将武その18「逆襲の鬼武蔵!!」
嵐の前…泣き出しそうな雲が運ぶ湿った風。
吹き始めた風を止めることは、誰にもできない。
東乱楠高校では、蜂須賀 転助と三河 忠勝。
町中では、織田軍と葵ヤンキーズの傘下たち。
旧校舎では、榊原 村正と羽柴 夜一郎。
戦嵐乱れる東風の中。
魔王の焔と黄金の光は相見えた。
「久しぶりだな、葵。」
「……織田。」
彼にとっては、再会。
彼女にとっては、これが初の…対面。
織田 忠光と、葵 千代子。
織田軍筆頭と、葵ヤンキーズ総長。
千代子の脳裏に、常にのしかかっていた男の存在…
「永吉から聞いたぞ。オレとタイマンを張りたいってな。」
"織田とタイマンを張りなさい。そうしたら、認めてあげるわ。"
千代子は、榊原の言葉を思い出す。彼と戦い、勝てば自分を認めると。
忠光を倒せば…早雲は、"轢ッ殺しの酒井"として彼のもとに戻ることも無い。
「忠光さん…ッ、オレは戻る気はねェんだ。もう、あの名は…」
「捨てたとは言わせないぞ、酒井。」
早雲の言葉を遮りながら、排気音と共に現れたのは、松永 八雲だった。
ブレーキをかけて、バイク…火進孤路から降りた松永は、厳しい眼差しで早雲を見据える。
「言ったはずだ。お前のその名は…罪は、決して捨て去ることなどできない。走り屋のお前ならば分かってるはずだろう。どんなに速く走ろうと、振り解けないモノがあると。」
「……やめろ。」
早雲は、半歩後ずさった。
知っている。わかっている。
逃げても逃げても、走っても走っても。
ピッタリと自分の後ろでは、自分が犯した罪がついてきている。そんなこと、わかってる。
それでも、松永へ向けて早雲は『やめろ』と口にした。
「いつまで…どこまでお前は、罪も誇りも煙に巻くつもりだ?」
「やめてくれ。」
「迷いも無く、ひたすら誰も寄せつけずに走っていたお前はどうしたんだ。轢ッ殺しの酒井としてのお前は…」
「もうやめてくれッ!!」
早雲が声を荒らげるのと同時に動いたのは、千代子だった。自分より頭一つ分ほど背の高い松永のライダースジャケットの襟を掴み、その頬を殴り付けると、松永はよろめきながら切れて血の伝う口の端を拭った。
「いい加減にしろよ…お前!!」
「…タケさん……!」
「お前に、早雲の何がわかる!?オレの為にバイトほっぽり出してクビになってでも力になって…オレを助ける為に必死こいて走ってきてくれた早雲のなにが…!!」
「…それは、早雲の大切なモノを知ってて言ってるのか?」
松永へ怒りをぶつけていた千代子に、そう言葉を発したのは忠光だった。
「お前がさっきそいつに言った言葉…もう忘れたか?仲間の大切なモノまでは守れないなんて言うなよ、葵。」
「……!!」
早雲の、大切なモノ…
そんなことわかっている。
本当に……?
不意に胸の奥で揺らめいたのは、自身に対する疑念だ。
ひたすら無言で、獲飛巣喰を汚した落書きを拭く彼を、見ていられなくて…買い換えようと言って、早雲は怒った。
泣きそうになりながら、怒った。
そして迫り来る忠光の拳。千代子は、それを掌で受け止めるが…灼けるような痛みに小さく呻く…!!
「ぐ、熱っ…!!」
忠光の炎の様に揺らめく瞳に、千代子の姿が映る。彼は消え入るような無表情だったが、その目は確かに闘争を求めていた。
「来い…お前の本気を見せてみろ。」
「言われなくても…ッ!!」
千代子は拳を握り、忠光の顔面を殴りつけようとするが、彼はその拳へ向けて頭を振り…頭突きを叩き込んだ。
ゴッ、という音と共に千代子の拳は確かに忠光の額を捉えた。しかし忠光は痛みに顔を歪めることなどなく、その双眸で千代子を静かに睨みつける。
まるで、痛みなど感じていないと言わんばかりに…
「痒いな。」
その一言だけ呟き、忠光は千代子の鳩尾に深く拳をめり込ませる。
焼きごてを突き立てられたかのような痛みと熱で、千代子の視界がぐらりと揺らいだ。
「タケさんッ!!!」
揺れる視界の中…早雲の声が、河原に虚しく響く。
その頃、新聞部室では電動ノコギリのような羽音が、哄笑と共に室内に響き渡っていた。
「フハハハハハハハッ!!どうだ三河ッ、この完全究極態・アルティメット転助の力ッ…そしてスピード!!お前が将武を持っていればワガハイを視界に捉えられただろうなぁ!?」
「くっ…速すぎて見えねぇ…ぐああっ!!」
新聞部室内を縦横無尽に飛び回る蜂須賀の猛攻によって、忠勝はされるがままにダメージを受け続ける。声は聞こえても、視界に蜂須賀を収めることが出来ないのだ。
すれ違いざまに鋭く伸びた爪が、足、肩、腕、頬を掠め、無数の切り傷を作っていく。
自分にも……自分にも将武があれば…忠勝は悔しげに歯軋りをしながら痛みに表情を歪めた。
「所詮、将武も持たず喧嘩もまともにした事の無いお前じゃ何の役にも立たんのさ!ワガハイのように力も知識も兼ね備えた者でなければここでは生き残れないんだよ、三河ァッ!」
違う、自分は将武が無くても立ち向かうと決めた。力がなくても、弱くても…!!
「将武なんか…無くても…!!オレはッ…!!」
「無ゥゥ駄ァァァなんだよォっ!!」
蜂須賀の蹴りが顔に当たり、忠勝は部室のロッカーに背中を強く打ちつけ、座り込む。
やはり無理なのか……無力な自分では、彼を止めることも……ずるずると身体から力が抜ける。立てない…でも、諦めるな。
逃げようなんて気は微塵もないのだ…!!
立て……動けよ、動け。動け。動け。
動け…バカにされてるのに、このまま寝ていられるわけねぇだろ!!
「ふん、所詮このザマか。無力な腰巾着の割には粘ったんじゃあないか?……さぁて、ワガハイもそろそろ……あァ?」
踵を返し、蜂須賀が部室を出ようとする…が、腰に重みを感じ、彼は下を見下ろす。逃がす訳には行かない、と……忠勝が蜂須賀にしがみついていたのだ。
「……」
「行かせ…ねぇぞ…お前みたいな卑怯者なんかに…葵ヤンキーズは穢させねぇ…!!!」
「……チィ。だから、無力だと言ってるだろうが、お前みたいな…」
蜂須賀の言葉を遮り、忠勝は怒号を上げた。
「腰巾着じゃあねぇ!オレは三河 忠勝だッ!!次またオレを馬鹿にしてみろ、お前をもう一度ぶん殴るぞ!さっきの何百倍も強くぶん殴るからなッ!!」
傷だらけの顔で自分を睨む忠勝の視線と気迫に気圧された蜂須賀は、眉間に皺を寄せながら歯軋りをする。
ふざけるな、こんな無力な…同じクラスの…世間話程度しかしたこともないような奴に、自分が気迫で圧されることなど、あってはならない……
"アタマがいいってことは…なんでも出来るようになるってことだろ。腕っ節が強いより大したもんじゃあねぇか。"
カシラ……織田 忠光が、蜂須賀に対して過去に言った言葉を思い出す。
自分は織田軍を守れればいい……
その為に、自分は知識を…力を得たのだ。
卑怯者だって?なんとでも言え…でも、無力なお前の口からの言葉は、もっと無力だ!!
蜂須賀の激情は、自然とその身体と、口を動かした。
「……だ、黙れっ!!口だけ達者でも無意味なんだよバカがッ!!…ワガハイはお前みたいな無力でいるのが嫌だから、なんでも出来るように努力したんだ!!将武を得て、強くなって!
ワガハイを変えてくれたカシラの言葉通り、『なんでもできるように』なれたんだッ…!!カシラの為に卑怯だと言われるような事ができるのは、なんでもできるのはワガハイだけでいい!!他の奴らにできるもんか……!!させるもんかよ!!夜一郎にも…森にもなぁ!!!」
蜂須賀は忠勝の頭に何度も、何度も肘を叩き込み、腕の力が緩むと、髪の毛を掴んで胸を蹴り飛ばした。忠勝の身体は部室の入口まで転げ、苦しげに咳き込んでしまう。蜂須賀は、忠勝にトドメをさそうと近付いた。邪魔をされぬように、せいぜい気を失わせるだけでいい。頭の中で忠勝への攻撃をイメージしながら、蜂須賀は歩き出す。
その先に、逆襲の為に馳せ参じた朱鬼がいるとも知らずに。
「な…っ…!?」
蜂須賀は、大きく複眼を見開く。
「……オレ゛が……な゛んだって……?」
血に塗れ、焼けた手で鉄パイプを引きずる朱鬼をその眼に映す。
「……ば、かな……お前…!!」
生きていることは分かっていた。将武使いであれば、あのような爆発でも生きている。生きているのは確かだから、蜂須賀は理科室を爆破できた。
せいぜい、動けなくなる程度。動けなくする程度の……はずなのだ。
「森……お前…」
「ぐ……ゲホッ…引っ込んでろ゛。」
鬼武蔵、推して参る…!!
どんなに鍛え抜かれた戦人でも…
自分が一気に不利になった時まで、冷静でいられるのはひと握りの者だろう。生半可なヤンキー同士、喧嘩での殴り合いであれば、なおのこと。
しかし、ヤンキーでありながら熟練された戦士ならば、どうなるか。
「ぜぇぇえりゃあああぁあっ!!」
東乱楠旧校舎に、戦猿の雄叫びがこだまする。
高く飛び上がった夜一郎のゴルフクラブによる兜割りに対して、榊原は回避を選択した。
足の母指球で身体を押すように、まずは左へ。続いて着地した夜一郎のこめかみへ向けて、榊原は右足を突き出した。
「そんなでかい攻撃当たんないわよ!」
突き刺すようなハイキックを、ふっと小さな呼吸音共に繰り出す榊原。夜一郎はその巨躯を屈めてかわし、榊原の膝を下から上へ、持ち上げるように掌底を当て、後方へ転倒させようとする。
「なっ…!」
「なら当てるだけだぜ。」
夜一郎は、バランスを崩した榊原を自分から見て右側へ吹っ飛ばすようにゴルフクラブをスイングしようとするが、そうはさせない。
「くっ…!!」
榊原は鼓帝架を伸ばし、夜一郎に攻撃を繰り出そうとした。この至近距離なら、かわすことなどできまい。ゴルフクラブより、自分の将武が伸びるスピードの方が速い。将武・榊原 康政の刺突なら…!
「来ると思ったぜ、その攻撃ィ!」
夜一郎は、小癪にも伸びた鼓帝架にゴルフクラブを絡ませた。鞭のように鼓帝架に巻きついた鉄棒はしっかりと固定され、腕力のみで引っ張りあげると、榊原の身体は宙に浮いてしまう。
羽柴 夜一郎の将武……豊臣秀吉の力だ。
将気を流し込んだ物質に、ゴムの性質を持たせるといった、一見地味な能力。しかしその能力一本のみで、彼は織田軍の大きな戦力となったのだ。
「オラァッ!!ゲッチュ!!!」
鼓帝架を絡めとったまま、力任せに榊原を地面に叩きつける夜一郎。
ゴルフクラブはパチン!という音と共に元の真っ直ぐな金属棒に戻って、榊原はうつ伏せに倒れる。
「バラさんっ!!」
「強え…あのバラさんを地面に…!それにアイツ…腕っ節だけじゃねぇ。将武パンツの能力をあんな風に応用するなんて…!!」
宇佐見と樺地の心配そうな声。しかし、まだ勝敗は決していない……
夜一郎はすぐさま後方へと飛び退くと、地面から触手のようにうねる紫色が突き出してきた。
榊原が地面に鼓帝架を刺して、夜一郎の足下まで伸ばしたのだ。
「紫込みかッ…だがなぁ!!」
大地の芽吹きのように地面から次々に榊原 康政が突き出て夜一郎に襲いかかる。
自慢のリーゼントを掠めると、夜一郎はニカッと笑った。白い歯を見せ、好敵手との戦いを楽しむように。
夜一郎は、脇差しのようにさした金属バットを抜いた。
将武・豊臣 秀吉の能力で、バットにもゴムの性質が与えられる。
二刀流か。榊原は態勢を立て直し、鼓帝架に付いた砂埃をふるい落としながら、舌打ちをした。
「へっ、常にアゲパンしてるだけあってやるじゃあねぇか、村正。」
「……イラつくわね、ホントに!」
地面を蹴ったのは、ほぼ二人同時。
横薙ぎに振るわれた金属バットが風を斬り、榊原の肋に襲いかかる。
しなるバットに対して、榊原は鼓帝架で応戦するが、ゴムの性質を得たそれは凶悪な威力であった。だが…止められればいいのだ。この攻撃を。懐には、充分に入れた!!バットを持つ夜一郎の腕を、力強くホールドすることが出来た!!
続けて榊原の肘打ちが、夜一郎の顎先を掠める。夜一郎がすぐに体を仰け反らせて回避をしたのだ。だがそれでいい。仰け反って自分側に近付いた彼の腹に、榊原は拳による連撃を加えた。
風船を割るようなパンチの音が、旧校舎に響き渡る。
武器を落とすまで攻撃を辞めるな…
でなければ次がくる。
当てろ、当てろ!!当て続けろ!!!
さあ、お前が一番ムカつく顔が近付いた!!
「フック……ハンマー…!!ストレートッ!!」
口に出した言葉とは、違う技を繰り出し始める。順番なんてない。だから、ただ当てろ!
ハンマー、ストレート、フック、ストレート、アッパー、アッパー、ハンマー、ストレート!!!!
羽柴 夜一郎の顔に、全てを、叩き込め!!
また仰け反った。後ろでバットが落ちる音も聞こえた!!
次に態勢を立て直した時に顎先に思いっきり…!!
「えっ……!?」
榊原の拳が、夜一郎の頭突きに押し負けた。ただ、その勢いまかせの一撃のみで拳が痺れるように軋む。
そしてホールドされた腕が緩むとそのまま、夜一郎は推し貫くようなキックを、榊原の鳩尾に叩き込んだ!!
「アッ…ー…が…っ!?」
「ぶっ飛べ、やぁあっ!!」
鉄板仕込みの靴が、将武の力でゴム化した。そして勢いよく戻ろうとするゴムの力が、榊原の腹をきつく抉り込む。
ボヨンッ!!という音と共に、榊原は木に背中を叩きつけられた。
そして、雨は降り出す。
「森……き、貴様…!」
「お前……そんな傷でここまで…!!森、こいつは今のお前でも流石に……っ!」
新聞部室に現れた永吉の裂傷は、凄まじいものであった。全身を覆う火傷と、切り傷。爛れた手には、それでもなお握りしめ続けている鉄パイプ。
「下がっ……てろ゛…ミ、ガ…ッげほっ、三河…」
忠勝の学ランの襟を引っ張り、立ち上がらせると短く永吉は焼けた口の中の痛みを感じながら言った。それに、忠勝は従う事にする。
なんとなくだが…逆らったことをすれば、恐ろしい未来が待っている。そんな気がしたのだ。
自分の顔が、鼻をへし折られ、痛みに転げ回る姿が、脳裏を過ぎった気がしたから。
勿論、カタギ……一般生徒には決して手を出さない永吉は、そんなことはしないだろう。通常であれば、の話だが。
蜂須賀に殴られ、刻まれた傷の痛みに顔を顰めながら、忠勝は部室から離れた。比較的安全であろう廊下に、彼は出ていく。
忠勝が離れると、永吉は膝をついてしまう。爆発によるダメージは、たしかに将武使いでなけれは、即死は確定していただろう。動くことなどもってのほかだ。
将武使いである永吉をターゲットにしたからこそ、この作戦を実行出来たということでもある。それは蜂須賀の確信だった。
「……ぐ、くそが……ッ!!」
ここまで来ただけでも、失神するほどの痛みを味わい続けてきただろうに…ほとんど気力のみだろう。蜂須賀は膝をつき、しゃがみ込んだ永吉を見て、まだ自分は優位なのだと安堵した。
その内心には、永吉の無事、というものも含まれてはいたが……それは今はどうでもいい。
「まったく、恐れ入ったぜ森。ここまで来ることはワガハイも想定はしてなかったよ、ビックリさせてもらった。だが…虫の息じゃあねぇか?ヒヒッ、ああ。いま虫なのはワガハイか。」
「……」
「お前に今動いてもらっては困るんだよ、森。ここまでワガハイを倒そうと、その体に鞭打って来たことは褒めてやるが……カシラの片腕であるワガハイの計画の邪魔であることには変わりはないんだよ。」
「カ……シラ゛……」
蜂須賀は近付いて、左手を伸ばした。トドメをさしてやろう。勝ち誇った顔で、彼は饒舌に言葉を連ねながら永吉の第一ボタンまで締め切った学ランの襟に、手を、伸ばす。
「織田軍の為……ワガハイの為にな。お前には少しの間沈んでもら……」
ガジュッ。
「な…ッ…あ゛ッ…!?」
手に、穴が空いたのではないかと思うほどの激痛が走った。
親指以外の、四本の指が…永吉の口の中に収められている。
こいつ、噛んでいる。え、噛まれた。噛み付いて、噛み、噛んでッ…噛み付かれた!?
痛い。痛い。歯が食い込んで、痛っ、骨、骨届いた?犬歯が骨を削ってるみたいに、待て、冷静に、考えろ、いたい。考え、痛っ、い。考えて。噛まれてる。待て。待て。まて。まて。まてまてまてまてまて骨、まてまて痛いまてまて。待て、待てっ!!
「あっ、ぎ……いっ…いいいっ!?」
蜂須賀の指に噛み付いたまま、永吉は、小さく、呟く。
「悪……威…歯。」
オイシ……?は……?美味し……って。
グリン。視界が回った。床に頭、ごつって、痛っ、いやだいやだまてまてまてまて、痛い痛い痛い痛い。手。噛んで、はなせ。離せはなせはなせ!!!!
「ぎゃぁああああっ!!!やめろっ、離せ!!はなせぇっ!!!」
組み伏せられ、うつ伏せになった自分に、永吉が乗った。自由になった噛み付かれた方の手は歯に皮膚を噛みちぎられ、うすらと骨らしきものが見えている。ぎちぎちと動かそうとすると痛くて痛くてたまらない。パニックな頭のまま、蜂須賀はじたばたと暴れもがいた。
また噛まれた。み゛ぢぃっと。今度は将武に生えた羽。究極変態によって得た蜂の羽に、永吉は食らいついた。
力が抜けていくのと共に、思考がクリアになるのを感じた。まさか……まさかまさか……こいつ…!!
「わっ、ワガハイの将気を…ッ!!!貴様っ…離せっ!!くそっ!!離せと言ってるんだ!!」
蜂須賀は身体を捻って、羽に噛み付く永吉の頭を何度も殴る。ヌルついた血が、爛れた皮膚が、拳越しにひどい感触を与えた。
永吉の怪我は、常人であれば即死してもおかしくない怪我だ。
蜂須賀を止める為に、ここまでの傷を負っても歩いてきたのだ。だがそれは、みるみると治っていく。きっと、彼の……永吉の能力、悪威歯によるものだろう。将気を奪い取り、傷を癒すのだと、蜂須賀は推測した。
嗚呼…よかった。
……
待て、待てよ。
……何を考えている…!?よかっただと!?
こいつに今動かれたら計画が…織田軍復興の為の……計画が!!!
決意を鈍らせるな!!罪悪感を持つな!!
こんな単細胞に…邪魔をされてはいけない!!
こんなやつに…今の腐った織田軍は……これ以上は……
畜生、畜生畜生……!!
これ以上将気を吸われるな…!!
考えろ、考えろ!!打開策を!!
「ワガハイ、は……なんでも出来るように、なれたんだ…!!」
一体なんのためにここまで……!!
罵られても、辛くても、耐えてきたんだ。それをここで阻まれたらッ!!
"お前は俺と違ってよ、頭良いからさ。"
……?
"カシラや、今の織田軍は昔っからのダチであるお前に任せるぜ。俺がいない間、カシラを守ってくれ。なんでも出来るようになったお前なら、なんでも任せられる。"
ああ、そうさ。ワガハイはなんでもできる。
"だからよ…どんなに誰かに卑怯だと言われても、俺はお前の仕出かすことは、胸張って正しいって言い通す…だからよ、胸張って…テメェを貫き通せ。転助……"
夜一郎……わかってるさ。
「ワガハイ、は…間違っていない…ッ!!」
夜一郎……なんで今、この言葉を、お前の言葉を思い出すんだろうな。戻りたいさ。一番最初に。お前だって、きっとそうなんだろう?
ああ、畜生。もう後戻り出来ない所まで来てることは分かっている。わかっているんだよ!!
貫き通してやるさ。何があっても……誰が相手でも……!!
"織田軍を…俺たちの大切なモノを、絶対に守り通そうぜ。"
「く…ッ…ワガハイは…オレはァッ!!!」
「……ッ!!」
蜂須賀は身体を大きく捻り、噛み付かれボロボロの手で、思い切り永吉の顔…最も火傷が酷い箇所に手の甲をぶつけた。将気により圧縮し、爆発させた空気で、速度と威力を増した攻撃は、永吉の焼けた口内を外側から叩く。
ブチブチという音に合わせて、蜂須賀の腰に激痛が走った。将武から自分の皮膚、筋肉に癒着した羽が片方ちぎれたのだ。
「はァッ…ぎ…はァッ痛…ってぇなぁ!!」
続けて小さな空気弾を部室に落ちていた画鋲入れに当て、爆発させることで中の画鋲を永吉へ発射させるが…永吉は全てを鉄パイプで薙ぎ弾いた。
「……」
痛みに呻く蜂須賀の声を聞きながら、吐き捨てられた羽。鬼武蔵はギロリと、改めて蜂須賀を睨みつける。
「蜂須賀…テメェはよく、自分こそカシラの片腕に相応しいっつったよな……」
「……ッ!」
「片腕しか担えねぇ奴に、カシラを任せられるかよ……ましてや、誇りも捨てちまったテメェには、な。」
歯軋りが聞こえる。蜂須賀の口からだ。唇を噛み、端から血が伝う。
「貴様ッ……!!オレが、どんな思いで…!!」
「今更な…遅ェんだよ。何人も、何十人も…この手で叩きのめしてきた。カシラの名前を借りて、馬鹿やってる奴らを。蜂須賀……テメェもそいつらと同じになっちまってるじゃねぇか。」
永吉は続ける。
誇りを捨て、迷走する彼だけは…どうしても許せなかった。
酒井 早雲への行いも、仁双楠三天女の事件も…
なぜ、お前は正当な回り道を選ばなかったんだ。
姑息で、卑怯な……罵られ、後ろ指を刺されるような近道を…どうして選んでしまったのだ。
わかるさ、今なら。
ドブのように腐った味の将気を吸ってる間に、お前の真意はわかった。
見せたくなかった。
入ったばかりの永吉に、永吉だけでは無い。織田軍を知り、憧れ…傘下となった織田軍の新たなヤンキー達に……これ以上腐った内情を見せたくなかった。
「今なら理解ができるさ。だがな…」
永吉は、鉄パイプを蜂須賀へ向け、宣言する。
「テメェがオレに付けた傷が、絶対に許すなって、訴えるんだ。だから蜂須賀……逆襲は、ここからだ。」
雨は強く、強く…叩きつける。
烈風よ、吹き荒れろ。激情と共に。
こんな所で、止まっていてはいけないのだから。
「オレが終わらせなきゃいけないんだ…!!何を言われても、誰が相手でもッ!!…誇りだとか、綺麗事だけじゃあ守れないんだよ…大切なモノはァッ!!!!」
鬼武蔵よ…今こそ逆襲の時!!!
いざ尋常に……将武ッ!!!!
「……」
険蜂術数、蜂須賀 転助。
鬼武蔵、森 永吉。
織田軍の二人が繰り広げる激戦を、忠勝は見ていることしか出来なかった。
自分に力があれば、もっと変わっていたのだろうか。無力な自分が何かをしようとしても……自分では、千代子の助けにはならないのだろうか。
誇りや、綺麗事だけでは守ることなどできない。
「オレにも……力があればいいのに。」
誰に宛てたわけでもない忠勝の言葉は、二人の騒音にかき消された。
永吉は鉄パイプを机に引っ掛け、部室内を飛び回る蜂須賀へと投げつける。当たらずともいい、的を絞るためだ。
縦横無尽に自分へ更に傷を負わせながら反射するスーパーボールのように、蜂須賀は飛び続けていた。
「なぜだ……ッ!!なんで倒れない…ッ!!」
何度も何度も、蜂須賀の攻撃は永吉に当たっている。皮膚を抉り、引っ掻いて、掻き切って、究極変態で得た鋭い爪は赤く濡れる。
これだけの攻撃を受けて…なぜ、倒れないのか。
「オレの将武は計算外のようだなぁ、蜂須賀ァッ!!!」
焼けた鉄のように、鉄パイプは紅く、朱く熱を持つ。あれは……蜂須賀も何度も目にしていた。やられるわけにはいかない……!!
自分は、織田軍を守るために……ッ!!
なんでもできる……だから、お前にだって勝てるんだ…!!勝たなくてはならない!!
お前なんかに……!!
「お前なんかに…ッ!!負けて…たまるかぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
蜂須賀は将気を大きく暴発させ、残った羽に溜め込んだ空気を爆発させることで、流星のように永吉へと突進する。
「火獣ッッ!!!!」
永吉も、自身に炎を纏わせて真っ直ぐに蜂須賀へと突進した。治癒した皮膚がさらに焼ける感覚は、その痛みは……永吉の将武が際限なく力に変えてしまう。
鬼武蔵……将武・森 長可の、真の能力。
それは、使用者が傷を負う代わりに、身体能力を大きく強化し続けるのだ。痛みで気を失うことすら許さず、対象を打ち倒すまで…将気を放出し続ける…危険なものである。
そして、傷を負いながらも執念深く戦い続ける者の姿は…その顔は…まさしく"鬼"であった。
互いの将気がぶつかり合い、校庭側の窓ガラスは壁ごと割れ、砕かれた。その衝撃をさらに上乗せした鬼武蔵の一撃が、蜂須賀を校庭へと吹き飛ばす!!続けて彼を追いかける為、永吉は将気を纏い、得意とする喧嘩殺法・獣肢にて大きく跳躍し、逆襲の終わりを告げるかの如く、自らの技を叫ぶ…!!
鬼武蔵よ、今こそ振るえ!!
朱に染めよ、その一撃で――!!
「破射誅ッッッ!!!!!」
蜂須賀に向けて振り下ろされた鉄パイプ。それは朱き軌跡を描きながら鳩尾を打ち、彼を地面へと叩きつけた。今度こそ、彼は気を失う。
深々と地面にめり込み、奥の手による変異は解けて、元の褐色肌に戻っていく。まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターの中心で気絶している蜂須賀を見下ろしながら、永吉は立ち上がった。
「……クソが…」
苛立ちは、収まらない。
そして……
「雨が…傷に染みやがる……」
降り出した雨もまた、やむことは無い。
蜂須賀 転助……敗北。
「アントニーナ先生ッ!!」
「直江先生っ!!いますか!?」
蜂須賀と永吉の決着がついてから、数分後の保健室に早雲の声が響いた。隣には桔梗もいる。
「あら、酒井くんに天海さん?どうしたのそんなに慌てて……っ…!!葵くん…!?」
早雲に背負われ、頭から血を流す千代子。意識は無い。殴られた痣、腹部が拳の形に焼けたワイシャツ…そして腹の火傷。いずれも…痛々しいものである。
「お願いだ、アントニーナ先生ッ…タケさんを…タケさんを助けてくれ…!!」
雨に濡れた早雲の憔悴した表情をみた直江の表情は、真剣なものへと変わった。安心させるために、早雲の肩に手を置く。
「何があったかは聞かないわ、安心して酒井くん……葵くんは、私が責任をもって治すから。」
雨は強く、窓を打ち続けている。
彼らに何があったのか。
それはわずか、数十分前……
葵 千代子の…決意と覚悟の時まで遡る事となる。
次回も尋常に……将武!




