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学パン!!  作者: ビビディ
28/30

将武その27「絶対不屈」



最初は、自信なんてこれっぽっちもなかった。


最初は、逃げたくて仕方がなかった


最初は、恐ろしくてたまらなかった。



けれど傍に仲間がいたから、私はここにいる。


強く、在ることができる。




最初から、自分はなんでも出来た。


最初から、退くことなど考えなかった。


最初から、恐れるものは何も無かった。



けれど今は、こんなにも空虚だ。


誰よりも強く在ることに、飽いている。





「やっとおでましか、葵。」


「……」



葵 千代子と、織田 忠光。


彼女の到着により、葵ヤンキーズは大きく歓声を上げていた。


「タケの兄貴だッ!!」


「オレたちの兄貴がご到着だぜ!!やっちまえ!!」


その歓声を余所に、忠光は燻るように笑って、こう続けた。


「ここまで大っぴらに仕掛けてきたのは褒めてやるが…もうボロボロじゃねぇか。」


「へっ、お前と喧嘩する前のウォーミングアップさ。」


対する千代子は、燦々(さんさん)とした笑顔を向ける。切れた唇の端が、ぴりりと痛んだ。


その様子を見た榊原は、敢えて厳しく千代子に言葉をかける。


「遅刻は授業くらいにしなさいよ。…対策は出来たんでしょうね?」


「自信はある。あとは、ぶつけるだけだよ…バラさん。」


「重畳ね…ぶちかまして勝ってきなさい。」


そう言って、彼は忠勝達の元へと戻って行った。榊原はこの時だけ彼女を"タケちゃん"と呼ばなかった。


"織田 忠光とタイマンを張り、勝つこと。"

それが、榊原が千代子を認める条件だった。


忠勝達は榊原に促され、その場を離れる。


彼らの喧嘩を見届ける為に。


新たな風が吹くその瞬間を、見届けるために。






「おい、こっちも来たぞ。織田軍の最古参…猿仁全開の羽柴と険蜂術数の蜂須賀だ…!!」


「もう始まっちまってるか?カシラと葵の大喧嘩はよ。」


遅れてその戦いを見届けようと現れたのは、夜一郎と蜂須賀だった。

舎弟達の中には、既に行く末を察する者も居るのだろう。織田軍が瀬戸際に立たされていることを。


「夜一郎さん…オレら…」


夜一郎は心配そうに自分を見上げる舎弟の胸を軽く小突いて見せた。


「負けてもいねぇのに湿気た顔してんじゃねェ。オレたちの築いたモンが、そっくりそのまま消えるこたァない。ドタマで考えんな、(タマ)ついてんだろ。」


そう言って、夜一郎は蜂須賀に目線を向けた。ある人物を探しているからだ。


「見えるか、転助?」


「あァ、女子校舎だ。ここから見て左から三番目の教室に居る。」


それがわかれば十分だ。夜一郎はそう言って、ゴルフクラブを大きく伸ばし、目線の先の教室へ向けて振るう。窓枠に引っかかったことを確認すれば、彼は蜂須賀の脇腹に腕を回してがっしりと掴んだ。


「元気にしてっかな、アイツも。ちっと挨拶してこようぜ。転助っ!!」


「な、おいっ何を…!まさか…!!」




一方、女子校舎では…


「廊下、葵ヤンキーズが陣取ってて外行けないよ…!!」


「あ、天海さん……私たち大丈夫かな?不良たちすごい集まってるけど…攫われたりしないかな?」



気弱なクラスメイトが、桔梗の袖を引っ張った。

桔梗は窓の外を眺め、忠光達を見つめている。


「大丈夫、だよ。」


不良、という言葉を聞いて、モヤつく胸の内を押し殺しながら桔梗は口を開いた。


そう、大丈夫。


彼らは手を出さないと言ったら、必ずそれを通すから。


「私たち葵ヤンキーズが、他の連中が入らないように守っていますから、大人しく女子会でもやっていなさい。くれぐれも外に出ないでくださいよ?」


「心配すんな、オレは女に優しいんだ。……決まった!卒業までに言いたいセリフ第63位ッ!!」


「外……出タラ…許サヌ!」


葵ヤンキーズに希望を託したのだ。あとは、祈るだけ。

けれども不安はやはり募るものだ。

ヤンキーという存在は、恐れられるばかり。


分かってくれる理解者である千代子が居ないことが、こんなにも苦しい……


誰か、手を差し伸べてくれる人が居ないだろうか…


ガコン!


「えっ……?」


見覚えのあるゴルフクラブの先端が、窓枠にひっかかったのを桔梗は見逃さなかった。


……ぉお……おおおーーー……ーーっ!!!



「な、なにっ!?」



迫り来る猿顔を見て、桔梗は慌てて後ずさる。間髪入れず、ビタァン!!とその顔はガラス窓に叩きつけられ、もがもがと自分に何かを訴えながらガラス窓を叩いていた。


「き、きゃーっ!!猿がきたぁー!!!」


「キ、キキョウ、あげっ、開けて。」


女子たちの悲鳴の中、その顔をよく見ると…桔梗はハッとして鍵が開いている窓を開けた。


「や、ヤチロー…と、ハチスケ!?なにしてるの!?」


慌てて二人を中に入れると、彼らはゼェハァと息を荒らげた。蜂須賀と夜一郎だ。


「まっったくお前ってやつは!何だって思いつきばっかりで動くんだ夜一郎!!舌を噛むとこだったぞ!?」


「辿り着けたんだからいいだろ?カッカすんなよ転助。っとぉ……久しぶりだな、桔梗。」


立ち上がり、穏やかに笑みを向ける夜一郎は、桔梗の戸惑った表情を余所に教室の異変に気付いた葵ヤンキーズのメンバーに視線を移す。


「テメェ!!その子を連れてくのは俺を倒してからに…!!」


「いっしょに来いよ。ここじゃ落ち着かねぇしさ。」


がっし。と蜂須賀にそうしたように、今度は桔梗を担ぎあげると夜一郎は再び窓へと向き直り、ゴルフクラブを伸ばして男子校舎の3年の教室へ向けて振り上げる。引っかかったことを確認すれば、彼はニカッと白い歯を見せた。



「ええっ!?や、ヤチロー、ちょっと待っ…きゃあああ!?」


「「「天海さんが、猿に攫われたぁあーーーーーっ!!!!」」」



桔梗の悲鳴と共に、女子達は同時に声を上げた。それに遅れ、猿じゃねぇよー!と、夜一郎の声が遅れて聞こえた。


「こ、こら、ワガハイを置いてくな!!」


蜂須賀はその後を追うように将武の能力を使い、靴裏へ空気圧を集中させ、吸盤を壁に吸い付かせるように調節をしながら、校舎の壁を走った。


夜一郎に抱えられながら、桔梗は一番気になっていた事を尋ねる。


「ね、ねぇ!ヤチローは今までどこに行ってたの?それに…なんで忠光と葵先輩がこんな…!」


「オレはミッちゃんの事で色々あってよ、西まで行ってたのさ。今回の騒動は葵がやらかした事で、その件でちょうど桔梗にも会って貰いてぇ奴がこの学校に来てる。」


「会って欲しい人?」


会えばわかるって!夜一郎はそう言いながら白い歯を見せて、目的地へと到着した。

桔梗たちの辿り着いた先は、織田軍の古参ヤンキー達が居座る教室内。蜂須賀は息を切らして、後から追い付いてくる。


「へへっ、到着っと。……おぉ?」


「また看板にでもぶつかってたんですか?夜一郎さん。」


赤毛の少年は、にこりと微笑んで戦友に言葉をかけた。

彼らしくない悪態は、夜一郎だからこそできること。


「はっはっは!言うようになったじゃねぇか、一。なぁに、ちょっとした寄り道って奴さ。」


「この子って…」


「はじめまして、天海 桔梗さん。」


穏やかな微笑みの中に、面影を見た。


丁寧に、しかし、それは堅苦しさを感じさせない口調だ。


(はじめ)……


その名前に聞いたことがある。そうだ、この子が。


「もしかして、貴方が…!?」


「姓は浅井、名を(はじめ)。兄者…織田 忠光の喧嘩(たたかい)を見届ける為、西の地より馳せ参じました。」







張り詰めた空気。その中で、春風は立歌へ向けて目線を向け、ひとつの疑問を投げかけた。


「ところでお館。早川は来ていないのか?」


「アイツは人に会う約束があるって言って、来てないよ。『大切な人と愛を確かめに行く』とか言ってたな。」


その言葉を聞き、呆れ顔で飛鳥が唇を尖らせた。流行りの色のリップを塗った唇はツヤツヤしている。


「よくそんなむず痒いことを言えるっすねぇ…この大事なときに…」


「それよりも、お前らしっかり見ておけよ。これから始まる一世一代の大喧嘩を。」


立歌は静かに眉間に皺を寄せ、対峙する二人をじっと見据える。

その言葉に続いたのは、鶴姫だ。


「ええ、今日で歴史が動きますわ。この学校の…東乱楠の歴史が。」



前に進む、その瞬間が今である。


早雲は千代子に促され、忠勝達のもとへとバイクを押しながら歩く。


「酒井。」


「三河…みんな…」


迷惑を掛けてしまった。自分の為に、彼らは怪我までして足掻いたのだ。自分が居ない中で、葵ヤンキーズを守るために。


「みんな…すまねぇ!オレの為に…っ。」


「顔上げてくれよ、酒井。オレたちはそんな言葉を聞くために戦ったんじゃねぇんだぞ。」


早雲の肩を叩き、ポケットから徐にライトノベルを出した忠勝。

これ、受け取ってくれるか?

そう言われると思ったのに…


「三河…おまえ…!」


「三河・ラノベチョップッ!!!!!!」


「ぶ!?」


べしぃ!!と本の角で頬骨に逆水平ラノベチョップをモロに食らった早雲は大きくよろめいた。

何が起こったか分からない。なぜだ。

オレの同級生がこんな不意打ちをするわけが無い。

チョップによるショックだろうか…?トラックに轢かれたと思ったら自分は桃からバイクと一緒に産まれていた。なんてパニックな転生モノを想像する早雲と、至って涼し気な真顔の忠勝の間に虎徹が入った。


「なっ、何をしているんだい三河先輩!タケ兄ぃを運んでくれて疲れてるのに!酒井先輩、大丈夫?」


両方の二の腕をひしっと掴み、心配そうに早雲を支える虎徹。こんなに優しい彼を見たのは初めてだ…ライディング将武前の『タケ兄ぃを裏切る気?』と尋ねた時の顔と、今を見比べたらその差は歴然だろう。


「あ、あぁ……大丈夫だ、こて」


「虎徹・ブーメランヘッドォ!!!!」


「ごぉあ゛ッ!!?」


鳩尾に深々とめりこむ虎徹の頭。ブーメランはどこから出てきた。そんなツッコミも追いつかない。

頭突きによるダメージが大きかったようで、早雲は膝をつき、腹を抑える。


「な、なんで……おまえら…っ!!」


「解・体・屋ぁぁぁぁぁ……!!!!!」


「はっ!!」


忠勝、虎徹と来ればその次は…!!早雲は自分の影から千手観音のように動く別の影を見つける。後ろを見たくない、見たくないのにッ!!


将武・酒井 忠次の能力ですべてがわかる。


次はバラさんだ。奥の手を発動しながらニッコリ笑ったバラさんが、来る!!


「無限・苦擦愚離地獄(くすぐりじごく)!!!!! 」


「待っ、やめっ、ぎゃあああっ!?ふはっ、やめ、ひゃっはははははまってギブギブ!バラさっ、ひっ、ひひ、やめてくれぇえ!!!」


およそ1分くらいか。分裂した鼓帝架に擽られ、ぜぇぜぇと息を切らしながら三人からの仕打ちを受けた早雲の目の前に、虎徹が手を差し出した。


「これでチャラだよ、酒井先輩。」


「虎徹…」


「心配かけさせやがって、お前がいない間大変だったんだぞ。」


ずれたキャップを被り直しながら三人を見上げる早雲。

忠勝の言葉を聞き、サングラス越しの彼の目はほんの少し揺らいだ。


「みんな待ってたのよ。おかえりなさい、酒井。」


「…バラさん…っ、みんな…ありがとな…」


「じゃあ酒井、アンタこの戦い終わったらみんなにパン奢りなさいね。もちろんアンタのお財布からよ。アタシはミルクフランスね。」


湿っぽい雰囲気から一転して榊原はちゃっかりとパシリを頼んだ。


「オレつぶあんパンな、酒井。」


「じゃあ僕はピロシキで。」


その後に続く忠勝と虎徹も、それぞれ食べたいパンを注文する。

それを見て、千代子は安心したように笑っていた。


その空気の中で、豪ッ!と将気を放出したのは、忠光だった。

痺れを切らし、苛立っているのだろう。その口から発したのは、ひどく乾いていて…恐ろしい声音だった。



「いつまで待たせるつもりだ。」


「……」




葵ヤンキーズと、織田軍。

その勢力差は織田軍が未だ優勢だが、葵ヤンキーズの行動力は織田軍の想像を遥かに上回った。


しかし、それで臆する彼ではない。


彼はまだ、敗北を知らない。


本気を出せる存在を知らない。


忠光は、静かに千代子を睨む。


対して、千代子は穏やかにこう告げた。


「すごい数だよな。オレたちのタイマンを見るために、こんなに集まってくれたんだ。」


「負けることを考えた上でやらかしたってんなら、とんだ大馬鹿だ、お前は。」


「違いないな。」



つまらない冗談を言い合ったあとのように、千代子は笑った。

温い風が、彼女の髪を擽る。

忠光は火傷顔を険しく曇らせたままだ。



「これだけ大きく啖呵をきったんだ。そろそろワケを聞かせろよ。」


なぜ、お前はオレに拘る?

ここまでの事をして、どうして自分とタイマンを張ろうなどと思える?


初めは、ただ恐れていた。

自分はただの兄の代わりで、自分の理解が追い付かない中でトントン拍子に事態は大きくなっていた。


けれども、今は恐れも消えた。

彼を下に見ている訳では無い。超えなくてはならない壁として、彼がそこにいる。


彼を超えるために、葵 千代子は立っている。


故に、千代子は真っ直ぐ彼を見つめた。

青い空を思わせる瞳は、どこまでも激しく燃ゆるような赤を映す。


「お前も理解しているはずだぜ、織田。」


「……」



短い問答の末の沈黙。

その中で、千代子は目を閉じて思い返す。

兄として歩んだその瞬間を、今に至るまでの道筋を。


この決戦の場に立つまでに、得たものを。



そうだ。今日ここに集まったヤンキー達も、ただお祭り気分で来た訳では無い。


肌で、本能で、感じたのだ。


ヤンキーとして生きる彼らは、ひとつの終焉を感じ取り、集まったのだと、千代子は家康を通じて、理解した。





「……タケ。」



いつも気弱で、けれどもやる時はやると信じていた。


千代子の背中が、いつの間にか大きく見えて、忠勝は一度だけ袖で目を擦った。



"いつまでこんなこと、続けなきゃいけないのかなぁ…"



代わってやれるなら、オレが代わりたかったよ。



"……ううう…たすけてカッちゃん……"


泣きそうな顔で項垂れて、助けを求められて…


せめて早く、お前が帰ってきてくれたらって、何度も思ったんだぜ。



"…お兄ちゃんが運良く帰って来てくれたり…しないよなぁ。"



なぁ、タケ。見てるか?

お前の妹、こんなに強くなってるよ。


気弱で小さな、幼馴染みの女の子の背中が、今はこの場にいる誰よりも大きく見える。



「……。」


"おっ立ててるんじゃあねぇぞサカリバラ……本気は、ここからだッ!!!!"


タルんだアンタを叩き直すはずだったのに、ぶちのめされたのはアタシだった。


"それでも、私はお兄ちゃんの事を知りたい。お兄ちゃんが何を守りたかったのか…それを知らないままなのは、いやだ!"



なぜかしらね。事実を突きつけられたアンタはあんなにもビクビク震えて怯えていたのに。



"織田とタイマンを張りなさい……そして勝ったら、あんたを認めてやるわ。"


なぜだか、そんなアンタに賭けてみたくなった。

理由なんか教えてあげないわ。

アタシにさえ、わからないんだもの。



「……タケ兄ぃ。」


"井伊 虎徹…!!お前は、オレの…オレ達の触れてはいけないモノに触れようとしたッ…!!"


あの時の僕には、その怒りがどれだけ大きいものか、理解できなかった。



"虎徹。お前の思い通りにはいかない。なぜなら、オレはお前に何もしないで、お前に勝つからだ。"



"はぁ?……ハハッ、なぁにを言い出すかと思えば…戦わずして勝つ?ま……やれるもんなら見せて欲しいけどね。"


実を言うと、最初は馬鹿にしてたんだよ。

けれど……


"だれか。"



"僕を見てくれよ。"


"誰かが望むいい子になっても誰も見てくれなくて。


一体僕は、どこへ行けば、みんなが認めてくれるいい子になれるんだよ。"



自分をさらけ出していいんだと。そう背中を押された気がしたんだ。君の目に。

だから、どんな結果であろうとも……

僕は絶対に、君について行くと決めたんだ。




「…タケさん。」



"オレは…お前が辛くて…どうしても立ち止まりそうになった時に…必ず思い出してくれるヒーローになる!オレが握るこの拳は、その為にあるんだ!"


お前の拳に助けられた。

初めてお前とした喧嘩で受けた拳は、今でもこの胸に残っている。



"……っ……ごめんね…ッごめんね、早雲…ッ!!"


二度も、お前の涙を見たよ。

泣きたかったのはオレの方だったのに。


"オレはお前を…皆を…葵ヤンキーズを絶対に…守ってみせる!!オレは、ヒーローを目指す男だから…!!"


親父、オレさ、ヒーローを背中に乗っけて走ったよ。



"さっ、酒井くん!どこ行くんだい!!"



"すんません、店長!オレ今日で辞めます!!行くぜタケさん!!"



"ああ、かっ飛ばせ早雲ッ!!"



お前といると、勇気が湧いてくる。


だから、これからも一緒に背負わせてくれ。

目指した先にある道を、一緒に走るために。




織田 忠光と戦う理由。

それはきっと、簡単なこと。

ここに立ったのは、誰かに認められたいからじゃない。


千代子は目を開いて、"二人"で、忠光に向けて

口を開いた。



「何故かって……」


『決まっておる。』



それはきっと、未来に繋がるはずだから。


今ではこの言葉を、はっきりと伝えることが出来る。

明るく明日を照らすために、ここにいるから。




「『人がなぜパンツを穿くのかと同じ質問だ……。大切なモノを、守る為だよ。』」



「……おめでたい奴だよ、お前は。」


忠光は眉間の皺を深めて、そう吐き捨てた。


「守りてェなら、お前はオレに喧嘩を売るべきではなかったぞ、葵。」


「いいや、そうは思わねぇよ。」


じり、と…互いの踵が砂を踏みしめる。



「オレは、お前に会えて良かった。」



ひとつの終わりは、新たな始まり。

静寂(しじま)の中で、東将は黄金を力と成す。

傷付けない為に、守る為に孤独を選んだ炎魔は荘厳に、ただ立ち尽くしていた。



「この将気…!葵 竹康…アタシらとやりあった時より強くなってやがるな。」


「わたくしたちに見せたアゲパンと同じ…!けれど、ただ力を放出するだけのものとは全く違う。将気を完全にコントロールしていますわ…どうやってこの短期間で、ここまでの成長を……」


仁双楠の龍虎は戦ってから未だ日は浅い筈。

だが、千代子の膨大で…それでいて繊細にコントロールされた将気を感じ取り、感心の言葉を口にした。





葵 千代子 対 織田 忠光。


二つの勢力、最後の大勝負がここに始まる!!



「行くぞ…織田ッ!!!」


真っ先に飛び出したのは、千代子だ。

スニーカーで地を蹴ると、大きく砂煙が舞い上がる。間合いが残り二歩ほど近付いた所で、千代子は右の拳を突き出し勢いをつけたフックを繰り出す。榊原程ではないが、彼女はこの短期間で、大きく成長をしていた。


だが、忠光がその攻撃を避けられない訳が無い。戦闘経験において、彼を上回ることなど出来ないのだから。


だからこそ、虎徹はこう口にしたのだ。


"織田 忠光に勝つ為には、将武パンツの力を100%引き出さなくてはならない。"


しかし、その推察は大きく外れることになる。

彼の本当の恐ろしさは、この場にいる多くのヤンキーでさえ知らない者の方が多い筈だ。



「…カシラの恐ろしさは、将武なんかじゃない。後悔するぜ、葵……」


屋上から二人の戦いを見下ろしながら、永吉はそう呟いた。

忠光の強さは、彼の将武パンツによるものでない…その所以を知る時、千代子は驚愕するだろう。




忠光は、ほんの僅かに片手を動かすことで千代子の連続攻撃を回避している。


左、右、腹、胸、顔へと振るわれる拳、脚を、最低限の右腕の動きのみを用いて表情を変えることなく…受け流していた。


回転力を活かした反撃を許さない両腕から繰り出されるパンチは、忠光に軽くあしらわれてしまっている。


実戦で培ってきたものの差を感じながら、千代子はそれでも拳を振るい続ける。届け、届けと。必ずどこかに決定打がある筈だと。


『千代子よ、鳴くまで待つのだ…!冷静にこやつの手足を見よ!』


家康の声が聞こえた。それはつまり、忠光が仕掛けてくるまでとにかく攻撃を仕掛けろと言う意味だ。


手足の僅かな動きを注意深く観察しながらの連撃は体力と精神力の消耗を伴うだろう。

それをカバーするのは、家康の将気と、千代子自身の気力だ。




攻撃の最中、忠光の左手が微かに引かれたように見えた。


(ここで、仕掛けてくる――!!)


千代子の読みは正しく、忠光は千代子が右手を突き出した瞬間を狙って左の拳を脇腹に向けて突き出してきた。


右手は忠光の手に掴まれて動かせない。それに対して彼女は素早く右足を上げ、膝を用いて忠光の左手首を腕と膝で挟むように止めた。


そのまま千代子は彼の太腿を踏み付けるように力を込めて身体を浮かせば、忠光の手が拳から離れ、すかさず素早く左足を叩き込む。


だが忠光は左手で千代子の足に掌底を打ち込み、その蹴りを止める。その衝撃で両者の間合いが四歩ほど空いたが、態勢を立て直す暇を与えず、千代子が動く!



彼女は大きく飛び出し、速さを上乗せした右の正拳突きを忠光の腹へと打ち込んだッ!!



「入った!!」


「いいぞ、タケッ!!」


虎徹の声に続いて、忠勝が千代子へ笑みを向けた。


だが、千代子は違っていた。

表情は張り詰めて、大きく目を見開いて驚いている。


「な、なんで…!」


確実に拳は忠光の腹に入っていて、深くめり込んでいるというのに…


「……それで終わりか?」


涼しげに、忠光は苦しげな声を上げることなくそう聞いてきた。


『こやつ…まさかッ…!?千代子、離れよ!!』


家康は千代子の拳を通して忠光に流れる将気を感じ、焦りの声を上げたことで千代子は顔に向けて放たれた拳を、ギリギリのところで回避することが出来た。


『将武だ、千代子!彼奴は将武の力を使っておる!!』



「来ねぇならこっちから行くぞ。」


声と同時に、忠光は既に間合いを更に詰めていた。


「(速…っ!!)」


避けることは出来ない。距離を詰められたと気付いた頃には、自分の首に忠光の足首が引っ掛けられていた。


百頭狩(もずがり)。」


足で首を捕らえ、刈り取るように相手を蹴り投げる忠光の喧嘩技をまともに食らい、千代子は大きく吹き飛ばされてしまった。


「ぐ……げ、げほっ!将武か…」


これ程の一撃…将武無しであれば勝負は決していたであろう。地面を引っ掻くように吹き飛ぶ身体に急ブレーキをかけて、この戦いを見ているヤンキー達への激突を免れる。


使っている将武は何だ?

千代子は態勢を建て直しながら将武の能力を知ろうと賭けに出る為、もう一度攻めようと駆け出した。




「転助、ミッちゃんは将武が暴走しちまったろ?焼けて無くなったんじゃねぇのか?」


「ああ、将武パンツ・織田 信長…あの事件で、たしかに焼けてなくなった。いま穿いているのは、織田 信勝……巣斗輪愚(すとりんぐ)の番長が持っていた将武だ。」



蜂須賀は夜一郎の質問を、忠光の戦いへと視線を外さずにそう答えた。

桔梗には、将武パンツだとか、そう言った話は詳しくは分からない。しかし、彼らヤンキーにとって、大きな力となるものだけは分かった。

その能力を知るまでは…ただ凄い力を持つパンツということだけだと思っていた。


「将武・織田 信勝…生前は破天荒な兄、信長と品行方正な弟、信勝…まったく対照的な兄弟です。それを手にするなんて…将武同士は引かれ合うものとはよく言ったものだ…」


一は、詳しくその能力を話す。

桔梗には信じ難い事だ。パンツ一枚にそんな力があるなど、夢物語を見せられているようで、話についていけない。


「『折目高なる肩衣・袴めし候て、あるべきごとくの御沙汰なり。』…信勝は父の葬儀で信長の愚行を見ても礼儀正しく、在るべき姿として在り続けた。それが、将武の能力として現れたのです。いま兄者が穿いている将武・織田 信勝…その力は、"絶対不屈"。」


不屈とは、己を貫き通すこと。

不屈とは、困難の渦中に居ようとも挫けることの無い有様。


「将武・織田 信勝を穿いた将武使いは、どんな攻撃を受けようとも決して膝を折ることは無いんです。"どんな痛みを伴おうとも"…かつてあの将武を最初に穿いた使い手は、敵が放った銃弾が急所を抉っても日ノ本を守る為に戦った兵士でした。」


「じ、じゃあ忠光は、痛いのに耐えてるってこと…!?どうしてそんなものを穿いてるのっ!?」


桔梗にとって、その力が今の忠光をそのまま表しているようにしか見えなかった。

どれだけ苦痛を受けても、立ち続けることの苦しさは桔梗にも分かる。

化け物と言われ、才能と努力を恨んだ者たちに踏み躙られ、それでも戻って来た忠光。


それが桔梗にとっては、メッキで覆うように"自分を押さえつけている"ようにしか見えなかったのだ。


「桔梗、これはミッちゃんがヤンキーだからこそ必要な…」


「ヤンキーが何よ!?ヤチロー、あなた忠光がどれだけ苦しんできているか、分かってて言ってるなら…!」


「織田軍を守る為には、そうするしか無かったんだ…!」


蜂須賀が絞り出すように声を上げて、桔梗の言葉を遮った。桔梗は、蜂須賀の辛そうな顔を見て、それ以上は何も言えなかった。


「ハチ助……」


ヤンキーとして、男として…築き上げてきたものを守りたいと思う心。

それ故に、忠光は踏み出したのだ。


「…僕は、兄者と会いたかった。話をしたかった。ですが、もうひとつの目的として、将武の暴走を再び起こしてしまわないか。その危険性が無いかを調べる為に、ここへ来たんです。天海さん。兄者がもし、暴走の兆候を見せた時は…僕が必ず止めます。」


「……」



千代子は家康の力による猛攻撃を忠光に仕掛けた。忠光の将武が持つ能力を、家康の将気を通して知る為だ。


朱刀連(シュトレン)ッ!!」


将気を腕に込めた朱い手刀。


暴威蹴流(ボイゲル)ッ!!」


流星の如く飛び出し、相手を吹き飛ばすドロップキック。


風烈獲流(プレッツェル)ッ!!」


暴威蹴からの接続技となる空中回し蹴り。


それら全て、忠光は軽々と受け流し、防御をする。絶対不屈の力は、限界を超え続けるという家康の能力を遥かに上回っていた。



「…くっ…!もうちょい…!」


『千代子、もう一息だ…!アレを使う時ぞ!』


「ああ、"アレ"でいく!」



風圧でまたしても距離が開いた両者。あれほど将武の力を用いた技を叩き込んでも、忠光は表情どころか、身じろぐ様子すら見せない。


ならば、と千代子は右腕を強く引いた。

黄金に輝く将気を右拳に集中させ…力を込める。白き真空を生むその拳は、不屈の魔王に届くのか…!


否、届かせなくてはならない。


その将気を感じ取った榊原は、これから千代子が繰り出す技をすぐに理解した。


「アレは……アタシが受けた技…!これなら織田も一溜りも無いはずだわ…!!」


「まさか、体育倉庫をぶっ壊したっていうあの技を!?」


忠勝が驚いた様子で、千代子へと視線を戻す。それをここで、繰り出すというのか…!


「うおおおおっ!!」


大きく地を蹴る千代子。狙いは一直線。忠光の腹へとその拳を突き出した!


轟々と雄叫びの如く、右腕に一点集中する将気を一気に放出しながら放つ必殺拳!!



魅流苦風槍(ミルクフランス)ッッ!!!」



忠光の腹へゼロ距離で打ち込まれた拳。

そして彼の後方へ、真空を伴う衝撃波が襲いかかる!!


蜘蛛の巣のように亀裂が走る窓ガラス。

大きく巻き上げられる砂埃。烈風吹き荒れるグラウンド……


しかし…


「な…っ…!?」


「……」


忠光は静かに…彼女を睨み据える…


彼女の拳を、しっかりと握りしめながら…ギロリと目線を合わせた。


「うそ、だろ……あいつ…」


「素手で、タケの兄貴の必殺技を受け止めやがった…!!」


宇佐見と樺地は青ざめた顔で。


「そんなの、ありかよ……!!」


忠勝は、絶望を声に出し……


「だから、後悔するって言ったんだ…葵。」


永吉は、誰に聞かれるまでもなく忠光の恐ろしさを改めて口にする。



「カシラの本当の恐ろしさは、その"才能"さ。」


織田 忠光の才能…

それは、どんな将武を手にしたとしても…


必ず、その将武が持つ100%の力を発揮する。



「今のは、なかなか良かったんじゃねぇか。だが……」


千代子の腕を掴んだ忠光は、腕の力のみを使い…彼女の腕を弾く。パァン!!と風船が割れる音が反響するような音と共に、千代子の態勢を大きく崩す。


「この程度じゃ、本気になんかなれねぇよ。」


そして、無防備になった彼女の腹へと拳を突き出し、殴り抜ける、はずだった…



ドシュウ!!と…音を立てて、忠光の拳が



千代子の腹を、貫いた――。



戦慄に息を呑む者たちの中、忠勝の声が、虚しく響き渡る……



「た……っ、タケーーーーーッ!!!!」




次回も尋常に…将武…!!!

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