……と、みせかけて
考えれば他にやりようもあったというのに、男は感情任せに短絡的な行動を選択した。
自身の策を台無しにしてツグトからの信用と信頼を失墜させ、たった四文字でしか魔法を創れないのに八文字もある自分への敬意も畏怖も無い。
そこまでのことをされた彼の怒りと苛立ちは、最早シューゴを殺めることでしか解消されないほどだった。
彼の発動させた魔法「はがねのはさみ」により、通常の何倍も大きい鋼のトラバサミが地面から飛び出してシューゴを挟み殺そうとする。
(身体強化!)
通常のトラバサミと同じ形状なのを瞬時に見抜き、屈んで回避しながら「身体強化」を使ったシューゴはすぐさまその場から離脱しようとする。
「逃がすか。「すいりゅうのやり」!」
追撃に飛来するのは先端が槍のような形状になっている、いくつもの水流。
僅か一秒か二秒だけ脇目でそれを見たシューゴは、かつてコタロウから教わった事を思い出す。
基礎体力をつけるのと生き残るためには必要になると教わり、連日走らされながら背後から攻撃された日々のことを。
(目に収めた数秒の動きと速さから、途中での変化の有無と到達するまでの時間と軌道を予測して、回避行動を取るべき周囲の状況を確認しながら……避ける!)
予測した通りの軌道とタイミングでで飛来した「すいりゅうのやり」を回避する。
予め軌道と到達時間が予測できていたのと途中で軌道が変化しないと見抜いていたこと、足場や周囲の状況を確認できていたことで必要最低限の動作での回避に成功する。
「なっ!? ええい、「こうてつのくい」!」
淀みない動きで回避されたことに驚きながらも、追撃で鋼鉄による無数の杭を放つ。
新たな魔法を使う声を聞いたシューゴは杭の先端を一瞬だけ注視する。
(先端に揺れは無い。これも途中変化は……無い!)
読み切った軌道から最適な回避ルートを導き出したシューゴは、降り注ぐ鋼鉄の杭を移動しながら、時には跳び上がり杭を足場にしながら回避していく。
(軌道に変化が無いなら、攻撃は直線的だから対応はしやすい)
使用された攻撃魔法に軌道変化が備わっているかいないかを見抜く術、その主な手段は魔法そのもののブレや揺れ。
軌道が変化するということは、その方向へ魔法が動くということ。
例えそれが「標的誘導」のような別の魔法による後付けであろうとも、軌道変化効果が備わった魔法はどうしても魔法そのものに僅かながらブレや揺れが生じる。
言葉でそれを教わったシューゴは実戦形式でそれを見抜き、対応できるようになるための訓練をコタロウから受けてきた。
尤も、これらのことが可能なのは単にそういう鍛錬を積んできたからだけではない。最大の要因はシューゴが使う「身体強化」にあり、この魔法によって身体能力の強化だけでなく動体視力や思考速度のような身体機能も強化されているのが、魔法の軌道予測と軌道変化の有無の見分け、周囲の状況確認を瞬時に行える理由。
ちなみに「身体強化」が無くともできるにはできるが、それは三つのうちどれか一つか二つだけの場合に限られる。三つ全てを同時行使は、現在のシューゴには「身体強化」を使った状態でないとまだ無理である。
「くそっ! 何故避けられる!」
避けられるということをこれっぽっちも考えてない男は不満を口にし、魔法で駄目ならばと「のうりょくきょうか」を使い腰の剣を抜いて接近する。
これに対してシューゴは両手に持つ短剣を握り直して方向転換。同じく相手へ接近していく。
(何を考えている。接近戦でお前が俺に勝てるものか!)
大人と子供、同じ肉体強化でも四文字の魔法と八文字の魔法。
力も経験も何もかも違うのに同じ土俵へ飛びこむシューゴを愚か者と断じ、剣を横薙ぎに振り抜こうとする。
ところが、ここでシューゴは受けることも屈んで避けることも後ろへ跳ぶこともせず、何故か跳躍して攻撃を回避して男の頭上へ跳んだ。
「バカめっ! 上へ跳んで、どうする!」
空中では攻撃を避けることができず、体勢を変えて防御するのも困難。
そんな愚行を犯したシューゴへ魔法を放とうと男が空中へ手を伸ばした直後、空中で動けないはずのシューゴが急加速して移動した。
「はっ!?」
驚いて移動した先を見ると、板のような物に乗ったシューゴが空中を滑走して弧を描くように方向転換していた。
冒険者学校時代。地面と水平にした「浮遊動盾」に乗り、取っ手の部分で足を固定して空中を飛んでみせたあの使い方で。
「な、なんだそれはっ!? いや、あれは確か」
ここでようやく男は思い出した。
跳躍によって空中へ逃れても全く問題無い例外、空中での移動手段をシューゴが持っていることを。
先のセンリとの手合せで足場として利用した、空中さえも自在に動き回る盾の魔法の存在を。
「じゃ、そういうことで」
方向転換をしたシューゴは、そのまま空中を移動して駐屯地の方へ向けて飛んでいく。
一瞬呆けていた男はすぐにハッとして慌てて後を追う。
(まずいまずいまずい! あいつにこの事を証言されたら、まずい!)
駐屯地には証言の真偽を知る魔法を使う事情聴取の担当官が複数人いる。
もしもシューゴが駐屯地に辿り着いて殺されそうになった事を証言すれば、言い逃れはできない。
必死の形相で追いかけてくる男を後ろ目に確認したシューゴも、可能な限り「浮遊動盾」の速度を上げる。
(このまま逃げ切る。駐屯地まで行けば、俺の勝ちだ)
実のところシューゴには、あの男と戦う気は最初からこれっぽっちも無い。
前日にコトネと喋っていた時に言ったように、向こうが墓穴を掘って自滅してくれるのを待って後は逃げてそれを証言する。それがシューゴがあの男と対峙した際に導き出した結論。
こうした手段を選んだのはツグトの不正へ繋がる人物を確保するのと、魔物との殺し合いは経験しても人間との殺し合いは経験が無いことによって生じた恐怖心から人間同士での殺し合いという行為を避けたためでもある。
(空中を一直線に突っ切れば、木が生い茂っている地上を走るよりずっと速い!)
足場を気にする必要も障害物を気にする必要も無い空中移動により順調に移動するシューゴだが、相手もここが正念場とあって必死で走ってついていく。
「止まれクソガキ! 「こうてつのくい」! 「すいりゅうのやり」! 「こおりのたんけん」!」
空中を駆けるシューゴへ向けて、鋼鉄の杭と先端が槍になっている水流と氷でできている短剣が立て続けに放たれ迫る。
脇目でそれを確認したシューゴは、維持していた「身体強化」の力を借りた動体視力と思考加速をフルに利用して空中を舞う。
導き出した軌道から逸れるため、上下左右に動いたり加減速を利用したり時には上下逆さまになったりして直撃や魔法同士がぶつかって爆発したことによる余波を回避する様子は、さながら空中を自在に舞って砲撃を避け続けるヒーロー物の主人公のよう。
対する男の方は思うようにいかないことに苛立ち、駐屯地にいる人々に気づかれてはいけないということを忘れかけていた。
「くそっ! くそうっ! 「れんさするばくは」!」
放たれる魔法は徐々に派手になっていき、遂には放たれたいくつもの球体が連鎖して爆発する魔法まで使う。
しかしそれもシューゴは「浮遊動盾」を追加して防御しながら回避し、爆煙の中を突破して飛行し続ける。
爆破の魔法からも生還した姿に男は驚きと憎しみを表情に出しながら追いかけるが、飛行しているシューゴとはジリジリと距離が開いていく。
「ふざけるな、こんなことがあって堪るか! 八文字もある俺の魔法を、あんなクソガキに避けられ続けるなんて!」
怒り任せに声を上げた男はこれまで以上に魔力を集め出す。
濃密な魔力の集約を感じ取り、よほど強い魔法を使うつもりなのかとシューゴも警戒する。
そこへ、駐屯地の方から高速で接近する何かが木々の間から男の前へ現れた。
「へっ――」
突如現れたそれは修羅の如く怒りの表情をしているセンリだった。
「っおうりゃあぁぁっ!」
彼女は既に振り上げていたその拳を躊躇無く、声を上げながら男の顔面へ叩き込む。
顔が潰れるんじゃないかと思うぐらいのその一撃を受けた男は後方へ吹っ飛び、木々にぶつかって地面を跳ねて転がってひれ伏し気を失う。
「なにやってんだ、このバカがっ! 遠くからでも見えるくらい、派手にやりやがって!」
男の下まで歩み寄ったセンリは聞こえていないのを承知で腕を組んでの仁王立ちで睨みつけて一喝した。
その様子を上空から見ていたシューゴは一言。
「コエー……」
拳の物理的威力だけでなく、彼女の発する威圧感に思わずそう発するのだった。
やがて彼の「れんさするばくは」を見て異常事態に気づいた駐屯地の軍人達も次々に駆けつけ、潰れているんじゃないかと思うほどの顔になった男を担架で運び、センリを交えてシューゴに簡単な事情聴取を行う。
現場で聴取ができるようにと同行していた事情聴取の担当官が「きょぎをみぬく」という魔法を使った上で質疑応答をして、シューゴの証言に虚偽が無いことが証明された。
「で? あいつがお前にそこまでする理由に覚えはあるかい?」
「……先日恥を掻かされたことへの報復、でしょうか?」
国が調査に動いているツグト絡みの件からそうなったことを話し、万が一にも調査に支障が出す訳にはいかないと判断してそう返す。
実のところセンリもその件は知っているのだが、双方がそれを知らないため言及を避けてしまう。
あながち間違いでもない理由のため、虚偽とは認められず事情聴取はこれで終了。
担当官はこれを報告書にまとめるため引き上げ、他の隊員達も引き上げたためその場にはシューゴとセンリだけが残っている。
「悪かったね、うちの部下が大バカやらかして」
「そう思うのなら、厳正な処分をお願いします」
「あいよ、任せておきな。仮にも軍人が未遂とはいえ人殺しをしようとしたんだ、減給や謹慎どころじゃない。懲戒解雇にしたって――」
「お話し中、失礼します」
処分についての会話の最中、突如二人の背後に黒いマントを身に纏った仮面の人物が現れた。
二人は突然のことに驚きつつも、すぐさま距離を取って武器を抜いて構える。
「ご安心を。私は帝都より派遣された調査員です」
声から男としか識別できないその人物は、マントの中から帝国の紋様が刻まれた鈍い色のバッヂを証拠とばかりに見せる。
それが証拠になるのか分からないシューゴは脇目でセンリの方を見ると、失礼したと呟いて小さく頷いて武器を収めていた。さらにシューゴへ向けて目配せをしたのを受け、シューゴも失礼しましたと謝罪して武器を収めた。
「ご理解いただきありがとうございます」
分かってもらえた男もバッヂをマントの中へ戻す。
「それで、わざわざ目の前に現れて何の用だい?」
「お二人に話があってのことです。まずはセンリ殿、彼の聴取が終わった後にこちらへ引き渡していただけませんか?」
「……理由は?」
「カタギリタウン次期領主代官と結託し、領内の治安を乱そうとする証拠が彼の部屋から見つかりました。その取り調べをしたいのです」
そう言ってマントの中から取り出したのはカタギリタウンの地図。
所々に書き込みがされており、人通りの有無や多い時間帯、現在は使われていない古い倉庫の箇所にはガラの悪い連中の溜まり場になっていると書かれている。
一見すれば治安維持部隊隊長らしく、町中の注意すべき場所や時間帯を調べているように見えるが。
「彼は注意すべき時間帯を重点的に巡回する素振りを見せつつ、そこで遭遇した他所から来た文字数の少ない冒険者や商人を暴行して拉致。地図にある注意すべき場所に監禁し、同じような思想の方々と乱暴を働いています。これには次期領主代官のツグト・カタギリも加担しており、彼らはこれをショーや接待などと称して頻繁に実施しています」
連れて来たのが男なら拷問や命がけのゲームに参加させ、逃げ道があるようにみせかけて最終的には殺害。女はただひたすら性欲処理の道具として扱い、心も体も壊れるまで弄ぶ。
説明を聞いたセンリは上司としてだけでなく人として、先ほど自分で殴り飛ばした男に先ほど以上の怒りが湧く。
外部から来た相手を狙ったのは、家族や友人に不審がられて捜索願を出されないようにするためだろうと仮面の男は告げる。
仮にいなくなっても、面識が少ないため次の目的地へ旅立ったで片付いてしまう。実際、町中の詰め所にも冒険者ギルドにも捜索願の類いは出されていない。
さらに被害は文字数が少ない人に限らず文字数が多い人物にも出ており、手下になるよう勧誘して断わったら文字数の少ない相手と同じ末路を辿らせているらしい。
「……生存者はいるのかい?」
「倉庫には厳重な施錠はされていましたが、見張りはいなかったので我々が潜入。数名の生存者がいましたので、救出して医療機関で治療中です。命に別状は無いそうですが、心と体の傷だけでなく、魔法で脱出しないように禁止薬物を打たれていたようで時間が掛かるそうです」
それを聞いたセンリは、奥歯が砕けるんじゃないかと思うほど強く歯を噛みしめる。
同様にシューゴも腹違いとはいえ兄の所業を聞き、知らないところでそこまで落ちていたのかと失望する。
「他にも禁止薬物の取り引き、ツグト・カタギリが領主代官に就任後に発令予定としている文字数至上主義に染まった差別的条例案に関する密会、襲った相手からの金品の強奪、違法な金銭の受領等にも関わっているようです。証拠は全て、監禁場所に保管されていました」
「……黒幕は?」
「主導者は次期領主代官ツグト・カタギリと、その母マサヨ・カタギリです」
ハッキリ述べられた名前にシューゴは何の反応も見せず、とうとうこの時が訪れたかと冷静に受け入れた。
「彼を引き渡してもらう見返りは、我々が彼から証言を引き出した後にツグト・カタギリを始めとした他の関係者を検挙するのに協力する、ということでどうでしょう?」
「そうすれば一応の体裁は保てるか……分かった、それでいい」
「ありがとうございます。次にシューゴ君、申し訳ありません」
シューゴの方へ顔を向けた男は突然頭を下げて謝罪する。
何故謝罪されるのか分からないシューゴは、戸惑いながらどういうことかと尋ねた。
仮面の男曰く、ちょうどあの男の部屋の中を探っていて今回の襲撃に気づかず、危険な目に遭わせてしまったからだと言う。
「いざという時、調査に協力してくれているあなたを守るのも我々の任務だったのですが」
「気にしないでください。結果的になんとも無かった訳ですから」
「そういう訳にはいきません。あなたには後日、こちらから相応のお詫びをします。ではセンリ殿、また後ほど」
そう言い残して仮面の男は駆け出し、あっという間に離れて行った。
「……はあ。なんだか随分と面倒な事になってたんだね、アンタは」
「正直、ここまでとは思いませんでしたよ」
「アタシもだよ。くそっ、先代支部長が目をかけていたからちょっとは期待してやっていたってのに」
悔しそうに右の拳で左の掌を叩く。
ひょっとしたら目をかけていたのは、その先代も同じような思想だったからかもしれない。
そんな事を話しながら二人は駐屯地への帰路を歩き出した。




