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学パン!!  作者: ビビディ
23/30

将武その22「輝く心」前編


『南西より発生した超大型台風は、真っ直ぐ関東へと接近しております…金糸湾付近の地域に大雨、洪水、波浪警報を発令…東乱楠、仁双楠、佐荷足(さにたり)にお住まいの方々は……』


ここは、仁双楠のとある廃工場。

使われていた頃は、きっと多くの人がこの場で働き、汗水を流していたのだろう。

そこに響くのは、電波も悪くノイズだらけのラジオの音声と…



「台風なんか怖かねぇ!!台風負かすほどかき奏でてやらァーッ!!!」


大音量でギターをかき鳴らす音が響く。

彼女は、高い位置でポニーテールにまとめた赤髪を振り乱しながらヘッドバンキングをしていた。


甲斐女華二代目総長、武田 立歌。


工場の壁や天井に反響して、もはや雷の音かギターの音かも分からない。


台風が通り過ぎるまで奏で続けるつもりなのか、立歌は汗だくになりながら、演奏を続けていた。演奏とは言い難いものだが、それが彼女らしい音なのである。



「お館、嵐のように奏でる姿も惹かれるけどね、ほどほどにしておいてくれよ。(おれ)の可愛いハニーたちが驚いてしまうだろう…折角この子が勇気を振り絞ってくれた言葉が聞けなかったじゃあないか。」


歯が浮くような言葉が掛けられた。

立歌が視線を向けた先は、まるで天女達の艶やかな戯れ。


シャボン玉がひとつ、ふたつ。


ふわり、ふわりと。


みっつ、よっつ。


大きなシャボン玉の中に満たされた、きめ細やかな泡風呂。

その中で戯れる美姫に身体を清められているのは、浅黒い肌に紫がかったアッシュグレーの髪色の少女。

ロングウルフにカットされた髪は濡れた背中に張り付いて、水滴は柔らかな肌をつるりと滑って、泡の中へと消えていく。


鞠夏(まりか)お姉様、次は私が背中を流します。」


「だめ、抜けがけは許さないわよ。」


「あなたはお姉様の爪先を洗ったでしょう。」



(おれ)を取り合って可愛い顔で喧嘩なんかしないでくれ。君たち一人一人…等しく愛しくてたまらないんだから。」



駿河愚連隊(するがぐれんたい)総長、早川(はやかわ) 鞠夏(まりか)


それが、彼女の名前。



「たっ……ただいまっす〜…」


「お館、今戻ったよ。織田軍とアオヤンの抗争、落ち着いてきた。」


ビニール傘を閉じながら帰ってきたのは、長篠レディースだ。

濡れたルーズソックスを気にしている飛鳥を横目に、春風が立歌に現状の報告をする。


「なんかねぇ、みんな雨降ってからふにゃ〜って力抜けちゃってたよ。喧嘩しすぎて疲れたのかなぁ。」


「あたいたちも此処まで戻るのに一苦労だった…遅れちまってすみません、お館。」



「気にすんな。馬鹿デカい台風だからな、遅れたことは咎めねぇよ。まっ!アタシの器と、声ほどデッケェこたぁねぇがな!」


頭を下げた皐月に対して、立歌はガハハと豪快に笑い飛ばした。こんな雨でも、太陽のような笑顔だ。


「大変だったね、びしょ濡れじゃあないか…どうだい?一緒に入って楽しまないか、長篠の。せっかく同盟を組んでいるんだ。こっちに来て…私とも仲良くしないかい?」


疲れきった様子の春風達に声を掛けたのは、鞠夏だった。艶めかしく泡を纏った素足を出すと、生ぬるい風を肌に感じたようで、くすりと笑う。

濡れて頬に張り付いた髪をかきあげながら彼女たちを誘う鞠夏の様子に対して、飛鳥が苦虫を噛み潰したような顔で悪態をついた。


「お断りっすよ、ガングロスケコマシ女。」


「はは、ひどい言われようだ。せっかく新しいリップを塗った可愛い口が台無しだよ、飛鳥?」


「なっ、なんでわかったっすか!?」


「内緒さ。それより…面白いものを見つけたよ。」


泡風呂からゆるりと上がった鞠夏を、待機していた駿河愚連隊の女子達がタオルで優しく包む。綺麗に畳まれた衣服を持てば、彼女たちはしっとりとした柔肌に頬を染めながら着替えさせ始めた。


まずは薄紫のバックレースが映える将武パンツ。

レースの柄は、足利二引両…今川氏の家紋が、洒落ていて、仄かに赤い糸で繊細に編み込まれている。


その上に蒸し暑そうなレザーのボンテージパンツを穿く。ぴちりと肌に張り付く細身なデザインに、両太腿に巻かれたベルトが彼女のすらりと伸びた脚を主張していた。

トップスは大胆に肩と、鎖骨を露出したタンクトップに、ボーダー柄の大胆な肩出しカットソー。


そして肩に軽く羽織ったカーキ色のモッズコート。

濡れていたはずの髪はドライヤーをしたかのように完全に乾いていて、細い指先がさらりと髪をかきあげた。そして泡を手で掬い…


ふぅっ。


ゆっくりと息を吹きかけた。すると手から離れた無数のシャボン玉たちが集まって、人が一人入り込めそうなほど大きなシャボン玉が春風たちのほうへと飛んでいく。


七色に色を変えるシャボン玉には、ある景色が映り込んだ。

それは春風が、よく知る人物。


「酒井…!それに……アイツたしか、平蜘蛛の松永じゃないか…!!」


「こんな台風の中、ライディング将武とはね。向こう見ずなのが、男の良いとこでもあり悪いところだが…お館?」


「……アイツだ、アタシの大事な仲間をやったバイク乗り…!春風、轢ッ殺しを名乗ってたのはアイツに間違いねぇ…!!」


立歌は厳かに目を細めて、歯軋りをする。

眉間に皺を寄せて怒りを主張する立歌の隣で、春風が踵を返した。


「おわっ、春姉さん!?」


「春ちゃん、外に行ったらあぶないよぉ!」


「黙って見てられるか!!酒井の助太刀に行かねぇと…!」


「ダメだ、春風。」


春風を制したのは立歌だった。

その声色は厳しく、しかし春風を思って発した言葉。


「お館……でも!!」


「一度始まった男の勝負に、女は出しゃばっちゃあいけねぇ。それに…ライディング将武の掟を忘れたなんざ言うんじゃあねぇぞ。」


「ライディング将武はレース中、将武使い同士による妨害のし合いはお咎めなしだが、乱入はご法度…馬場、気持ちはわかるが…行かせるわけにはいかない。」


続いて鞠夏が春風を宥めた。

このライディング将武は、すでに早雲と松永、二人だけの戦い。

想いを寄せる大切な者であっても、その法を破ることは許されない。


「……わかってるよ。」


春風は拳を強く握り、眉間に皺を寄せながらシャボン玉に映る戦いを見届けることにした。




大粒の雨が、全身を叩く。


グローブを付けた自分の手が、酷く重く感じた。


全身で感じる相棒の振動。

ひたすら前に進むことで過ぎ去る景色は、色を感じられなかった。


早雲は、ただがむしゃらに獲飛巣喰で松永と並んで走っている。

全ては勝つ為に…そうしなくては、自分の親友を傷付けてしまう未来が待っている。

それなのに、未だに答えはどこに在るのか…ずっと探しているとは…

覚悟は出来ている。

だから、勝たなくてはならない。

勝って、自分は轢ッ殺しの名を……


この忌々しい名を捨てるのだから!!


気を抜けば、雨にタイヤをとられ転倒しかねない悪天候。カーブを曲がるには細心の注意が必要だ。


金糸湾のコースは、ライディング将武において基本が多く詰まっている。


体力と気力を奪うような急カーブが多いが、急な斜面は無い。

将武使いの性能を活かせるように通路自体は幅が広く、端を陣取れば確かにスピードにおいては有利になるが、妨害を受けやすくなる。


「考え事などしてる場合か、酒井。」


松永はバイクごと身体を傾け、そう冷たく言い放つ。


「なっ…!?」


最初のカーブを、まるで蛇の口に吸い込まれるように…転倒ギリギリのコーナリングで曲がっていく…!

ほぼ地面と平行に走る松永と、火進孤路の走りに気を取られ、早雲は一気に引き離されてしまった。


「くそっ…追い付かねぇと…!」



「追ってこい、酒井…過去を超えたいのなら…オレを抜いてみせろッ!!」




「あの雨の中で…あんなコーナリングを…!」


二人の戦いを見守る仁双楠の女ヤンキー達。

春風は松永のライディングテクニックに驚き、目を見開きながら冷や汗を拭う。

そんな彼女に対して、立歌が疑問を投げかけた。


「春風、ひとつ聞くが…なんでお前、あいつを知ってるんだ?平蜘蛛の松永と、お前は言ったな。走り屋の間じゃあ有名なのか?」


「たしか、平蜘蛛高校はスポーツではトップクラスの高校だったね。ヤンキーとはほとんど無縁と言ってもいいほど。今じゃ寂れて影もなく、タチの悪いヤンキーばかりがのさばってるが…馬場、教えてくれるかい?」


春風は、立歌と鞠夏の疑問に静かに応える。


「…松永がヤンキーになったのは、本当につい最近のことらしいんだ。お館と長尾が東乱楠に攻め込んでいた時の事だ。…私が到着する直前に、無人の巨大バイクが、あちこちのヤンキーに喧嘩を吹っ掛けてライディング将武をしてるって噂を聞いた。」


始めに聞いたのは、春…新学期が始まって間もない時だ。

特に評判の悪いヤンキーの集団が平蜘蛛高校に攻め込み、返り討ちにあった話。

素行も悪い彼らは、自分の居る学校に泥を塗られたと言い、部下を集めて暴れようとしたが…たった一人の将武使いに全滅させられたらしい。それが、松永だった。


「その時に巻き添えをくらった平蜘蛛の生徒たちのなかには…今でも不登校の者もいるそうだ。」


「自分と同じ学校の連中まで…なんて奴だ。」


鞠夏が嘆息する中、春風は続けた。

問題は、そのあとの噂。


無人バイクは必ずスタート地点として平蜘蛛高校を選び…金糸湾までの湾岸道路までをコースにしている。


ライディング将武をしたヤンキー達は、バイクに乗っていた男の手によって炎に包まれ、絶叫を上げながら敗北したという。

だが全員…火傷など一切負っておらず、悪くて転倒した際に足を折った傷しか見つからない。



焼かれる直前、巨大バイクから突如として現れた走り屋の姿は、黒いキャップを被った男だった。

煙のような黒い蜘蛛の群れから自分を冷たく見下ろす男の瞳は、凍てついているようで、しかし内側は熱く燃えているようであったと言う。


ヤンキーで、黒いキャップといえば……織田軍で名を挙げていた酒井 早雲。通称、轢ッ殺しの酒井くらいだ。


東乱楠では轢ッ殺しが帰ってきたと恐れていたヤンキーも居たが…違う。


もう一人の轢ッ殺しが…生まれていた。


幻の炎に焼かれ、叫び悶えながら愛車から転げ落ちる者を無慈悲に見下ろす蜘蛛…


漆黒の焼煙(しょうえん)

()転死(ころし)…松永 八雲だったのだ。




この日を待っていた。


今日はオレにとって最高の日で、お前は最悪な気分なのだろう。


燃えることの出来ない雨の中。

今日こそが決着の日。


お前は(なまえ)を棄てると言い、過去を否定してきたのだろう。


だがそんなことは許しはしない。

決して逃げられないし、逃がしはしない。



「酒井…お前の力を見せろ。オレを倒せるほどの力が、お前にはあるんだろう!」


激情を言葉にする松永。

彼は火進孤路を走らせながら両手をハンドルから離し、濡れたレザーパンツの中へ手を入れた。

その動作を、カーブを曲がりながら松永に追いついた早雲はすぐにそれが何なのかを察知した。



「このタイミングでアゲパンか…!なら…!」


早雲もまた、ズボンの両サイドへと手を入れ…アゲパンを発動する。




…はずだった。




「……なっ…!?」


…将武が、上がらない!?


それどころか、重い。まるで鉛を身につけているかのようだ。いくら力を入れても、将武・酒井 忠次は上がらない。


「畜生っ、なんで…!!」


焦る早雲の視界を、暗雲が遮った。

前方から猛禽が鳴き叫ぶような音と共に…八つの視線を感じる。

ギャリギャリとこちらへ方向転換しながら、漆黒の巨大バイクはギロリと睨み付けていた。


(くら)い積乱雲に乗って、大蜘蛛が現れた。


将武・松永 久秀……




「将武は心の在り方で使い手の限界を決める。……今のお前はどうだ?」


「……!」


「半端な覚悟で挑むなと言ったはずだ……迷いは無いと口で言っても、将武は貴様の心を鏡のように映すのさ。あまりオレをがっかりさせてくれるなよ…!!」


八つのヘッドライトが、早雲を見据える。

マフラーから噴き出した将気を含んだ黒煙が、雨粒すらも黒く染めあげた。

松永が走った場所は焦げたような軌跡がコンクリートに刻まれていく。


火進孤路は前輪を持ち上げウィリー走行を始め、前輪を二度目のカーブに張られた防音壁に叩きつけると、そのまま壁を走り…飛び上がった!


弾丸のように黒煙が飛ばされ、早雲は身体ごと獲飛巣喰を傾け、回避する。

あの煙に触れてはいけない。

早雲は直感的に、松永のアゲパンによる能力を推察した。


「…なんでだよ…まだ…迷ってるってのか…オレは…」


重い……


将武だけではなく、身体が…獲飛巣喰が。


自分の中にあるモノの正体は既にわかっている。


恐怖――。


轢ッ殺しの名は、自分が勝てば捨て去ることだってできる。負けても、この名は松永が受け継ぐ。


なら、何を恐れている?


思考が追いつかない。心臓は何かに締め付けられているようで、鼓動は確かなのか、不明瞭だ。


わからない。

何が怖くて、オレは……



「…ああ、そうだ。」


傷つけてしまうことが、怖い。

自分の為にこれ以上誰かが傷付くのは…


事故を起こした時…

自分が犯した罪に対して、早雲の母親は一言も叱りもせず、普段通りに接した。

平気なわけないだろうに、早雲の事情を聞いて、強く叱ることをしなかった。

織田軍も、早雲を咎めたりはしなかった。


けれど、早雲はそれが嫌で堪らなかった。

いっそ殴って、怒って欲しかった。


父親を死に追いやった暴走族たちがのうのうと

生きていて、楽しそうに我が物顔で町を走る姿を見て、恐ろしい感情が芽生えていなかったとは言えない。


謝らせて、その後どうするつもりだったのか…

考えるだけでも怖気が走る。


それだけ恐ろしいことを考えてしまった自分を、馬鹿野郎と言って怒って欲しかった。


気持ちは分かってる。大丈夫だから。


そう口にしておいて、傷付いて辛い思いをしている母親の姿が嫌だった。


何も言うなよ、酒井。辛かったんだろう。


やめてくれよ。

わかったフリして、辛そうな顔をしないでくれ。織田軍にも迷惑をかけて、何も言わずに抜けちまったのに。


轢ッ殺し。


そんな名前、いらない。


過去の罪は、消えはしない。


ならどうしろっていうんだよ。



……なんて、重い。


一人で背負った罪が、決意も身体も鈍らせる。








―――前を見ろ。



「えっ……?」


今のは、誰の……


そう考えるよりも先に、一気に自分の顔から血の気が引くのを感じた。

あの時の……子供?なんでこんな所に。


いや、ちがう。避けなきゃ。止まれ。いや、止まったら…


…ちがう、曲がれ、曲がらないと…!!


「かかったな…それが、お前の弱さかッ! 」


子供の形をしたそれは黒煙となり、早雲を絡めとる。まとわりつく黒は、腕で振り払っても逃れることは出来ない。


幻を見せる黒煙。それは早雲の心の弱さをダイレクトに映し、獲飛巣喰を減速させ、松永の術中に嵌る要因となってしまった。


「オレの勝ちだ、酒井…残念だったよ。お前の本気を見ることも無く終わるのがな。」


そしてアゲパンを解除し、煙の中から現れたのは、ひどく落胆した表情の松永だった。


「ぐ……松永っ…!!」


松永は片手を高く上げ、勝利宣言の如く右手を上げ…中指と親指を合わせる。


「俺が掴みたかった夢……こんなものだったとはな。」






――パチン!!


「ぐぁああああぁあああッッ!!!!!」





次回も尋常に…将武…!!


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