将武その23「輝く心」後編
燃え盛る獲飛巣喰と、酒井 早雲…
彼らの繰り広げるライディング将武を、静かに見届ける男が一人。
まるで草木に伝う朝露のように、雨粒は男を避けて地に落ちる。
「……これが試練だ。酒井 早雲…君の答えは、すぐ近くにある。」
如水。
彼はそう呟き、金糸湾に伝わる伝説を口にした。
「ここは、決して叶わぬ友情の果てに二人の武士が戦馬将武をし…戦の勝利よりも友との絆を選んだ場所……」
二人の、武士が居た。
敵軍同士…しかし、二人はかけがえのない友であった。
両者ともに、馬術に長けており…度重なる争い…戦で生き残ったもの同士、互いを認め合い、やがてささやかな、ほんの少しの語らいの時間を楽しみ合う仲となった。
たとえ戦が二人を引き裂こうとも…離れようとも、この友情だけは永遠にと。
そう誓い合った二人を、現実は許さなかった。
最後…彼らはついに争い、命を奪い合うことを強いられてしまう。
それが、戦馬将武。
しかしその結果はおとぎ話のようで、誰にも信じられることではない。
何故ならば…戦馬将武の果てに、両軍の騎兵は互いの腹を刺し、息絶えてしまったのだから。
だが生き残った将軍達は、ある光景を目の当たりにし……それ以上争うことをしなかった。
立派なたてがみと、雄々しく嘶く二頭の馬。
親友を尊ぶ二人が…生まれ変わった姿だった。
そしてその戦場は…いつしか金糸梅が咲き乱れる美しい湾岸となる。
その場所の名は……金糸湾。
「現実はおとぎ話のようにはいかない。だが、奇跡を掴むのはいつだって人間だ。」
如水は、静かに呟く。
それは直感に近い確信だった。
「ぐうっ…く、ぁぁっ!!」
自分を焼く炎の中で、早雲は呻く。
熱い。火が消えない。
身を焼かれる激痛が、こんなにも辛いものだとは思わなかった。
忠光さんは、こんな痛みを乗り越えて…それでも戻ってきたのか。
早雲は意識を持っていかれるような痛みの中で、かつて自分を引っ張りあげてくれた織田 忠光の事を思い出した。
辛いなんてレベルじゃあない。
ここへ来る前に、保健室で桔梗が口にした真実を知った彼は、ハンドルを握りしめた。
ただ、大切なモノを守りたかった忠光が…どんな思いで将武を暴走させたか。
自分はどうだ。
事故を起こして、無関係の子供を傷つけて…
轢ッ殺しの名も捨てたい…
かと言って、このライディング将武にも負けたくはない。負けたら、竹康を倒さなくてはいけないから。
じゃあ、自分は一体どこへ行きたい?
こんなにも中途半端で…
やめてしまおうか。止まって、なにもかも…
また、自分は…
顔を伏せ、俯いた。
ひらりと、黄色の花弁が一枚…獲飛巣喰を横切った。
見覚えがある、花弁だ。
……
"忘れるんじゃねぇぞ、早雲。お前は…"
「……」
"お前は、ひとりじゃない。"
「……竹康。」
ああ、全くお前は……
いつだって、どれほど離れていたって…オレを立ち止まらせてはくれない。
お前に初めて殴られて、初めてお前を殴ったあの日が…今でも鮮明に思い出すことが出来る。
久しぶりに、お前が泣くところを見たよ。
あの涙はな…竹康…初めてオレの目の前で泣いた時と、全く同じだったんだ。
――
―――。
それは、早雲が事故を起こし…久しく学校に来た時だった。
轢ッ殺しといつまでも呼ぶ織田軍にも嫌気がさし、そしてどこにいても腫れ物を扱うように接してくる連中にもうんざりした時だ。
一人になりたくて、河原に行った。
授業もサボッて、いつまでも、いつまでもベンチに座っていた。
初めての事故ということで、短期間の免許停止を言い渡された早雲の前に、竹康が現れた。
「早雲…聞いたぜ、親父さんのこと…あと、事故のこと。」
「……」
早雲は答えなかった。
父は戻ってこないし、した事は無かったことになんかできやしない。
「なあ、早雲……バイク、やめないでくれよ?お前は…」
「やめてくれよ、竹康。」
「……」
「もう、うんざりなんだよ……優しい言葉なんか、要らねぇ…オレなんかにはいらねぇんだ!!これ以上走らなけりゃ、もう誰も…オレが止まりさえすれば…こんなことも……畜生、こんな…モノッ…!!」
早雲はポケットから免許証を出すと、河の中へと放り投げようとした。しかし振り被ろうとした腕を、竹康が掴み、止める。
続けて竹康は早雲を殴りつけ、尻もちを着いた早雲に掴みかかり…グイッと引っ張りあげた。
なんで、お前が泣いているんだよ。
「そんなことするんじゃあねぇよ…早雲…!!お前ッ、あんなに頑張ってたじゃねぇか!!親父さんがどんな思いでお前にバイク買ったと思ってやがる!!どんな思いで…っ!これまで頑張った時間の全部を捨てて…そんなの許さねぇぞ!!」
知ったふうな口、聞くんじゃねぇ。
……だったらなぜ、こいつは泣いている?
泣きたいのはこっちの方だ。
初めて見た。竹康がこんなに泣いている姿を。
「テメェに何がわかるんだよ、竹康!!」
思わず口をついた言葉は自信がなくて…
頼りない拳で竹康を殴った。
「わからねぇよ!!オレはお前じゃねぇからな!けどな…お前がそれを捨てたら、親父さんの思いも亡くなっちまうんだぞ!それだけは捨てちゃあダメだ!親父さんが…お前が必死こいて頑張ったから買ったんじゃあねぇか!!お前が頑張ったから、親父さんが生きていた証が残ってるんじゃねぇかよ!?」
殴って、殴られて。
いつの間にか、オレまで泣いていた。
コイツはオレよりも先に泣いて、オレの代わりとでも言わんばかりに…声を上げて泣いた。
殴って、怒って、泣いて…二人とも泣き疲れた頃に、竹康は持ってきたあんパンを差し出してきた。喧嘩をしていた拍子に潰れてしまったのだろう。不格好に潰れていたあんパンを半分に割って、一緒に食べた。
久々に食べたその味は、やっぱり甘くて…何となく、温かかった。
竹康は食べながら、互いに殴りあった傷を見て、笑った。
心から笑うその表情を、無意識に父と重ねていた。
笑いながら、竹康はこう言った。
「お前はどこに居たって、どんな時だって一人になんかさせねぇ。この拳に誓うぞ、早雲。
オレは…お前が辛くて…どうしても立ち止まりそうになった時に…必ず思い出してくれるヒーローになる!オレが握るこの拳は、その為にあるんだ!」
……そうだ。
止まっちゃいけねェ。
あの拳が、立ち止まりそうになったオレの背中を押してくれたんだ。
そうじゃなきゃ、アイツに顔向けできない。
本気でオレを思って、二度も泣いてくれた竹康に…まだオレは応えていない……!!
だから諦めるな…
速度が落ちているからなんだと言うんだ。
ノロマでもいいさ。
本気で走るんだ!!
本気で走って…オレは……
この友情に応えなくてはならないッ!!!
俯いていた顔を上げた、その時だった。
音も…時間も、全部止まったようだった。
けれどたしかに、自分は走っている。
そして、目の前にいる誰かも、そこにいる。
松永は、自分を追い抜いてゴールの旧校舎へと走っていったから、もういない。
なら、この人は……?
…知ってる。その背中。
待ってくれ。
もっと話したかった。
待って。
大きくなっただろ。オレ。
待ってくれよ。
一緒に走りたかったよ。
だからせめて…
もっと生きて欲しかったよ。
雨がすり抜けてるじゃねェか。
もっと笑っていて欲しかったよ。
ほんの一瞬でいいから…
オレと……
オレと、走ってくれ……
「親父…ッ…!!」
隣に並んで、顔を見ようとしたけれど…父の顔を見ることが出来なかった。
父の遺品を片付けていた時に、この将武…酒井 忠次に出会った。手にしたその日に、父の思いはわかっていたというのに…
どれだけ辛くても、一緒に前に進んでくれる。
そんな心の拠り所になってくれる相棒を、自分に与える為に…
親父…
こんなバカに育っちまってごめんな。
背丈だけは、親父を越しちまったけどさ…
だけど、やっぱり大きいな。
顔を見たいのに…涙が止まらない。
背に感じたのは、確かな暖かさで…
耳に聞こえたのは…
――ちゃんと前を見やがれ。
幻なんかじゃない…父の声だった。
あの事故の時も…さっきも…親父はオレを助けてくれたのだろう。
なあ……親父…オレは、なれるかな…?
親父みたいな、かっこいい男になれるかな?
「……親父、オレさ…友達ができたよ。お袋と同じで、ヤンキーなんだけどさ、とびっきりかっこいいヒーローの友達だ。親父が小さかったオレをバイクに乗っけてくれたようにさ……今度は…今度は、オレがそいつを後ろに乗っけるんだぜ……」
聞こえてるか?
泣いて、上手く声が出ない。
親父がくれたバイクにかき消されちまうほど、ちっせえ声だ。
「だからさ…オレ、ちゃんと前向くよ。ヒーローを背中に乗っけて、走るんだ。ちゃんと前見て、大切なモノ背負って、笑って皆を運ぶ男になるからさ……!」
だから……!!
「だから…行ってくるぜ、親父…!!」
――行ってこい、早雲。
父が背中を押した瞬間…
早雲と獲飛巣喰は、まるで羽根が生えたように軽くなった。
ハイスピードで過ぎ去る景色の中、獲飛巣喰のミラーに…父の顔が映る。
生きていた時から変わらない…
太陽のように、ピッカピカな笑顔だった。
もう、恐れるものは何も無い。
なぜなら、道は"無限に続く前"しかない。
振り返るものか。
この道を……
これから走るのは、誠の道。
大切な人と共に走って、創った道。
自分の人生を輝かせてくれた人達を背負って、走る道…!
過ちも、後悔も、その後に続く輝く心と共に…!
大切なモノを背負い、自分のために泣いてくれたヒーローと共に走る一本道!!!
それが、酒井 早雲が疾走る道ッ!!!
早雲は両腕を再びズボンの中に入れ、将武をしっかりと持ちながら、荒れ始めた向かい風に抗う。
鉛のように重たかった将武は、蒼い将気を明滅させながら、早雲に応え始めた。
お前だって、まだ走り足りねェだろ…!!
こっからがオレたちの本気だ……!!!
酒井 忠次……生きて出会ったことなんかねェし、話したこともねェけどさ。
魂は通じているだろう?
なら、オレたちはもっと速く走れる。
片喰の家紋はオレたちの象徴じゃあねェか…!!!
"輝く心"を、見せる時だぜッ!!!!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!」
真っ直ぐな志は、蒼き流星の如き将気と共に舞い…
"上がった"!!!!!!
二人の戦いを観戦していた甲斐女華達は、その行く末を見ながら早雲の様子を案じていた。
「ちょっと、酒井のやつなんで春姉さんとやりあった時より弱くなってるんすか!?」
「遅かったし、ずっと下向いてたよぉ…」
「……」
春風はずっと、独走する松永を見ながらぐっと拳を握った。
そんなやり取りを見やる鞠夏は、指先を軽く動かして巨大なシャボン玉の中から、もうひとつシャボン玉を作り…もうひとつの映像を見る。
「このルートで行くなら、ゴールは東乱楠旧校舎……もうすぐだな。馬場が見たという酒井 早雲のアゲパンを見ることが出来なかったのは、残念だった…このライディング将武、松永の勝ちだろう。」
「なら、アタシがやることも決まった。これ以上、あの蜘蛛野郎にデケェ顔されるのはアタマにくる…仲間の仇討ちも合わせて、始末しに行くぜ。」
そう立歌が口にした瞬間、突如として響き渡った音に…全員が驚いた。
馬の嘶きのような、風の音…
「なっ、なんすか…いまの!? 」
飛鳥がその音に驚くより先に、シャボン玉が突如…青い光を放った。
否……映像の中の光で、見えないのだ。
「まっ、まぶしい〜!」
「これは……」
誰もがその光に驚く中、春風は笑う。
確信に満ちた、確かな強さを持った瞳で…彼女は笑う。
「お館、このライディング将武の勝者は、もう決まったよ。……酒井の勝ちだ!」
ラジオの音声が、ノイズ混じりとなる。
台風が上陸したことを、アナウンサーが伝えた。
『超大型の台風が上陸しました。非常に勢力の強い台風です。河川敷には、決して近付かないでください。川も氾濫の危険性があります。身の安全を……!?たった今入った情報です。東乱楠、金糸湾を中心に、新たな台風が発生!現場では青い風…?あ、青い風が吹いているとの事です!非常に強い風が……台風を…!!?』
奇跡を掴むのは、いつだって人間。
如水は自分で口にした言葉を、再び呟く。
「まさか、台風を消し飛ばすとは…酒井 早雲…予想以上だ。」
蒼色の将気は、雷に乗って現れた巨大な馬のような形を象り、大きく嘶いた。
すると蒼い風が鈍色の空を凪ぎ、満天の星空が姿を現す。
誰かを助けるために、奇跡が自ら手を貸すとは。
「つくづく思うよ…竹康。この町は本当に、予想なんてものを軽々と超えてしまう。」
夢とは、叶わないから夢という……
過去の自分の言葉を、反芻する。
追い求め続けた男は、腑抜けた形で自分に負けたのか。
燻った思いを胸に走っていた松永は、背後に迫る嘶きと、蹄の音に気付き…振り向いた。
「な…ッ…!?」
思わず、目を疑った。
蒼い光を纏った…馬と、武士…!?
色々縅胴丸具足を身に纏い、稲妻のような紋様の馬に乗った武将が、松永の火進孤路に追い付く勢いで走っていた。
違う…これは…!!
奇跡を謳うように、馬は高らかに声を上げる。
聞き慣れた排気音が、馬の口から発されていた。
幻を従えたオレが…
幻に、魅せられるなんてな――!
「そう来なくっちゃあなッ…酒井ッ!!」
「本気はこっからだぜ、松永ァッ!!」
蒼風と共に躍り走れ…!!
誠天霹靂……獲飛巣喰ッ!!!!
ライディング将武は終盤。ついに…否、漸く並んだ二人…!
次の3回連続カーブの後、備えられたライディング将武用のジャンプ台…それを使えば、大きく距離の差を開くことが出来る。
獲飛巣喰と一体となった早雲…その姿はかつての彼のアゲパンとはまた違った姿をしていた。
彼を護るように、蒼い将気が稲妻を連想させるような鎧の形を成している。
獲飛巣喰は酒井 忠次の甲冑の如く、立派な金の角が洗練されたフォルムのボディから伸びていた。
だが…それで臆する火進孤路では無い…!!
松永は再び、将武を上げる…!黒煙の中で、彼は心を、闘志を再び燃やした!!
今までよりも熱く心が躍るのだ。ならばもう一度…
炎の中で踊るがいいッ!!!!
彼らを止めることなど、誰にも出来ない。
止めてはならない!
輝きはここにありッ!!
いざ尋常に……将武ッ!!!!
「うっしゃあ!酒井のやつ、やっと追いついたっすねぇ春姉さん!!」
「ぴっかぴかだよ〜!前より強そう!」
「あの姿…以前総長とやりあったときと、また変わっている…!まさか…手の内を隠してて、総長の時は手を抜いていた…とか?」
長篠レディースの幹部三人…飛鳥、麗花、皐月はそれぞれ、思ったままの言葉を連ねる。それは安堵と賞賛。皐月が春風に尋ねると、春風は首を横に振った。
「いや、そんなんじゃあない。あいつは…走る時はいつだって本気だ。誰よりも走ることが好きだから…妥協なんかしない。酒井は…また強くなったんだ。」
「はは。惚れたからこそわかるってかい、馬場?可愛いな。難しい言葉なんて使わず、ただ一言……"愛故に"ってね。妬けるなぁ。」
鞠夏が茶化すように春風に声を掛ければ、春風は頬を真っ赤に染めた。明らかに不審な挙動で訂正をしようとするが、吃る姿はなんとも年頃の女子らしい。
「なっ、なな…!!そんなんじゃねぇよ!私とやり合った時と違って腑抜けた顔してたから…!でもあいつの強さは理解してるってだけで…べ、別に惚れてるってわけじゃねぇからな!」
ギィィンッ!と、言葉を遮るように立歌がギターを鳴らした。その表情に先程までの険しさはなく、ただ一人の将武使いとして、武人としての笑みで、彼女はこう続ける。
「へっ!まぁ、いいじゃあねぇか。やっと面白くなってきたんだ…アゲパンの境地に立った男と男の真剣勝負!!見届けなきゃ、漢女が廃るってな!!」
一つ目のカーブ…これは同時…!!
二つ目のカーブは、早雲が前に出て、差をつける…!!
「あと一つッ!ぶっちぎるぜェ!」
「前は……オレだァッ!!!」
三つ目……松永が跳躍しガードレールに飛び移る。凹むガードレールの上をグラインドした後に…踏み越えるように跳躍して前に行くッ!!
「最ッ高だ、楽しくなってきた…!思いっきりやろう!!」
「オレは勝つ…!勝ってやる…ッ!!轢ッ殺しの名は、オレだけの物だァァァッ!!!」
松永の目的は、この先に待つジャンプ台…!
彼は黒煙を噴き上げ、子供の幻影を作った時と同じように…今度は偽のジャンプ台を作りだす。
そうだ、勝って、こいつに…勝って…
……勝つんだ。勝って………
夢を超えて、その先は……
その先は……?
幻影を作り出した場所に、早雲は迷いなく走っていく。
迷うことは無い。だから…幻であろうと突っ切ってみせる。
この輝きは、黒に塗れることはもうないッ!
「いっしょに行くぜ…獲飛巣喰ッ!!」
「なんだと…ッ!?」
早雲は将気を自身に纏い、真っ直ぐ突き進む…!
そして幻のジャンプ台を突っ切る事無く…
跳んだ…ッ…!?
「オレの将気に…自分の将気を同じだけ放出してぶつけて…跳んだのか…!?」
ふたつの磁石を、同じ極同士で合わせた時のように早雲は幻のジャンプ台を使って松永との差を更に開いた。
将武使い同士の戦いにおいて、将気同士を爆発的に同じだけ放出し合うと反発が起こり衝撃波が生じる。
そんな瞬間的な現象を、このスピードでこなしたというのか、この男は……!?
「ふざけるな……オレが…!!」
勝つのは…オレだ。
どれだけ、努力を重ねてきたと思っている?
勝たなきゃ。勝たなきゃ。勝たなきゃ。勝たなきゃ。勝つんだ。こいつに勝てば…やっとオレは本物になれる。
ここで勝たなきゃ、今までの人生は…ここまでの道は…!
勝つことが、自分が自分でいられる唯一の方法なんだ。
本当の幻となるなんて、いやだ…
嫌だ、嫌だ……そんなこと……!!
またあの時と同じ…
たった独り…灰色の世界に戻るのだけは…!!
孤独のまま、火の中を進むような思いで力を求めたんだ……!!!
嫌だ……ここで勝たないと…オレが……オレが無意味になるのは嫌だ…!!!
「嫌だ……嫌だ…そんなこと…!!!」
松永はジャンプ台を逃してしまう。
取り憑かれたようにただ、『嫌だ。』と繰り返しながら…
まるで駄々をこねる子供のように…勝利への執着心が、夢を追う末に黒く変貌した…誇りという名の呪いが…松永を苦しめる。
アゲパンの状態での心の乱れが、火進孤路の制御を効かなくした。
抑えられない黒い将気を放出しながら、ガードレールを突き破り…
「嫌だァァァァァァァァァァッッ!!!!」
道を大きく逸れ…暗い海へと堕ちる…
はずだった。
「…どう…して……」
「まだこっからじゃねェか…松永ッ!!」
「酒井…」
早雲は、火進孤路のハンドルを両手でがっしりと握り、自分をコースの中へと引き戻そうとしていた。
今にもちぎれてしまいそうなほど、腕が痛む。これほど大きなバイクなのだ。走行したまま転倒しないように将気を精密に制御して、この重量を引っ張りあげるのは無謀でしかない。
「……捨てていけ…オレはもう……」
「馬鹿ッ!!勝手に終わらせんじゃねェ!!こっから本気になるんだろうが、オレたちは…お前も上がるんだよ…だから頑張れッ、松永ッ!!」
「……!」
今まで、言われた事がなかった言葉が…何十回も自分の心に反響する。
燻った黒い心が、その一言に払拭された。
頑張れ…だと?
「捨ててなんか行かねぇ……!二人で全力で走らねぇと意味がないだろうが…ぐッ…!オレは…決めたんだ…!!オレに進めと背中を押した人達を…大切なモノを…ッ、轢ッ殺しの過去を…!!全部ひっくるめて背負って、走るんだ…!その中には松永…お前も居るんだよ!!」
「酒井…お前…!」
「お前、すげぇよ…!痛ッ…!!何度もカッケェ走り見せつけられてさ…正直、オレが負けるって始めは考えてた。けどよ、松永…お前が引っ張ってくれたんだぜ。お前がオレの前に現れてくれたから…オレは一歩先に行けた。だから、諦めんな…!あとちょっとでゴールなんだ…一緒に…っ真っ直ぐ走ろうぜ…!!だから頑張って、上がってこいよッ!お前の相棒だって、まだ走り足りねぇだろ!?」
火進孤路は、止まろうとする自分の意思に反して前後のタイヤを懸命に回し続けている。
だが、"あの時"と同じように…前輪のフロントフォークが曲がって真っ直ぐに走れない。
「……そうか…お前は…」
お前は、止めてくれたんだな…火進孤路。
間違った道に進もうとしたオレを……
辛い思いを、させてしまったな。
だが、安心してくれ……
もう二度と、お前を止めさせはしないッ!
「負けて…たまるかぁぁあっ!!!」
全力で夢を追いかけたのだ。
追い続けて、追い抜いて……!!
自分も、その先を見つけたい!!
引っ張りあげられ、コースへと戻ると松永。
彼は喝を入れるかのように、前輪を高く上げ、後輪のみで走行をしながら10メートル先の電柱に向ける。
そしてタイミングを測り、強く前輪を叩きつければ、フロントフォークは元通りになった。
こんなもんか……否。
「もう、大丈夫だ。」
憑き物が取れた様子の松永を見て、早雲はにかっと笑う。
「…へへっ。おかげで将気もギリギリだよ。」
「だが、ここからが……!」
「ああ、こっからだぜ…!この一本道!!」
どちらか一人が勝つ、このライディング将武…
だが、いま二人の思いはただひとつ。
全力で……本気で…!!
「「ぶっちぎるぜ!!!」」
最後の一本道。旧校舎はもうすぐそこだ。
将気は底をつきかけ、ゴールまで残り500メートルをきった。
エンジンは唸りを上げ、鉛のような疲労さえも吹き飛ばす勢いで二人は疾走する。
雨のように落ちてきそうな星空のもと、双つの雲の決着が着く。
「これが…!!」
息も絶え絶えに早雲が叫ぶ。
迷うことなく、ただ走るのだ。
「酒井 早雲の……!!」
二人は将気も、体力も限界。
大切なモノを背負い、誠の心をもって走るのだ。
それが自分の…!!
「選んだ道だァアアアアアアッ!!!!」
ほぼ同着。勝者を選ぶのは、将気に反応し、家紋を映す地面に描かれたゴールライン。
先にラインに辿り着いたのは……
「はぁ……はぁ……」
「ッはー……ハァッ……」
シャボン玉越しに映された映像を見ていた長篠レディース達の表情にも緊張が走る。
「ど…どっちっすか?」
飛鳥が耐えきれず口を開く。
「わからない…でも、ほとんど同時だ…総長、勝ったのは…?」
皐月は早雲の勝利を信じた春風に声をかけた。
「…どっちが勝っても、おかしくない。これは……」
勝敗はゴールラインが決める。そこに映されたのは…
ラインが光り、家紋を大きく映し出す。
……丸に、片喰…!!
将武・酒井 忠次の家紋…!!
勝者…酒井 早雲ッ!!!!!
「……酒井…礼を言うよ。」
「こっちの、セリフだぜ…松永。」
二人はゆっくりと減速した。開いている旧校舎の門を潜る為だ。二人とも、アゲパンを解除して緩やかに進む。疲れきった声で、松永は早雲に対してこう言った。
「これでもうお前は…轢ッ殺しの名に縛られずに済む…な。」
「いや、捨てねぇさ。これはどうしたって、オレの過去さ。今のオレを作った道のひとつで、お前はオレが進むきっかけをくれた。…だから、お前に渡すことは出来ない。だから…背負って進むよ。」
「酒井……」
互いに健闘を讃えようとした…その時だ。
「それが、お前の選んだ道か。」
魔王の声が、焔とともに…厳かに響いた。
次回も尋常に…将武ッ!!
金糸梅の花言葉は「悲しみは続かない」。
片喰の花言葉は「輝く心」。
葵ヤンキーズの本気はここから!!
次回もお楽しみに!!




