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学パン!!  作者: ビビディ
29/30

将武その28「闘志を灯せ!!」



"お兄ちゃん、なにしてたの?"


いつも、毎日毎日。

お兄ちゃんは擦り傷を作って、家に帰ってきた。


"ヒーローになるためのトックンってやつさ。公園でブランコひとりじめにしてたイジメッ子としょうぶしてきた!"


特訓というのも、喧嘩や、人助けとバリエーションは豊富だったが…その日は喧嘩だった。


"トックン…お兄ちゃんは、わるいひとをやっつけるひとになるの?"


"いーや、違うんだなぁそこが !ただやっつけるだけじゃ、いじめっ子とかわんねぇだろ?まだまだ子供だなぁ〜、千代子は。"


その言葉にムッとして、消毒液を染み込ませた綿をぐいっと赤くなった頬に押し付けたら、お兄ちゃんは「うぎゃっ!?」と素っ頓狂な声を上げたっけか。


"じゃあお兄ちゃんがどんなヒーローになりたいか、教えてよ。"





"でっかいロボットなんかより、もーっとすごい奴さ!いいか、千代子。オレがなりたいヒーローってのはな…"






「この程度じゃ、本気になんかなれねぇよ。」



忠光の拳が、千代子の身体に深々とめり込み、貫いた。


その光景に誰もが驚き、戦慄し、悲鳴をあげる。


「たっ……タケーーーーーーッ!!!!」


響いたのは、忠勝の声。


しかしこのアクシデントに一番驚いているのは…忠光であった。


「……!?」


仮面のように動かなかった忠光の表情は、驚きに歪む。その最中で、葵ヤンキーズ達の絶叫がこだまする。


「こ、殺したァーーっ!!?」


「あ、あ、兄貴が…!!タケの兄貴がぁっ!!」


「織田ァ!!いくらなんでも超えちゃいけねぇ壁ってモンがあんだろうがぁあ!!!」



葵 千代子……敗北…




否!!



周囲の野次や、悲鳴を他所に希望を忘れない輝きを秘めた視線を向け続けていた人物がいた。


「ちがうぜ、タケさんは負けてねェよ。」


酒井 早雲…彼は確信めいた口調で、そう声を上げた。

負けていないと、断言できる理由がある。


葵 千代子は、負けていない。


「"アレ"が、成功したのさ。タケさんの新技がな…!!」


「酒井先輩、アレって…タケ兄ぃの技は失敗したんじゃ……いや、そういう事か!」


虎徹は早雲の言葉を反論しかけ、そしてそれを撤回した。



腹を貫かれたままの千代子の身体が、蜃気楼のように揺らめき、そして消える。


敗北などしていない。するものか。


千代子の技は既に発動している!!





「うらァァァッッ!!!」


「……!!」


千代子の気迫溢れる掛け声が、忠光の背後から聞こえた。

殴りつけようとする千代子に対し、忠光はしゃがんで後ろからの攻撃を回避すると、その態勢から突き上げるように千代子を蹴り飛ばす。

肺の中身を全て吐き出させるような衝撃を、半ば強引に家康の将気で緩和させた。


「くっ…!気付かれたか。」


悔しげに呻く千代子に対して、家康は負けじと彼女を鼓舞する。


『だが、発動成功だ…!このまま攻めようぞ、千代子!』



「あぁ、新技いくぜ!」


同時に駆け、地を蹴る"五つ"の足音が、一斉に忠光へと襲いかかる。

心友と編み出した新技。

駆け抜ける景色と…彼の誠の境地 、アゲパンから着想を得たそれは、本体を含め五人の千代子を創り出した。


その名は星連(セーレン)ッ!


千代子の新技に驚いた宇佐見と樺地は、拳を突き出しジャブを繰り出すような動きを見せながら応援の言葉をかける。


「タケの兄貴が分身したぜっ!!」


「兄貴、実は忍者だったんだなぁ!!そのまま葵連弾ぶちかましてくだせぇ!!」


同時に上がるヤンキーたちの歓声。

盛り上がった彼らの声で校舎の窓が震える。

戦況は変わったか、と皆が思っていたが…


「……これは。」


「もう見抜いたのか、長尾?」


春風は眉をひそめた鶴姫をちらり見て、すぐ二人の戦いに目線を戻す。

それは焦りと、不安の表情。

彼女は着物の袖をぎゅっと握り、唇を噛んだ。


「えぇ、葵 竹康の新技…あれでは織田に見破られてしまいますわ。単純に素早いだけでは…」






「素早く動けば当たらねぇとでも思ったか。」


甘く見られたものだ、満足も満悦も無し。と、忠光は嘆息する。

撹乱しようと動き回る分身達を目で追いながら、一歩踏み出し、右方向から正拳突きを繰りだしてきた千代子に、撃ち抜くような蹴りを当てた。



動きの連動性を見抜いたのだ。分身などではない…ただ、残像が生じるほどに高速で移動をしているだけだと、その気になっていた彼らの予想を…千代子は笑ってひっくり返した!!



「これは――。」


残像などでは無い。消え去った千代子の身体は霧散し、更に……!!


紅炉割山(クロワッサン)ッ!!!」


頭上からのかかと落としが、岩に激突したような衝撃とともに忠光の頭に叩き込まれた。


「まだまだ!」


「こっからだぜ、織田!!」



更に二人。一人は本体の千代子だ。本体は分身から離れ、忠光と距離をとる。


「まさか…本当に分身…!?」


「化かしてくれるな、くそ…楽しませやがって!」


驚く鶴姫と、感心する春風。

完全にヤンキーたちの視線と期待は千代子に向けられていた。


この男を倒せるかもしれない。という希望に。



額に伝う熱と血を乱雑に拭った忠光は、振り払うように将気を用いて作られた炎の球を本体へ。


刃月刀(バゲット)!!」


炎の球に対して、本体の千代子は片腕に将気を溜め、剣のように伸ばし切り伏せて回避した。

苛立ったように舌打ちをして、眉間の皺を深める忠光。

しかし、彼はこう考えていた。感じていたのだ。


何を企んでいる?と……


この動きに違和感を覚えていたのだ。




「これが新技?…タケ兄ぃらしくない…数で押して織田の消耗を狙っているのか?」


「気に入らないわね。」


鼻を鳴らして腕を組んだ榊原の声色は、非難を含んだものだった。

それは彼だけではない。虎徹も同意見であった。忠勝は不満げな二人を見据えた。



「あの子はアタシが初めて戦った時とは、もう違う…別人だと思ったのに…分身に任せて安全圏からの攻撃を狙うなんて…!」



「ちがうぜ、榊原先輩。」


憤る榊原に、忠勝は静かにこう言葉をかけた。


「上手くは言えないけど、あいつはもう…絶対に逃げようなんて思ってない。」


信じてくれと、そんな強い意志を示す瞳を見て榊原は疑心を抱きながら、戦いを見守っていた。

逃げることなど、無い。

あってたまるか。


信じて賭けた者が、戦っているのだから。





「焦れったいことすんなよ、葵…」


腹立たしそうに呟く忠光の身体が、分身体の千代子の拳をすり抜けた。


目を閉じ、すぅっと一呼吸。

蹴りを繰り出す分身の足を掴み振り回して、続けて襲いかかるもう一人の分身を打ち払う。


更に後方から迫る分身に足払いを仕掛け、学ランの襟を掴み地面へと叩き付ける。


分身が悉く消されていき、その度に忠光の将気はみるみると膨れ上がっていた。


確実にとどめを刺すと宣言するように、目を閉じたままの忠光は亡霊のように、虚ろなる気配を連れて、静かに…確実に千代子の分身を減らしていた。


虚気(うつけ)の焔が、揺らめき迫る。



―――そ こ か 。




「……!!」



本体の居場所を確信した忠光は、ここで大きく地を蹴った。


「やべぇ!分身の攻撃、全然きいてねぇよ!?」


「なんだよあれ!?織田まで分身…いや、なんだ!?増えてすらいねぇ、幽霊みてぇにタケの兄貴の攻撃をすり抜けてやがる!」


忠光の変化に真っ先に気付いたのは鶴姫だった。


「あれは…将武の力ではない…」


もしも想定が、憶測が、彼女の勘が正しければ…


「いいえ、ありえませんわ…!!もしそうだとしたら、葵 竹康に勝ち目が……!」




彼の動きに驚いていたのは、織田軍の面々も同じことであった。

将武の力を知った桔梗は、夜一郎に質問を投げかける。


「なんなの…あれも将武の力なの!?」


「いや、将気は感じなかったが…ミッちゃんのあんな動きは初めて見た…!」


夜一郎がそう返答をすると…桔梗の言葉に一が答えた。


「いいえ、あれはただの"回避"……兄者はただ、避けただけです。」


「その様だな。」


一の言葉に同意したのは、蜂須賀。彼は眼鏡を外し、将武の力を用いてその目を黒い複眼に変えて視認していた。


「見えましたか、蜂須賀さん…」


「あぁ、カシラは浅井の言う通り避けただけ。視覚からの情報をあえて断ち、葵 竹康と、その分身たちの気配と…空気のわずかな流れを察知して避けたんだ。」


目を閉じたのは神経を研ぎ澄まし、千代子の攻撃を察知する為。

問題は忠光自身の動きだ。



「まじかよ…!だがよ、ミッちゃんはどうやって避けたんだ?ミッちゃんが避けたってんなら、どっかしらに足跡でもついてんだろ、それが全くねぇじゃねぇか。」


「それもタダの足運びだ、夜一郎。必要最小限、最低限の動きで回避し、そして元の位置に戻る。凄まじいスピードでな……だが、これはカシラにとっては当たり前なんだろ?いや…カシラというよりは…織田家なら、か。」


蜂須賀の複眼が、一を映す。彼の目には、万華鏡のように…表情を曇らせた一の顔が、いくつも映っていた。




「くぅっ…!!」


忠光が右腕を振るうと、反射的に千代子は身をかがめた。顔に目掛けて近付く何かに気付いたからだ。


後ろで校舎の壁が、ジュウッと音を立てた。

溶かした鉄のように、校舎の壁が赤く爪痕を残している。

それを見て悲鳴をあげる一般生徒達に表情をひとつ変えず、忠光はため息を零す。


「かくれんぼは終いだ。」


狙われていた…!

忠光の掌が、自分の顔を強く掴んだ。

めりめりと頬骨に喰い込む爪。


隕地討(いんじうち)。」


ふわりとした浮遊感と同時に感じる熱。


パァン!!


地面に衝突した千代子は眩い光と熱、更に焼ける痛みで思考が飛んだ。


パァン!!


更に地面に。炸薬で全身をコーティングしたかのように、千代子の身体で更に爆発する。


パァン!パァン!!パァンッ!!!!



胸を、背中を、足を、腕を、ジェットコースターに乗った時のような風圧を感じながら全身を打ち焼かれ、やがて体育倉庫の壁に衝突した。


「あっッ……!?がっ、ぁ…っ、あ゛、くっぎ…!!」


熱い。全身を火で炙られたような激痛。烈痛。


頬の内側を切ったのか、鉄の味が舌に染みる。口の中まで酷く焼けたように痛い。

全身が痛い。熱い。


煤けて割れた木の壁が、背中に当たるだけでもじりじりとした感覚を与えてくる。


『千代子ッ!!しっかりせい、千代子っ!!』


焦りを帯びた家康の声が聞こえる。全身が焼け軋んだ。


『線香花火の先っぽになった気分だよ。だ、大丈夫… 』


家康との会話を終えると、また浮遊感を感じた。髪を引っ張られて起こされたのだ。


「どうした、もう終わりか。」


千代子は膝をついており、その顔には生気が無い。

大丈夫なわけない。


立ち上がれるかな…いや、まだちゃんと動く…まだいける。



……"もうやめちゃおうよ。"



最早、気力だけで自分は体を動かしているのではと思うほどだ。

葵 竹康の格好をしていても、心の中の葵 千代子は今でも訴えている。


怖い。痛い。殴られるのは、やっぱり痛くて辛い。


"勝てっこないってわかってたじゃん。こんなに強いんだもの。"


今まで、ずっと弱気な自分が不意に後ろを振り向かせようとしてくる事があった。今もそうだ。


痛みに負けそうになって、恐怖に押しつぶされそうになって、逃げ出したくなることが何度もあった。


「まだ本気すら出してねぇんだぞ、こっちは。」


「……」


忠光の声が自分に降りかかる。


「負けを認める前に言うことはあるか。」



負け……?

自分が、負ける?


"間違いだったんだよ。ヒーローなんか、夢物語なんだって。"


……


「立て!!立てよ、タケッ!!」




……カッちゃん。


「オレたちのヒーローは、こんなことじゃ終わらねぇだろうがっ!!」


"……ヒーローを目指していたのはお兄ちゃんだよ。"



「タケの兄貴ぃッ!立ってくれ!!兄貴を信じて、ここまで来たんだ!!」


「兄貴、頼むよっ!!」


宇佐見……樺地……


"負けると密かに思ってるくせに…"



「タケ兄ぃ…!!」


「タケさん…!」


虎徹……早雲…


"…………"



「へばってんじゃ無いわよ!!葵 竹康ッ!!」



誰よりも大きく声を上げた榊原の声が、こう続ける。



「アンタの本気が…ここまでなわけないでしょッ!!!」


……


そんなこと、あってたまるか。




「織田……ひとつ、聞いてもいいか。」


「…あぁ、言ってみろよ。」



だって、ここにいるんだ。


ここまで立たせてくれた仲間がいる。


だから……




「お前、朝はパンとご飯……どっちだ?」


「……は?」



千代子の問いに、忠光は呆気に取られてしまう。

当たり前だ。

だが千代子は、痛みで軋む腕でがしりと忠光の服の裾を掴んだ。


「なんだ急に…痛みでイかれたか?」


「オレは毎朝……焼きたてのつぶあんパンを食べるんだよ。あったかい生地に、あんこが染みてさ…朝の始まりって気分でさ……でも、特別な日には…別なんだよ。」



今日みたいな特別な日に。


今という特別な瞬間のために。



「食パンにバターを塗って、砂糖をかけてさ…ここぞって瞬間まで焼き上げたトーストを食べるんだよ。じっくり焼かれてバターと溶けた砂糖が生地に染みた所を齧るのが、たまらなくてさ……」


千代子は、笑った。

好物のことを思い出しながら。



逆転の瞬間(とき)が来たと、笑った。



「話はそれだけか、だったら…………っ、まさか…テメェ…!」


ぐっと食い込んだ千代子の指先が腹から離れない。忠光は自身の内側で、己のものとは違う将気が煮えくり返るように膨れ上がるのを感じた。


「もう充分染み込んだだろ…歯ァ食いしばれよ…!!」


「…!お前、この距離は…!!」


分身技…星連は前座に過ぎない。

本命はコレだ。


倒された分身たちは消滅すると見せかけて、忠光本人に直接将気を送り込んでいたのだ。


消えゆく闘志を再び燃やそう。


自身ではない、織田 忠光の奥底に在る本気を灯す!


灯して、爆ぜよ!!


これが新技…!!!



手我闘朱灯(シュガートースト)ッ!!!!」




大きく爆発した将気は体育倉庫を吹き飛ばし、

両者は爆風に巻き込まれた。


予想外の出来事に驚いていたのは、集結していた将武使い達。


将武・織田 信勝の元所持者である巣斗輪愚の番長が、先に口を開いた。


「流石にあれは一溜りもねぇ…いくら信勝でもあの内側からの爆発を防ぎ切るのは無理だ。」




「あの子ったら…!まさかあの分身がそもそも囮だったなんて…!!」


榊原が、千代子の新技の真実を口にする。その顔には冷や汗が伝っていた。


「あの子の分身技は、織田に将気をジワジワと流し込むために発動していたんだわ。外側からの攻撃じゃ、織田の実戦経験に到底太刀打ち出来やしない…だからって自分の将気を与えて暴発させるなんて!!」


「敵に塩を送るなんてレベルじゃない、一歩間違えれば自分が負ける可能性だってあったはずなのに…!本当の新技を決めるために、わざと織田 忠光に有利な技を仕掛けたんだ。」



そこに続く虎徹の言葉が、周囲を戦慄させた。



将武の暴走を起こした過去を持つ忠光に対し、それは火に油を注ぐような事。しかしその戦法を選び、逆転の機会にするとは。


どこまで化かしてくれるのだと、心躍る者も居た。葵ヤンキーズ側の逆転に、他のヤンキー達の歓声が湧き起こった。


「あの織田相手に逆転しやがった!!」


「すげぇ!!新時代の幕開けだ!!」


その中で、早雲は黙したまま爆風の晴れない体育倉庫跡を見つめ続けている。


「二人はどうなった!?ち……た、タケは!?」


忠勝の言葉に、はっとするヤンキー達。



「まだ終わらねぇよ。」


屋上から彼らを見下ろしていた永吉が、理不尽な現実を宣言した。

その言葉を皮切りに爆風が巻き上げられる。


紅い風の中で、爆発音のような拳の音と共に…



葵 千代子が吹き飛ばされた。



「おい…マジかよ…!!」


「そんな……!!」




絶対不屈は、覆らない――。


「タケさんッ!!そんな…技は確実に決まってた、決まってたんだ!!」



そして、それは確実なる絶望である。



「お、織田 忠光は……まだ立ってる…!」



早雲が、虎徹が、榊原が…葵ヤンキーズ全員が、その事実に言葉を失った。


プールサイドのフェンスを突き破り、水の中へと落ちた千代子。

焼けた喉で、忠光は微かに乱した呼吸を整えた。



「今のは……けっこう効いたぞ。」



その姿、煉獄の炎魔なり。




『…代子、千代子ッ!!』


水中にて、千代子は薄赤い(あぶく)を吐き出した。

一瞬焼き切れかけた意識を、家康が呼び掛けて引き戻したのだ。


『技…ちゃんと当たってたはず…なのに。』


『千代子よ……すまぬ。よもやこれほど危険な相手とは…彼奴は、将気の流れを変えたのだ。とっさの判断とはいえ、お主の新技の威力を僅かに弱めるなど…想定外であった…』


『家康さんらしくないよ…そんな弱音吐くなんて…』


らしくないでは片付けられないのだ。

才能はたしかにある。忠光の才能は、その道ひとつの努力で得たものを簡単に超えてこなしてしまうこと。しかし……その恐ろしさは才能だけではなかった。


生まれながら、武に生きる家系。

家康は忠光の分身を回避する動きから、微かな予感があった。だが、そんなまさかと…否定したかった。

否定したかったものが、逃れようもない現実だなんて。


『織田 忠光…彼奴は、"志士(しし)(いえ)"の者だ。』


『志士……?』






「長尾っ!さっきの葵に勝ち目が無いって…どういう事なんだよ!!」


黙ったまま青ざめる鶴姫を、皐月が引き戻した。

我に返った鶴姫は、親指の爪を噛みながら忠光を睨んでいた。


「志士ノ家…戦国…いえ、それよりももっと昔から、将武使い同士の戦いを極め抜いた由緒ある血統…織田 忠光の将気の流し方で合点がいきましたの…いまの彼は、絶対不屈であり…絶対の強者ですわ。」


「シシノイエ……ってなぁに?つるちゃん。」


麗花の問いに、鶴姫は答える。震えた声だ。


「将武使いとして、生まれながらに武を極めし家系でしてよ。

武に生き、武と生き、武をもって総てを征する血統…そして織田 忠光は、将武使いとして血を流す程の鍛錬を積み重ね、最高の才能を持ちながら生まれた完璧なる存在…」



それが、織田 忠光。

そしてその事実は、覆ることの無い絶望である。


「信じたくはありませんが…葵 竹康が勝つ確率は…完全に無くなりましたわ。」





変えようのない現実。

ひっくり返せない戦況。


希望は、打ち砕かれたか?

勝利の可能性は消え失せたのか?

才能は努力を無条件で捩じ伏せるのが当然なのか?


勝負は最初から決まっていて、

誰かが敷いて書き連ねた決められた(ページ)で、定められた運命のままにやられっぱなしに傷付いて…



それでいいのか?




『ふざけるなよ。』



ふざけるな。


勝手に決めるなと、千代子は水面で自身を見下ろしながらゆらゆらと明るく照らす天道(てんとう)に拳を向けた。


『千代子…!?』



勝手に定めるな、限界を決めるのはいつだって自分自身で、掴める成功を取り逃がすのは誰かのせいなどでは無い。




だからお天道様、見せてやるよ。


一度拳を開いて、手のひらを太陽に…透かさない。再び握りしめれば、ほら見てみろ。


東をアンタより強く照らすのは、私の拳だ。



『…ここからなんだよ、家康さん。』


再び家康へと語りかける千代子。

家康は、千代子の変化に気付いた。


ふつふつと煮え滾る、強き意志に。

だが、現実は変えられないだろう。



『しかし、此度の相手は…!』



ふざけるな、変えられる。

変えてみせる。



『"人の一生は…重き荷を負うて、遠き道を往くが如し……心に望み起こらば困窮したる時を思い出すべし。" 』


『…!!』


挫けそうになった時。

弱気な私の心をかき消してくれた仲間の言葉にどれほど救われただろう。


解らないとは言わせない。


『それを教えてくれたのは家康さんじゃねぇか…!志士がなんだって言うんだ…何百年、何千年の歴史よりも、私たちの決めた覚悟がちっぽけだと誰が決めたッ…!』


家康さんがいたからここまで進むことが出来た。

ここまで辿り着くことが出来た。

やっと、自分は強くなれたのだ。

仲間だけではない。


口煩くて、デリカシーなんてなくて、けれども暖かく自分を励ましてくれた。


他の誰かでもない、この徳川 家康に…

誰かを心から"守る"覚悟を教えられたのだ。



『…千代子…お主…』


『いま…一個だけ聞くよ…家康さん…』



(オレ)たちの本気は、ここまでか?


心の中で、千代子は家康に問う。




負けを認めるか?


現実なんてそんなものだと諦めるか?


誰かに定められた運命のままに走って、笑って、怒って、戦って、傷付いて。


ああ、こう動くのかと俯瞰されるだけなんて。



それで満足か?


奴はまだ、本気を出していないのに?





「『ふ ざ け る な ッ ッ ッ ッ!!!』」



二人の怒号が、水を大きく吹き飛ばした。


熱く、眩く照らすのは荘厳なる黄金。



「『本気は、ここからだッ!!!!』」



――志士の炎魔、何するものぞ!!





"本気はこっからだ、諦めんなよ千代子!"



そうだ。

お兄ちゃんがいつも言っていたこの言葉。


内気な私を奮い立たせてくれたのは、いつだってヒーローを目指した兄の口癖。



"でっかいロボットなんかより、もーっとすごい奴さ!いいか、千代子。オレがなりたいヒーローってのはな…"


葵 千代子は、葵 竹康にはなりきれない。


それでもお兄ちゃん…

私がなりたいヒーローは、決まったよ。



"どんな奴にも本気で立ち向かって…"


どんな人にも、本気で向き合って。


"どれだけ喧嘩しても、最後は心の底から笑い合えるほど分かり合えて…そして…"


"大切な人の未来(あした)を、明るく照らす。"


大切な人と一緒に、未来(あした)を明るく照らしていく。



私は、そんなヒーローになりたい。

いや、なるんだ…!


そのために、ここにいるんだから!!




『今こそ余を上げよ、千代子ッッ!!!』




高らかに叫ぶ家康と、ズボンに両手をしっかりと入れる千代子。


覚悟は決まっている。

あとは、踏み出す勇気だ。


『誠を究め、武を極め、己を極めい!!パンツを穿く時…人は皆、英雄となるッッ!!!』


ゴムをしっかり掴み、引き上げる!!

腰に添えられし手。仁王の如く凛々しく立つ足は、もう二度と揺らがない!



「おおおおおおおおっ!!!!!」



輝き照らすのは東照の金色(こんじき)


その掌を天高く。

我が心を照らすのは熱き血潮なり。



立ち上がれ、ヒーロー!


いざ参れ、黄金の()よ!!


東将大権現・徳川 家康ッッ!!!




「凄まじい力……葵 竹康…いえ、将武・徳川 家康の力。これほどとは…夜一郎さんと一緒にここへ向かっていた時に見たのはこの光だったんですね。」


一は眩く光り輝く千代子を、窓から見詰める。


"限界なき成長"


それが徳川 家康の力だと、彼は如水から受け取った将武の情報から知識を得ていた。


「しかし、アゲパンをこれほど精密にコントロールするだなんて、奮導學院の将武使いでも特殊な訓練を経て会得するものです。まだアゲパンをしたのはたった二度のはず…彼はいったい…!?」



誰もが千代子に注目をする中で榊原は驚きと喜びが混ざった声色で言葉を発した。


「ただの力の放出じゃないわね、アレは。」


「バラさん、わかるんだな?きっとあれがタケさんのアゲパンの本当の力なんだ。タケさんらしい…強えだけじゃねぇ、あったけぇな。」


早雲がサングラス越しに瞳を輝かせて、笑みを浮かべた。まだ希望は潰えていないと、そう確信した笑顔だ。



それを聞いた忠勝は、ここにいない本当の竹康に思いを馳せる。


「タケ……」


タケ、お前もこんな、俺の計り知れない場所に居るんだな。

こんなに強い力を、なぜお前はチヨに託したんだよ?



聞きたかったが、その本人はここにいない。


けれど、忠勝は目の前で戦う千代子に、竹康を重ねて見た。


ヒーローの背中は、やはり大きい。


ブランコを独り占めしていたガキ大将と大喧嘩した時のこと、覚えてるよ。

小学校だっけか、あのとき。

そいつは、ひでぇ素行の高校生たちに他の子が傷付けられないように追い払ってただけだったって事がわかって、お前はこう言ったっけな。


"強いんだな、お前。でも一人で抱えてちゃ、辛いだろ。ヒーローには仲間がいるんだぜ。オレたちふたりで、そいつらぶっとばそう!ヒーローが二人いりゃ二百人力だぜ!"



「……誰かの痛みに気付いて、助けたい一心でまっすぐ手を差し伸べて…それが、ヒーロー…か。」


しっかり受け継いでるよ、チヨ。

お前はいま、ヒーローになってるんだ。


だから…!



「頑張れ、タケーッッ!!!」



忠勝は声を張り上げた。それに続くように、千代子に対しての歓声が、熱声が、大きく空気を震わせる。


「兄貴ーッ!!ぶっとばせぇー!!」


「負けるなぁーっ!!」


「テメェに賭けてるんだ!!ぜってぇに勝てよコラァアッ!!」



千代子はその声を聞き、自身の拳同士をごつりと突き合わせて、忠光を真っ直ぐ見据える。


その背には、徳川 家康の…歯朶(シダ)の前立てとよく似た形状の将気が翼のように揺らめいており、手と足には、太陽の如く白金に煌めく装甲。

これが将武・徳川 家康、真のアゲパンである。


頭に伝う血を乱暴に拭い、忠光も千代子を睨みつける。


そして、彼は白い歯を見せて笑った。



「……面白くなってきた…!」


忠光が笑った。

灯ったのだ、彼の奥底に燻った闘志が。



最終決戦は今、漸く開幕した。



新たな風は、新時代を巻き起こすのか。


ヒーローの拳は、孤独を選んだ魔王に届くのか?


それはここに居るヤンキー達には、誰にもわからない。


だが確かに……今ここで。


時代の歯車が、動き出したのだ。




「最後まで燃えさせろよ、葵ィイイッ!!!」




次回も尋常に、将武ッッ!!

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