将武その29「最後まで」
ふわり、ふわりと撫でる風。
東にゃ喧嘩、西には武勇。
しゃらり、しゃらりと竹の葉が擦れ合う。
「りんりんるるん、ご機嫌いかがァ〜らんらんりりん、シぃグナルぅ〜っ☆とぉ。」
音痴がなんだ。
ご機嫌なんか、いつでも満開千輪菊。
からん、ころん。ゴッ。ころん、からん。ガゥン。
石畳を蹴飛ばす下駄の音。
下駄に蹴られる、花火玉。
「あらよっ、と!」
蹴り寄せ、膝で高く打ち上げる。
身を翻してもっと高くと爪先で突き上げれば、火薬の弾ける音と共に、空に大輪の花が咲いた。
本日も晴天なり。晴れ時々、花火。
私塾・奮導學院。
大友 鉄火は自然の奏でる優雅な音に耳を傾けられぬほど陽気な声で歌いながら、ある場所に向かっていた。
學院内。
奮導寺最奥、褌神の間。
そこでは武人の石像が八体、円を描き互いを見つめ合うように立っている。
石像の腰には、それぞれ一枚ずつ豪奢な褌を付けており、それぞれの像の前には、褌を背にして立つ者たちがいた。
鎮西八陣将、その内の五名である。
髪を後ろでポニーテールに束ね、ぶかぶかな制服をできる限りきっちりと着た木刀を持った女子。
総大将、石田 九曜。
九曜に常に付き従い、筆を勢いよく滑らせたような黒い長髪をきつく束ねて、SPのように制服を規則に則り乱れなく着る背の高い女子。
副将、島 清近。
オールバックに撫で付けた黒髪に黒縁の眼鏡、そしてオーダーメイドの黒い蝶ネクタイがトレードマークの、一切無駄のない出で立ちの男子。
毛利 小次郎。
荒波のように毛先にウェーブをかけた特徴的な金髪に、大漁旗を担いで、どっかりと胡座をかく女子。
長宗我部 羽子。
そして、着崩した制服に法被を肩に羽織って、下駄を履いた浅黒い日焼け肌の男子。
大友 鉄火。
「いや~すまんすまん、遅れてもうたわ。」
陽気に現れた鉄火に対し口を開いたのは、清近。
「遅いぞ、大友。」
厳格に自分を睨む清近に対し、鉄火はふりふりとあっけらかんとした様子で手を振る。
「相変わらず集まり悪ぃなぁ…」
気だるげに羽子がぼやく中、鉄火は清近に遅れた理由を話し始める。
「堪忍しぃや、島ぁ。儂かて遊んどったわけやない。島津の残した厄介もんを倒しとって遅れたんよ。ったく、連中どうにもごちゃごちゃしよってきてなぁ。なんつーか、そのー…あれや。頭ええ感じに言うとぉ…」
「奴らが知性を持ちはじめた…と言うことか。」
「そう、それやコジ!」
助け舟を出した小次郎へ向けて両手を合わせる鉄火。
島津 京四郎…
元・八陣将の彼、島津が謀反の際に己の身代わりとして捨てた将武から大量の異形が溢れ出た。
最初は数百体いたが、半分は九曜と清近によって討伐された。
だが時間が経つにつれ、牙と爪で襲いかかるだけだった獣がまるで人に近づくかのように考えて行動するようになった。
だが、なぜ島津が裏切ったのか…それは話が長くなる故に今は伏せておこう。
「こそこそ罠ぁはったり、隠れて待ち伏せしたり、仕舞いにゃ人質とろうとしたりのぉ、図体のでかい割に、せっこい手ぇばかり使うとこが持ち主に似ておるわ。いや、ほんま。」
「一刻も早く事態を収めなければならない。この事が外部に漏れる前に。」
苦虫を噛み潰したような顔でため息を着く清近。そこに小次郎が続く。
「私の部下達が情報を規制しているとはいえ、このままでは時間の問題だ。
それに、昼夜問わず巡回警備に出ている交通連隊や風紀連隊にこれ以上の負担はかけられない…作戦を練り直す必要があるな。」
けっ、と悪態を着いたのは、羽子だ。
ぽりぽりと長く伸ばした頭を引っ掻く姿は、少年のようである。
「つーかぁ、それを話し合う為に集まったんだから早く始めよーぜ。どうせ一人は山のてっぺんでおねんね中…後の二人…アンコと新入りは?」
欠伸をしながら背骨をポキポキ鳴らす羽子の投げた質問に、小次郎は眼鏡の位置を直しながら答えた。
「安国寺くんは、二時間前に學院を出ていった。行き先は不明だ。」
「あー、たしか『大切な人と愛を確かめに行ってきますぅ〜』って言っとったわ。」
唇を尖らせながら、鉄火はうんざりした様子で肩を落とす。
「アイツらしいや、まー慣れたがよ。キヨちゃん、もう抜きでいいだろ?とっととはじめねぇか?」
羽子は早く始めろと言わんばかりに溜息をついてぼやく。
「…如水はどうした?」
清近はもう一人、不在の人物の名を出した。
三人は答えない。答えず、首を横に振った。
鉄火は両手を広げ、なんのこっちゃと。
小次郎は微かに目線だけを羽子に向け、羽子はこっちみんなと小次郎に対してしっしと手を振る。
「欠席は三人か。まあ良い、それでは…」
「待て、キヨ」
「…九曜様?」
会談を始めようとした清近を、九曜が引き止めた。凛とした声だ。
「欠席は二人だ。」
九曜は、鉄火を見つめながら欠席者の人数を告げる。当の鉄火は、訳が分からないと言った様子だ。
「あん?石田の大将ぉ、遅刻は欠席対象やったか?」
「――――いや、私のことだよ。大友くん。」
「どわぁああっ!?」
水面に水を落としたように不意をついた背後からの声。
振り向いた鉄火は如水を見て驚く。褌神の間に、鉄火の声が反響する中、九曜以外の八陣将達はそれぞれ驚いた表情を見せた。
「ふっ、遅れて済まないね…総大将殿。」
「ちょっおま…何時からそこおったんや!?」
「ん?君が遅れたと言いながらここに入っていった直後だが。」
気付かなかったんだねと微笑む如水に、鉄火もまたへらりと笑い…
「なぁんやお前も遅刻やないのぉ〜あかんやろぉ?…って、ほぼ最初からやないかい!!」
突っ込んだ。
「総大将殿はとっくに気付いていたよ。」
如水はヤレヤレと言った様子で肩を竦めている。それを見ていた清近が、呆れた様子で如水を窘めた。
「如水、いたのなら直ぐに姿を現せ…悪趣味だぞ。」
「別に驚かせるつもりはなかったよ。でもまぁ…黙って聞いていれば話の内容が余りにも退屈過ぎてね。」
彼の言葉を聞いた鉄火と羽子、清近が一斉に如水を睨んだ。射抜くような視線に怖気付くこともなく、当の本人は言葉を続ける。
「八陣将ともあろう者が、残党狩りごときに頭を悩ませている様は実に退屈だったと言ったんだよ。随分と夢中になってお喋りしていたじゃないか…ずぅっとここにいた私の存在に…気付かないくらいに。」
「…なんや、喧嘩売っとんのか新入り。」
「オモテぇ出るか。」
ドスをきかせた鉄火と羽子の声。一触即発といった様子に、九曜が鎮まれ、と一声あげた。
その言葉をきいた二人は、心の刀を鞘におさめる。
「如水よ、今更お主が遅れてきた事にとやかく言うつもりはない。無論、今まで何処に行っていたかもな。」
「寛大な言葉、痛み入ります。総大将殿。」
「だが我等の前でこれだけ大口を叩いて見せたのだ、此度の事態を終息させる策があるのだろう?」
その問いに全員が如水を睨みながら沈黙する。
そして…如水は、はて。と首を傾げた。
「策?………そんなものはありません。」
「何?」
「正確には、その必要がなくなったからですよ。…何故なら。」
“もう全て終わっていることなのだから”
如水の言葉の意味を理解できず動揺する面々。
当たり前だ。突然現れ、彼らを挑発し…こともあろうに議題の結論を新参者である彼が先に告げてしまったのだから。
「如水、それは…」
『コリン☆コリ〜ン☆あれれ〜?小次郎く〜ん!メールだよーっ!』
清近が如水に質問を投げかけようとした所で、突然ファンシーな…否、あざとさしか感じない女子の声が響いた。
それは、小次郎のスマートフォンからである。
「む、済まない…光秀君からの報告だ。」
「イヤお前の携帯かよ、何だその腹立つ着信音。」
九曜に対し、失礼。と断りを入れてからスマートフォンの画面に目を向けた小次郎。
着信音を聞いた羽子は、うげぇと不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
そんな中…わなわなと震えていたのは鉄火だった。
「こ、コジお前ぇ…!今の着信音、“美少女名探偵コリン☆”の杉並 コリンちゃん役ぅ!!結城 鈴々の抽選ダウンロード生ボイスやないか!!」
「これかね?お前がやたらと熱く語っていたのが鬱陶しかったものだから、もし当たったら腹いせに自慢でもしてやろうかなとダメもとで応募してみたら…見事当選してしまったよ。」
「な…何…やと…!!嘘やろ!?夢や…遅刻したことも、今日の昼に食堂で余った武ッ士んプリンのジャンケンに負けたことも、お前がリンたんの生ボイス当てたことも夢や!せやろ!?そうだって言ってくれやコジぃ!!」
ずかずかと小次郎に歩み寄ってがくがくと彼の肩を掴んで揺らす鉄火。小次郎は、よしたまえ。とクールな表情を崩さずに鉄火を窘めながら、さらにとどめを刺す。
「コリンちゃんだって言ってたではないか…
『真実は いつだって残☆酷っ!』と」
バリトンの声を裏返し、掠れるぎりぎりの高い声で声真似をする小次郎。
勿論、鉄火は崩れ落ち悶絶した。
「お…おんどれぇーーーっっ!!!!」
「だぁ〜、るっせぇなぁ…このドルオタ花火職人…オメー、まぁーだあのやらかしアイドルの追っかけしてんのかよ。」
呆れ顔で羽子が鉄火の方を見ながらガンガンと響く声に片耳を指で塞ぐ。羽子の言葉を聞いた鉄火は項垂れていた身体を起こさないまま羽子に向けて指をさして叫んだ。
「あー、あー!言いよったな長宗我部ぇ!!見てろや!リンたんはぜーーったい返り咲くで!後でファンになっても、儂ゃあ知らへんからなぁ!」
「ならねぇよ、アタシゃ歌より波の音さね。」
「鎮まれと言ったろ。まったく…毛利、報告を。」
清近に促され、小次郎はスマートフォンをクルクルと回してから胸ポケットに仕舞い、九曜にメールの内容を伝える。
「総大将。光秀君からの報告だが、どうやら西の各地に散っていった残りの異形どもの将気の反応が…全て消失したらしい。」
「ッ!」
鉄火以外の八陣将たちは、バッと視線を如水に向ける。
すると如水はどこから取り出したのか、筒形の容器をこの場にいるもの達に見せ付けるかのように地面に置いた。
ごとん…と重々しく置かれた容器。咽び泣いていた鉄火は、目と鼻を擦りながら顔を起こしてその容器に気付く。
「グスッ…ん?何やこの丸っこいの。…もしかしてお土産?」
そう言って勝手に器の蓋を開けて中身を見る鉄火。しかし、その中身をみた彼は途端に神妙な顔付きとなる。
「まあそんなところだ。この容器自体、現代では目にすることは無いだろうけどね。」
「大友、中身は…」
ゴッ!!
立ち上がって容器を蹴飛ばせば、ころんと転がる縮れ毛に覆われ、角の生えたなにか。
それを見た羽子、小次郎、清近は目を微かに見開き、眉をひそめた。
「これは首桶だよ。毛利殿が言っていた知性を持ち始めた残党たち…大友殿が手こずったという二十七体の鬼の首さ。総大将殿、望みとあらば…ここにあとの二十六個の首桶も持ってくるが?」
「…いや、いい。だが如水よ。その二十六個の鬼の首、何処へ?」
九曜は、如水の挑発的な物言いに仄かに眉を吊り上げることも無く、冷静に質問をする。
「やはり早急な報告が必要かと思ってね、學院長の机に置いてきたよ。」
しれっと答える如水に、すかさず鉄火がツッコミを入れた。ビシィ!という効果音が付けられそうなタイミングとキレの良さだ。
「いや怖いわ、ドア開けたら首桶でいっぱいってことやろ!?學院長どんな顔してそれ見たらええねん!?」
「あの男なら、たかが鬼の首一つで驚きはしないさ。そんなことよりも…石田 九曜。」
如水は威圧を込めた視線で、九曜を睨む。
その視線に既視感を覚えたのは、九曜以外の彼らも例外ではなかった。
彼は更に続ける。厳しく、射抜くような声だ。
「我々は、このような弱者の遺した無駄なおこぼれ掃除に時間を費やしている場合ではない。貴様も総大将ならば、重々承知しているんだろう?」
「如水、言葉を慎まんか…!」
「よい、キヨ。」
清近の言葉を、九曜は制した。
彼の言っていることに間違いはない。
そして…如水はなおも続けた。
「我々がこうしている間にも、東は大きく動いている。いまひとたび己の足を動かさねば…奮導は容易く地に堕ちるのだよ。石田 九曜。」
彼が言い切ると同時に地は震え、眩い光の柱が遥か遠く…東の地から、天へ伸びていた。
「この将気…!あん時の将武使いのもんと同じや…!」
「将気のレベルが以前と段違いだ。ただの放出ではない…完全にコントロールしている。この短期間で、だと…!?光秀くんに連絡をしよう。光の解析を急ぐようにとな。九曜様、本日不在の二名には、私から伝達をしておきましょう。」
「うむ、頼むぞ小次郎。…如水、お前は…東で何を見てきた?」
彼女の問いに、如水は真っ直ぐと目線を向けて、こう告げた。
「ひとつの終わりだ。…そしてもうひとつ。」
東向きに吹く風。
黄金の光に目を細めて、屋上でひとつの終焉を目の当たりにしている彼は、寂しそうに言葉を口にした。
「…新しい時代の始まり、か。」
永吉だ。
アゲパンを発動した千代子を、上から見下ろす。
彼の脳裏では、千代子の言葉が何度も反芻していた。
大切なものを守ること。
それは誰かを打ち倒すことではない。
ぶつかり合い、真に分かり合い、共に進むこと。
頭では理解している。理解しているのだ。
「カシラ…オレは…」
認められない。
自分の拠り所が、消え去ってしまうのだから。
織田軍は自分の居場所で、それを守るためなら鬼と呼ばれたって構わないとさえ思っていた。
忠光の唯一残った居場所である織田軍を守ることが、自分の役目だと。
「…」
彼は振り切れない自分の思いを、唇を噛んで耐えるしか無かった。
震える背を、紅い蝶が横切ったことも知らず…
なぜ他の連中が、あんなにも努力を怠けているか理解できなかった。
無駄な努力など存在しないと、ガキの時から思い貫いてきた。
達成を諦める度に、大抵の連中は他人のせいにする。そうして薄っぺらな"がんばった"という言葉で、自分を正当化する。
化け物と罵って、前に進むことを辞めていく。
高く昇ろうとしない連中の中で何もせず燻るなんて。
挑まないで無理だと捨てることの愚かさに、なぜ気付かないのか。
愚かだとバカにしてきた。どうせ、目の前のこいつだって…諦める。
けど、違った。
「面白くなってきた…!」
こいつは、違った。
何度も何度も向かってきて、向かう度に予想を超えて。
なんなんだよ、お前は。
初めて会った時もそうだ。
"お前が織田 忠光だな。ヒーローとして、お前に決闘を申し込むぜ!"
無茶苦茶に、我武者羅に挑んできて。
二度目に会った時は、情けなく泣きながら突っ込んできて。
"オレはお前を…皆を…葵ヤンキーズを絶対に…守ってみせる!!オレは、ヒーローを目指す男だから…!!"
別人のように、お前は変わった。
考え無しなヒーロー気取りの一年坊が、
ちょっと見ねぇ間にオレを越えようとしている。
ボロボロになって、それでも突っ込んできて…
諦めるなんて、はじめから考えてない。
負けるなんて、考えてない。
なら、最後まで来いよ。
最後まで戦い抜いて、最後まで…!
「最後まで燃えさせろよ、葵ィイイッ!!!」
「織田ァァァァァッッ!!!!」
互いに衝突する拳。
千代子の両腕は太陽色の手甲に包まれており、真っ直ぐ向けられる硬い拳は、彼女の意志そのものであった。
連撃、烈撃、拳撃、蹴撃、将撃ッ!
拳をぶつけ合い、受け止め、躱し、殴り、蹴り、突き、払い、そして将気をぶつけ合う。
戦いの中に、ただひとつ変化があるとすればそれは…
「カシラが…防御をした…!?」
蜂須賀の言葉に、織田軍はザワつく。
勝負は、漸く互角となったと言っても過言ではないが…しかしそれは誤解である。
まだ、火をつけただけ。
忠光は、まだ本気では無い。
限界なき高みを目指すもの同士の戦いは、常識を逸脱したものであった。
「路絶打ッ!!」
血管のような紋様が千代子の腕を包む。家康の将武から流れ込む将気が、血を巡る。
黄金が漲る拳を、忠光へと振り下ろす姿は、拳骨を叩き込むような動きだ。
その一撃を、後方に跳ぶことで回避する忠光。
めり込む拳を引き抜く直前に、彼は千代子へ掴みかかろうとその両腕を伸ばす。
その瞬間だ。千代子の変化に、将武使いたちは驚かされる!
「また分身か…!!」
再び、星連による分身。
分身体の千代子を掴む前に攻撃の起動を変えることは間に合わず、忠光に掴まれた分身は地面へと叩きつけられた。本体の千代子は、忠光の真上へ。
くるくると回転しながら真後ろに着地すると同時に全身のバネを大きくフル活用して、背後からの攻撃を仕掛ける!!
「暴威蹴流ッ!!」
強烈なドロップキックをノーガードで喰らう忠光。
信勝でも防ぎきれねぇか――!
「あ゛ッく、ははは…そう来なくちゃなぁ!!」
背に受けた衝撃で骨が軋む。
大砲のように飛び出しながら全身に将気を纏った彼は、先ほど繰り出した隕地討の応用をきかせた技を繰り出す。
勢いをつけた連続の右フック。その拳を防御する千代子の腕で、再びの暴発、爆発、連発ッ!!
「灼忌討ィッ!!」
「ぐ…オォオオラァア゛ァァッッ!!」
猛る千代子。
焼けるような痛みに対し、両腕を解き放つとその額で自ら拳を受け、 止める――!!
忠光は拳から肩へ、衝撃による痺れを感じながら武者震いを覚える。なんて、楽しいのだろう。
「正気か…テメェ…!!」
笑いながら忠光は問う。
千代子も、紅白交じった歯を見せて笑った。
「あぁ、本気だ…!!」
だからもっと…!
「「もっと本気で来やがれッ!!!」」
この短時間で大きく成長を遂げた千代子の姿を、行動を見た一は固唾を呑みこんだ。驚きによるものだ。
「技を出すタイミングが、以前よりはるかに上達している…!」
「葵め…ここに来てアゲパンだと…!!」
蜂須賀の苛立った声。
桔梗もまた、熾烈を極める二人の喧嘩に圧倒され、言葉を失っていたが…
「いつになったら終わるんだよ…」
「化け物同士他所でやってくれよ…!」
一般生徒たちの言葉が、ぽつりぽつりと聞こえ出した。
「…ッ!」
桔梗は、彼らの気持ちが分からないわけではない。
常識、認識、それらを超えた喧嘩に巻き込まれた東乱楠の生徒たちの思考は、ひとつに纏まっている。
恐怖だ。
人生における善悪経験と、多数決で決定付けられた常識で作られた曖昧の絶対テンプレート。それが、"普通"である。
その普通から突出した光景に恐怖するのは無理もない。
非常識、非認識、未経験。それらに対しての恐怖だ。
そして、そんな恐怖の対象が同じ人間であるものだから、彼らは口を揃えてこう言う。
「人間じゃない…!こんなの、普通じゃないよ!」
普通では無いことは、排斥したくなる。
それが、作られた普通から侵入する非常識であるから。
「桔梗…」
夜一郎は、彼らの言葉に胸を痛める桔梗を気遣うように目線を向けていた。
もう、千代子は立ち止まらない。
誰にも、止めさせない。
ここで右に跳ぶ…!そして…左ストレート!!
家康の考えていることが、解る。
左足から蹴りが来る。これは陽動…狙いは突き出した拳!
絆を深めあった一人と一枚、否…一魂。
回って足を蹴飛ばしてバランスを崩せ…!!
彼女らは、大きな一歩を踏み出そうとしている。
大きく踏み出し、進むのだ。そして――。
「ここで…ッ!!!」
ここで、踏み込むッ!!!!
「超えてみろよ、おらァァッッ!!」
声を荒らげながら昂る忠光。彼が自分に接近するその瞬間。
それを、待っていた!!!
黄金の将気が、忠光が踏みしめる地面を深く割った。
爆音と共に地面で溜め込んだ将気を、時限爆弾を仕掛けるようにその場に留めさせ、一定時間経過で爆発させることで特定の地点を割る千代子の技。
「…さっきの技か…!」
それは先程の拳撃技、路絶打によるものだ。
想定外の技により、足場を崩された忠光は態勢が崩れた。それを逃す彼女たちではない…!!
『ゆくぞ、千代子ッ!!』
「ぶちこむぜ、家康さんッ!!」
だからぶち込んでやる。
私達の拳よ、届け…当たれ!!
漢の心を、もっと熱く!!!
「魅流苦風槍ッッッッ!!!!!」
烈風と共に繰り出されるゼロ距離の大技。そして星連の分身体を攻撃したことにより忠光に溜め込まれた将気の上乗せにより、威力は跳ね上がる。
絶対不屈の織田 信勝が押し負け、忠光は吹き飛ばされた。
だが…
「は、はは…ハァ…ハァ…やるじゃねぇか。」
笑いながら、忠光は立ち上がり…嗤うように震える膝にがつりと拳を打ち込み、奮い立つ。
やがて、凛と背を伸ばした彼は、将武パンツのゴムへ手を伸ばした…その時だった。
カツン。
忠光の肩を掠めて、空き缶が飛んできた。
それを投げたのは、今まで彼らの喧嘩を見守ったヤンキーたちでは無い。東乱楠高校の一般生徒たち。
「もういい加減にしろよ、負けてんだろもう…!!」
「なにが織田軍だよ、オレたちをこんなに怖がらせて!!」
「あんた達不良にビクビクしながら振り回される私たちの身にもなってよッ、この…化け物っ!!」
その矛先は、織田軍に…
忠光に向けられていた。
言葉と共に、生徒たちは彼に物を投げつける。
荒々しく燃えていた将気が、薄れていく。
握っていた拳が、ゆるりと力を抜いていく。
忠光は、止まった。
呆れていたのだ。彼は。
どれだけ足掻いても、彼らの心など決して動かせやしないのだと。
「おい…やめろ。やめっ…!!」
『ならぬ、千代子。』
「家康さん…!なんで…!!」
忠光の元へ近付こうとした千代子を、家康が止めた。ずしりと感じる重みが、千代子の歩みを止める。
なのに、罵声と投げつけられる暴力が止まることは無い。
『これは、守り通せなかった者の責任だ。彼奴は、大きくなり過ぎた織田軍を纏めあげることは出来なかった。その責任なのだ…』
「でも…!!」
『織田軍の者たちが止めずに居るのも、その証拠よ。感じよ、千代子。…榊原程でも無いが、余にも将気を感じ取ることは出来る。』
家康は千代子に、その事実を突きつける。
…微かに感じていた複数の将気と、それを通して感じた複数の感情。
……怒り…そして、悲しみ。
この数は……まさか。
「…これって…織田軍のヤンキーたち…?」
『まことならば、忠光のもとへ駆けつけたかろう。だが、それは先達たる武人の魂が許さない。武を纏う者だからこその誇りが、許さないのだ。それはきっと彼奴も…』
「ヤンキーだからこそ、織田軍のアタマだからこそ…ってことか。家康さん…」
しかし…
「なんで…なんで動かないのよ、みんな!ねぇ、先輩たちも…忠光を慕ってここまで来たんでしょ!?どうして…ッ!」
「桔梗、こればかりはどうしても動く訳にはいかねぇ。俺たちの、ヤンキーとしての…誇りがある。ここで動いちまったら、ミッちゃんの心に泥を塗ることになる。」
夜一郎の言葉を聞いた桔梗は、彼に掴みかかった。
「夜一郎…そんな…見損なったわよ!あんた…忠光の友達じゃない!小さい頃からみんなで始めた織田軍じゃないっ!!」
「だがなぁ!!!」
声を荒らげる桔梗を、夜一郎の一声が止める。
「…ダチを助けねぇヤツは、漢じゃねぇ。」
彼は、バットを桔梗に渡して桔梗の頭に大きな手を添える。
蜂須賀は廊下に向かって歩きだし、扉を開く。
夜一郎も桔梗を連れて、大きな背中を見せながら桔梗に話しかけた。
「ワガハイたちがミッちゃんの背中を追っかけてきたんだ。今度は、その背を押す番だ。」
「…ふたりとも……」
勇気が、走り出す。
その背中を見た一の視線は、どこか羨ましそうだった。
かん。今度は頭にボトルが当たった。
的を得れば、このザマだ。
馬鹿野郎が。
燃えカスになったテメェに言ってるんだぞ。
信念を、理想を持てば、誰がついてくるって?
必死に生きてこそ生涯は光り輝く、だったか。
このザマを見ろ。この連中を。
何一つ変わりゃしない。
名前に酔ったままやりたい放題やった連中も。
そして、歯向かいもしないで群れて自分を正当化するコイツらも。
変えられやしない。
風はただの風で、新しくもなんともない。
結局、そんなもんさ。
だから、もうやめちまおう。
どうせ、変わりゃしない…
ぱこん。
後ろで、間抜けな音が聞こえた。
視界の端っこで。
紙パックが不格好にひしゃげて、落ちた。
同時に、声が止んだ。
……なんで、お前はついてきちまうのかな。
「桔梗ちゃん…!?」
「……ちゃんと教わったとおり、打ったよ。忠光…!」
「桔梗…」
なんで、そこにいる。
なんで変わらずについてくる。
なんで…お前らはオレの背中を支えてくれる?
「…お前ら……」
「…オレら、ダチだろう。ミッちゃん。」
夜一郎…お前、そんなにデカかったか。
「ミッちゃんがいたからなんだ…!」
「…転助。」
泣くなよ。締まらねぇな。
「ミッちゃんがいたから、なんでも出来るようになれた!!ダチになってくれたから!!」
顔を見なくてもわかる。泣きっツラのハチ助が。
「不格好でも、転んでも…あんたの傍にいるわよ!!一人だけで諦めてどっか遠くに行くなんて、絶対に許さないんだから!!」
「……」
ああちくしょう。
ここにいたよ。
変わらずにいてくれた、ダチがいた。
「皆さんっ、落ち着いて!!」
「天海校長、もう無理ですよ!!生徒たちの不安も限界なんです、わかってるでしょう!?」
今度は教師たちが、天海校長の静止を押し切って校庭へ向かおうとしていた。昇降口から足早に出て、真っ直ぐ忠光と千代子たちのもとへ向かおうとする。
天海校長はバランスを崩し、尻もちをつくのを見て彼を労る前田も、教師たちの前に立って両手を広げた。
「私からもお願いします!二人の喧嘩を止めないでやってください!」
「いいえ、もう我慢なりません。これは喧嘩の域を超えてる!校長先生…私たちももう耐えられないんですよ、生徒たちが不安の中で争って…あんなに血だらけになってまで殴りあうなんて!」
ヤンキーだからでは無い。教師たちの瞳には、ひとつの強い意志が込められていた。
教え子たちを心配する大人の顔だ。
自分というものを強く持ち、全力で人生と向き合う。
東乱楠高校の校訓を胸に、彼らの行いを時には叱り、見守ってきた彼らだからこそ。
だからこそ、譲れない。教え子たちが怖がり、誰かを傷つけ、罵り合う姿など。
「ヤンキーも普通も関係ない!私たちの学校の生徒が、傷つけ合ってボロボロになる姿はもう見ていられない!前田先生、元ヤンキーとはいえ、あなたも教師なら…!」
「まって、屋上っ!誰かが飛び降りてっ…!!…先生っ!!そっちにきてる!!」
その言葉を遮った生徒の声。屋上から舞い降りた何者かに教師たちは釘付けになる。
鉄パイプを持った赤髪の少年。詰襟を着込んだ彼は、ダァン!!と鼓膜を震わせる轟音と共に着地すると、教師たちの前に立った。
「永吉…」
その音に気付いた忠光も、その方向を見る。
永吉が教師たちの前に居ることを知ると、蜂須賀は走り出した。
「き、君は…」
「も、森くん…落ち着いてくれ、私たちは…!」
永吉の眼光に気圧されそうになりながら、教師のうち一人が声をかけようとしたその時だった。
彼は鉄パイプを地面に置くと、その場に膝をつき…
「…な、なにを…!!」
額を地面につけ、土下座をした。
「………頼む。」
短く、彼はそう言った。
そのひと言に、どれだけの思いが…葛藤が詰まっているのだろう。
彼の居場所であり、忠光達の居場所である織田軍が、できることならばこれからもずっと在って欲しい。
だが、終わらせなくては今のまま何も変わらず、苦しむ者達が増えるだけ。
…止めてはいけない。
この戦いを止めることは、漢として、許してはならない。
語らずとも、教師たちは肌で感じ取った。だが、それを見過ごすことは…
すると、永吉の隣にもう一人…頭を下げた者が居た。眼鏡のレンズが、砂で汚れる。
「お前…」
「先生、ワガハイ…いや、オレからも頼みます。…ずっと、この学校の連中や、親…他校の連中、先生らにも迷惑掛けてきたけど…この喧嘩だけは、きっちり決着をつけさせてくれ…!!」
永吉と蜂須賀に続き、織田軍の最古参ヤンキーたちも総じて現れ、同じように…教師たちへ頭を下げた。
もう、誰も何も言わなかった。
言えなかった。漢としての誇りを見せた彼らに、言葉は不要だったから。
「先生方…先程、もうヤンキーも普通の生徒も関係ない、と仰いましたね?…その通りです。」
「一くん…!」
天海校長が、永吉たちの前に現れた一に驚き、立ち上がる。
「もうこれは、ヤンキーの喧嘩ではない。歴史を背負った将武パンツ使い同士の…誇りをかけた真剣勝負です!」
「…そうだ。オレたちは前に進まなくちゃいけない。」
『武人であることより、友を守ることを選んだのだな…まこと、善き時代になった…千代子よ。もう、何も言うまい。ここからが正念場ぞ。』
「…ったく、揃いも揃って出てきたと思ったら…言いたい放題言いやがって…」
忠光は、笑った。
先程までの強さに飢えた笑みではない。
ただ一人の、漢として。
桔梗と向き直り、忠光はこう続けた。
「…ちゃんと打てるようになったじゃねぇか、桔梗。……ありがとな。」
涙を浮かべながら笑みを返す桔梗。続いて忠光は、夜一郎を見上げる。
「桔梗はまかせな、ミッちゃん。満足するまで、ぶつけて来い。」
「…怪我させんなよ。」
「今のミッちゃんが言うかよ。」
「…違ぇねぇ。」
夜一郎に連れられ、桔梗は忠光から離れた。振り返ると、彼は背を伸ばし、千代子へと向き直っている。
――今度こそ、最後までやり遂げる。
彼の背中が、そう語っている気がした。
「待たせたな、葵。」
「…じゃあ、いくぜ。」
やっと、本気を出せる。
自身の内側で、燻っていた心はこんなにも大きく燃え上がっている。
この瞬間、一分一秒、全て無駄にはしない。
将武に手を掛ければ、聞こえる声。
お前も、待ってたんだろう。
だから…
燃え盛る心で、立ち"上がれ"。
―是非に及ばず―
―なれども此度、この瞬間―
―小僧よ、貴様の焔となりて―
―我が生涯、まことの終焉としよう―
―ただひたすら命の限り、未来へ足掻け―
―必死に生きて、刹那の刹那まで―
―己が命を、輝かせ―
「本気は、ここからだ。」
焔が、舞い踊る。
「あんた達、ちゃんと見ておきなさいよ…歴史が…動く瞬間を。」
榊原が、将武越しにビン、と感じた直感で目を見開く。
「あぁ、この熱気…そして、闘気…よくわかるぜ、忠光さん…やるんだな…!!」
早雲は、熱風と共に忠光の心を感じ取っていた。
虎徹が二人の言葉を聞きながら、その光景に釘付けとなる。
「あれが織田 忠光の…アゲパン…!?」
驚いていたのは、彼らだけではない。
「兄者…そんな、まさか…!織田 信勝のアゲパンは、本来受けたダメージを全て自身の身体能力に変換しリミッターを解除する力…信じられない、あの将武は暴走と共に燃え尽きたんじゃないのか…!?」
人間五十年
化天のうちをくらぶれば
夢幻の如くなり
一度生を得て
滅せぬ者のあるべきか。
舞え 舞え 朱焔
煉獄の衣を纏いて 舞い上がれ
第六天は ここに在り
我ら その身 御霊と成り果てようと
炎魔となりて 天下に武を布かん
『よもや…彼奴の血に…微かに遺しておったとは…!!織田 信長…!!』
誰もが、驚愕と共に燃え上がる炎に魅入られる。
なんて、激しく、美しき炎舞だろうか。
四人、炎の羽衣を纏った焔人が、忠光を中心に舞いながら近付く。
先代、魂のみと成り果てた将武・織田 信長の使用者たち。
彼らが舞う度、忠光の頭上に火の粉が花吹雪のように舞散り…やがてそれは髑髏を形作った。
髑髏の炎が忠光を呑み込む。
そして彼の拳が…腕が炎を振り払い…
マントのように、朱色の炎を背に纏って…
終炎の魔王が、そこに居る――。
煉獄炎魔・織田 忠光ッ!!
東将大権現に相対するは、終焉の業火――。
次回も尋常に…将武ッッッ!!!




