将武その25「集結、東乱楠高校!」
鳥が囀り、真っ白な入道雲が青空を彩る。
本日は晴天なり。気温は初夏並み。
台風一過の東乱楠に…
「「「オラオラァ!目一杯買えーッ!!」」」
大勢のヤンキーの掛け声が、高らかに響いた。
ここは、あおいベーカリー。
今日は早めの開店で、客数は毎年の開店記念日並み。
客はヤンキーが数十…否、数えても合っているのかどうか。
葵ヤンキーズのメンバー達が、早朝から並び、パンを買っては町内をバイクで爆走する。
久々の賑やかな店内でコムギが尻尾を振り、購入を終えたヤンキーを見送る。
ヤンキー達は整列し、コムギに向き直ると…
「一同、コムギさんに礼!!」
「「「押忍ッ!!」」」
「わおんっ!」
右の前足を上げて、コムギは元気よく吠えた。
行ってこいと言うような鳴き声を背に受け、ヤンキー達はバイクに跨る。
「行くぞォお前ら!オレたちゃ仁双楠に向けて仏恥義理だぁ!!」
そんなヤンキー達の様子を見ながら、千代子の母…八千代は次々にパンの成形をしてはオーブンの中へ入れ、焼いていく。
「みんな朝から元気ね、こんなに沢山買っていってお祭りでもやるのかしら?」
くすくすと笑いながら走っていくヤンキーに手を振っていると、カゴに入れたパンを運ぶパンチパーマのヤンキーに気付いた。
「あっ、持って行ってくれるの?ありがとう。ちくわチーズパンは右から三番目ね。急なバイトなのに、たくさん働いてくれて助かるわ。後であんパンを御家族に持って帰ってあげてね?えっと…」
「押忍ッ、トモノリです!!…すげぇ、さすがタケの兄貴の母上様…あんなホンワカした笑顔で千手観音みてぇにどんどんパン捏ねて形整えて焼いてるぞ…!」
「いまうちの人、インドに行っててね。みんな、新作も楽しみにしててね?はい、カレーパンできあがったわよー!」
その声を聞いて、ピエロのようなペイントを顔に書いたモヒカン頭の一年生が千円札二枚を持ってトモノリを急かす。
「ほらほら!後がつかえてるんですから世間話は後!早く手を動かしなさい!…やれやれ、葵ヤンキーズの傘下になったからには覚悟はしてましたが、これほどの数のパンをパシらされる事になろうとは思いもしませんでしたよ。」
「とにかくじゃんじゃん買ってけ!金はいくらでもある!……くぅう〜!!一回でいいから言ってみたかったんだよなぁ!金はいくらでもある!!ってよ!井伊グループさまさまだぜ!!」
悦に浸る金髪のツンツン頭の隣で、赤いバツ印が描かれた真っ黒なマスクをつけた目付きの鋭い男がカタコトな言葉でちくわチーズパンに手を伸ばそうとしていた。
「我…朝飯……抜イテル…!一ツ…食ウ!!」
「「だめだめだめガマンしろ! (しなさい!)」」
つまみ食いをしようとする一人を止めるモヒカンとツンツン頭。そんな様子を見て、八千代は楽しそうに微笑んだ。
久しぶりの賑わいの中、彼女は昨日の事を思い出す。
気弱で、それでも心優しい娘がどうしてもと頼んできた夜を。
「あのね、お母さん…明日、いつもより早めにお店開けられないかな?」
おずおずと尋ねる千代子の顔を見て、何があったのかは聞かなかった。
娘の笑顔の為なら、早起きなど朝飯前だ。
竹康と一緒で…この子が何かを頼む時は、大切な誰かの為でもあるから。
「大丈夫よ、お母さんも見たいテレビ番組があるから、早起きする予定だったの。」
「ほんと?ありがとう、お母さん!実はね…」
お世話になった人達に、感謝の気持ちを伝えたくて。
そう言って、千代子は満面の笑みを八千代に向けた。
本当は見たい番組なんてない、優しい嘘。
快く受けて良かったと、八千代は微笑みながら…兄妹の大好きな、あんパンを焼いた。
「ところでよォ、イー坊の奴ァどこいったんだ?こんだけオレらに金渡して自分は高みの見物って奴かねぇ。」
「たしかに、井伊の姿を見かけませんねぇ。榊原さんもお見かけしませんし…」
ツンツン頭と、モヒカンが虎徹と榊原が何をしているのかと首をかしげながらぼやいていると、マスクの男が再び口を開いた。
「我……知ッテル。」
「「どこだよ? (ですか?)」」
「…………天。」
彼はそう言って、紙束をばら撒きながら上空を飛ぶヘリコプターを指さした。
「東乱楠Radio、スカイッハァーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!!!」
ヘリコプターのマイクから聞こえる。
その声の主は最早言うまでもない、彼だ。
ダンボールの中から新聞部長にお泊まりをさせて書かせた大量の新聞をばら撒く榊原の隣で、虎徹がマイクを手に取り今回の主役の名前を口にした。
「ヤンキーのみなさーん!今日は空から失礼するよー!今回は葵ヤンキーズタイマン感謝祭っ!!我らが番長、葵 竹康が指名するのはぁ…織田軍筆頭、織田 忠光!!」
空からの宣戦布告に二人は興奮しているのか、楽しそうに、それもいい笑顔でマイクに向けて大きく声を上げた。
「アタシたちのアオヤンにどデカく喧嘩を吹っ掛けてくれてありがと♡おかげでアタシの白ランが血まみれになったわぁ!クリーニング代、2万も吹き飛んだわよォ!織田ぁ!!このお礼はたーっぷりさせてもらうんだからねぇ!?」
「逃げても無駄だからね、織田 忠光!!例え火の中草の中、水の中に逃げても僕達がお前を見つけ出す!!まぁもっとも?もしビビっているのなら、降参したって構わないよー?もしそうするっていうのなら、タケ兄ぃに将武を差し出しながら土下座する事だね!!」
以前自分の将武を奪った榊原が言ったことを、そのまま忠光へぶつける虎徹。
その言葉に対して榊原が続ける言葉は決まっているッ!!だから天に響け!東の風が語ろう!!
「もちろん!フ ル チ 〇 で ね !!きゃあ゛ぁーーんもう!また言っちゃったわぁ!!バラ恥ずかしぃいいーーーーーーっ!!!」
榊原は、羞恥心のままに新聞を入れたダンボールを両手に抱え、バラバラバラバラバラバラとぶちまけた。
その頃、東乱楠高校は文化祭よりも勢いのある喧騒に包まれていた。
「え、ええ……!?」
登校してきた桔梗が真っ先にその目に捉えたのはあまりにも…
あまりにも、予想外すぎた光景。
「犯津亜ァ〜〜〜ッ!!Fooooo!!!!!!」
色とりどりのインクに彩られた横断幕や旗を高らかに掲げた種子島犯津亜…通称シマパンの集団が掲げる旗には大きな文字でこう書いてある。
ア オ ヤ ン 流 感 謝 祭 ! ! !
葵 竹 康 VS織 田 忠 光 !!!!
タ イ マ ン 上 等 !!!
「ええええ〜〜〜〜っっ!?」
桔梗の驚愕の声は、バイクの音にかき消された。
彼らのやらかしはまだまだこれからである。
まだ、序の口だ。
場所は変わって、仁双楠…長尾邸。
カッコン!と、青竹の鹿威しが鳴る縁側で、一人スマートフォンに耳を当てる着物の少女は舞い込んできた新聞を持ちながら、誰かと連絡をとっているようだ。
「ええ、ではそちらはまだ大きな動きは無いと…わかりましたわ。また連絡しますので。……では。」
長尾 鶴姫。
彼女は電話を終えると、騒がしく飛び回るヘリコプターを眺めながら、ため息をついた。
「ふぅ…葵 竹康……まさかここまで大きく出るとは思いませんでしたわ。」
結城 鈴々の騒動から日も浅い中、問題は次々に迷い込んでくる。休む暇も無い上に…彼を思う暇も無いなどと……
「ですが……そういう大胆なところも持ち合わせているのがまた…」
「お嬢。」
「っ!?こほん。……どうかなさいまして?」
タン!と襖を開く黒スーツの部下。鶴姫は彼に背を向けたまま咳払いをして、声色を整える。
「お客人です。お嬢に会わせろと聞かなくて…」
「構いませんわ、通して。」
そして愛用のギターを携えて来た客人は、
よっ、などと軽く挨拶をして縁側にどっかりと座る。
「お前の事だ。いま外でばらまかれてるの、読んだよな?」
武田 立歌は、くしゃりと手で握りしめた新聞を広げ、ひらりと摘んで見せつける。真っ赤な髪が陽の光に当たって煌めく様はいつ見ても眩しい。
「ええ、勿論。…おおかた、貴女も見に行くところだったのでしょう?」
「おうさ、アタシを差し置いてこんなでっけぇ舞台で大手を振るうなんて見に行くっきゃねぇだろ。…それに、どでかい風を感じてな。上手くは言えねぇが。」
真剣な眼差しを向ける立歌に、鶴姫は頷く。
どでかい風、というものは鶴姫自身も理解していた。
「今日は、東乱楠…そして仁双楠…この町に住むヤンキーの歴史が大きく変わる瞬間ですわ。葵ヤンキーズを率いる葵 竹康か…」
「織田 忠光か。……お前はどっちだと思う?聞くまでもねぇが。」
「経験だけで問うのであれば、織田 忠光でしょう。」
立歌にとって、その答えは意外だった。
否、普段の鶴姫であれば普通に出していた問いである。
問題は鶴姫が口にした前半の言葉だ。
その言葉を理解した立歌は口角をつり上げて笑みを浮かべる。
なにせ、立歌自身も解らない問いであったから。
「あの男…葵 竹康は、タコの糞で頭に上ったチンピラではなくてよ、立歌。織田も同じ事が言えますが、勝敗は案外…経験だけでは決めかねますわ。」
思い上がり、調子に乗って偉そうに振る舞うような彼らではない。他者にも馬鹿にされるような実力という訳でもない。
熟練の将武使いである彼女達は立ち上がり、外へ出る。
この戦いを…その果ての決着を見届けなくては。
そうしろと、言われた訳では無い。
ただシンプルな本能で。
「いい調子ね…!イイコちゃん、見てみなさいよ!どんどん集まってくわ!」
「……」
新聞をばら撒き終わり、学校を目指して飛行するヘリコプターの中で虎徹は訝しげな面持ちのまま無言で座っていた。
外を眺める榊原の視線の先は東乱楠高校。続々とヤンキーたちが集まる様子を眺めていたが、やけに静かな虎徹が気になり振り向いた。
「どうしたの、イイコちゃん。そんなブーメランが嫌な感じに食いこんだみたいな顔して。」
「どんな顔だよそれ、ちがうよ。…ヘリを手配するついでに、警察に動かれちゃ面倒になるから電話してたんだけど…やけにすんなりと物事が進んだものだから気になっていたんだ。」
いくら井伊グループ社長の息子であろうとも、やはり動かせる人間は限界がある。
念の為にと警察に圧力をかけ、下手に出動させないために取った行動が予想以上に上手くいった事が、どうしても喉に刺さった小骨のように残る。
「いざとなればタイ人達の成人を祝う為の東乱楠高校流男祭りだって通すつもりだったんだけどね……」
「なるほど、だからタイ・男ね!……無理矢理じゃない!?お金で黙らせるってよりかはマシだけど…まぁ上手くいったんだし、手間が省けたのならそれでいいじゃないの。」
「思えば、織田軍との戦いの時もそうだ…あれだけ広範囲で喧嘩が起きていたにも関わらず、警察が出張らなかった。まるで僕達以外の誰かが、意図的に動いているような気が…」
深く考えるのも疲れるわ。
榊原は、そう言いながらばりばりとブーチョコランタンのいちごショート味を口に運ぶ。
すると予想以上の甘ったるい味だったのか、シャープな眉を潜めてムッとしてしまった。
「ねぇ、これ甘すぎない?ポテチの油といちごチョコで胸焼けするわ。飲み物ない?」
「二箱も食べといてよく言うよ…マイルスさん、飲み物は何があったっけ?」
虎徹がヘリコプターを操縦する井伊グループの社員…マイルス=モロダスに声を掛けると、色黒のイイ男が口を開いた。
「プッツンプリンオーレ、それからコーラだ。」
「…コーラで。」
聞くだけで胸焼けが促進されそうだ。
とりあえず榊原は一番無難な飲み物を選んだ。
「やだぁ〜♡キンキンに冷えてるじゃない!ところで、アタシらはどこで降りるの?イイコちゃん。学校だと邪魔になっちゃうし、屋上も他の連中がタイマン見に来るだろうからヘリ停めるスペース無いと思うけど…」
コーラをクーラーボックスから出しながら虎徹に疑問を投げかける。
すると虎徹は愚問だね、と笑った。
「僕がそこを見落とすわけないだろう?最短の着地点としてこの前、宇佐見や樺地達が暴れたって聞いたあのデパート…あそこを利用させてもらうのさ。」
「なるほどねぇ、そういや…タケちゃんと酒井は?二人も新聞を配ってるのかしら。」
その榊原の問いに対して、虎徹は校庭に集まるヤンキーたちを見下ろしながら応える。
「あの二人なら、織田 忠光に対抗する新技の特訓中さ。これは僕も考えていたことだけど…タケ兄ぃが織田 忠光に勝つには、将武 徳川家康の力を100パーセント確実に引き出さなければならない。」
「アゲパンを修得したとはいえ、織田は実戦経験でタケちゃんを上回るからね。」
「酒井先輩の将武が、なにかきっかけをくれるはずってタケ兄ぃは言っていたからね、あの二人なら、大丈夫だろう。」
その口調に驚いたのか、榊原は目を見開いた。
関わってまだ日が浅いとはいえ、彼が憶測で何かを話すのは珍しいからだ。
「珍しいじゃない、アンタがなんとなくでモノを言うのは。」
「あの二人はいくら型に嵌めたって、すぐに吹っ飛ばしちゃうから。」
「そりゃ、言えてるわ。」
榊原はそう笑って、日に当たり琥珀に輝く炭酸を喉に流し込んだ。
同刻、東乱楠警察署。
「……」
町内で井伊グループのヘリコプターがばらまいていた新聞を読み、重く思い詰めた顔を浮かべる少年。
「兄者……」
浅井 一は窓から東乱楠高校のある方向へ目線を向け、眉間に皺を寄せた。
警察には手出ししないようにと釘を指しておいたが、危惧するのはタイマンが起きた後、どちらかによる暴動が起きた時の規模。それから実の兄、織田 忠光が再度の暴走をしないかということ。
夜一郎と共に東乱楠へ向かう最中に見た、何者かの将武パンツから発された光…
この騒ぎから察するに、あの光の主は葵 竹康か。
「浅井さん、あの……」
警官が心配そうに、一に対して声を掛けた。
「はい、何でしょう?」
「今回の騒ぎ…本当におまかせして宜しいのですか?東乱楠、仁双楠、他からもヤンキーたちが集まってるらしいんですけど…」
これまでとは比べ物にならない数のヤンキーたちが集まっている。それが奮導學院の連隊長とはいえ、たった一人の少年に任せることが本当に最善なのか…
「たしかに、貴方がたのお気持ちもお察しします。……ですが先程も申し上げた通り…将武パンツ使い絡みの問題には、将武パンツ使いで対応するのが最善なんです。安心してください。風紀連隊はその為に居るのですから。」
一は、お気遣いありがとうございますと警官に敬礼をして警察署を出る。
今から始まる激闘は、奮導學院の生徒として…
夜一郎に借りを返すため……
そして、彼の弟として…見届けなくてはならないのだから。
ネクタイを締め直し、そして歩調を早める。
「そうだ……見届けなくてはならない。この戦いを…その為に僕は…」
テメェを、貫き通します。
辛い時だって、楽しい時だって…
織田軍は、いつも一緒だった。
「……」
足取りは重い。空気のように軽かった身体が、今はこんなにも重たい。
蜂須賀 転助は、学校と逆方向の道をたった一人で歩いている。
行先は、自分をなんでも出来ると褒めてくれた人達と初めて出会った場所。
ここに来れば……
戻れない過去を、思い返せる。
駄菓子屋 怒羅厳。
「……まだ残ってたのか、コレ。」
蜂須賀が見つけたのは、小学生の時からあるカプセルトイのひとつ、騎甲戦士ガンダルヴァ。
色あせた赤い箱に触れると、自然に気持ちが緩んだ。
鞄のポケットに入れていた折り畳み財布を取り出し、百円玉を入れ、ツマミを回す。
だが、何も出てこなかった。
「……くそ、またか。」
まただ。
ここのカプセルトイの箱は小さい頃からガタがきており、こうして百円玉を吸い込んだまま、結局何も出てこなかったことが何度かある。
変わらないな、コレも。
「夜一郎のやつ、どこを叩けば出てくるって言ったか……ここは…違うか…どこだっけなぁ。」
ばしばしと出てきそうな所を叩いてみても、中でカプセルがごろごろと音を響かせるだけ。
結局、どこを叩いても…何も出てこなかった。
「…はは。こんな所まで、変わってない。」
シークレットの景品を出そうと、夜一郎と忠光の三人でこのカプセルトイを占領したっけか。
懐かしさは、寂しさを増長させた。
もう戻れない過去に浸ることしか、今の自分には出来ないなんて。
「……ミッちゃん。オレ、間違ってたかな。」
誰も、答えてくれる人はいない。
そう思っていた矢先だ。
「やっぱりここに居たか、転助。」
羽柴 夜一郎。彼が蜂須賀に声を掛けると、振り返った蜂須賀はぎょっとした顔を向けた。
絆創膏やガーゼだらけの顔で、バツが悪そうに笑う夜一郎に対して……蜂須賀は眉間に皺を寄せる。
「……フン、負けた言い訳をしに来たのか?夜一郎。」
「そう言うなよ。こんな日だ、きっとここに来るだろうと思ってよ。」
そして暫くの沈黙。
俯く蜂須賀。だが、ぽつりと彼は口を開いた。
「……どこからおかしくなっちまったんだろうな。」
それは心の底からの言葉で…溜息と共に呟いたのは、寂しそうな声だった。
「わからねぇさ、今となっちゃあな。だがよ、今日で織田軍ってヤンキーの存在は終わる。それだけは…」
その先は言わないでくれ。
ぐっと歯軋りをする蜂須賀は、その先の言葉が別のものであることを願った。
…夜一郎は言葉を続けた。
「それだけは、受け入れなくちゃいけねぇ。」
それだけは、受け入れちゃいけねぇ。
そんな言葉を待ってたのに…
「テメェは……っっ!!ミッちゃんが敗けても良いって!そう言いたいのか、夜一郎っ!!」
蜂須賀は夜一郎の特攻服の襟を掴みながら怒鳴る。
そんな言葉を…織田軍の中で一番、忠光と親しい彼の口から聞きたくなかった。
言って欲しくなかった。
「転助よ、オレたちはガキのままじゃ居られねぇ。居られねぇからこそ、眩しかった大切なあの時を忘れなかった。」
「だからっ…追い求めたんだ!!あの頃に少しでも近づければ…!!そう思って耐えてきたんだぞ!?なのになんで……お前がそんなことを言うんだ、夜一郎…!!」
「……」
「お前がそれを言っちまったら…オレたちのした事は、一体なんだって言うんだよ…っ!あんなヒーロー気取りの奴が…!オレよりも無茶苦茶で、頭の悪い葵が…!全部ひっくるめてオレたちが築いてきた織田軍の他の奴らを守れるなんて保証があるか!?」
彼が正しいと言ってくれたから、自分は頑張ることが出来たのに。
その問いに、夜一郎はただ一言、あるさ。と断言して、こう続けた。
「形は違ってもよ、アイツらの守りてぇモンは同じだから。」
「…同じ……?」
「転助、オレたちは何を守るために…織田軍をでっかくしてきた?」
何を、守るために……?
それはきっと、心の奥底にずっとあった。
硬く閉ざした心の奥底に隠れて、見えていないだけ。
それは……
シュッ!!と、二人の間を不意をついて鉄の棒が飛び出してきた。
それが物干し竿だと気付くのに、時間はかからない。その持ち主が誰かというのも。
「店の前でケンカはおやめな。夕方まで庭に干されたいかい。」
「ムツ婆ちゃん…!」
「ムツ婆…!」
佐々木 睦美。
この駄菓子屋 怒羅厳の店主で、織田軍の彼らを幼少の頃からよく知る人物は、まったく……と曲がった腰を軽く叩いて二人を見上げる。
「塾サボッてブンブン遊び回ってたハチスケがなぁに辛気臭い顔をしてんだい、ヤチローも…
いつもの元気はどうしたんさ?」
こん!と物干し竿の先を地面に当てて、杖代わりにすると睦美は二人を見つめてそう言った。
「……なあ、ムツ婆。」
「言わんでもいいよ、そこまでボケちゃいないさ。……今日で決着つくんだろう?ヘリで威勢のいい子らがダメ光を呼んでたからね。」
夜一郎が睦美に声をかけようとして、直ぐに遮られてしまう。お見通しか、と苦笑すれば、今度は蜂須賀を見ながら睦美は笑った。
「秘密基地までほっぽり出してなにしてんだい…あんたらね、今日負けたら明日が絶対に来ないような顔をすんじゃあないよ。」
彼女は上を向きながら物干し竿で蜂須賀が百円玉を入れたカプセルトイの箱を叩く。するとガロンッと音を立てて黄色いカプセルに入った景品が出てきた。
「汗水流して一日頑張って、飯食って遊んで寝て、怒っても泣いても明日にゃ、お天道様が笑ってんだから。東から西へ、嫌なことがあってショボくれた連中までニコニコ笑って照らしながら進むお天道様さ。」
蜂須賀に景品を渡せば、彼は中身を開ける。
入っていたのは、彼がずっと欲しかったシークレット。
「…!これ…!」
「おっ、ガンダルヴァ出たのか、転助!」
「ああ、明星 テンマのライバル…クロノスの最終兵装…!シークレットだ!」
喜ぶ蜂須賀だが、はっと我に返る。
こんなことで喜んでいる場合じゃあないのに…と眉を下げた蜂須賀に対して、睦美はニコリと笑って学校への道を物干し竿で差す。
「はよう行きな。ショボくれてないで、ダメ光のこと見届けておやり。全力で見届けて…ちゃんと織田軍のケジメ、つけてきな。」
負けたって、あんたらが一生離れるなんてことない。
夜一郎には、睦美がそう言っているような気がした。
「…へへっ。ムツ婆にゃ、かなわねぇな。いこうぜ転助。」
蜂須賀は、自分の肩を叩き前を行く夜一郎を見上げると、何故か寂しさが込み上げてきた。
蜂須賀にとって、彼は今も昔も自分の兄貴分であり、自分を織田軍に引き入れてくれた。
そんな彼の背が、いつもよりも大きく見えたのだ。
今も昔も、彼は変わらない友人。
それなのに……彼が自分より先に大人になったようで、蜂須賀はその背中に声を掛けた。
「変わったな、夜一郎…"西"で何があった?」
初夏を匂わせる入道雲を見上げて、夜一郎はこう返す。
「あったさ。色々とな……」
彼の声は、寂しげに風に溶けた。
歩き去っていく二人をじっと見届けてから、睦美は深呼吸をした。老いた肺に新鮮な空気が満たされると、ヤレヤレと口にして、入口の先にある居間に向けて声を掛けた。
「二人、行っちまったよ。どうすんだい、エキチ?」
特徴的な呼び方にムッとするのは、出会ってから全く変わらない。
「ったく、いつまでも辛気臭いツラしてんじゃあないよ。」
「るっせぇよ。」
永吉は顔を上げて、鉄パイプを親指でなぞった。
その表情は険しく、開かれた口から発する声は睦美の言う通り、どこかショボくれた声色だった。
「……カシラはオレに居場所をくれた。なのに…オレは…」
「ばかたれ。」
こんっ!と物干し竿が頭のつむじにあてられ、永吉は眉間に更に皺を寄せた。
「雨の中、記憶を無くしちまったお前をダメ光が濡れ鼠になってココまで連れ込んできたのは、助けたかったからさ。口下手で不器用なあの子なりに、ね。」
睦美は、あの二人にも言ったろうがと物干し竿で軽く自分の方を叩きながらこう続ける。
「だったらお前も、出来る限りのことしてやんな。ダメ光の居場所守りたいんならね。」
永吉は睦美の言葉を聞いてから暫く目を閉じ、ささくれた畳から立ち上がって鉄パイプを握り、店から出ていく。
手間のかかる子達だ、と居間へ向かおうとした睦美の前を、小さな子供たちが駆けていった。
その子供たちの背中に重ねたのは、昔から遊びに来ていた四人の子供たちの面影。
いつもガキ大将風を吹かせていた生意気で元気な小猿。
カプセルトイが好きで、塾をサボって遊び呆けては親に拳骨を貰ってたが、頭の良いチビ助。
不器用で口下手で、可愛げも無いが誰よりも友達を大切にする赤毛の小僧。
そしてそんな赤毛の子にいつもくっついていた、四人の中でも人の痛みをちゃんと解ろうとする可愛くて優しい女の子。
歳をとるのも、そう悪いことでは無い。
睦美はそう笑って曲がった腰を軽く伸ばした。
若葉の薫る風が鼻をくすぐる。さらさらと流れる川の音と、口いっぱいに広がる我が家の味。
東乱楠高校から少し外れた、河原を真っ直ぐ南に進んだ場所で、千代子は大好物のあんパンを齧っていた。
「早雲、いい所見つけてくれたなぁ。東乱楠にこんな穴場があったなんて…景色のいい所で食べるあんパンは格別だ。」
呑気に口にする千代子だが、その身体は擦り傷だらけで、纏っていた長ランは裾が擦り切れていた。
『腹が減っては戦は出来ぬ、しっかり食っておけよ。』
子供に言い聞かせるような口振りの家康に対して、千代子はくつくつと笑って軽口を叩く。
「天ぷらの食べすぎは良くないけどね?」
『はっはっは!こやつめ、言いよるわ!』
戦の前の安らかな時間。しかしそれも、ほんの僅かな時。
バイクの排気音が近付くと、彼女はあんパンの最後の一口を大切そうに噛み締め、飲み込んだ。
「時間だぜ、タケさん。バラさんたちの乗ってるヘリも学校に向かってた。」
早雲も、擦りむいた頬に絆創膏を貼っている。細かい作業が苦手な彼が自分で貼ったそれはやや曲がっており、軽く引っ張れば簡単に剥がれてしまいそうだ。
「もうそんな時間か…間に合って良かった。新技の特訓に付き合ってくれてありがとな、早雲。」
「まさか、オレのアゲパンに目をつけるとはな…その将武もそうだが、タケさんの発想には毎回ビックリさせられるぜ。」
さ、乗ってくれ。早雲に促され、千代子は彼の後ろに腰掛けた。バイクの振動と共に、駆け抜ける風が髪を揺らす。
しばらく若葉の香りがする風を感じて、千代子は早雲の背に額を当てた。
そして目を閉じ、心の中で家康に話しかける。
『…家康さん。』
『どうした、千代子よ。不安か?』
家康と深層で絆を結んだ千代子は、口にせずとも家康との会話が可能になっていた。原理は分からない。だがしかし、心で通じ合うとはきっとこういう事なのだろう。
『ううん、大丈夫。緊張はするけどね…お願いがあるんだ、家康さん。この戦いが終わったら…』
『……』
『この戦いが終わったらさ…お兄ちゃんがどこで何をしているか…教えて欲しいんだ。』
それはずっと、ずっと知りたかった事。
たった一人の兄が、いま何をしているのか…生きている事はわかっているのに、何処にいるかがわからない。
そんなもどかしさを早く取り払いたい。
千代子の心情を理解した上で、それでも家康は言葉に詰まった。まだ伝えるときではないと思っていたが…
『千代子、竹康は……』
突然、キキィッ!!と音を立ててバイクが停止した。
家康の言葉を遮って聞こえたブレーキ音。
千代子は目を開けて、早雲の目先に居る人物を視界に捉えた。
そこに居たのは……
「……」
「永吉……」
鉄パイプを握り締め、彼は二人に立ちはだかった。
朱鬼は静かに、しかし厳かに…
戦へ向かう二人を睨み付ける。
「葵 竹康……お前に話がある。」
次回も尋常に……将武。




