調査とその裏側で
冒険者ギルド付近でのシューゴ達と国防軍の隊員達による騒動から少しして。支部長からの指示通りに捕まえた傭兵達を牢屋へ入れた後、リーダーの男は本部への連絡等を部下に任せて自分は執務室へ籠って悔しそうに地団駄を踏んだ。
(くそっ! まさか失敗するとは思わなかった)
予定ではシューゴ達が絡んできた傭兵達を実力行使で倒したら、巡回中に偶然遭遇したのを装って暴行容疑で逮捕するというシナリオ。
事前に布石を打って苛立ちやすくなるよう感情を刺激し、巡回をしているフリをして路地に潜んで様子を窺い、野次馬の中に仕込みを一人入れて真っ先に声を上げさせて周囲がそれに同調しやすい環境も用意しておいた。
それなのに暴行は行われず、野次馬に潜ませておいた仕込みも暴行をしていないと周囲に同調してしまった結果に男は苛立ちを隠せない。
(しかもあいつめ。前払いで報酬に五万ゲィンも渡したのに、我が身可愛さで逃げやがってぇ!)
あの時に胸ぐらを掴まれていた男がその仕込みなのだが、彼は暴行が行われていないのに衆人環視の前で暴行が行われたと証言し、周囲から矛盾を指摘されるのが怖くなって暴行を働いていないと証言。周囲を味方に付ければ依頼人とはいえ、軍人という立場である以上は人前では何もしないだろという打算もあった。
ちなみにその男は野次馬が散るのに便乗して逃亡。見つかって仕返しをされないよう、既にカタギリタウンの外へ逃亡している。
そうとは知らないリーダーの男は、後であの男を探し出してとっちめてやると決意していた。
だが、それと同じくらいに悩んでいた。
(ツグト様にどう報告すれば……)
国防軍所属。カタギリタウンの駐屯地に治安維持部隊の隊長として勤務するこの男(文字数八文字)は、文字数の多さとそれなりに高い立場からツグトに目を付けられ、元々同じような思想を持っていた事もあって協力関係を築いた。
前夜にツグトが魔法で送った手紙はこの男に宛てて送られたもので、治安維持部隊の立場を利用してシューゴを捕縛するよう指示していた。
上手くいけば将来的な昇進と支部長の地位に就くのに協力するとあってこれを受けたものの、所詮は四文字程度のガキと侮っていたため失敗した場合のことなどまるで考えていなかった。
それが仇となり、男は自身の今後の為にどうするべきか悩み続ける。
一方のシューゴ達の方は、ちょっとした騒動に巻き込まれたのと疑問が一つ浮かんだものの、まずは調査隊の件を片付けるために冒険者ギルドへ赴いていた。
そこで調査隊に合流して打ち合わせをすると、プリンセススパイダーと戦闘をした洞窟へ案内する。
「ここです」
「よし。打ち合わせ通り、お前達はここらの警戒を頼む。中の調査には俺達が向かう」
調査隊のリーダーを務めるAランク冒険者が指示を出し、同行していたギルド職員とシューゴ達を伴い中へ入る。
通路にはまだ残っていたバインドスパイダーの死体が転がり、プリンセススパイダーがいたとされる奥の空間には焼却処分した卵の破片が散らばっていた。
「なるほど。確かにこれは巣だ」
「卵の量とバインドスパイダーの数からして、構築して半年といったところでしょうか?」
「ギルドの記録だと、この周辺におけるバインドスパイダーの目撃数と討伐数がここ数ヶ月で増えていますね」
同行しているギルド職員はここ最近のバインドスパイダーに関する資料を広げ、発見場所の情報の位置と現在地を地図と照らし合わせる。
結果、巣の位置からの活動範囲内であることが判明。今回のプリンセススパイダーは、個体が進化した可能性が高いとされた。
「とはいえ、念のために周辺の調査は必要ですね」
ギルド職員の判断に従い、調査隊は二手に分かれることになった。
一方は周辺の調査へ向かい、もう一方は引き続き巣の内部を調査する。
シューゴ達は巣の内部を調査する側に残り、洞窟内での戦闘の様子を再度説明するように言われた。
「で、バインドスパイダーを倒しながら分かれ道に到着して、脇道の方に進んでそこにいたバインドスパイダーと戦闘を」
実際に通路を移動しながら説明していき、ギルド職員と数名の冒険者がその話を聞く。
「なるほど。ここで休憩をしているところへ、プリンセススパイダーが来て戦闘になったんですね」
「部下を倒されて怒っている感じで、通路からやって来ました」
「休憩中に災難だったな、坊主」
「ええ……。本当に大変でしたよ」
今となっては終わり良ければ全て良しだが、現れた時は本当にシャレにならない状況だったのを思い出したシューゴ達はゲンナリとする。
特に格上相手に本気の命のやり取りをしたシューゴは、あの文字に出会えた事とコタロウのような良い指導者に鍛えてもらえた事に心から感謝していた。
どちらかが欠けていたら、おそらくは四人とも死んでいただろう。
「そういえば冒険者ギルドでは、シューゴさんのランク昇進を検討しているようです」
「えっ? 俺だけですか?」
「お話を聞くと、実際に戦って倒したのはシューゴさん一人という話ですので、他の方には申し訳ないのですが……」
説明をしているギルド職員は本当に申し訳なさそうな表情をコトネ達へ向けるが、当の本人達は気にしていない。
実際そうなんだから仕方ないと割り切っているアカネ、すぐに追いついてみせると豪語して腕組みをしながら胸を張るシノブ。コトネに至っては、おこぼれで昇進しようとなんて思ってないから安心しなさいとまで言う。
とても彼女達も一緒にと言える雰囲気ではないと思ったシューゴは、ギルドの判断に全てを任せることにした。
そもそも、まだ検討段階であって確定している訳ではないのだから。
「おいおい、お喋りはそこまでにして調査を続けようぜ」
冒険者の男からの指摘により一行は調査へ戻る。
とはいってもほとんど洞窟内の調査は終わっており、残るは見落としが無いかの確認だけ。それも終わらせて洞窟の外へ出ると、ちょうど周辺を調査していた別働隊が戻って来た。
「どうだった?」
「バインドスパイダーは何体か見かけたけど、巣のような場所に生息している様子は無いから単なる個体ね」
「広めの範囲で捜索してみましたが、他に巣があるような形跡はありません」
「ということは、やはり個体から進化したものだったようですね。ですが念のため、しばらくは注意するようギルドから呼びかけておきましょう」
上位ランクの冒険者とギルド職員が話し合い、そういう結論に至ると調査は終了。
町へ戻る道中でシューゴは情報収集をするため調査隊の人々へツグトについて尋ねてみると、返ってきたのは不評の声ばかり。
実績があろうと能力があろうと文字数が八文字未満だと使えない扱いや無能扱いをして、逆に実績も能力も無くとも八文字以上なら優遇を約束するように勧誘する。
女性に対してはその傾向がさらに顕著で、八文字未満の女性には無能で使い物にならないのだから自分の言う事を聞くようにと迫るらしい。
「……兄が申し訳ありません」
話を聞いて頭痛を覚えたシューゴは弱々しい口調で呟いた。
「いいって、気にすんな」
「そうそう。坊主が悪い訳じゃないんだからよ」
「でもね、次期代官候補の評判が一部を除いてあまり良くないのは事実よ」
その一部というのは、今朝の騒動に絡んでいる輩のような人物なのは明白。
差別に否定的な風潮が強いこの国では差別的思想をしている人がほとんどいないため、一部に所属している人物は数少ない同じ思想の持ち主か将来的に何かしらの恩恵を約束されて協力しているか。
どっちにしても、将来的な点を考慮してそれなりの立場の人物は押さえているであろう。
そこまでは推測できても、それを調査するのはシューゴ達の役目ではない。
「ギルドも含めて冒険者内では、どうなっているのですか?」
「そっちは安心しろよ。俺達冒険者はああいう奴が一番嫌いでよ。声を掛けられた奴がいたらしいけど、武器を抜いて殺気をぶつけて追い払ったって話だ」
それをされ。捨て台詞を吐きながら逃げるツグトの姿がシューゴの脳裏に浮かぶ。
「冒険者ギルドも似たような対応ですね。文字数が少なくとも頑張って努力して知恵を巡らせて結果を出している方々をたくさん見てきましたから、文字数程度の事で判断する方はギルドの総力を持って追い出して出禁にして、決して協力などしないと言ってやりました」
冒険者は悪い意味で権力を振りかざす権力者を嫌う傾向が強い。
そんな職業に就いている人達に対し、差別的思想に加えて後々手に入るであろう領主代官の権力をチラつかせれば、こうした対応をされるのは目に見えている。
そういった点を下調べしていなかったのか、冒険者という人種を甘く見ていたのか、どっちにしても冒険者がツグトの下にいる可能性は低くなった。
(それが分かっただけでも収穫かな)
注意すべき対象から冒険者が除外されれば、この地におけるシューゴ達の冒険者活動が妨害される可能性は低くなる。
そうなればショウマの指示通りに冒険者として成果を上げ、ツグトを挑発する事は難しくない。
(ただ、問題は……)
ツグト一人だったらこれでなんとかなるかもしれないが、この地にはマサヨが付いて来ている。
貴族家出身で海千山千の彼女がいるというだけで、とても楽観視や油断はできない。
なにせ文字数至上主義者であることを隠し通してショウマの第一夫人に収まったのだから、腹芸や駆け引きではシューゴなど足元にも及ばない。
そんな相手が控えている以上、決して気は抜かないようにしようとシューゴは思った。
(本命の調査が終わるまでは、なんとか粘って凌がないとな)
証拠さえ掴めれば、国内の治安を乱そうとしたということで罰することができる。
差別の横行だけで法律的に刑罰を与えるのは難しいが、国から授かった土地を領主から任されておきながら治安を守るどころか乱そうとしたとなれば罰を与えられる。
次期領主代官という立場を利用してそれをしようとしていたら、少なくとも貴族籍剥奪の処分が下されるだろう。そうなれば次期領主代官の座は失われ、カタギリ子爵家とも無関係になる。勿論、加担したマサヨも含めて。
(今は一刻も早く解決するのを期待するしかないか)
町への帰路を歩きつつそう思ったシューゴは、他の冒険者達からもツグトやマサヨの評判を聞いていった。
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「ふざけるなあの野郎! せっかく目をかけてやったのに、失敗しやがって」
自室で大声を上げて地団駄を踏むツグトは手にしていた報告書を破り捨てる。
数分前に魔法で届いたそれは、シューゴを捕縛するよう指示しておいた国防軍の男からのもの。
散々悩んだ末、正直に事の顛末を書きつつ、それ以上の謝罪の言葉と言い訳を連ねた文章を書きツグトの「おくりさきへとばす」と似たような魔法で怖々としながら送った。
結果は謝罪と言い訳など一蹴され、失敗という結果にだけ激高して報告書を細かく破って床へ散りばめた。
「全く。八文字もあるのに使えない奴だ」
「落ち着きなさいツグト。一度や二度の失敗で怒っていたら、器が小さいと思われるわよ。ここはドンと構えて、器の大きさを見せなさい」
怒りに駆られるツグトを嗜めたのはマサヨ。
彼女も報告書に目を通していたが、どこ吹く風とばかりにさほど気にせず冷静でいる。
「しかし母上。我々は選ばれた人間です。それが出来損ない一人をどうにかできないなど、ありえません。つまりはあの国防軍の男が使えないのが悪いのです」
「そうね。でもだからって、いちいち目くじらを立てていたらキリが無いわよ。選ばれた人間の中にも、役立たずというのは一定数いるものですから」
「なるほど。そういうものなのですね」
上から目線で平然とそんな事を言ってのけるマサヨだが、それで納得するのがツグトという男。
「一度冷静になりなさい。確かにあの男は結果を出せませんでしたが、私達のような選ばれた人間によってこの地を治めるためには大事な駒と思えばいいのです。あの男に任せるのではなく、選ばれた上に有能なあなたがあの男という駒を使いこなせれば、多少は役に立てる駒になるでしょう」
「なるほど。さすがは母上、勉強になります」
今回は失敗したとはいえ、仮にも相手はカタギリタウン駐屯地内において治安維持部隊の隊長の地位にいる。
彼とは別の階級が上か同等の人物との繋がりはできておらず、文字数の多い冒険者との繋がりを作るのに失敗している彼らにとって、貴重な戦力となる彼との繋がりを切ることは愚行。
養子に入ったカタギリ準男爵家にも私兵はいるが、放っておいてもいずれは自分のものになるため何もしていない。
そうなるとなおさら、現時点で最も戦力となる地位にいる彼との繋がりは重要になってくる。
「では、次はどんな一手であの出来損ないに身の程を知らせますか?」
「いいえ、ここはしばらく観察することに徹するべきよ。そもそも、いくらあれが出来損ないで異端だとしても簡単に手を出すのは愚策です。あれは冒険者を中心に顔見知りが多い、つまりは味方が大勢いるのです。例え私達のような選ばれた人間でないとしてもね」
幼い頃、領地に来ても屋敷に籠って移動は常に馬車で視察先くらいにしか顔を出さなかったツグトに対し、シューゴは頻繁に徒歩で外出して冒険者ギルドにも出入りしていた。
それによってシューゴとツグトでは住人との間に周知度と親密性に大きな差ができている。
シューゴにすれば本を読みたい、掘り出し物の本を探したい、冒険者ギルドの資料を読み漁りたい。そういう自分の欲求に素直に従って行動し、行き帰りに小遣いで飲食をしていただけなのだが結果的にそうなっていた。
「観察した結果、放っておいていいと判断したら放置しておきなさい。選ばれた私達が、いかに異端であっても出来損ないの相手をする必要など無いのですから」
「さすがは母上です。どうやら私は、あの出来損ないの異端さに冷静さを欠いていたようですね。すぐに尾行して観察をするよう、手を打ちましょう」
言われた通りのことを実行に移すためツグトは動きだし、その様子はマサヨはそれでいいと頷きながら見守る。
放置できないと判断した時は帝都にいた頃に親切な同志から教えてもらったあの魔法で、見られたら不味い物を全て葬ればいいと思いながら。




