将武その10「暗雲、東乱楠高校!」
曇天の夜、鳴り響く雷鳴の如き音色。
ポニーテールに束ねた赤髪と、『甲斐女華』と縦に黒い筆文字で刺繍された特攻服を振り乱して、己を奏でるのはサラシを胸に巻き、袴を穿いた少女。
廃ビルに吹き荒ぶ疾風の中、風林火山と描かれたエレキギターで、彼女は弾き続けた。
ここは仁双楠…東乱楠に隣接する町で、女ヤンキーが集う。三つの火花がぶつかる場所。
女暴走族・甲斐女華二代目総長、武田 立歌。
将武は甲斐の虎…武田 信玄!!
袴から出たギターケーブルは、彼女の下着の繊維でしっかりと固定されており、延長コードのように伸びている。
彼女は将武・武田 信玄とリンクしたギターのネックを下に、ボディを上にという奇妙な持ち方で、弦を叩くように演奏をし続ける。
そして、マイク無しの大声量で、歌い始めた。
かき鳴らすこと 虎の如く
あたしゃ叫ぶぜ 宿敵よ
臆したわけじゃねぇ 山の如く
疾風連れた テメェごと
あたしゃ抜かすぜ 宿敵よ
侵しに来るなら 火の如く
昂らせろよ 宿敵よッ!!
さぁ ブチ鳴らすぜ いざ将武!!!
奏で弾くこと、嵐の如く。
廃ビルのコンクリートを震わせるギター音に紛れ、"宿敵"は彼女へ、迫っていた。
身を低くして、修羅の如く腰まで下ろした艶やかな黒髪を靡かせ正面から来るのは白い和服を着た少女。
和服の少女は帯に差した三段警棒を抜くと、足袋と草穿を穿いたその足で加速する。一瞬、その足に青白い電撃が煌めいた。
稲妻のように真正面から向かうその姿は、白鶴のように清らかである。
長尾組、越後聖歌筆頭。
長尾 鶴姫。
将武は、越後の龍…上杉 謙信ッ!!
警棒を縦に振るう鶴姫と、その攻撃をギターのボディで防御する立歌。
川中島の一騎討ちの如く、二人と…そして時を超えた二つの魂が衝突する。
鍔迫り合いをしながら、互いの得物越しに視線を合わせる二人。立歌は白い歯を見せながらニィッと笑うと、鶴姫に言葉をかけた。
「今日こそ仁双楠のアタマを決めようぜ、鶴姫ッ!!」
「ええ、わたくしの華々しい盃事は、仁双楠の長となる日は今日……貴女を、今こそ討ち取りましょう。」
互いに一度距離を取ると、鶴姫は警棒を構え直した。指揮者がタクトを構えるように上げると、袖が優雅に揺れる。
甲斐女華の戦闘員、そして越後聖歌の配下たちも得物である竹刀や鉄パイプ、メリケンサックなどを構えて鼓舞するように声を上げた。
互いが互いを高め合うように、宿敵への敬意と共に!!
「「いざ、尋常に…!!」」
「「「「リンリィーーンッ!!ナイトフィーバーーーーッ!!!!!」」」」
いざ尋常に将武、と言おうとした二人の声は…むさくるしい男たちのギラギラと光るサイリウムと奇声にかき消された。
二人は聞き慣れたようで、うんざりした様子で声のする方向を見やる。目線の先にはハチミツのような色の染め髪を毛先がカールしたツインテールに結んだ2人よりも小柄な少女。
ベージュ色の大きめなニットベストから覗く赤いミニスカートに、胸元の赤いリボン。サイズの合っていないぶかぶかなワイシャツの袖は、俗に言う萌え袖というものか。ミニスカートの中から伸びるコードは少女の手に握られたマイクと繋がっていた。
仁双楠女学院中等部3年生。アイドル、結城 鈴々…乱入!!
その将武は…結城 秀康!!
「鈴々☆親衛隊のみんなぁーっ!今日も鈴々のライブに来てくれてありがとぉ〜っ!今夜のリンリン☆ハッピーナイトで、仁双楠の一番星になっちゃうよ〜!!」
「リンリィーーーーンッ!!きょうもかわいいよぉおおおお!!」
「リンリンなう!!リンリンなう!!」
「今日もシグナルお願いしまぁあーーっす!!!」
立歌と鶴姫は不機嫌そうに肩を落とし、立歌に至っては露骨にハァーッと声を出してため息をついた。
「また出やがったな…オメェの舞台じゃねぇよ鈴々。」
「ナキを入れる事になる前にお家へ帰りなさいな。」
そんな2人の様子に、親衛隊は激昴する。
「とっ、とと年増どもっ!リンリンの可愛さをりっ理解しないでそんな態度とりやがって!」
「リンリンこそっ、お前たちヤクザや暴走族よりっ…仁双楠のトップに相応しいんだぞっ!!」
親衛隊の言葉に甲斐女華と越後聖歌の女たちは怒りを顕にした。
「漁船に乗せられてぇかドルオタどもッ!!」
「お館たちの邪魔すんじゃあねぇ!!失せやがれ脂身デブ!!」
騒がしい言葉のぶつけ合い。それを断ち切ったのは、マイクがコンクリートに叩きつけられた音。音の主は鈴々だ。俯く彼女を心配そうに見つめる親衛隊……
しかし、彼女は顔を上げ、八重歯の生えた口を大きく吊り上げて笑いながら再びマイクを握った!!
「今日がテメェらのラストライブだ期限切れのメス共がァ!!クセェ息と雑音ひけ散らかしてアタマ決めようなんて調子こいてんじゃあねぇぞ!!!たっぷりいたぶってからウチのブタどもの仲間入りをさせてやらァ!!!」
「リンリンいいぞおおお!!!」
「踏んでくれぇぇぇえ!!!」
「リンリンパワー注入お願いしまぁす!!」
親衛隊の歓声が響きわたる。豹変した鈴々に、むしろ心打たれたかのように…!
「いつまでも鼻息荒らしてんじゃねぇキモ豚共!!ご褒美欲しけりゃ直球将武ぶちかませやァッ!!!!」
「ぶひいいいいいい!!!!!!」
サイリウムを振り回しながら鈴々☆親衛隊は迫り来る。
そして甲斐女華の戦闘員も得物を振り上げながら迎撃し、越後聖歌も負けじと警棒を構え、立ち向かう。
仁双楠のトップを決める三勢力の戦いがまさに始まろうとした……その時だった!!!
それは、遠く離れた雷雲の一部が急に切り離れて押し寄せてきたかのようであった。まるで雲に乗った仙人が、三人の前に現れたかと思うほど、凄まじいスピードで。
だが、それは雲にあらず。
曇天の闇の中、光る八ツ目…雲ではなく、蜘蛛ッ!!
妖か?巨大な蜘蛛の妖怪か?
否、二つ足の蜘蛛など、この世の何処に存在する?
そう、それはバイクッ!!
漆黒を連れた、蜘蛛の巣のようにシルバーの紋様が描かれた巨大なバイクだった。
コンクリートの地面を抉りながら、黒いバイクは今まさに争いを始めようとした三天女の軍勢のド真ん中へ着地する。
黒煙をそのマフラーから噴き出しながら、ギョロギョロと獲物を一瞥するように八つのライトが不規則に動く様は、酷く不気味である。
だが、恐怖を煽るのは…その全長が、およそ3メートルは有るであろうバイクのフォルムだけでは無い。
………本来居るはずのライダーが、そのバイクには乗っていないのだ。
全長3メートル、全高1.5メートルほどの無人のバイクが意志を持った生物のように、再びそのエンジンを唸らせた。
マフラーから黒いガスを撒き散らしながらその場でスピンを始める。
地面に衝突スレスレまで傾きながら回るそれは、言葉にするならば……"平蜘蛛"だ。
「なんだよ、アレ…!?」
「煙で目が…げほっ、なんだあのバイク!!」
「振り払えねぇ、ちくしょう!!」
体にまとわりつく黒炭のようなガスは、三天女たちの部下たちを包み、中では混乱の声が聞こえるばかり。
立ち込めるガスの中、雲の隙間から顔を出した月の光が乱入者のシルエットを映した。影絵のような小さな蜘蛛が中から出てきて、そして消える。
バイクには、確かに人が乗っていた。突如として現れたライダーは黒いキャップを被った男のようで、顔は見えない。
男は漆黒の中で片手をあげると、パチンと指を鳴らした。
するとそのフィンガースナップと共に黒煙は燃え上がり、辺りは紅蓮に包まれる。
一瞬にしてガスの中にいた部下たちは炎に包まれた。
「ぎゃああああっ!!!!火、火がっ!!!」
「熱い!!熱いいッ!消してくれぇお館ッ!お館ぁああッ!!!」
「焼ける!!!焼けっ、焼け死…り、リンリン!リンリン助けてくれぇ…ッ!!」
阿鼻叫喚。三天女の部下たちは炎の中で自らを包む炎を振り払うように体を振り乱し、転げ回って、苦しんでいる。甲斐女華、越後聖歌の女たち、そして親衛隊の男たちの悲鳴が聞こえた。
「……こんなもんか。」
キャップの男が片腕を大きく振り払うと、何事も無かったかのように炎は消える。
奇妙だ。地面は焼け焦げた跡どころか、炎の中で悶え苦しんでいた部下たちには火傷一つない。しかし火が消えると同時にドサドサと、全員が倒れ伏した。
黒レザーのライダースジャケットに、同じく黒のレザーパンツ。黒のブーツ、そしてキャップ。全身を黒一色で統一した男がそこに居た。彼の乗るバイクは…先程の無人バイクよりも一回り、2回りほど小さくなっている。
「馬鹿な…一体何が…!」
「今のは俺が見せた幻。安心しろ、誰も怪我はしちゃあいない。が…ショックで暫くは起き上がれまい…」
戦慄する鶴姫へ応えた男に対し、立歌が声を荒らげた。
「テメェ…なにもんだッ!!よくも仲間を…!!」
「俺は……"火ッ転死"。」
男は静かに、名乗りを上げた。
その声は低く、そして曇天のように重かった。
「ヒッコロシ…"轢ッ殺し"ですって…!?」
「バイク…黒のキャップ……長篠レディースの総長がバイク乗りの将武使いに負けたと聞いたが…テメェの仕業だな!?」
「決着をつけたいなら、東乱楠高校に来い。葵 竹康と共に待っている。」
そして彼、"火ッ転死"は両手を交差させてレザーパンツの中へと両手を突っ込み、将武を掴む。そしてバイクのエンジンをかけるように……上げたッ!!!!
男の将気は暴風雨を連れた積乱雲のように彼を包み、溶け込むように彼はバイクと一体化して、やがて先程の無人の巨大なバイクとなり、三人のもとを走り去ってしまった…
「じょ、冗談じゃねぇ…!!」
親衛隊を置いて、ひとり鈴々は背を向けて逃げ去る。
この恐怖心をさっさと拭い去りたい。家に帰ってお気に入りの入浴剤を入れた風呂に浸かって、飼い猫のマンチカンと眠って忘れたい。きっと悪い夢を見てるだけなんだと、彼女は走った。
…が、不意に暗闇からヌッ、と出てきた人物に、鈴々は呼び止められる。
「こんばんは。仁双楠三天女の一人…結城 鈴々さん。」
「っ!?は、はわわーっ!?」
条件反射で素が出そうになったが、なんとか取り繕う鈴々。痩せ型の、眼鏡をかけた男は高校生のようだ。
ボタンをしめずに、素肌に羽織っただけの半袖のワイシャツ。刺々しいスタッズのあしらわれたベルトには、蜂を意味する「Bee」と、英文字でブランド名が刺繍されている。
ワックスで遊ばせた黒の短髪に…人を小馬鹿にするようにニヤついた口角は見ていて気分を良くするような人物ではない。
「急に出てきて鈴々ったらビックリ〜!もしかしてぇ、鈴々のファンなのかなぁ?」
初対面において、第一印象は大事だ。
鈴々はワイシャツの袖をきゅっと握り、唇の前に指を据えながらファン、もとい…豚を惹き付け続けた視線で男を見つめる。
(なんだコイツ……どこから湧いて出てきたんだ…いや、問題はそこじゃねぇ。このガリガリ眼鏡が着ている制服は…東乱楠か!さっきのバイク男はこいつの仲間か…?だとしたら、最悪だ。狙いはウチなのか?)
内なる心で鈴々は観察をしていたが…先程のバイク男はもういない。どこかへ潜んでいるのか、周囲を見回すと…男はギザギザな歯を見せて笑った。
「ヒヒヒ……そう身構えなくても結構ですよ。まずは自己紹介から。はじめまして…ワガハイの名は蜂須賀 転助。織田軍所属であり、カシラ…織田 忠光の片腕です。」
「織田 忠光だと!?……あっ。」
織田 忠光…その名を聞いた鈴々は反射的に素が出てしまった。出所してきたのは本当なのか。
東乱楠高校旧校舎においてその場にいた一般生徒、ヤンキー問わず暴力を振るい、旧校舎に火をつけた男。
焼け残った旧校舎は、今でもヤンキーの溜まり場となっている。
蜂須賀は鈴々の素を垣間見ると、再びヒヒッと笑った。
「お気になさらずに。あなたが話しやすい方で構いませんよ。」
「チィ…おい、ガリガリ野郎!さっきのバイク男もてめぇの仲間か!?ウチのステージを台無しにしやがって!」
鈴々は眉間に皺を寄せ、声を荒らげた。織田軍とはいえ、一人。親衛隊を呼び戻せば勝機はあると、鈴々は踏んだのだろう。
(このガキ……)
ガリガリ、と言われ蜂須賀は貼り付けたような笑顔の裏側で鈴々に対し苛立つが、計画を伝えるのが先だと考え、続けた。
「その件に関しては申し訳ありません。ですがこのような場よりも、貴女にはもっと素晴らしい舞台が相応しいかと……」
「なんだと…?」
じとりと見上げる鈴々。雲が、再び月を隠した。
「結城 鈴々さん。貴女には我がカシラの勝利の女神となって頂きたい。」
消し炭のような暗い雲が、再び月を隠している。天気予報は台風の影響で一日曇り、明後日の夕方には大雨に見舞われるだろう。
結城 鈴々と話をつけて別れた蜂須賀は、付近の空き地で待ち合わせていた黒衣のバイク乗りと落ち合う。
「これでいいんだろう?」
先に口を開いたのは、黒衣の男だ。
「ああ、これで仁双楠三天女は葵 竹康を狙って東乱楠に来る。そこで"轢ッ殺し"を誘き寄せ、後はお前のしたいようにすればいい。ワガハイがきっかけをくれてやったんだからな。感謝しろよ?平蜘蛛高校……"火ッ転死"…松永 八雲」
八雲は隠れた月に目線を向け、光の消えたヘッドライトのような瞳を細めながら、こう呟く。
その眼光は、確かな闘争心を秘めていた。
「待っていろ……轢ッ殺し…酒井 早雲。」
翌日、東乱楠高校女子校舎。午前の授業を終えて、昼休み。
千代子は新たにできた友人達と昼食を共にしていた。
今日は親友の桔梗は休み。
メールでは、家の都合と言っていた。東乱楠高校の校長の娘である彼女にも事情があるのだろう。
「あ、葵さん。東乱楠デパートの新しいパン屋さんのパン、もう食べた?」
大人しそうな女生徒が、話題をふってくれた。
デパート……先日の騒動の渦中にいた事は黙っておかねば。
「え?あ、ううん……まだ食べてないの。」
「うっそぉ、パン好きなら千代ちゃん行った方がいいと思うよ。キャラメルデニッシュまじで美味いし。パシャスタ映えするし?っていうか千代ちゃんパシャ友になろうよ?」
「パ、パシャ…?」
教師、江頭を投げ飛ばした日から千代子に話しかけてくる人は後を絶たない。
将武・徳川 家康を手にしてからの千代子の周囲の変化は、凄まじいものだ。
友人ができたし、あおいベーカリーの客足も増え、そしてなにより…大切なモノが沢山できた。
友人、家族。東乱楠で得た仲間。二重生活は確かに大変だが、彼らを守れるような人になりたい。竹康としてではなく、千代子として自分からそう思うようになっていた。
兄は、葵 竹康は…今の千代子をどのように見るだろうか。
「葵さん聞いてっ!!大スクープ大スクープ〜!!」
元気のいい同級生の声が、教室のドアをガラリと開ける音と共に、千代子に掛けられた。
新聞部の、朝日さん。入部したてでネタ探しに奮闘する生徒に、千代子も目線を向けて首を傾げた。
「朝日さん、スクープって?」
「聞いてよ葵さんっ、この東乱楠高校に…なんと!アイドルが来るの!」
朝日の言葉に、クラス一同は騒然とする。
誰々?写メ撮りたい!と女子達の興奮した声が教室に響き渡る。
「隣町の仁双楠から結城 鈴々が来るって、さっき職員室で聞いちゃったの!学校でライブやってくれるらしくって!超スクープじゃない!?」
「うっそ!?あの鈴々!?パシャスタあたしもフォローしてるよ!」
「あ、あたしも!飼ってるマンチカンのブーケちゃんかわいいよね!」
話題についていけない…ミーハーな女子たちはアイドルと聞いて大騒ぎだが、千代子は頭上にハテナマークを浮かべながら聞いてみた。
「その結城 鈴々さんって、そんなに有名なの?」
「超有名人だよ葵さんっ!パシャスタグラムフォロワー5万人!デビューシングル『アテンション☆リンリン!』は、あの漫画家、ティム・ドンドン先生もリスペクトするくらい!あ、ティム・ドンドン先生っていうのは、少女漫画『恋して法隆寺!!〜あなたと一句、季語はラブ♡〜』の作者で…!」
「まってまって、朝日さん。脱線してるよ…!」
慌てて千代子が朝日を止める。語り出すと止まらない子なのだろう。落ち着いて、と苦笑しながら本題である結城 鈴々の話に戻すことにする。
「えへへ、ごめんごめん。でさ、鈴々って、ちょっと悪い噂も聞くんだ。トゥーチャンネルのスレとかも読んでみると、ヤンキーとも関わってるんじゃ…とかね。でも鈴々はプロフィールも、ちゃーんと公開してるしデマだと思うんだけどね〜。」
ところで!と朝日は机をパンッと叩き、千代子に迫る。
「有名人といえば!葵さんのお兄さんの…葵 竹康先輩!色々お話聞かせて欲しいなぁ。3年の榊原先輩を倒したこととか、この前の種子島犯津亜とかいうヤンキーグループを倒したこと!妹さんとしては……」
ピンポンパンポーン。
ここで、呼び出しの校内放送が鳴り響いた。
『2年、葵 竹康さん。2年、葵竹康さん。至急校長室まで来てください。』
なんというタイミング…!
そして、校長室!?まさか種子島犯津亜の件で呼び出しか!?
「あれ?葵 竹康さんって…」
「あ、あれーー?お、お兄ちゃんから電話だ!!ちょっとごめんね!」
とくに着信は無いが、竹康からの電話が来た、と見えるような演技をする。バレませんように、バレませんように…!
「もしもしお兄ちゃん?今呼ばれたよね?え、デパートで騒いだ時の件、お前もその場にいたんだから証人になれーって!?も、もーしょうがないなぁお兄ちゃんったら!!すぐ行くからまってて!……っと、というわけでみんなっ、また後でね!」
足早にカバンをもってドタドタと走り教室から出た千代子。ぽかーん……と目を丸くするクラスメイト達の中、朝日は記者の目をキラリと輝かせた。
「……怪しい。」
疾走する千代子。男子校舎と女子校舎は1階の保健室の前を通り過ぎた連絡通路から行ける。
途中の女子トイレで素早く着替えを済ませると、立て付けの悪い一番奥の開かずのトイレの中へ、隣のトイレから飛び込み侵入して、扉のフックへ引っ掛けて鍵を閉める。ここがいつもの隠し場所だ。
トイレから出て、校長室前に辿り着くと忠勝と虎徹、そして宇佐見と樺地の4人が既に待っていた。
「なんでお前ら、ここにいるんだ?」
竹康としての口調で忠勝たちに話しかけながら、呼吸を整えている間に忠勝が理由を口にする。
「この前のシマパンの件で呼ばれたと思ってな。虎徹とは途中で会ったんで一緒に来た。」
「で、この二人はどうしてもついて行きたいって聞かなくてね、僕が連れてきたんだよ。付き添いがダメとは言ってなかったからね。」
虎徹が宇佐見と樺地を指さしながら補足すると、2人は拳を握りながら千代子へ迫る。
まるで、合戦に向かうかのような面持ちだった。
「シマパンと戦ったのは俺たちだけじゃねぇってのに、タケの兄貴一人だけ呼び出し食らって怒られるなんてアオヤンの名が泣くぜ!」
「死ぬ時は一緒!お供しやす、タケの兄貴!!」
宇佐見、樺地の順で理由を述べた二人。
いや、死なないよ……と内心苦笑したが、一緒に怒られようという気持ち。
この場に榊原がいないのが3年生らしいというか…まあいいか、と千代子は一息ついた。
どうせ、またどこかでサカリバラだろう。
校長室の扉を開くと…ピカッと眩しい校長先生。日が差し込み、反射したおデコ。
男子生徒達からはキンカン先生と呼ばれ親しまれている。
天海 柑吉。東乱楠高校の校長であり、千代子の親友、天海 桔梗の父親だ。
「よく来てくれたね、葵君。この前のラクガキ騒動は…」
「タケの兄貴だけじゃあねぇぞ!!俺たちだってやったんだからな!怒るんなら俺たちも一緒に怒れや!キンカン先生よぉ!!」
「怒らねぇとシバくぞこら!!」
「ええと……むしろお礼を言いたかったんだけどなぁ…ラクガキも最小限に抑えることが出来たからね。」
冷や汗をキュッとハンカチで拭うと頭の輝きも増す。天海校長は怒るために呼び出した訳では無いようだ。ふと気づけば、ソファに座るツインテールの学生がこちらを見ている。
サングラスとマスクでよく見えないが…東乱楠の制服ではないのは確かだ。
「今回呼んだのはだね、彼女直々のお願いなんだ。君たちも知ってるかな、お隣町の仁双楠女学院の…」
「初めましてっ、葵 竹康さん!仁双楠からきました、結城 鈴々です♪」
「「りっ、リンリンんんん!?」」
ほぼ同時に、鈴々を指さしながら驚く宇佐見と樺地。
先程、女子校舎で名前を聞いた彼女が今まさにここにいる。千代子は、あまりアイドルに関しては知識はない。
朝日から聞いた情報はあるが、千代子にとってそこまで興奮するようなことでは無いのだ。
焼きたてのパンがオーブンからたくさん出てくる時のほうが興奮する…ぼんやりと千代子が考えていると、天海校長は言葉を続けた。
「結城さんがこの学校でライブをしてくれるそうでね、けどなにか起きると大変だから護衛を頼みたくて…葵君を呼んだのは、結城さん直々の志願なんだよ。」
「東乱楠ってぇ、ヤンキーさんの集まってるところだって鈴々聞いてねっ、この学校で鈴々のことを守ってくれる頼もしいお兄ちゃんがいれば、安心してライブ出来ると思って、強くてかっこいい、ヒーローみたいな人といえば…竹康お兄ちゃんかなー?って、鈴々は思ったの♪」
キュルンッ、と千代子に対して瞳を輝かせる鈴々。男ならばイチコロと言えるだろう……
現に、宇佐見と樺地は鼻の下を伸ばしきっていた。
「お、俺……ファンだったんだよ…生リンリンかわいいなぁ…」
「奇遇だな樺地…俺もだ。今度カラオケ行こうぜ。アテンション☆リンリン歌いまくるんだ…って!その前にサインだ!リンリンさんっ、あの…!!」
どこから出したのか、色紙を両手に持った宇佐見と樺地…を押し退けて虎徹が鈴々に握手を求めた。
「わぁ、こんな所で会えるなんて嬉しいなぁ。僕、デビューしたての時から大ファンなんですよぉ。あ、僕は1年生の井伊 虎徹って言います。竹康先輩には僕もすっごくお世話になってて…だから保障するよ、安心してライブできるって。結城さん、握手ってOKですか?」
「ほんと?鈴々うれしいっ♪井伊って、あの井伊グループかな?すっごいよね!ファッションの他にも食べ物とか、スイーツとか出してるし…なんでもできちゃうって感じだよね!鈴々ね、よくマネージャーさんに買ってもらうお菓子あるんだけどぉ…キャラメルとチョコが掛かってるポテチでね、ハート型で…すーっごく美味しいやつ!」
もちろんいいよっ、と鈴々は虎徹との握手を快く受け入れて、それを見ていた宇佐見と樺地は悔しそうに色紙の角を噛み締めていた。
鈴々に対して人当たりの良い笑みを浮かべる虎徹をみて、忠勝は呟く。
「さすがいい子ちゃん…」
「キャラメルってことはあれかな?新商品のチョコレートチップス!それなら今度、CMにも出て欲しいなぁ。父さんにも話してみるからさ!」
「やったぁ!好きなお菓子のCMに出れちゃうなんて、鈴々照れる〜!」
「あはは、顔が赤いよ結城さん。ところで、ライブはどこでやるんだい?カメラマンも来るだろ?」
握手をしながら、いい子ぶりを披露する虎徹。
手を離して話をライブに戻し、彼は場所を尋ねた。
「んーとね、生放送でライブやるからぁ…防音で、広い場所がいいなぁ。校長せんせ、視聴覚室、借りれるかな?放送室もお隣さんだよね?」
「えっ?あ、ああ。良いけど…でも、視聴覚室だと必然的に控え室がその隣の教室なんだが…男子校舎だよ?危なくないかな……」
「話は聞かせてもらったわッ!!!!」
突如校長室に響く声。一体どこから聞こえるのか。
この口調……まさか、と千代子は周囲を見渡す。どこから出てくるのか、そしていつから潜んでいたのだ…解体屋のバラ!!
ガチャッと音を立てて、天海校長のロッカーから犬耳と、赤い首輪と、犬の尻尾を付けた舎弟と共に現れた汗だくの榊原 村正。
どさりと倒れ、衣服の乱れた舎弟は…『おて……おすわり…うう…』と、うわ言の様に呟きながらぴくぴくと痙攣していた。
「そ、そこ私のロッカー……」
天海校長は硬直し、ポカンと放心状態…ああ、貴重な髪の毛が、ハラリと抜けてしまった。
「全くもう、ぞろぞろと来ちゃうから焦ってこんな暑いところに隠れちゃったじゃないの……まあいいわ、それより!視聴覚室周辺はアタシたち3年生の溜まり場だから安心するといいわよリンリンちゃん!この榊原 村正が、タケちゃんと一緒に不審者から守ってあげ…」
シュガッ、と榊原の背後に回り、腰に抱きつく千代子。頼もしい先輩に心ときめいたかしら?と榊原はニコニコ。しかし現実は非常である!!
「不審者はテメェだァアーーーッ!!!!」
「ノ゛ォオオオーーーーーッ!!!!!」
炸裂するバックドロップ!!漫画ならばDOOON!!などと効果音が付くだろう。
「「き、きまったー!タケの兄貴の必殺!アオヤンバックドロップ!!」」
千代子に賞賛を贈る宇佐見と樺地はまるで、屁のつっぱりはいらぬプロレスラーの技が決まり、喜ぶ子供のようであった。
「たっ、タケお兄ちゃんすごぉい!種子島犯津亜ってラクガキグループ倒したのもタケお兄ちゃんなんだよね?さすがだなぁ…ヒーローって感じでかっこいい!」
「ヒーロー、か…ありがとよ。結城。」
「リンリンってよんで?タケお兄ちゃんにもそう呼ばれたいなぁ〜♪」
がしっ、と腕を絡めて千代子にくっついてくる鈴々を、羨ましそうに宇佐見と樺地は見つめていたが、一切動じない千代子を見て、感嘆していた。
「すげぇ…アイドルにくっつかれてもデレデレしない兄貴かっけぇ……」
「馬鹿言え樺地。タケの兄貴ほどのお方となれば女の一人や二人こさえてハーレムだろうさ…女慣れしてるんだろうよ。」
「あれだけ強い妹さんもいることだしな……」
漢への道はまだ遠い……宇佐見と樺地は、二人同時にため息をついた。
「じゃあ…視聴覚室行くついでに校内を軽く案内するから来いよ、鈴々。」
「エスコートお願いねっ、タケお兄ちゃんっ♪」
一方、男子校舎屋上……
今日はまる一日曇り。いい天気。
降っていなければ、酒井 早雲にとってはいい天気だ。
屋上で昼食を終え、いびきをかいて仰向けに眠る姿の、なんとも呑気なこと。
日焼けして褪せてきた黒のキャップを被ったまま、早雲は気持ちよさそうに微睡んでいた。
そんな早雲の憩いのひと時は、鉄パイプが空を切る音により現実に引き戻される。
コンクリートの床を叩く鉄パイプは、先端が深々とめり込んでいる。
素早く横に転がり飛び退いた早雲が、間一髪の所で攻撃を避けたのだ。
浅くズレたキャップを被り直しながら、奇襲をかけてきた相手の顔を見る。
嗚呼、見慣れた顔だ。なるべくであれば、会いたくはなかった。
「見ないうちに平和ボケしたかと思ったが、そうでも無いようだな……」
「……永吉。」
森 永吉の襲撃を受け、早雲はサングラス越しに複雑そうな視線を彼へ向ける。
かつて、同じ道を共に走っていた彼ら。
織田軍として数多のヤンキーを屠り、そして総長、織田 忠光の服役と共に道を違えた男へ…
そして永吉が放った言葉。
それは早雲にとって…苦渋の選択を迫られるものであった。
「カシラのもとへ戻ってこい、酒井。」
次回も尋常に……将武。




