溜め息を吐く。
「さっきシューゴ君が言ったじゃない。私達は私達の分しか野営用の備えをしていない、あなたは全部自分でなんとかしなさいって」
「どうして!?」
「自分で考えてみなさい。これもあなたの言う、気楽な冒険者の生活の一部よ」
呆然と立ち尽くすホノカへ背を向けたアカネは少し先で待っているシューゴと合流して歩き出す。
困惑して混乱して思考停止したホノカにできたのは、フラフラとしながらも置いて行かれないよう付いて行くことだけだった。
(大丈夫……。大丈夫……。リュックの中に食べ物はある。それがあれば、一晩くらい)
自分に言い聞かせるようにしながら歩き、やがて最初に辿り着いた野営地へ到着した。
ところがそこには、熊と思わせる獣がやってきた痕跡と荒らされたリュックが散乱していた。
「……嘘」
慌てて駆け寄ったホノカが荷物を調べると、持ってきた物はほとんどが爪で引き裂かれ、食料に関しては食い散らかされた物が僅かに残っている程度だった。
水が入っていた水袋も切り裂かれて中身が流れ出てほとんど残っていない。
「なんで……」
呆然とするホノカは知らなかった。
収納系魔法が無くて荷物を持ち運ぶ際は、それを放置せずに誰かしら荷物番を置くか重くとも持ち運ぶかしないとこういう事になることを。
そんな妹の様子に姉としての顔が出そうになったアカネだが、肩を叩かれたシューゴに首を横に振られてそれを引っ込める。ここで優しくしても本人のためにならないと。
感情を押し殺し、黙々と野営のための準備をしていく間にシノブとカズト、コトネとトシキの組もそれぞれ戻ってきて成果を報告する。
「近くに川があったから魚を採ってきたぜ」
「ついでに薪も拾ってきました」
「果実がいくつかあったよ」
「野草も採ってきたわ」
シューゴとアカネも肉を提出するとシューゴとコトネが見張りに立っての調理が始まる。
といっても魚と肉を木の枝を削った串に刺して焼くだけ。
しかしその香りはホノカの胃を刺激し、沈んでいた気持ちを持ち上げる。思わずフラフラと寄っていくが、そこにコトネが立ちふさがる。
「あれはアタシ達の食糧よ。あなたの分は無いわ」
「そ、そんな! 私は食べる物がなくなっちゃって」
「それはあなたの責任でしょう? それにシューゴが、自分の分は自分でなんとかしろって言ったじゃない」
「でも!」
「文句は言わせないわよ? これもあなたの言う、気楽な冒険者生活の一部なんだから」
武器に手を掛けて睨むコトネの気迫に押されたホノカは後ずさりし、言おうとした文句も言えなくなる。
彼女の思考はとにかく食べる物をということに集約され、暗くなり始めた森の中へ足を踏み入れる。
「アカネ」
「うん。「とおくをみる」」
遠方を見れる魔法により、森の中へ入ったホノカの姿がアカネの目に映る。
彼女は肉と魚を焼くために熾した焚火の煙を戻る目印にしているのか、時折振り返ってまだ見えるかどうかを確認しながら移動をしている。
「ちゃんとこの煙を目印にはしているみたいだよ」
「ん、なら大丈夫だな」
「人間、不安とかに駆られれば普段は思いつかなそうな事も思いつくものね」
出会った時の足りない印象から、そう言われても仕方ないと思った一同の間には小さな笑いが起きた。
一方のホノカはそれどころではなく、なんとか野生動物を捕まえようと探すが索敵系の魔法が無いため闇雲に探すだけで見つからない。徐々に暗くなっていくことに不安は強くなり、煙の位置を確認すると肉を諦めて何か果実か野草を採ろうと周囲を探るが……。
「どれが、食べられるの?」
パッと見ただけでは野草はどれが食べられるのかなど分からない。
果実も同様。ようやく見つけたそれを採ろうと手を伸ばして触れる寸前で、これは食べられるのかという不安が襲ってくる。
普段なら気にせず食べていたのは店で売られていたり、実家の宿の食堂で使うために仕入れた物ばかりで安全と分かっている。だがここにあるのは野生の物で、安全かどうかは自分で見抜くしかない。
「分からないよぅ……」
そうした知識を持たないホノカは伸ばしていた手を引っ込め、途方に暮れる。
周りには野草も果実もあるのに、どれが食べられるものか分からない。
索敵系の魔法が無いため野生動物を探すことができず、収納系魔法が無いため持ってきた食料を失い、知識が無いため周囲にある野草や果実が食べられるかも分からない。
唯一の頼りは魔法だが、彼女は冒険者として活躍するためにと攻撃用の魔法ばかり創ってきた。「感電地」や「どろぬま」のような動きを阻害する魔法どころか、身体強化系の魔法も無い。仮に魔法で野生動物を捕まえても、それを捌くための知識も技術も無い。
(何も……できないじゃん、私……)
無い無いだらけの自分を痛感したホノカはようやく理解した。冒険者は気楽なんかじゃないと。
自由にしてはいても、それは様々な知識や技術を習得して生きる術を持っているからこそ。
それが無ければ食べ物一つ手に入れられず、獣を捕まえてもどうにもできず、誤って毒物を食べてしまうかもしれない。
冒険者になったら有名になることしか考えていなかったホノカは、強さ以外に必要なことなど無いという考えが間違いであることを思い知らされた。
「うぅ……ぐすっ……」
甘さを思い知らされたホノカは崩れ落ち、嗚咽を漏らして後悔する。
姉とその仲間どころか、ギルドにいた冒険者が怒ったのは自分の無知が原因だと。それを教えるためにここへ連れて来られて、あんなに冷たく接されていたのだと。
日が落ちて真っ暗になった森の中で悲しみに暮れるホノカを見て、「とおくをみる」で様子が変わったの確認して近くまで来ていたアカネは同行したシューゴとトシキの方を向く。
充分だと思った二人は黙って頷き、三人はホノカへ歩み寄る。
「ひかりでてらす」
人の声と共に後ろから差す光に涙を浮かべたまま振り向くと、魔法を使って明かりをともすトシキと周囲へ注意を向けるシューゴ。そして普段の温かい笑みを浮かべるアカネがいた。
「お姉ちゃん……」
「ホノカ。何か言う事はある?」
冷たさの欠片も無い表情と声を受けたホノカは、自分がやるべき事を即座に実行した。
「ごめんなざぁい!」
思い知らされたホノカはその場で泣きながら土下座し、自分の考えの甘さと浅さを謝罪した。
謝罪内容に満足した三人は頷き合い、手を貸してホノカを野営地へと連れて帰った。
****
「はあ、疲れた……。似合わないことするものじゃないね……」
連れ帰ったホノカは謝罪しながら用意しておいた食事と水を口にすると眠ってしまい、それに膝を貸すアカネは疲れた表情をする。
「お疲れさん」
「姉っていうのは大変よね。アタシも気弱で泣き虫でお姉ちゃんお姉ちゃんって言って付いて来ていた可愛くて可愛くて可愛い弟の面倒を見ていたから、気持ちはよく分かるわ」
同意するように頷くコトネだが、それにトシキが立ち上がって口を挟む。
「それ僕のことだよね!? ていうか姉さんに弟は僕しかいないんだから、絶対に僕のことでしょ! いつ僕が姉さんって連呼しながら後を追ってたのさ、濡れ衣だよ!」
気弱で泣き虫は否定しないんだなとシューゴとアカネとシノブは思ったが、口にはしようとしない。
口にするのはカズトくらいだ。しかも別の点を。
「トシキ。お前、自分が可愛いって自覚あったんだな」
「余計なお世話だよ!」
「静かにしてホノカが起きる」
思わずいつものノリで上げた大声に気づき、慌てて口を塞ぐ。
幸いにも目覚めることはなく、スヤスヤと眠り続けている。
ホッとしたトシキは腰を下ろしてコトネを睨み、睨まれたコトネはどこ吹く風とばかりにスルーして吹けもしない口笛を吹こうとする。
「しっかし、思い出すな。俺らも冒険者学校でさ」
「ああ、色々と甘い考えとかを叩き直されたな」
「しかもユウ先生はニコニコ笑いながら鋭く斬り込んでトドメを刺しに来るし」
「今回の私達のやり方は、学校で経験したことに比べれば」
「ずっとマシよね」
「本当、あの時は……」
今日のホノカ以上の経験をさせられた過去を思い出した一同は、暗く重い空気を発しながら揃って落ち込む。
それがどのような過去なのか。おそらく語られることは無く、彼らも語りたくないだろう。
結局、この後はもう寝ようという流れになって見張りをしつつ順番に就寝。翌日に帝都へと戻って来た。
「帝都よ! 私は帰って来たぞぉぉっ!」
忘れられない一晩を過ごしたホノカは門を潜った途端、周囲からの視線など気にせず両手を空へ突き上げて叫んだ。
「なにそれ?」
「いや、何かこう言わなくちゃいけない気がして」
「そんなことより、ちゃんと冒険者ギルドでも謝罪するのよ」
「分かってるよぉ」
アカネから釘を刺されたホノカが若干膨れながら返事をした。
「「「ホノカ!」」」
「えっ? あっ、皆!」
突如響いたホノカを呼ぶ声の主は昨日の友人達。
彼女達は駆け寄ると大丈夫だったかと声を掛けたり、何をしていたのかと聞いている。
ああいう友人がいるのは心強いなと、その様子を見守るシューゴ達は一様に思った。
「あはは。大丈夫だよ、ちょっとヤバかったけど」
「ホノカがヤバいって言うなんて……」
「一体何をしてきたのよ……」
「心配だからおとーさんに頼んで、見に行ってもらうところだったよ。ねっ、おとーさん」
「無事ならそれにこしたことはないですよ」
双子の片割れから父と呼ばれた男性の声を聞き、首を傾げたシューゴはホノカ達の後方にいるその男性を見て目を見開く。
さらに相手の男性もシューゴを見て、ちょっとだけ驚いた反応を見せた。
「おやおや、シューゴ殿ではないですか。久し振りですね」
「師匠!?」
『えっ?』
図らずも会おうと思っていた師との再会が実現した瞬間だった。




