魔法を創造できるからこそ
カタギリタウンの次期領主代官候補であるツグトと、その母マサヨによる不正への検挙は成功であり失敗にも終わった。
途中までは上手く事が運んでいたが、マサヨが浅い考えで創って使った「しょうこをけす」の魔法により、今回の事件の黒幕であるツグトとマサヨが消滅してしまった。
唯一の救いだったのは魔法の効果で消滅したのが領主館の中にあった証拠。即ち黒幕のツグトとマサヨ、それと彼らの手元に置いてあった証拠品だけだったということ。他の場所にいた検挙対象やそこにあった証拠品、事件現場となった倉庫や保護された監禁されていた人々、既に入手していた証拠品は一切消滅していなかった。
これはマサヨの魔法の効果が自身の周囲だけに限定されていたからなのか、それとも使用した魔力の関係で魔法の効果がそこまで広範囲に及ばず領主館内の証拠だけが消滅してしまったのか。どちらにしろ知る術はもう無い。
なんにしてもツルギが想像していた最悪の事態。証拠となる物や痕跡や場所や人物を全て消すということにならず済んだことには、さすがのツルギやセンリも報告を受けた際に安心感から脱力してしゃがみ込みそうになった。
とはいえ、こうした事態を受けて領主館の一室でレイトとセンリとツルギ、そして囮役として調査に協力したシューゴ達も加えての話し合いが行われる運びになった。
「まさかこんな事になるとはね……」
溜め息を吐いて呟くレイトもそうだが、誰一人としてこうした展開は予想していなかった。
抵抗されて戦闘行為に発展するのならともかく、証拠ごと自分も消滅してしまうような魔法を使われるとは誰も予想できるはずがない。尤も、自身も消滅するのは本人にとって予想外だったようだが。
「不幸中の幸いなのは、消滅したのが領主館にあった証拠だけだったってことだね」
「それを不幸中の幸いと言ってよいのか、困るところですがね」
念のために駐屯地で保管されている過去の事件で押収していた証拠品の確認をさせたところ、そちらにも被害は無し。
しかし、だからといってそれで終わりという訳にはいかない。
「予想外の事態が起きたとはいえ、我々の不手際は指摘されるでしょうね」
「ええ。彼女を早々に確保し、「しょうこをけす」などという魔法を使われなければ済んだ話ですから」
「こりゃアタシらも本部から何かしらあるだろうな。あいつのこともあるし」
あいつこと治安維持部隊隊長だったあの男は駐屯地にいたため消滅することは無かったが、国防軍内部からそういう人物を出した点は問題に上げられるだろう。
その事を考えるとセンリは重い溜め息を吐いた。
「他の証拠からツグトとマサヨが黒幕なのは判明するだろうけど、その黒幕が跡形も無く消えたという訳か。しかし、どうして彼女の魔法で二人は消滅したんだろうか?」
考える仕草をしながらレイトが呟く。
本人がもういなくなったため「しょうこをけす」の詳細な効果は分からなくなったが、物を消滅させるだけならともかく人を消滅させる魔法など創れるのだろうかと疑問が浮かぶ。
その理由が分からずに全員が唸っていると、ふとコトネが顔と声を上げる。
「あっ、ひょっとして?」
「何か気づいたのか?」
「ああ、うん。ふと思ったんだけどね。自分のやった不正の証拠隠滅のためにしか使えないのと、使えば使用者本人も消滅するから創れたんじゃないかなって」
使えば自滅する未来が用意されているからこそ、「しょうこをけす」という魔法を創ることに成功した。
もしも自分以外を消滅させるのなら創れなかったかもしれないが、マサヨはそこまで深く考えずに自分も含めて消すようにしたからこそ創れたのではないか。
そう考えたコトネの説明に、推測の域は出ないが納得はできる理由だと全員が思った。
「生涯に一度きりしか使えない風に創ったから、創れたのかもしれない……か。潔く聞こえるが、彼女の場合は目的と本人の自覚の無さがそれを台無しにするね」
レイトの呟きに誰もが同意して頷く。
そのまましばし沈黙が続いた後、ツルギが切り出す。
「さて、彼女の魔法についての推測はここまでにして、しかるべき対応について話し合いましょう」
「そうだな。証拠も証人も残っているとはいえ色々と面倒になるだろうが、やるしかないか。坊主達も協力を頼むかもしれないから、その時は頼む」
「分かりました」
その後は魔法に関する話は一切出ず、というより出そうとせずに話を進めていく。
そうした様子を眺めていた神の秘書は、首を傾げながらたまたま仕事で訪れていた魔法神に尋ねる。
「あの、魔法神様。どうして彼女の「しょうこをけす」の魔法は成立したのでしょうか?」
「うん? どういう意味?」
「どうもこうも、あのような効果の魔法が成立したのは何故ですか? 結果的にたった二人とはいえ、人間を消滅させるような魔法が創れるのは危険ではないのですか?」
秘書の問いかけに魔法神は、ああそれねと呟く。
「それが創れたのは自滅の結末が見えていたから、ていうのもあるけど一番の理由はそこに関してはあえて何もせずにおいたからよ」
「ど、どうしてです?」
秘書が重ねて問いかけると魔法神は表情を引き締め、逆に問いかける。
どうして人間に、そこまで完璧な状態を用意しなければならないのかと。
その問いかけに秘書は戸惑い、即座に返答ができない。その様子を見かねた魔法神は質問を変える。
「ではこう聞きましょう。人間とは、彼らが暮らしている世界とは完璧なものですか?」
「……いいえ」
弱肉強食があり、貧富があり、善悪がある。
他にも色々とあるがおよそ完璧とは言えないほど、世界とは不平等で不公平で人間の悪意はどこにでも存在し、それにより被害を受ける人々が大勢いる。
善意が全く無い訳ではないが、完璧かと聞かれれば人間と世界は完璧ではないとしか言えない。
「存在する世界が完璧でなく、そこで暮らす人間だけでなく全ての生物が完璧ではない。なのにどうして、魔法だけは完璧な状態で用意しなくてはならないの?」
完璧でないのが人の世なのに、魔法だけを完璧にする理由が無い。
「生物とはね、成長して進化していくものなのよ。何故だか分かる?」
「い、いえ……」
「それはね」
「不完全だからじゃよ」
得意気な表情で説明をしようとした魔法神の言葉を遮り発言したのは神。
遮られたことに文句の一つも言いたい魔法神であったが、相手が最上位の上司とあって不満そうな表情をするに留めた。
「神様、不完全だからとは?」
「そのままの意味じゃよ。不完全だから変化する環境に適応するように姿や体の性質を変えたり、過去にやった失敗の経験から学習して新たな手を考えたりするのじゃ。完璧の先には、進化も成長も無いからの」
完璧に作り上げることはできるが、その先に待っているのは永遠の停滞。
だからこそ人の世は不完全にできていて、その世界に存在する魔法の仕組みも不完全に仕上げるように調整が施されている。
「そういった魔法の不完全な部分に気づいた後、どうするか。それもまた彼らに委ねておる。これを基に、彼らが……いや、最終的には世界そのものが成長するためにの」
全ては不完全な世界に同調させるためと、それによってその世界に生ける生命の成長と進化を促すため。ひいては世界そのものを成長させるため。
それが良い方向へ進むのか、悪い方向へ進むのかはその世界次第。
仮に悪い方向へ進みすぎても、神々は何もせず見守るだけ。何故ならそれがその世界の住人達が選んだ成長と進化の方向性であり、それによって導かれた未来だからだ。
「彼らは今、世にある新たな不完全の一つに出会った。これをどう受け止めるかは、彼ら次第なのじゃ。わしらは関与せん」
それをどうするかは発見した人間次第。
現状維持のために秘匿するも良し、発展に役立てられないかと研究するも良し、いざという時の切り札として一定の人物の子孫にだけ代々継がせるのも良し、破壊の力として他国の侵略に利用するのも良し。どう使おうが神々はこれに関与せず、ただ見守るのみ。
「さすがに催眠とか隷属とか洗脳とか、人の意識下に影響を与えそうな魔法は封じるようにしておいたけどね。後は不死身とか不老不死とか、人の身には過ぎた力もね」
ようやく説明できた魔法神は少し満足気な表情を浮かべる。
「まあ、いくら不完全な状態に仕上げるとはいえ、他人の意識下に影響を与える魔法は不味いからの。そこは封じさせてもらったわい」
「魔法なんか無くとも、知識と技術と悪意があれば他人を洗脳に似た状態にしたり、隷属させるみたいにして言う事を聞かせたりする手段はありますからね」
秘書が指摘する通り、そうした手段があるからこそ人の意識下に影響を与えそうな魔法は封じられた。
それは人間だけでなく魔物や普通の生物も対象にされていて、そういう理由からシューゴがいる世界には生物を使役するような魔法は存在しない。そのため普通の動物を調教してサーカスの動物のような芸をさせる旅芸人はいるが、魔物を従えて戦わせたり仕事をさせたりするようなテイマーはいない。
動物と同じように調教して魔物を操ろうと試みた者もいるにはいるが、全員が命を落としている。
「なんにしても、今回の件をどうするかは彼ら次第じゃ。まあ、あの国ならそうそう悪いようにはしないじゃろうな。あの魔法について進言した者はどうなのかは分からんがな」
神が指摘した人物とはマサヨが消えていく最中にツルギに言った、いざという時のために証拠を全て消す魔法を創っておくといいと伝えた人物。
その人物を泉に映すと、外套を纏って帝都周辺で動物や魔物相手に何やら色々やっている様子がある。
「興味本位でやっている節はあるが、好奇心は時に人を殺す。彼がどうなるかも、彼の成長次第じゃな」
そう呟いたところで話は終わり、神達は仕事へ戻って行った。
(そういえば、彼も放出系じゃが似たような魔法を創っておったな。試し撃ち以降は使っておらんようじゃし、あの魔法が危険という認識はちゃんとあるようじゃの)
神が思い出しているのは、数年前に空へ向けて放って以降使っていないシューゴの創った魔法の一つ。
防げる上に避けられるため今回話題に上がった魔法ほどではないが、当たりさえすれば似たような結果になる。
(本人も創った際のイメージが過剰だったのは自覚しとるし、大丈夫じゃろ。よほどのことがない限り、あの魔法は使わんじゃろうな)
できれば彼の身にそんな事が起きなければいいと、神は密かに願った。神なのに。
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ツグトとマサヨが消滅して数日。その間に色々と動きがあった。
領内で二人が中心となって起こしていた事件については、首謀者である二人は死亡ということにして書類送検にすることで決定。検挙した関係者は取り調べを受けた後で証拠品と共に帝都へ送られ、さらなる追及をされた上で裁判にかけられることになった。
そのために帝都の国防軍本部から護送部隊が駐屯地を訪れることになり、引き渡して手続きのための準備が行われている。
また、領内での事件の顛末を知ったショウマが領主として対応すべきと判断して訪れると連絡が入り、レイトはより詳細な報告ができるよう書類作成に勤しみつつ、検挙者が出た出ないに関わらず各ギルドや組合に連絡を取ってショウマとの会合に参加するよう命じた。
さらにツルギを始めとした調査員達については、現場に居合わせていたのと調査隊の責任者ということでツルギ一人が処罰を受けることとなった。だが、どんな魔法を持っているかを知る術は無いのと全ての証拠が消えた訳ではないという点を考慮され、幾分かの情状酌量の余地があると判断された。現在は最後まで責任を持って今回の件に当たるように命じられ、残党がいないかの調査や他の隠し拠点の有無についての調査に当たっている。
そしてシューゴ達はというと、これまで通りにタイガの護衛と冒険者活動に分かれて行動していた。
「一段落したと思うと、今一つ気持ちが入りませんね」
「それで何か問題が起きたら責任問題になるから、無理矢理にでも気持ちを入れてくれ」
ここまでずっと自分達が護衛をしてきたというトシキとカズトの意見を受け、当分は護衛をしていなかった四人がタイガの護衛に就くことになった。
この日はシューゴとシノブが護衛を務め、残るメンバーは冒険者活動をしに行っている。
久々に暴れるぜとカズトが意気込み、トシキも口には出していないがいつもより気合いが入っていたため、同行するコトネとアカネに二人が空回りして失敗しないよう言いつけて出発を見送った。
現在はタイガが勉強している部屋の前で立哨中である。
「いっそのこと、こうしている間に魔力の制御鍛練をしますかね」
「鍛練に気を取られ過ぎなければやってもいいぞ。ちなみに俺は最初っからやってる」
「そうだったんですかっ!?」
魔力の制御鍛錬は外見的な変化が無いため、やっていても本人以外は分からないことから気づかなくとも無理はない。
「ところでシューゴ殿。空席になった次期代官に、シューゴ殿が座ることは無いのでしょうか?」
「絶対に無いな。断言できる」
「何故です?」
「貴族ってのはこういう時、継承権を放棄した奴は後回しにするからだ。だから継承権を放棄した俺よりも、まだ継承権を持っているタイガか妹のミユキが優先される」
さらに付け加えるのならば、シューゴにはまだ兄であり国防軍に所属しているマサヨシがいる。
もしも復帰するとしたら兄である彼が優先される。
「つまり現状、俺に役目が回ってくるのは一番最後ってことだ」
「むう。貴族とは面倒なのですね」
「だから俺は冒険者になったんだ。他にも色々と面倒なことがあるからな」
本当に面倒だと口にしながら溜め息を吐いていると、廊下の向こうから護衛責任者のカズマともう一人の護衛がやってきた。
「待たせたな、交代だ。異常はないか?」
「ありません。中にいる護衛の方からも異常は無しと受けています」
護衛はシューゴ達だけでなく、室内にも二名が待機している。
「そうか。じゃあゆっくり休んでくれ」
「はい、失礼します」
「失礼します」
一礼したシューゴとシノブはその場を引き上げ、休憩するためにリビングへ向かう。
そこには同行して来た使用人が用意してくれていた飲み物と焼き菓子が置かれており、小腹が空いていたシノブは焼き菓子へと手を伸ばす。
特に空腹でないシューゴは飲み物だけを取り、「収納空間」から取り出した本を読み始める。
「シューゴ殿。よくそのような甘味の無い、苦味と渋みと微かな酸味しかない物をそのまま飲めますね」
苦い表情で指摘したそれは、海の向こうの国から仕入れられた豆を使ったカッヒィという飲み物。
香りは良いが独特な味に好き嫌いが分かれたため当初はそこまで流行はしていなかったが、移住してきたその国の民によって砂糖や牛乳を加えた飲み方が伝わるとそれなりに人気のある品となった。
現在はカタギリ子爵領でしか流通していないが、近々商人が他領へ広める計画を立てている。
なお、やけに目が覚めるということで、遅くまで起きている警備関係の人々や遅くまで仕事せざるを得なくなった文官にはやたら人気があったりする。
「これに砂糖や牛乳を加えるのはちょっとな。不味いとまでは言わないけど、どうにも口に合わない」
「私は砂糖と牛乳をたっぷり入れないと無理ですね、それは」
パーティー内でカッヒィをそのままで飲むのはシューゴくらい。他の面々は何かしら甘味を追加しないと飲まない。
ただ、このカッヒィは深煎りと浅煎りの二通りがあり、浅煎りでないとシューゴは飲もうとしない。深煎りの味はどうにも馴染まないとのことだ。
「はぁ、できれば今日も魔物を狩りに行きたかったです」
「ほぼ毎日のように狩っておいて、まだ狩りたがるか」
「狩れば狩るほどお金も稼げてランクアップも近づくじゃないですか」
だからといって毎日のように魔物狩りへ行って、疲労が蓄積した状態で戦闘になったら目も当てられない。
実戦の緊張感による肉体的、精神的消耗は鍛練とは訳が違う。だからこそ、シューゴは二日か三日に一回は依頼を受けない日を作り、パーティーメンバーを休ませている。
「休みも入れて万全の状態で挑まないと、どんな不覚を取るか分からないぞ。冒険者学校でも教わっただろうが」
「そこは意地と気合いと根性で!」
「んな訳にいくか!」
リーダーとして握るべき手綱はしっかりと握るべく、誤った思想をしているメンバーはちゃんと叱責し、ついでに読んでいた本を閉じて歩み寄って額にデコピンを打ち込む。
いざという時は精神論でどうにかしようという考えは、競技大会ならともかく命がけの実戦ですべきではない。
「うぅぅ……体罰反対」
「精神論展開しておいて、何を言うか!」
まったくと呟きながら席に着き、読みかけのページを開いて飲みかけのカッフィを口にする。
「パーティー全体のことを考えてやっているんだ。仲間が死ぬところなんて見たくないし、見捨てたくもないからな」
視線を逸らしつつ、どこか照れくさそうに口にしたその言葉に額を撫でていたシノブは二ヘラと笑う。
それを見たシューゴは何かに障ったのか、しかめっ面を浮かべた。
「……なんだよ」
「いやあ、シューゴ殿は意外とツンデレなんだと」
「誰がツンデレかっ!?」
少なくともたった今の発言はツンデレを感じさせるものだと、本人は自覚していない。
彼らはまだ知らない。こんなやり取りの数時間後、久々に魔物が狩れたと満足気に帰って来たカズトは返り血に塗れて周囲をちょっとだけ引かせるということも、二日後にやって来たショウマから次期領主代官について予想外の人物が挙げられることも。




