将武その26「ヒーロー見参!!」
「葵 竹康……お前に話がある。」
永吉は千代子へ向けて、そう告げる。
その表情はとても険しく、早雲はそんな彼に向けて話しかけた。元・織田軍である彼なりの気遣いか。
「永吉…その怪我…!!」
「勘違いすんな、酒井。もう戻ってこいとは言わねぇよ。……こうして話すのは初めてか。言いてぇ事と、聞きてぇことがある。」
名前だけ聞いていた織田軍の朱鬼。
絆創膏やガーゼ、包帯だらけの姿だが…
彼から発する威圧感が、本能に直接警告する。
彼は一筋縄ではいかない。と……
「…今からでも遅くはねぇ。カシラとのタイマンを辞めるんだ。」
千代子は彼の表情から、厳しさと一緒にもうひとつの感情に気が付く。
これは…
「織田軍に入れよ。お前なら、カシラと対等に話すことだってできる。葵ヤンキーズと織田軍…オレらが組めば、カシラの名前を使ってくだらねぇことをしてきた連中も確実に片付けられる。」
居場所を奪われたくない。
だがこれ以上、忠光を苦しめたくない。
二つの、気持ちだ。
だが……千代子は首を横に振った。
「……それは出来ない。」
ここで退く等、できない。するものか。
非情になった訳では無い。約束の為だ。
彼を助けるには…そして、東乱楠高校をあるべき形に戻すには…
織田軍という呪縛から彼を解き放つ必要がある。
大切な人の為に鬼となり、涙を流して独りで炎に焼かれた男一人助けられずして、何が…
「何が…ヒーローだ…!」
永吉は鉄パイプをギリ、と握りしめて千代子を睨み付けた。
心からの葛藤の末に絞り出した言葉を…よりにもよって、織田軍の敵である千代子へ当てたのに…
それを受け入れられず、出来ないと言われた彼は堪らず、口から溢れ出す言葉をぶつけ続ける。
「奪われる事に苦しむ奴の願いを押し退けて、何がヒーローだッていうんだよ…!!」
自分を助けてくれた人の居場所を奪わないでくれよ。
ヒーローになるのだと言うのなら…
「なんで……そこまでしてあの人とのタイマンに拘るんだよ…!」
それが、彼の聞きたいこと。
ヒーローになるならば、なぜ苦しむ彼の…最後の居場所を残してくれない?
「……」
「…………それは…」
千代子は彼へ、答えを言い渡す。
それは強く吹く風に乗り、三人にしか聞こえなかった。
言葉を伝えて、過ぎ去っていくバイクの排気の匂いが、風に混ざり、溶けていく。
残された朱鬼はただ鉄パイプをきつく握り締めて、その背中を見送った。
一方、東乱楠高校では…
大勢と言うにはあまりにも多すぎる数のヤンキー達が集まっていた。
「お゛ぉ゛んやぁ〜〜っ!?誰かと思えば葵ヤンキーズの下っ端連中にボコボコにされた桶高の雑魚集団ではあ〜りませんかぁ〜〜っ!」
「あ゛ぁ!?んだテメーヤンのかゴルァ!巣斗輪愚のゴミ虫が!大人しく織田軍のケツでも舐めてろや!!」
あまりにも不毛で、居合わせたヤンキーたちさえ帰りたいと思うような争いが繰り広げられている…
桶狭間高校、巣斗輪愚学園の両校のヤンキー達が一触即発の睨み合い中だ。
「あんだとコラ!!」
「やったんぞゴルァ表出ろやケツ毛野郎!!」
「ここ表だろ舐めてんのかウルァ!ナチュラルに間違えんなや!!オケハザマクソブザマ!イェア!!!」
「オラァ!!オラオラ糞オランオラッんずぃいぬぁァ!!」
微妙に韻を踏んだ巣斗輪愚のヤンキーが言い放った罵声に、桶狭間のヤンキーは理性を失って殺意の波動に目覚めたような往復ビンタを食らわし始める。
それに対して桶狭間高校は……
「ぶっ壊れやがってェエエヘッヘェエエイ!!!こっちだってゥンハッハァァア!!!ヤンキーとしてぇ!!命がけでッヘッヘエエェエェエイ!ザリガニィ!!!」
号泣しながらボカスカとグルグルパンチを繰り出していた。
団栗の背比べのような…或いは野良猫の喧嘩のような体たらくを晒す二勢力は、もはや言葉にならない言葉を叫びながら喧嘩をし始めてしまった。
「やはり、こうなりますわね…」
これだけの数が集まってしまえば、予想は容易いことであったが…と鶴姫が嘆息し、
同じくその様子を眺めていた春風は、深いため息を着く。
「ったく、葵のやつ…こんなぶっ飛んだことしやがって…」
「まっ、予想はしてたがなぁ。…ん?お前ら、少し下がってろ。」
立歌が春風の隣でけたけた笑いながらその戦いを見守っていると、遠くからバイクで急接近してくる集団から守るように、同じく居合わせていた長篠レディース達の前に立つ。
「えっ、なんすかなんすかァ?」
「増援かなぁ?どっちかの。ごちゃごちゃしそうだしわたし達で片付けちゃう〜?」
「こらお前ら…!あんまり前に行くなよ、危な…」
春風を除いた花鳥風月の三人が、立歌の隣でこちらへ近付く者たちの確認をしようとした所を春風が静止しようとした…その時だった。
近付くのはバイク集団…その正体はッ!!
「「「アオヤンベーカリーいかがっすかぁぁあぁあああああ!!!!!!!!!!!」」」
復活!!アオヤンパン祭り!!!!
飛び交うチーズ明太ソフトフランス!!
手裏剣のように舞うのは豆パン!!
あんパン!食パン!!カレーパン!!!
「ジャムッバタァチィイーーッス!!」
「ゥラ・ラ・ラァアーーッ!!」
パラリラパラリラはしるよ〜♪
モヒカンマ〜ン♪
桶狭間、そして巣斗輪愚…両者の口にねじ込まれた豆パンとカレーパン…
パンを口にくわえた彼らに一気に変化が訪れた。
そうだ、嬉しいんだ 美味しいものを食べる喜び。
たとえ…喧嘩で傷が痛んでも…!!
「ごめんね。」
「いいよ。」
…彼らの間に燃えていた激しい火花は、美しく芽吹く草花に変わり、柔らかな空気が漂いだした。
「パンおいしいね。」
「あっちでたべようよ!」
嗚呼…!嗚呼…!!
アオヤンベーカリー!投げ付けたパンで…!
行け、ヤンキー共を鎮める為…!
「タイマンたのしみだね。」
「「ねーっ!!」」
「血がたぁっくさん出るのかな!」
そう言いながらメルヘンな空気と共に去っていってしまった。
目だけをカッと開き、きらきらと輝かせながらパンを齧っている彼らを見て、春風は戦慄する。
「な、なんだあれ…このパン、ヤベぇもん入ってるんじゃねぇか!?葵のやつ、パンに入れちゃいけねぇもん入れて呼び寄せてるんじゃ…お、お館っ!!」
この事態、見過ごす訳には行かない…
入れてはいけない何かをパンに混ぜているのでは……!
春風は立歌に向き直り、握りしめたクリームパンを見せつけながら声をかけたが……
「うめぇな。」
「うまいッスね。」
「…お、おいしい。」
「ブーチョコの新フレーバーもある〜!!」
「く…食ってるーーー!!!!」
時すでに、遅し!!
「あ、あわわ…大変なことになっちゃったなぁ…」
新聞部室から、集まってくるヤンキーたちを眺めている朝日。
彼女は散らかってしまった部室を片付けながらその様子を不安そうに見つめる。こんなに大勢のヤンキーは今まで見たことがないからだ。
早くここを片付けて、安全な教室へ戻らないと…と手を早めているが、一向に手伝ってくれない部長に抗議の声を上げた。
「ちょっと部長!お泊まりで疲れてるのは分かりますけど、少しくらい……!!」
「ああ、ごめんね朝日さん。」
「……え゛。」
ワイシャツを全開にし、陽の光と風を感じながら鳥と戯れる部長を目の当たりにし…朝日は目を点にしてしまった。
「翼を広げた小さな天使が僕と遊んで欲しいと言って聞かないんだ。ふふふふ、楽しそうに歌を歌って…ほぉら、ピィヨピヨ、ピヨピィピィって。あはは、うふふふふふ。」
「あ……あ……」
極限を超えたか……部長よ。
なんて、トゥインクルな瞳をしているんだ。
そんな幸せそうな姿を見せつけられては…
泣くに泣けないではないか。
「見てごらん、素晴らしい日だろう?こんなに人が集まっている。そんな中でも楽しく小鳥はどこ吹く風で幸せを謳歌しながら飛ぶんだよ。こんな幸せな時間を知ったら、一晩で本能寺が建てられそうだね。ほぉら、ピヨピヨ、ピィヨピヨ、ほぉら、ふふっ、ごらんあれ。ピィヨ、ピヨピヨ。ほぉら朝日さん、僕の周りをごらん。幸せを呼ぶホトトギスが飛んでいるよ。ホトトギスが。ほぉら。昇天ホトトギスMIX盛り、だね。幸せだろう。ピィヨピヨピヨピィヨピヨ。」
部長……あなたの周りを飛んでいるのは、ムクドリです…
朝日は言葉を飲み込み、一人で片付けを進めることにした。
その頃、職員室では…
「どうご対応なされるおつもりですかっ、校長先生!!」
天海校長に詰め寄る教師達。
緊急職員会議により、東乱楠高校の全教師が集合していた。
「だめだ……こっちも取り合ってくれない!警察は何をやってるんだ!」
受話器を乱暴に置いた三年の担当教師は憔悴仕切った顔で天海校長に非難の視線を向けた。
「どうするおつもりです!?校長先生!今回ばかりは見過ごせませんよ、学級崩壊なんてレベルじゃない、学校が物理的に崩壊されるかもしれない危機なんです!ご理解されてますよね!?」
「私も警察に電話をかけているが…君たちと同じ対応をされているよ。『タイに住んでる成人男性を祝う男祭り、略して…』」
「「……タイマン。」」
無理矢理すぎる警察の言い訳には、ほとほと呆れるしかない。
こんな状況、今までに出会したことが…
否、誰も口にしないだけで、この学校には血塗られた伝説がある。
そしてその関係者も、ここにいる。
「……」
前田 恵花は、ぞろぞろと集まるヤンキー達を窓越しに見詰める。
その視線は、懐かしむようで…
これから始まるだろう喧嘩を、ただの子供や、駆け出しのヤンキーがやるような物とは格が大いに違う事を悟っていた。
「なつかしいな、姉御…姉御とおっぱじめた鷹の女の乱みたいだよ………あの時と同じくらい…いや、それ以上の大喧嘩が始まるのか。」
――鷹の女の乱。
それは織田 忠光の起こした旧校舎放火事件よりも、もっと前の出来事。
それは前田が少女であった頃の話。
東乱楠、仁双楠に生きる男たちが…
たったひとりの少女によって暴虐の限りを味わい、男のプライドと尊厳を奪われた。
ある者は投げ飛ばされ、ある者は女の様に悲鳴をあげて、またある者は…まだ病院から出られないでいる。
暴虐武人。握虐女帝。
前田が姉御と慕った少女は、いくつも通り名はあったが、今では皆、こう呼んでいる。
鷹の女、と。
さて、と前田が天海校長に向き直るのと同時に、職員室の扉が開かれた。
ガラリと戸を引いたのは、赤い髪が特徴的の小さな男の子。
「失礼致します。東乱楠高校にお勤めの教師の皆様方、ご心配は要りません。警察の方々には、一般市民の安全を最優先に活動をしてもらっています。」
背丈だけ見るならば、中学生くらいか。
しかし、その凛とした立ち姿は大人でさえ腰が引けてしまう。
何より、その制服だ。
學院指定のネクタイをきっちりと締めて、擦り切れのひとつも無いブレザーを着用している。
そしてボタンに輝くのは、誇り高き"奮"の文字。
「目には目を、歯には歯を…この学校の将武使いたちによる問題は、同じ将武使いである自分にお任せ下さい。」
「き、君は…!!」
目を見開いて椅子から立ち上がった天海校長を見据え、彼は穏やかに微笑んだ。
「……お久しぶりです、柑吉さん。」
浅井 一…到着!!
東乱楠高校の周辺、屋上に集まるヤンキーの数は、虎徹と榊原の予想を遥かに超えていた。
男子校舎、女子校舎の屋上はどちらも占領され、榊原の予想通りヘリを停めるスペースは無い。
「思ったよりも沢山集まったわね、イイコちゃん、そろそろアタシらも行く?」
「そうだね…ただ、あの人ごみの中、ちゃんとタケ兄ぃの戦いを見れるかどうか…」
そんな虎徹の不安に対して、榊原はニッコリ笑ってこう答えた。
「安心しなさい、特等席で見せてあげるわよ。いい?こう…アタシの康政にイイコちゃんが……」
「絶対ヤダ。」
可愛くないんだから。と軽口を叩く榊原を横目に、虎徹はマイルス=モロダスに声をかけた。
榊原はコーラを飲もうとして、不意に止まる。
「マイルスさん、予定通りデパートに向かって…マイルスさん?」
「…坊ちゃん、非常事態です。」
焦った様子の彼を見て訝しむ虎徹。
だが、榊原は察した。
ビンと張り詰める…殺気を感じたのだ。
「……来る。」
「えっ…!?」
グラウンドでは、忠勝と宇佐見、そして樺地が学校の近くを飛ぶヘリを見上げていた。太陽光を直接見ないために、樺地はグリーンの半透明な下敷き越しにヘリを見る。
「なぁ、忠勝さん。あのヘリにゃあバラさんと井伊が乗ってるんだよな?」
「そうだぜ。ビラ配りを終えて、来てくれたんだ。そろそろ降りてくるだろうが…すこし様子がおかしいな。」
「だよなぁ…なんつーかこう、落ちてきてる…よな?ガクガク傾いてるしよォ。バラさんが何かやらかしてる訳じゃあねぇだろうし。」
着陸するにはあまりにも不自然だ。将武を持たない三人には、中で何が起きているか、想像もつかない。
なぜなら……すぐ近くに、彼がいる。
「いい加減、降りて来いよ。」
魔王が、来る……!!
機内では、焼け石に囲まれたような熱気が立ち込めている。
パラシュートを確認したが、この熱のせいでハーネスが溶けて使い物にならない。
残るはスノーボード。このヘリは井伊グループがスキー場に行く際に使うプライベートヘリなのだ。
榊原はゴポゴポと音を立てるペットボトルを捨て、ぶちまけられたコーラが一瞬で気体に蒸発する様子を見て舌打ちをする。
「ちっ…!あの子ったら、どうやらアタシ達が飛び降りるまで辞めないようね。イイコちゃん、無事!?」
「これしき…!タケ兄ぃの技に比べればどうって事ない…!!」
虎徹は滝のように滴る熱湯のように熱い汗をかきながら痩せ我慢の言葉を榊原に投げかけた。
このままグズグズしていたら、墜落は免れることは出来ない。だが、高度はまだ高いまま。
「マイルスさんっ!この傾きどうにかならないの!?」
「くっ、ハンドルが…!!…こんな事…有り得るはずが…!!くそっ、このグローブ高かったのに!」
ハンドルを握った手から発するジュウジュウと焼ける音に、マイルスは顔を顰める。手が焼ける事よりも、グローブが焦げることに対してだ。
「くそ…飛び降りるしかないのか…!!でも…」
この高さ、骨折どころでは済まないだろう。
だが、ここでモタついていてはマイルスにも危険が及ぶ。
しかし負傷はどうしても避けなくては…
選択肢を探そうと考えられる限りの案を出しては、無理という言葉に邪魔をされてしまう。
どうすれば…と考えていると、榊原がスノーボードをカン!とヘリの床に突きつけた。
「バカね、なに一人で解決しようと思ってんのよ!」
「榊原先輩…!?」
「もうアンタは葵ヤンキーズよ、こういう時こそ、ドカッと先輩を頼りなさい!」
スノーボードを投げ渡し、榊原はドアを完全に開け、風を送り込む。
そうだ、新たな風を吹き込むために、チンタラしてはいられないのだから。
「なにをしようっていうんだい…!この高さじゃ、まだ…!!」
「グダグダ言わずに聞きなさいッ!!このまま全員落ちたいの!?」
「……っ!!」
榊原の剣幕に圧され、虎徹は押し黙る。
彼は虎徹の肩にポンと手を置き、ふっと笑みを向ける。
「タケちゃんの元に、ちゃんとアンタを送るわ。アンタはアタシの後輩なんだから。」
「先輩……」
そして榊原は虎徹から離れ、ズボンのファスナーを下ろしドアの端に手をしっかり置いて
…将気を溜め始めた。
「信じて行くのよ、イイコちゃん。」
三人は、この事態を焦った様子で見守っている。
「やべぇってアレ!絶対落ちるヤツだぞ!」
「宇佐見、マット持ってこようぜ!体育倉庫にあんだろ、高飛びの!!」
宇佐見と樺地は修繕が終わった体育倉庫に向けて走る。だが、忠勝はヘリのドアが開かれたことに気付き…宇佐見が走った方向へ向けて飛んでくる物体を見やると、彼へ向けて大声を上げた。
「宇佐見っ!!とまれぇーー!!!」
「えっ!?」
ズドォン!!
目の前に突如降ってきた…と言うより、伸びてきたそれに、宇佐見のリーゼントの先端が削ぎ落とされ、バラバラと地面に落ちる。
遅れて樺地が駆け寄ると同時に、宇佐見はその場に尻もちを着いた。
「宇佐見っ!大丈夫か!?」
「こ、これって…!!」
二人は空を見上げる。これはヘリから伸びてきた。
しかし、彼のコレは、何故こんなにも太く…逞しいのだ。いつもより遥かにふとましい。
なぜか、敗北感を得るほどに。
「榊原先輩…まさか、この高さから来る気か!?」
虎徹は震えた。
恐怖で震えている訳では無い。暑さによる脱水症状でもない。
これは……怒りだ。
「なに黙ってるのよ、イイコちゃん!もしかして聞こえなかった?オーケー、じゃあもう一度だけ説明するわよ!今からイイコちゃんは……」
「絶ッッ対ッッッ!!!!!ヤダッッッッ!!!!!!!!!!」
その細い首…喉の何処からそんな大音量を発声出来るのかと言わんばかりの大声で虎徹は叫んだ!!
榊原の作戦はこういう事であった。
一、榊原が将武を用いて、ヘリから校庭までスノーボードで滑走できるだけの足場を作る。
二、虎徹が鼓帝架ロードをスノーボードで滑って脱出。
三、榊原もヘリから脱出。虎徹に全力で受け止めて貰って、安全確保。
「もう時間はないのよイイコちゃん!今コレが一番安全じゃない!!早く行きなさい!!」
「やだぁ!!!」
「仕方ないじゃないの、もう伸ばしちゃったんだからっ!!はやく、ちょっと先っぽまでソレで行けばいいのよ!さぁ!!!」
「やだァっっっ!!!」
「じゃあこのまま落ちる!?嫌でしょ!?だったらイ……」
「ヤァァァダァァァア!!!!!」
そう言っている間にも、ヘリの高度が少しずつ落ちている。この傾きの中では、榊原もこれが精一杯だ。
極限の暑さと、極限の怪我と、極限の赤っ恥。
どちらかを選べと言われて、恥を選ぶのは死んでもゴメンだ。
だが保健室で直江の治療を受けるのはもっと嫌だ。
究極の選択の中で虎徹は怒りに任せて拒絶の言葉をぶつけ続ける。
「ハァァァァァァァァ〜〜もう!!イイコちゃんのバカ!!もう知らないわよ!?いいのかしらァ〜〜っ!一時の恥とアンタのフルチン晒されるの!!どっちがおのぞみかしらァ!?」
「なっ!ふるっ……!? 」
「イイ〜のかしらぁ〜〜!?ブーメラン返してもらうためにアンタがタケちゃんにやったフルチン土下座ぁ!!アレをばらまかれたいのぉ〜!?いいのかなぁイイコちゃん!イイコちゃんいいのかしらァ〜!?略してイ・イ・の・か・し・ら・ぁ〜〜〜っ!!?」
さらなる恥を突きつけられ、虎徹の意思は揺らぐ。
行かなければ、榊原に自分の土下座動画を…カメラを向けられ、"ヘイ、尻!"と榊原に囃し立てられながら屈辱に耐え、それでも竹康に土下座をしたアレを……
ばら撒かれる!?
全世界中に、僕の!?
僕のが世に放たれるのか……!?
「選びなさい!フルチンか!スノボか!!」
「〜〜……っ!!!!」
――30秒後。
「流石イイコちゃん!スノボが様になってるわ!はやくはやく!ヒューヒュー!」
更に煽る榊原の鼓帝架にスノーボードを起きながらギロッと睨む虎徹。二度とやらないからな、こんな事。
「先輩!ほんとに動画消してくれるんだろうね!?もし消さなかったら訴えて勝つよ!?」
「安心しなさいって、ちゃんと消すから。早く行きなさいよ。」
「ホントだろうね!?僕の目を見てよ!」
「ダイジョブ、バラ、ウソツカナイ。」
うざっ。
榊原は信用ならないにっこり笑顔で頷く。
心底ムカつくが、虎徹は落ち着きを取り戻そうと深呼吸した。
経験はある。後は……信じて行くだけだ。
そうだ……風だ。風になるのだ。
「風になれ、僕っ!!」
地上に居るヤンキーや一般生徒は、極太鼓帝架に釘付け。そしてそれは三人もまた、同じであった。
「なんか、ヘリ安定してきてねぇ?」
樺地が忠勝に同意を求め、彼はそれに頷く。
先程よりも幾分かは安定し、傾いてはいない。
一体何が起きたのだろうか……
「榊原先輩の将武が支えになってるんだろうな……けど、どうやってあんな高いとこから…」
「あっ!!見ろよアレ、井伊だっ…井伊がこっちにきて…な、なんだありゃ!?」
宇佐見が虎徹の姿を見つけ、その声を聞いて忠勝も同じ方向を向く。
そして、彼を見ているのは三人だけではない。
「あれ井伊じゃねぇか!?」
「イー坊ぉおーーーっ!!?」
「えっ、井伊って、あの井伊グループの!?」
「やっばぁい!!ちょ、写メ写メ!!動画とって!マジやば!パシャスタのせよ!映え映え!!」
学校に集まったヤンキーも、校内の一般生徒も…見ている!!
「僕は風だ僕は風だ僕は風だ僕は風だ…!!」
凄まじい速さで滑走するのは我らのイイコちゃん!井伊 虎徹!!
だがこの状況、誰も全く呑み込めないではないか。
オーケー、じゃあ一度だけ状況を説明するよ。
僕の名前は井伊 虎徹。
東乱楠高校一年A組。おじいちゃんの遺したトランクの中にあった将武パンツ、井伊 直政を手に入れてから、井伊家でただ一人の将武使いさ。
後は知っての通りだよ。将武を使って家での立ち位置も確保して、何だかんだで葵ヤンキーズに入った。
そしていま僕は……
先輩の鼓帝架の上をものすごいスピードで滑っている。
……不思議だ、表情筋が仕事をしない。
「風になれ……風になれ……気にするな風は恥ずかしいなんて感じない風を写真撮影するなんてばっかじゃないの動画拡散とかばっかじゃないの僕は風だ恥ずかしくなんかない風だ、風だ風だ…」
「こ、虎徹…!?」
シャァッ!!
微かな砂煙を立てて、三人の前に…虎徹が現れる。スノーボードを脇に抱え、虎徹は俯く。
「な、なぁ虎徹……あの、さぁ。」
「……いで。」
「え……」
「なにも…きかないで……!!」
「……は、はい。」
忠勝は、それしか言えなかった。
「と、とにかく!あとはバラさんだけだな!おーーいバラさーーん!!早く降りてこーい!!」
腕をぶんぶん振って、樺地が榊原を呼ぶ。
それに気付いた榊原はふっと笑って、マイルスに声を掛けた。
「短い間だったわね、アタシの可愛い後輩のワガママ、聞いてくれてありがとう。」
「いいってことよ。坊ちゃんがあんな風に誰かにデカい声上げたのは随分と久しぶりだったんでな。いいダチを持ってよかった。」
くく、と笑って焦げたグローブで顎髭を擦るマイルスに、榊原はこう返す。
「アタシたち、勝てると思う?」
「さてな……けど、答えは決まってんじゃねぇか、兄ちゃん?」
彼はチャーミングにウインクをし、白い歯を見せる。
そう……答えは決まってる。
「ええ、信じて跳ばなきゃね。」
さぁ、あの子たちが待っている。
榊原は、意を決して跳んだ。
「さぁイイコちゃん!受け止めなさいよォ!!」
地面と鼓帝架の結合部の震えに気付いた忠勝が、虎徹に声をかけた。
「虎徹、榊原先輩だ!こっちに向かってくるぞ!」
続けて声が聞こえる。
……ぃーーー……ゃーーーー…ん
空から響くこの声は、風の声か?
イーーーーイーーーーコちゃぁーーーーーん♡
その勢い、まさしく十万石!!
榊原は丸出しの鼓帝架が縮む勢いを使い、真っ直ぐ校庭に着地しようとしている!
その声と光景は更なる注目を集めた!!
「こ、こんどはなんなんすかぁ!?」
「お、お……お館ぁ!!空から変態が!!」
「見るな!目が腐るぞ!!」
「ばっ、映えないよぉ!なにあれ!?あんなの垢BAN決定じゃん!?井伊グループヤバい!鬼ヤバい!!」
「バラ先輩ぃいーーー!!!オレをもう一度貫いてくれぇーーー!!!!」
ギャラリーは黄色い悲鳴と嬉しそうな歓声が響き混ざる。
榊原の視線は真っ直ぐ虎徹を捉えていた。
とってもいい笑顔だ!
「イイコちゃーーん♡やっぱりやればできる子だわァ!最高よォ!!さぁ!そのままアタシを受け止めてぇええええ〜〜〜〜!」
むちゅーっ♡と唇を尖らせながら両手を広げて虎徹を呼ぶ榊原。その声を聞いて虎徹は榊原を見上げ……スノーボードを脇に抱える。
ふ……と微笑み、彼は榊原へとゆっくり視線を外して…
ダッッッッッ!!!!!!!!!!
「「「逃 げ た ァ !!?」」」
オーケー、じゃあ説明をするわよ。
アタシは榊原 村正!
東乱楠高校三年A組、得意科目は体育と国語。
将武パンツ…鼓帝架・榊原 康政を持つアタシは、今や三年生を纏める番長。
あとは皆の知ってる通りよ。
タルんだタケちゃんを叩き直そうと思ったらなんと一撃で倒されたし、実はそのタケちゃんは妹の千代子ちゃんだった!
まぁそんなこんなで葵ヤンキーズに協力しながら楽しませてもらってて、こうして可愛い後輩にも恵まれ順風満帆!
そしていまアタシは…地球とキスしようとしてる。
「受け止め……って、ぇええええええええええーーーーーっ!!!!?」
チュドォン!!!
爆音を立てて…校庭の硬い砂の地面に人型の穴が空いた。
その穴をそっと覗き込みながら、宇佐見は冷や汗を拭い、ひゅうと口笛を吹いた。
「す、すっげぇ!ポムとジュエリーみたいに人型に穴が空くの初めて見たぜ…!!」
「榊原先輩、生きてるか!?」
返事がない…彼の安否は如何に…!?
そんな中、体育倉庫から出てきた虎徹が嬉々としたいい笑顔で駆けてきた。
その手に…がっしりとスコップを握りしめている。
まるでクシャクシャに券を握りながら、生まれて初めての福引きにチャレンジする子供のような、無邪気な顔で榊原が埋まっている場所まで辿り着くとスコップを大きく振るい土をざくっとすくい上げた!
「よぉしっ!埋めようっ!!」
「まてまてまてまて!!!」
「止めないで三河先輩っ!!僕の醜い歴史の一ページごと闇に葬らなくちゃっ!」
ざっくざっくと榊原を生き埋めにする為に穴へ向けてどんどん土を入れていく虎徹を、忠勝が取り押さえる。
その最中、ドギュン!と伸びた鼓帝架と共に榊原が穴から脱出した。土に鼓帝架を刺して自分の体を押し上げたのだ。
「とうッ!!」
掛け声と共に空中をくるくると回転する榊原。
第一回・鼓帝架伸ばし選手権、土中から自身を打ち上げ空中での演技も完璧!!
そして彼はシュタッ、と静かに…両手をピシッと伸ばして綺麗な着地をしてから、土だらけの白ランもそのまま虎徹に対して怒声を浴びせた。
「イ゛イ゛コ゛ち゛ゃ゛ん゛!!!」
「……………チ゛ィ゛ッ!!!!!」
なんかすごい舌打ちされた!?
そんなやりとりをしている中、周囲の喧騒が一気に収まった。
待ちくたびれて帰ってしまった訳では無い。
彼が、そこに現れたからだ。
睨まれただけで、火を灯した矢に貫かれるような感覚。
同時に虎徹は、背骨に氷を詰められたような殺気を感じた。
彼の存在を、なぜ今になって気付いたのだ。こんなにも……近くに居たのに。
ザリ、と砂を踏みしめる足音。
睨まれただけで、宇佐見と樺地…そして虎徹はその場から動けなくなってしまった。
榊原は溜息をつき、普段と変わらない様子で振り返ると…その姿を視界に入れる。
織田 忠光は、静かにその場に立ち止まった。
「ハァイ、織田。それとも……ミッちゃんって読んだ方がいいかしら。」
「そのふざけた態度も相変わらずだな、榊原。」
口角を上げながら榊原は茶化すように彼へ挨拶をしたが、忠光は反して凍りついたような無表情。
榊原は白ランの砂埃を叩きながら目を細めて、射抜くような視線を彼へと向ける。
「ふざけてるのはお互い様でしょ。」
榊原は、忠光へ更に言葉を続ける。
先程の虎徹とのやりとりを忘れさせるような真剣な声だ。
「こんだけ人が集まった中…ピンポイントで将気をヘリに集中させるなんて芸当するほど器用だったかしら?アンタ。危うくヘリごと落っこちちゃう所だったじゃないの。」
恨まれるようなことしたかしら?
榊原はわざとらしく首を傾げて、忠光に挑発的な態度をとる。
彼はそれが、実に気に入らないようだ。
忠光は眉間に皺を寄せ、じろりと榊原を更に睨んだ。
「テメェがそもそもの発端だろうが、葵が俺にタイマンを挑んできたのは。」
「……」
「誰の下にもつかねぇ解体屋が、一体なんだってアイツに肩入れする?俺たち織田軍や、他の連中の勧誘ものらりくらりとかわしてきたテメェが、一体どういう風の吹き回しだ。」
その問いに対し、榊原はハッと鼻で笑った。
「それは違うわよ、織田。アタシは今もこれからも、誰かの下につく気なんかこれっぽっちも無い。」
「何……?」
「いつまでもしみったれた同じ風の下で萎えてるような男じゃないのよ、アタシは。」
織田軍の勧誘を断っていたのは、そもそも気に入らない男が居たからだ。
そしてその男の頼みが、彼を突き動かしている。
なにより彼にとって、織田 忠光という人間は…
「特に織田、アンタのような…"泣く事も不満を嘆く事も我慢してるお子様"みたいな奴の下には絶対にね。」
言いたいこともまともに言わない、かと言って泣きもせず、助けを求めたりもしない。
それでも自分を理解して欲しい。
そんな子供のワガママの塊みたいな彼の下へつくなど、榊原の誇りが許さない。
「…なるほどな。テメェの考えてることがよくわかったぜ榊原…つまりテメェは…この俺をナメている。そういう事でいいんだな…?」
葵が来るまでの余興だ、と忠光は榊原に喧嘩を吹っ掛けた。
彼を覆う将気が、熱い殺気を放つ。
この距離、一般人であれば卒倒しかねないが…榊原は背筋を伸ばし、凛と立つ。
そして、否と首を横に振った。
「駄々こねてるだけの子をヨシヨシしてやる程アタシは優しくないのよ。そんな奴はアタシが突き上げてやるわ。でも……それはアタシの役目じゃない。」
自分の役目ではない。
確かに彼が今ここで忠光と戦えば、勝敗はどうであれ何かを突き動かせるだろう。
しかし榊原はもう三年生…いずれこの東乱楠高校を去る運命に在る。
だとすれば、自分が巻き起こす風は、ただの突風でしかない。そんな物に意味は無い。過ぎ去った物は忘れ去られる運命だ。
だから自分は、新しい風を探した。
偽の記事が蔓延っていた新聞部室で心を傷付けられたり…同じクラスであっても傷つけ合わなくてはならなかった後輩達を見て、心を痛めなかった訳があるものか。
だから必要だったのだ。そして現れた。
今の東乱楠高校を救ってくれると確信した人物が。
「アタシは、この学校が好きよ…バカ正直で…本気で笑って、本気で泣いて、本気でぶつかり合える…そんな連中が居てこその東乱楠高校が本気で好き。」
「……何が言いたい?」
「覚えておきなさい、織田。そんな学校の中で…いつまで経っても自分で立ち上がれないでいる子を引っ張りあげるのはいつだって……」
榊原は右手を高く上げ、人差し指で天を差した。
新たな風は、すぐそこまで来ている。
探し求めた、風を巻き起こしてくれるのは…
黄金に輝く心を胸に秘めている者だ。
そしてそれを、人はこう呼ぶ――。
「ヒーローなのよ。」
蒼き風の嘶きと共に校舎を飛び越え、ヒーローは駆け付けた。
ギャリィッ!!と音を立ててブレーキと共に砂埃が舞い上がり、その姿は隠されてしまう。
立ち込める砂煙の中。
バイクから降りてそれを右手を振って斬り払えば、ボロボロに擦れた長ランを風に靡かせて、彼女は魔王と対峙した。
「待たせたな…織田!!」
見参――。
次回も尋常に……将武ッ!!




