将武その13「上げよ、徳川家康!!」後編
「すげぇ……これが、タケさんのアゲパン…!!」
「タケ…!!」
天高く昇る将武・徳川 家康の光は、柱のように雄々しく東乱楠を照らす。
忠勝と早雲は、屋上で雲を貫いた将気の光を見つめていた。
「う゛っ、うぅ……!!」
突然苦しんでいるような呻き声を上げる榊原。
彼の身体から、紫の将気が漏れ始める。
解放を求めるように…先走る於亀の将気…
ただ事ではないのは確かだ。
「バラさん、どうした!?」
早雲の心配する言葉にも返答できぬ榊原は、自らを両手で抱きながら、悶えている。
その端正な顔には、僅かな赤み…
「榊原先輩!?どうし…っ」
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うげぇっ!?」
ドシュウ!!!!!!!と忠勝の背を突き上げながら大木の如く伸び始めた榊原 康政!!
ああッ、村正の康政が!!!
忠勝をその先端で捕らえた鼓帝架は、今もなお光り輝く将気に負けじと伸びていく!!
どこまでも、どこまでも…!!!!
光る雲を突き抜け…
「うわぁぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!」
「みっ、三河ぁあーーっ!!!!バラさんやめるんだ!!それ以上将気を高めるんじゃあねぇ!!落ち着けぇッ!!」
「すごいわぁあっ!!なぁにこれぇ!!なんなのこれ!!ナニコレェエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!」
フ ラ イ ア ウ ェ イ !!!!!!
忠勝の視界に…広がるパノラマ!!!!!
あれ、日本ってこんなに小さかったっけ?
今まで見た時よりも太ましく逞しい鼓帝架に慌ててしがみついた忠勝は、不運にも下を向いてしまう。
ああ……夢を詰め込めるほど頭が空っぽになっていればよかったのに。
そして下では榊原が未だに体を大きく仰け反らせながら悶えているのか、忠勝がしがみつく鼓帝架はゆらゆらと揺れる!!
「うわぁぁぁぁっ!!落ちっ…ひいいっ!!こんな最低な死に方したくねぇえ!!誰かーっ!!誰か助けてくれぇぇえええええ!!!!!!!!」
「ナニコレェエエエエエエエエ!!!!」
「いやホントになんだこれえええッッ!!!?」
天高く昇った忠勝、暴走する榊原、状況の飲み込めない早雲…三人の絶叫が屋上に響き渡る。
そして……
黄金の光に負けじとそびえ立ち大蛇の如くうねり狂う将武・榊原 康政を、日本各地の将武使い達も見ていた。
北、飯綱照津神社。
「か…神威さま!なんですかあれは!?…あの凶悪で…おぞましいモノは!!妖怪の類ですか!?」
うねうねと動きながら将武・徳川 家康の将気の隣で伸び続ける紫色の柱を指差しながら、黒羽は神威に説明を求める。
神威は狐耳をぺたんっと伏せて、苦手な食べ物を食べろと強要されている子供のような表情で、肩を落とした。
「うわぁ……あやつも相変わらずじゃな…」
「……うぅうっ…」
不意に寒気を覚え、ぶるるっと震える竹康。
それを見た黒羽は何事かと思い、竹康に声をかけた。
普段爽やかな笑みを崩さぬ彼が、珍しく顔色が良くないのである。
「どうかしましたか、竹康さん?」
「オレ…多分アレ知ってる。」
西、袴ヶ原。
「えっへっへぇ、ひでぇ目にあったぜ…」
「鼻の下伸ばしながら言っても説得力ないですよ、まったくもう…」
右頬に紅葉のような手形を付け、にまにまと笑いながら、電柱や住居の屋根を跳ぶ夜一郎を、一が窘める。
子供を叱り付ける親のような様子だ。
「いいですか、駅に着いたら僕の言う通りに大人しくしててくださいね!」
「わかってるよ。ったく…そういうトコロは、お前の兄貴と正反対だな…………っ!!」
夜一郎は、今もなお照り輝く将気とはまた別の将気を感じ、再び東の方向へと目を向けた。
光の柱に負けじと伸びて怪しくうねる紫色。
見慣れた将気と、見た目だ。
あれほどの逞しさを得るとは……
奴も成長しているのだろう。
「あれは…なんでしょう。蛇……?」
「……アイツとも決着をつけなくちゃならねぇな。」
目付きの変わった夜一郎…
きっと、彼にとって因縁ある相手なのだろう。
一は、漠然としてはいるが、そう考えた。
確信に近い直感である。
夜一郎は馬鹿ではあるが、ものを考えられぬ愚か者ではない。
「いったい何が待ち受けてるんだ、東では…あっ!?や…夜一郎さん、だから前!前っ!!」
「はいよっとォ!!」
今度は建物にぶつかることなくゴルフクラブを壁に突き出すと、その金属棒はバネのように縮み、そして付近の建物の壁を蹴って再び一に追いついた。
「はっはっは!どうよ、一っ!この羽柴 夜一郎、同じ轍は踏むこたァ…」
ビタァン!!!
一は、夜一郎の方向から聞こえた轟音に堪らず目を瞑る。
目を開き視線を向けると、飲み物の宣伝の看板に思い切り張り付いた夜一郎が映った。
看板には、仁双楠のアイドル…結城 鈴々。
そのキャッチコピーは…
"元気りんりん☆モロダミンC!!"
ゆっくりと落ちていく夜一郎に対し、一の虚しき悲鳴が袴ヶ原に響き渡る。
「ウ、ウキャアア〜〜〜…!!」
「や、夜一郎さ〜ん!?」
私塾・奮導学院…屋上。
やはり突然現れた柱に驚く奮導の生徒たち。
島 清近と、石田 九曜も例外ではない。
「…九曜さま…アレは一体…地獄の使いかなにかでしょうか。」
「ううむ…しょ、将武…のようだな…悪……では無いようだが…アレからは邪な気を感じる。」
あまりにも奇妙奇天烈にうねり続ける将武の柱…それを見た二人の表情は、苦い粉薬を飲んだような複雑そうなものであった。
伸びているモノの正体を知ったら…
常人ならば問答無用で目を背けてしまうかもしれない。
「あまり見ていて良いものではありませんね。さ、九曜さま…學院長がお呼びですよ。此度の島津の反逆と、その残党に関してのお話かと。」
「おお、そうか。では参ろう、きよ!此度の件で全員集まるだろうし、総大将の私が遅れてしまっては示しがつかぬからな!」
まだ中身の残っている重箱を片付けて、綺麗に風呂敷に包むと九曜は立ち上がって、清近の隣を歩く。頭二つ分の身長差だ。
清近が九曜を見下ろすと、厳しそうな彼女の表情は柔らかく緩んだ。
九曜は不思議そうに清近を見上げていると、清近が自分の口の左端をちょんちょんと指で突っつきながら、九曜に向けて笑いかける。
「九曜さま、ご飯粒がついていますよ。」
「はっ……!!」
動き出す西の英雄たち…
彼女たちと、葵 千代子が出会うのは、もう少し先の話。
黄金の光が次第に小さくなり、千代子だけが、その将気に包まれた。
握られた拳は金色の炎を纏い、龍虎へと右の拳が向けられる。
これは、宣戦布告。
この一分で、決着をつける!!
「本気は……ここからだ!!」
将武・徳川 家康の光の柱がゆっくりと消えていくのと同時に、榊原の将武が縮んで忠勝が戻ってきた。
忠勝は生還したことへの安堵によって腰を抜かしたようで、へなへなとしゃがみこむ。
早雲が忠勝に駆け寄り、ひと安心する。
九死に一生を得るとは、この事だろう…
ぜえはあと呼吸を繰り返す忠勝は、喋るのもやっとの様子だ。
「三河ッ!!よ、よかった…無事だったか。」
「ち、縮んだ…鼓帝架と一緒に……オレの寿命も縮んだ!!」
「バラさんもどうしちまったんだ一体…タケさんのアゲパンに反応したみたいだけどよォ…何が起きたか全然分からなかっ……はッ、三河ッ!大変だ、バラさんが…!」
仰向けに倒れている榊原…それに気付いた早雲は、榊原を抱き起こす。
これは……なんということだろう。
「なんか…スゲェ安らかだ…やつれきってるのに…満ち足りているような…!!」
母の腕の中で眠る子供のように気を失っている榊原の表情は誰よりも満ち足りていた。やつれてはいるが、悔いはないとでも言うように…
嗚呼、ここで眠るのか……
東乱楠高校 三年生
榊原 村正
逝く……
「いや逝 く な ! !」
「ぐふぅッ!?」
怨みと全体重をかけた忠勝の肘打ちが榊原の鳩尾に叩き込まれ、榊原は肺から酸素を全て吐き出すような声を上げて目を覚ました。
「うぅ……ビックリしたわ…一体何が起きたのかしら…?」
「こっちのセリフだ、日本全体見渡せたぞ!!」
身体を起こしながら榊原は周囲を見渡す。
悩ましげに下がった眉が、やけに女性的だ…
どうどう、と早雲が忠勝を宥めていると携帯の着信音が鳴る。
忠勝は、自分のポケットから発せられた電子音に気付いて、携帯を取り出す。電話の相手は虎徹だ。
『もしもし、三河先輩?何度も連絡してたんだよ、急に圏外になったり…さっきの光といい…今どこにいるの?』
圏外……おそらく、鼓帝架に突き上げられていた時だろう。だが言えない…
…榊原に突き上げられて天に昇ったなんて、言えない。語弊がありすぎる。
「あ、ああ…ちょっとな。それより、いま酒井と一緒にいるぜ。屋上で…織田軍の森 永吉と戦ってた。」
『鬼武蔵まで動いてるのか…こっちも有力な情報を手に入れたよ。今回の騒動の黒幕は結城 鈴々だ。タケ兄ぃと、いま戦っている仁双楠の二人が消耗した所を叩くつもりだよ。』
「リンリン…!?あのアイドルが…タケたちを!?」
先程まで千代子に擦り寄り、人懐っこい笑みを向けていたあのアイドルが黒幕とは…忠勝は驚きを隠せなかった。
『驚くのも無理はないよ…そこでだ。僕はそれを阻止したい。三河先輩か、榊原先輩に協力して欲しいんだけど…』
忠勝は、目を覚ました榊原に事の顛末を説明すると、榊原が片手を上げた。自分が行くつもりだろう。その表情はやつれていても、やる気満々といった様子だ。
「アタシがいくわ…東乱楠高校の危機なのよ、一番先輩のアタシが立ち上がらなくちゃ。忠勝くんは、酒井くんと一緒にいてちょうだい。それから、まだ教室には戻らない方がいいわ。二人でここに居て。」
「榊原先輩…わかった、じゃあ頼むぜ。虎徹、榊原先輩が向かうから、場所を教えてくれ。」
虎徹から現在地を聞き、そこで落ち合うことにする。彼は、一階の男子校舎と女子校舎を繋ぐ連絡通路で待っているらしい。通話を切ると、榊原は乱れた学ランとズボンのファスナーをピシッと締めて、金髪をシャランと指先でかきあげ、行ってくるわと告げた。
「榊原先輩、気をつけてな。」
「ええ、任せてちょうだい。アタシと虎徹くんで、一緒に止めてくるわ。」
屋上から立ち去る榊原……忠勝と早雲が顔を合わせる。二人とも、同じ違和感を感じていたのだ。
「「……くん?」」
おや…?榊原の様子が……?
所変わり、一階の連絡通路では虎徹がひとりで待っていた。鈴々のマネージャー達は一度視聴覚室へと帰した。
長篠レディースには、チャンスを伺って鈴々の親衛隊が出るまで隠れておくように言ってある。
暴走族とはいえ、さすが女子だ。皐月から化粧品を借り、怪我をしたように見せるメイクをして貰えたのは実に好都合である。
終始、面倒くさそうに飛鳥が殴った方が早いと愚痴っていたが怪我をするのはさすがに困る。
こんな姿をあの保健医…直江 アントニーナに見られたらまずい。
きっと小学生の時に観てトラウマになったエジプトが舞台の映画のように、生きたまま包帯で全身をグルグル巻きにし、ミイラのようにされてから、アントニーナ特製の氷嚢にぶち込まれるだろう…
考えただけで、背筋が凍る……が、最初の恐怖はすぐ後ろから迫っていた。
「虎徹くん。」
「遅いよ、榊原せんぱ…」
振り返らなければ、よかった……
「お・ま・た・せ ♡」
「ひっ…!?」
キュッ…………♡
甘ったるい猫なで声と共に榊原が振り向いた虎徹に抱きついてきたのだ。虎徹の身体に鳥肌が立つ。
榊原の顔は、まるで二日ほど睡眠、食事もとらずに働き詰めたかのようにやつれ切っているのに、物凄く晴れやかな表情だ。あろうことか、虎徹の頭まで撫で始めている。
なんだ……なんだこの、慈愛に満ちた顔は!?
「うわっ…や、やめて!?離れて榊原先輩っ!!ちょっ、離せ!!は な せ!!」
「素直が一番よ、虎徹くん…一人で寂しかったでしょう…?もう大丈夫よ、安心して…いまのアタシは…うふふっ、なぜかしら…この世に生きる全人類を優しく抱きしめられる気がするの…♡」
愛の賢者となった榊原 村正は、その愛を注ぐように虎徹の黒髪に頬ずりまでし始めた。
虎徹は、気色悪い生き物を素手で触った時のような悲鳴をあげる。
井伊 虎徹…再び窮地!!
「ひぃいっ!?やめっ、やめろってば榊原先輩ッ!!変なとこ触らないでっ!!ちょ、服の中に手を入れないでッ!!や、やだっ、足を絡ませないで…もう…っ…ほんとにやめ……やめろォ!!!!」
「ふぶぅッ!!」
愛の賢者にブーメランビンタが炸裂!!
虎徹の将武、井伊 直政の赤備えが、榊原の口を塞ぐようにくっつき、榊原は床に倒れてモガモガと顔を手で覆いながら転がる。
「はぁ……はぁ…なんなんだ一体…」
だが、本当の恐怖はここからだ。
地鳴りと共に鳴り響く音…まるで象が走ってくるようなドシドシと響く足音……!!
そして、キュピキュピキュピキュピと、筋肉が震えながら駆動する音!!
「こ、今度はなんだ…!?」
迫り来るのは白い巨塔…ほぼ地面と水平なのではないかと思うほど前のめりに走る筋骨隆々……ではなく、筋骨爆隆の保健医…!!
恐れていたことが、今まさに実現してしまう!!
「井 伊 く ん ど う し た の ぉ お お お お お お お お お お お お お お お お お!!!!!!」
「うわああああああっ!?」
直江 アントニーナ……襲来!!!
壁を震わせる声量、急ブレーキの反動で吹き荒ぶ突風。
伝説の……超保健医…!!
「どっ、どうしたのその怪我…!!さっき男の人たちに肩貸してもらってたよね!?いますぐ来て!卍葬甲貼ってあげるから!」
「ちっ、ちがっ…!!先生これは…!!」
「ちがう?ああ、これじゃ足りないわよね!さっき見かけた時は腕も抑えてたし…捻挫しているのかしら。じゃあ、この前の一人用の氷嚢で抹殺亜慈しましょう!それから卍葬甲を貼ってあげる!あ、この時期は身体もだるくなるから、もっと血行が良くなるように岩盤浴もしましょう!一人用の岩盤浴よ♪」
なんだ一人用の岩盤浴とは、一人用の氷嚢のように…岩盤浴用の石が詰まった袋にぶち込まれるのか……!?
どちらにせよ地獄に行っても見ることの出来ない恐ろしい治療が待っているに決まっている……!!
井伊 虎徹…またまた窮地!!
「めっ、メイクなんです!!先生、これ怪我じゃないんです!!」
「えっ…冥苦…?」
「そうそうメイク…!これは…ぶ、ぶ、文化祭の出し物の…準備だ…!!」
動揺のあまり、口調の定まらない虎徹の顔には滝のような冷や汗が伝っている。
アントニーナと虎徹の間にほんの一瞬の間が空く。すると、アントニーナが表情を明るく口角を上げながら笑顔を見せた。
「なぁ〜んだ♪じゃあ、さっきのは出し物の練習だったの?学校宛の郵便物の整理中に見た時、あまりにもリアルだったからびっくりしちゃったわ!でも、文化祭はまだまだ先なのに…井伊くん、ここの文化祭が本当に楽しみなのね♪」
「は、ははは……」
助かった……心から安堵した虎徹は、冷や汗を袖で拭っているとアントニーナがタオルを差し出してくれた。それを受け取ると、榊原が起き上がり、声を荒らげる。
「ぶはッ…!なにするのよイイコちゃんッ!!」
「あ、こっちも戻った…」
化粧を拭い落としていると、虎徹は何かを閃いたようだ。
キーワードは、アントニーナの言葉と、榊原の掃除中の言葉。
起き上がった榊原に視線を向けていた虎徹は、アントニーナに言葉をかける。
「先生、ハガキってあるかな?できれば沢山欲しいんだけど。」
「破牙鬼ぃ?ええ、あるわ♪持ってくるわね!」
……この人、言ってることは普通なのになんか怖いんだよなぁ。
虎徹はホッと胸をなで下ろしながら、ハガキを持ってくるために走り去っていくアントニーナを見送る。すると、平静を取り戻した榊原が虎徹に片眉を上げながら怪訝そうに首を傾げた。
「イイコちゃん、ハガキなんて何に使うのよ?」
「……榊原先輩、"起点"と"応用"は利くんだよね?」
ニヤリ、と笑う虎徹…そして榊原もまた、彼の企みをビンッと感じたようで、その言葉を聞いた途端に口角を妖しく吊り上げた。
一方その頃
虎徹の指示で身を隠して待機している長篠レディースの四人組。
彼女たちは暇を持て余しているようで、麗花に至ってはブーチョコランタンの箱の裏側に絵を描き始めていた。
「ぺったんこーの、おーむねーで…りんごーを切ったら…ファーヴィ♪」
箱のパッケージを飾るキャラクター、ファーヴィを描いている。胸にハート型のコアがある猫耳の生えた鳥だ。
「春姉さん、本当にあんなの信用してイイんすかぁ?ぜーったいウラありますって、表でいい子ぶってるタイプっすよ、あの虎徹っておぼっちゃん。後から恩を仇で返されちゃ手間じゃないっすかぁ?」
「総長、今からでもお館の加勢に行った方がいいんじゃ…あたいはあの一年坊のことがまだ信じられない。だって、あまりにも条件が良すぎる。」
飛鳥と皐月が、春風に対して共闘を提案した虎徹の事を危惧する言葉をかける。だが、春風は真っ直ぐ二人を見つめて、首を横に振った。
「いや、あいつはそんなことしないよ。織田軍の情報だってしっかりくれたじゃないか。服役してた織田 忠光が出てきてから、大人しかった織田軍傘下の連中が勢いを取り戻してる。その事を、お館に伝えねぇと……それに…」
「それにぃ?」
「……アイツが走っている時と同じで、真っ直ぐな目だった。」
彼は、入学前に仕入れた織田軍の情報と井伊グループの権力で自分達の欲しいものを贈る。
その代わりに結城 鈴々の計画を阻止する為に加勢をしろ。
こんな好条件を提案し、ただ、葵 竹康の力になりたいからだと…それだけの為に、この馬場 春風に交渉を図ったあの一年生、井伊 虎徹。
彼の目に、既視感を感じていたのだ。
がむしゃらで、馬鹿だが、それでも真っ直ぐに走りながら自分に笑いかけた、あの男に――。
東乱楠の連中は、みんな…あんな目をしているのだろうか。
「……ははぁ〜ん、春姉さん。やっぱり惚れちまってるっすね?」
「恋の春風〜?」
「おっ、おまえらーっ!!」
二人に図星を突かれ、春風の頬はさくらんぼのように赤く染めながら二人を窘めた。
「えへへ〜、でも楽しみだなぁ…ブーチョコの全種類一年分…!」
「あたしも!井伊グループがデザインの提案をしたブランドのバッグ、ずっと欲しかったんすよぉ!すっげー可愛いの!皐月は何をお願いしたっすか?」
「あ、あたいは…その…ちょ、ちょこぱん番長の、ポーチ…」
皐月の顔もまた、春風のように赤くなってしまう……麗花と飛鳥は二人して噴き出してしまい、ケラケラと笑いだした。
「ちょっ、チョコパン番長ってアレっすか、あのキャラクターっすか!?『僕の拳をお食べよ!』ってやつ!!」
「さっちゃんがパシャスタのアイコンにつかってるやつだよね!」
「いっ、言うなぁ!!」
長篠レディースが和気あいあいと談笑する中で、龍虎と千代子の戦いは苛烈を極めていた。
「チィ…なんて速さだ…追いつけねぇ…!!」
「将武を……パンツを上げただけで…さっきと桁が違いすぎますわ…!」
黄金の炎を纏った千代子の拳は、その体は、ひとつひとつが閃光のように素早く動きながら立歌と鶴姫を圧倒していく。
歌による強化をさせない為にリーチの長い攻撃を繰り出して、警棒の手数を上回り、燃え広がる炎に拳を突き出すことで対抗し、打ち払う。
全身の筋肉が脳の電気信号を上回っているかのようだ。実際、そうなのかもしれない。
黄金の拳は一撃一撃が速く…そして、重い。
本気と全力、それら全てが拳に乗せられている。挟撃を図り左右から攻めてくる龍虎へ、旋風の如き回し蹴りが繰り出された!!
真空を生み出すその蹴りは、見事に二人を捕らえるッ!!
「風烈獲流ッ!!!!!」
吹き飛ばされた武田 立歌と、長尾 鶴姫はグラウンドに倒れた。
しかし、本気なのは二人も一緒である。
「ぐっ、くそ、が……まだ負けてねぇ…!!倒れねぇ、ぞ…!!仲間の、仇を…!!」
「く……消耗しすぎましたわ。けれど、それは貴方も同じのようですわね?葵…竹康……」
ミシミシと軋む身体で、二人は立ち上がった。
鶴姫が千代子へ向けた言葉は、的を射ている。
そう…制限時間が、刻々と迫っていた。
その頃、東乱楠高校旧校舎。
そこでは、鶴姫の指示で攻めてきた越後聖歌の精鋭達が全員地に伏していた。
気を失っている者や、痛みのあまり立ち上がる事が出来ない者もいる。
雑草の生い茂った旧校舎の校庭で、炎髪を揺らす男。織田 忠光は、鉄パイプを担いで隣に立った森 永吉をちらりと見やった。
「一発貰ったのか。」
「怪我のうちにも入りませんよ、カシラ。」
「さっきの光は…葵か。随分オレが居ない間に力をつけたようだな。」
やはり、先程の光の柱を忠光も見ていたか。
そして、その光を放った者も、想定済み……
忠光は表情も変えず、黄金が貫いた曇天の雲を眺める。彼は、その雲に何を思うのか。
「そのようですね。あれほどの将気を放出するなんて…まぁ、実戦経験はカシラ程でもないでしょうが。」
「……さてな。酒井は?」
永吉は首を横に振った。
早雲を連れ戻せ、という忠光の指示を達成できなかったということに、彼は俯く。
「来ないなら、こっちから出向くしかねぇか。今日は帰るぞ、永吉。」
その言葉を聞いて、歩き出した忠光の後ろをついて行く永吉。
旧校舎から出る二人の前に、彼女はいた。
「………忠光。」
天海 桔梗。学校を休み、ここで何をしていたのか。だが、偶然ではない。桔梗自らの意思で、彼を探していたのだ。
永吉が二人の間に漂う空気に何かを感じ、忠光の返答を待つ。
「……出所、したんだね。学校じゃ、全然見かけないから…どこにいるのかなって。」
忠光は、答えない。
答えないまま、桔梗の前を通り過ぎた。
忠光の背を見つめる桔梗は、寂しそうに俯いてしまう。
忠光の後に続く途中で、永吉はちらりと桔梗に目線を向けたが…すぐに忠光に視線を戻し、立ち去ってしまった。
桔梗は、その場で立ち尽くしたまま…雨の匂いのする風で靡く黒髪を手で抑えた。
「子供を、轢いちまったんだ。」
東乱楠高校、屋上…
早雲は忠勝に、そう打ち明けた。
織田軍で、轢ッ殺しの酒井と呼ばれた男の過去。
彼は…捨て去ることのできない過去の罪悪感に、今も苦しんでいる。
「織田軍にいたのは、親父を死なせた暴走族の連中を探す為だったんだ。酷ェ連中でさ、年寄りから物を盗ったり、バイクで走り回って町を荒らしたり、事故を起こすような悪戯をやったりしてた。警察も動いてたが、すばしっこい奴らで、なかなか捕まえられなかったらしい。」
早雲の父親は、既に他界していた。
今は、母親が仕事に出て、自分もバイトをして生活を助けたりしている。
織田軍にいた理由は、そんな悪質な暴走族を探す為に、東乱楠高校で力のある織田軍の傘下に入ったと言う。
虎徹との戦いで力を貸してくれた彼の表情は、初めて会った時と別人ではないかと思うほどに、暗く険しかった。明るく振舞っていた彼の胸に抱える思いは、相当の憎しみを持っていたということが分かる。
「忠光さんが服役した時と、同じ日だ。オレは事故を起こしちまったんだよ。その暴走族の連中を見つけて、一人で追いかけようとして…信号も見ないまま走っちまって……横断歩道を渡っていた子供を…轢いちまったんだ。」
幸いにも子供は軽い怪我だけだった。寸前の所で早雲がブレーキをかけたことで、命を落とさずに済んだのだ。
自分は短期間の免許停止を言い渡され、解除された後に、今に至る。
「傷は軽かったが……それでも、一生の心の傷を負わせちまったのは確かなんだよ。」
「……なぁ、酒井はその暴走族を追いかけて、どうするつもりだったんだ?」
早雲は、キャップを深く被る。日に焼けて、色褪せたそれを被って、目を閉じた。
渦巻いているのだろう…様々な感情が。
「……復讐したかったんだと思う。謝って欲しかったし、一発だけでいいから、殴ってやりたかった。でも…そうだ、あの時、連中の方に向かって走っていた時に呼ばれた気がしたんだ。『止まれ、早雲。』って……その声を聞いて、目の前の子供に気付けた……でも、気付いた時には遅かった。何もかも、遅かったんだよ。」
「……」
「三河…少し一人にしてくれねぇか。お前はタケさんの所に行ってくれ。きっと、三河の助けが必要だ。」
「けど酒井…オレは……」
「今のオレじゃ、タケさんの足手まといになっちまう。この名を捨てきれないままじゃ、タケさんの隣で戦えねぇ…戦う資格がねぇんだよ…」
忠勝は将武を持っていない。それでも、助けたいという気持ちは早雲も同じだ。
「だから、三河…お前が行ってくれ。いま、タケさんの力になれるのは、お前なんだよ。」
忠勝は屋上から去るまで、早雲へ心配の眼差しを送っていた。だが、行かなくては行けない。
将武を持たない忠勝では、きっと無力でしかないだろう。だが……今の自分は、竹康の隣で戦う資格がない。
"轢ッ殺しの酒井"を捨て去ったと思っていたのに…その罪を、後悔を、乗り越えたと思ったのに。
助けたいさ。助けたいとも。
ああ、それでも……
「わからねぇ……わからねぇよ。親父……」
かけていたサングラスの内側に、雨が落ちた。
熾烈に、苛烈に、戦いは続く。
黄金と、熱き魂を乗せた炎と、轟く雷撃。
龍虎の連携を崩し、圧倒的な力を見せる千代子であったが、その力はまだ…不完全である。
鶴姫が放った雷撃が立歌の攻撃に上乗せされ、強化された将気を芭蕉扇を振るうかのようにギターを振るうと、小さな竜巻のように炎が舞い上がった。
真っ直ぐに千代子に向かってきた竜巻は、黄金の炎を纏った拳によって打ち消される…!!
大きく地面を震わせる爆発音と、爆風。
立歌が吹き飛ぶ中、鶴姫が疾走し、千代子へ警棒による攻撃を当てるために接近するが、爆風を切り裂きながら繰り出された飛び蹴りによって彼女もまた、吹き飛ばされてしまう。
だが、千代子もダメージを受けなかった訳では無い。学ランは煤けて、ギターの攻撃に迎撃するために突き出した右腕は、握力も微々たるものだ。
消耗し、息を切らしながら睨み合う三人。
千代子も、初めてのアゲパンによって身体に反動がきていた。膝をつき、その黄金の光も消えて、元の茶髪に金のメッシュを施した元通りの姿に戻ってしまうと、家康が悔しげに唸る。
『ぬぅ……限界か…ッ!!』
「はー……ッはぁ…は、はは…こんなもんかよ、葵 竹康…!!アタシらはまだ…ッ立ってるぜ…!!」
「く……まだ、だ…まだ…ッ!!」
鉛のように重い身体を鞭打って、千代子は立ち上がる。
立っているのもやっとの筈なのに、こうして立ち上がるのは彼女の底知れぬ意地によるものだ。
「そうこなくては。葵 竹康…敵でなければ、わたくし達、仲良くできたでしょうに……残念ですわね。」
「御託はいい……もうヤツは立ってるのもやっとだ、トドメ刺すぞ…鶴姫…!!」
「…えぇ、仲間の仇をここで…!!」
じりじりと迫る満身創痍の龍虎が、アゲパンによる激しい体力の消耗で、動くこともままならない千代子の目に映る。
ここまでか…と、思ったその時であった。
「「「レッツアテンショーン!!!!!」」」
むさ苦しい男達が、何十人も校庭に押し寄せてきた。サイリウムを両手に持った彼らは、千代子の前に壁のように立ち塞がる…!!
同時に、学校の放送スピーカーと、全教室のテレビが一斉についた!!
『東乱楠高校のみんなーっ!!いきなりごめんねっ♪仁双楠のアイドル、結城 鈴々だよぉっ♪』
「り、鈴々……!?何やっているんだ!!」
千代子は目を見開いて驚く。なぜ、この状況で彼女が動き出したのか…そしてこのサイリウムを持った集団は、一体いつから潜んでいて、どこから現れたのかも分からない。
「テメェ…ッ!!鈴々と手を組んでやがったか!!よりにもよってあんな奴と!!」
「何言ってるんだ、お前たちが鈴々のライブの度に邪魔をしてきて迷惑してるって…!」
「逆でしてよ、わたくしたちの邪魔を何度もしているのはあの娘ですわ。まったく、葵 竹康…前言撤回しましてよ…!あんな小娘にケツをかかれるなんて。」
一体どういうことだ、鶴姫と立歌の言葉に千代子も動揺する。
スピーカーから発された鈴々の声が、再び校舎と、校庭に響き渡った。
『リンリンを守るためにがんばってるタケお兄ちゃんを見てるだけなんて、耐えられないもんっ!だからリンリン……歌います!ファンのみんなーっ!元気の出る歌、直球ソングいっちゃうよー!せーーのっ!』
「「「『アテンショーン…リンリーーーンッ!!!!!!』」」」
次回も尋常に…将武!!!




