センリの目
駐屯地付近の上空で爆発音が響いたことを受け、真っ先に飛び出したセンリを追うように合同研鑽会に参加していない軍人達が現場確認へ向かう。
参加者達は爆発が何事だろうかと困惑し、外へ薪を集めに行った者達は大丈夫だろうかと不安になる。
だが、不安はすぐに解消された。比較的早く軍人達が原因となった男を連れて戻ってきたからだ。
ただその男の有様に、また別の意味で困惑が広がった。
「何があったんだ?」
「さあ?」
原因となった男は気絶しており、よほど強い衝撃を顔面に受けたのか鼻が潰れて歯も数本欠けている。
顎にも何かしら異常が発生しているのか、半開きのまま振動に合わせてガクガクと揺れていた。
「ねえ、あいつって確か……」
「そうですね。この前絡んできて、ずっとこちらを睨んでいた男です」
「えっ? じゃあまさか、さっきの爆発ってシューゴ君が狙われたんじゃ……」
見たところ男は倒されたようだが、あれだけの爆発があってシューゴは無事なのかとコトネ達が不安になっていると、何事も無かったかのようにセンリと共に戻って来た。
「ただいま」
「「「……」」」
見たところ特に大きな怪我も無く、ちょっと外出して帰ってきたかのような様子に自分達の心配を返せとコトネ達が睨む。
「えっ!? なんで睨まれてんの俺!?」
睨まれる理由に身に覚えが無いシューゴは急に睨まれたことに戸惑う。するとアカネがいかにも怒っている様子で歩み寄って来て、見上げるような形で睨みながらジッと目を合わせてきた。
「あ、あの?」
どうしてこうなっているのか分からない上、見つめ合うような形になったことで数秒ほど目を合わせた後に視線を逸らす。
「……さっき空中で起きた爆発は、シューゴ君が狙われたの?」
「へっ?」
「こ・た・え・て!」
有無を言わさず返答を求められたシューゴは、正直に答えた方がいいと本能的に察した。
「あ、ああ。薪を探していたら、あいつに狙われた」
「怪我は?」
「え?」
「け・が・は!」
「ありません!」
さっきより目つきが鋭くなって口調も強くなって問い掛けられると、戦闘時のものとは質の違う迫力に押されて即座に返答してしまう。
しかしアカネの目つきは変わらず、さらに質問を重ねていく。
「戦ったの? あの人と」
「逃げてました。とにかく逃げて身を守っていました!」
「気絶してたのは?」
「支部長さんが拳の一撃で沈めたからです!」
「……本当に?」
「本当です!」
返答を聞いたアカネがセンリへ視線を向けると、本当だと伝えるために頷いてみせる。
それでようやく納得したのか、目つきが普段のものへ戻った。
あらぬ疑いが晴れたことでシューゴがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、さらにアカネが歩み寄ってシューゴの胸元に額を当てる。
「はっ!?」
急展開についていけず真っ赤になって慌てるシューゴに対し、周囲からは生暖かい視線や興味津々な視線や嫉妬の籠った視線が飛ぶ。
そんな空気を壊したのは、次にアカネが発した言葉だった。
「心配、したんだよ。何度も爆発してたから、大怪我したんじゃないかって……」
「あっ……悪い……」
声を震わせながら口にした内容に、ようやく睨まれた理由に気づいて素直に謝罪する。
周囲も冷やかす空気じゃないことを察し、つい数秒前の自分に反省した。
「罰としてシューゴ君、今夜は一人で見張りね」
罰を言いながら上げたアカネの顔は今にも泣きそうだったが、ぐっとそれを堪えているのが窺える。
「……はい」
「それと……おかえりなさい。無事で良かった……」
「……ただいま」
改めて言うそれは先ほどまでの軽いものと違い、帰って来たことを実感させるもの。
冒険者としての大前提が生きて帰ってくるということを再認識させるようなやりとりだった。
そんな中でコトネはポツリと呟く。
「あれは尻に敷かれそうね」
****
少々のトラブルこそ発生したものの、その後の合同研鑽会の流れに大きな影響は出なかった。
精々シューゴが呼び出されて諍いの顛末について改めて聞かれたくらいで、中止どころか予定変更すら発生しない。
滞りなく就寝前までの予定を終えた参加者達はパーティー毎の野営場所に集まり、夜間の見張りの順番等の打ち合わせをする。
「じゃあシューゴ、よろしく」
「シューゴ殿、よろしく頼みました」
「くれぐれも寝たり油断したりしないでね、シューゴ君」
「……はい」
何があったのかを詳しく説明させられた後、心配させた罰として一人で見張りをすることになったシューゴは眠りに就く女性陣へ素直に頷いて焚き火の前に腰を下ろす。
他も似たような状況で、火の番を兼ねた見張り以外は全員が眠っている。
まだ教官や上位冒険者による襲撃はされていないが見張りは緊張しており、立ったままやたら周囲を見渡したり座っていてもそわそわと周囲を気にしたりしている。
一方のシューゴは周囲を過剰に気にすることはせず、一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから周囲からの殺気や気配に気を配る。
(今のところは問題無しか)
できれば何か本を読みたいシューゴだが、見張りである以上はそんな事はできないと自重する。
焚き火を調整しながら警戒をしている最中、ふとあの男の取り調べはどうなっているだろうかと建物の方へ目を向ける。
どこまでを国防軍が調べて、どこからが国の調査機関の出番なのかはシューゴには分からない。
だが、ああなった以上は解決も時間の問題だろうと判断し、視線を焚き火へ戻す。
(これでツグト兄さんの件もどうにかなるだろう。でも……)
気になるのはツグトとマサヨが大人しく捕まるかどうか。
先ほど国の調査員を名乗る仮面の男が述べた内容通りなら、貴族籍の剥奪程度では済まない。
どれくらいの罰が与えられるかは一介の冒険者にすぎないシューゴには分からないが、相当なものだというのは分かる。
(そういえば、ツグト兄さんの婚約者にはどうするんだろ)
まだ実家にいた頃に出会ったその人は、高圧的な雰囲気を出しているいかにもお嬢様という見た目のくるくる髪の女性。
選ばれた理由は彼女の実家がマサヨの実家と繋がりのある男爵家なのと、文字数が九文字だからと使用人が喋っているのをシューゴは聞いた事がある。
(まっ、レイトさんの後継者も含めて、父さんがなんとかするか)
少なくとも婚約破棄になって相手から何かしらの埋め合わせは求められるだろうが、理由が理由である以上は致し方ない。
(父さんもそれぐらいは覚悟しているだろうし……「浮遊動盾」)
薪を焚き火へ放り込みながら「浮遊動盾」を使い、飛来した二つの水球を防御した。
直後の時間差で放たれた水球にも盾を動かして防ぎ、攻撃をしてきたと思われる上位冒険者へ視線を向ける。
相手はしっかりと反応して防御したことに満足したように頷くと、別を狙うために移動していく。
(まっ、あっちのことはあっち方面で動いている人に任せよう。今は見張りに集中だ)
シューゴが頭を切り替えて見張りに集中する一方で、あの男に対する事情聴取は無事に終わっていた。
気絶から覚めた後で行われた聴取に対して、殴られた際の衝撃とセンリの迫力による恐怖心から全て自供した。
以前に大衆の面前で恥を掻かされたのと、それによってツグトの信頼を失った恨みを晴らすためにシューゴを狙ったと。
突然次期領主の名前が出たことに動揺が走る中、立ち合いをしているセンリが手を叩いて注目を集め、その件に関して国の調査機関の人間が来ていることを告げる。
既に国が動いていると知った軍人達の動揺は幾分か落ち着き、聴取を受けていた男の表情は引きつり顔色は真っ青になる。すると部屋の扉がノックされ、入室を許可すると慌てた様子で一人の軍人が入室してきた。
「失礼します。支部長、国の調査員を名乗る集団がお見えになっております」
「ああ、ちょうど良かった。こっちの用事は終わったから、すぐに引き渡すって伝えてくれ」
報告を聞いたセンリからの指示に分かりましたと返した軍人は急ぎ足で出て行く。
「あの、支部長。国の調査員へ引き渡すとは?」
「さっきの捕り物の後で接触してきてな。このバカが次期領主候補その他諸々とやらかした事を全て聞いた。で、そいつらはそれに関する取り調べをするためにこいつを引き取りに来たんだ……よ!」
一か八かで逃げようとするために男が魔法を準備しようとした途端、センリの裏拳が男の顔面へ直撃した。
「がっ、ふぁっ!」
先ほどと同じような場所を殴られた男は床に転がり、鼻を押さえて悶絶する。
鼻血が出ているのか床には血液が垂れている。
「無駄だよ。お前だって知ってるだろ? アタシの魔視は魔法を使おうとする瞬間も、出現場所も全て見抜く」
自分の目を指差したセンリはそう告げた。
見た目は特に変化していないが、実は眼球を覆うように高密度の魔力が集められている。
こうすることで魔法を使おうとする際の魔力の流れ、発動させようとしている魔法の出現場所を見抜くことができる。これは魔視と呼ばれ、魔力の制御鍛錬により習得できる無詠唱とは違う精密な魔力の操作が必要な超高等技術。
習得こそ困難を極めるものの、習得してしまえば相手が魔法を発動するのを先読みして回避や防御といった対応ができる。
彼女が「感電地」や「標的誘導」を見抜き、魔法攻撃に対しては異常なほどの反応速度を見せていたのは、こうした技術を用いて先読みをしていたからであって反応速度が特別早いからではない。
制御と操作。似ていそうで異なる魔力の扱いによる違いが、魔視を使えるセンリが無詠唱はできないという事に繋がっている。
欠点があるとすれば不意打ちに弱いという点だが、今回は警戒のために使っていたために素早い対処ができた。
「この状況でアタシを魔法でどうにかできるなんて考えない方がいいよ。おい、こいつを連れて行きな。調査員とやらに引き渡してやれ。あっ、猿轡を忘れるなよ」
無詠唱が使えない人物の魔法を封じる最も簡単な手段は、口を封じてしまう事。
魔法を使う際の詠唱は、書いた魔法名を正しく発音しないと発動しない。そのため犯罪者に対しては取り調べの際以外、猿轡等で喋れなくする場合が多い。
ちなみに無詠唱が使える場合は、必ず複数名が監視に付くというのが決まりになっている。
指示に従って男には猿轡を噛ませ、抵抗するのを押さえるため数人がかりで連れて行く。
「しかし困りましたね支部長。仮にも隊長の一人が国から調査されるほどの事に関わっているなんて……」
「それについては調査員の奴から、他の関係者の検挙に協力することで話がついている。それで体裁は保てるだろう。落とし前は自分らでつけたってな」
とはいえ、厳重注意と減給処分くらいは受けるだろうとセンリは言う。
本来ならもっと厳罰を受けても仕方ないところを、その程度で済むのならばとその場にいる軍人達は納得し、今後の動きについての指示を求める。
「とりあえずは合同研鑽会を無事に終わらせる事だ。それが終わったら、いつでも検挙に動けるように態勢を整えておけ」
『はっ!』
指示を受けた隊員達は右拳を左の掌で包み、返事をしながら頭を下げる。
その後、引き渡された男は彼ら流の取り調べ方による聴取を受け、翌日の昼頃には快く全てを喋ることとなった。
****
朝日が顔を見せ始めた頃、眠っていた面々が徐々に起き始める。
油断したらすぐにでも眠ってしまいそうなシューゴもどうにか一晩耐え抜き、襲撃にも全て一人で対応してコトネ達を守り抜いた。
目を覚ましたコトネ達の目には地面に刺さっている矢、魔法で抉られたと思われる地面の痕跡、接近してきたと思われる足跡が映り、これを全て一人で防いだシューゴに感謝した。
「お礼に帰りの馬車で膝枕してあげるわ。アカネが」
「なんで私がっ!?」
自分がやるのではなくアカネにやらせようとするコトネの表情はニヤついていて、いいからやっておきなさいと小声で囁く。
「寝させてくれるのならどうでもいい……」
今にも眠りそうな目でそう呟くと、どうでもいい扱いされたアカネは若干ショックを受け、空気を読めと言いたげにコトネはシューゴの背中を蹴った。
「だっ!? なんで蹴るんだよ!」
「自分の胸に聞いてみなさい」
「眠くて思考もほとんど停止状態なんだよ……」
普段なら活発に回っている思考回路が動かないとあってか、やや投げやりのような反応を見せる。
だからといってコトネが理解を示すはずがなく、意地と気合いと根性で動かしなさいと理不尽なことを言いだす。
無茶を言うなとシューゴが反論しようとお構いなしに自分で考えろと言い、混沌としてきた空気にアカネはオタオタするだけ。
残るシノブに至っては――。
「あの、とりあえず朝食にしませんか? お腹が空きました……」
音を鳴らす腹に手を添えて朝食を欲している。
そんな彼女の発言に毒気を抜かれたシューゴ達は、自然と言い合いをやめて朝食の準備をすることにした。
なお、シノブが狙ってやったのではなく天然で空気を変えたことを記述しておく。
「この後はパーティー毎の総評だけだっけ?」
朝食の準備をしながらアカネが確認するように尋ねる。
「そのはずだ。あの男の件があるから、余計なことはぶっ込まないだろう」
連れて行かれた後でどうなったかシューゴは知らないが、少なくともその件がある以上は余計な催しを突っ込んでこないだろうと予測している。
調査員とセンリのやり取りの場に立ち会い、検挙のために協力することを知っているからこそ断言することができた。
「夜間の襲撃もシューゴ殿のお陰で無事に乗り切ったので、悪い評価は無いですよね!」
自信満々にシノブが言うが、そうはいかないのが世の中というものである。
「いや、少なくとも注意はされるだろうな。見張り中、理由はなんであれ他の人が見張りをしないのは、研鑽会の趣旨としてはいただけないって言われたから」
「それならそれで、叩き起こしてでも見張りをさせてもらいたかったです!」
「起こそうとしたけど、指摘された時点でもう駄目だからって言われた」
要するに指摘される前に気づいてやっていなければ、そこで駄目だということだ。
言われてからやったのでは遅いと指摘されたため、そのまま寝かせていたとシューゴは説明した。
「すまない。心配かけた罪悪感から、深く考えずに引き受けた俺の責任だ」
「いやいや、気づかなかったのは私達も同じ。全員の責任です」
「ご、ごめんね。私が罰だなんて言わなければ」
「アカネ。全員で納得してそれをやっちゃったんだから、シノブの言う通り全員の責任よ。気にしないで」
先ほどの険悪ムードはどこへやら、互いに慰め合って和やかな空気が漂う。
ただそれはそれ、朝食の後に行われたパーティー毎の総評では、きっちり教官からお叱りと注意を受けた四人だった。
なお、帰りの馬車でシューゴは膝枕こそアカネが恥ずかしがってされなかったが、眠った際の肩へもたれかかってそれはそれでアカネを熱暴走させ、コトネをニヤニヤ顔にさせた。




