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お薬いかがですか?  作者: ほる
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081. モルガと獣人



 満月の夜は波の満ち引きが激しくなる。荒く波打つその海原を、一隻の大きな船が走っていた。


 奴属の首輪で縛られた獣人が数十人。頻りに鞭を打ち付けられながら休むことも許されず、船のオールを漕がされ続けている。


 鞭を持つのは貴族の男だ。ごてごてと宝石をあしらった生地の良い服は、くどい位に金糸で縁取られ、がなり立てている男が身に付ける事で、より一層趣味の悪さを強調していた。


「ええい! もっと早く漕がぬか!!」

「ギャンッ」


 男が苛立たし気に鞭を振るえば、運悪くその側で漕いでいた獣人の背が裂け血に濡れる。仲間が鞭を打ち付けられては唸り声を噛み殺し、獣人達は男を睨む事しか出来なかった。

 獣人達に填められた奴属の首輪。これには装着させた者の側から離れる事も、自決する事も、襲い掛かる事も出来なくする闇魔法の術式が組み込まれている。元々は罪人を一時的に拘束する為に、『異界の迷い子』が手枷として発案したものだった。


 それが今やゴルデア国では、より屈辱を与える為の首輪へと形を変えて、力が弱い人族が身体能力で叶わない他種族を騙し、労働力とする為に使われている。

 そして勿論、種族の関係なく奴隷制度というものは、世界条約で禁じられている筈だった。



「……なんだ、その生意気な目は」


 男が冷めた目で床に転がる女の髪を乱暴に掴み上げれば、焦げ茶色の艶やかな髪がぶちぶちと抜かれる音がする。痛みに堪え歪む女の顔を、男は愉悦の目で舐めるように眺めた。


「――ふん。従順な振りをするオマエも楽しませてくれたが、反抗的なのを屈服させるのもさぞ愉しめそうだ。なあ、モルガ。オマエは本当に、愚かでかわいい女だ」


 男がベロリとモルガの頬を舐めれば、モルガは男の顔に鍔を吐きつけた。


「……誰が、オマエなんかに」

「舌を噛むか? 噛めるのか?」


 出来もしないだろうと嘲う男の手が、モルガの首筋から胸元へと這っていく。込み上がる吐き気に顔を背けるモルガを愉快そうに嗤って、男は背後に控えていた従者に視線を投げた。


 その視線で恭しく一礼をして出て行った従者が手にして戻ったのは、小さな揺り籠のようだった。


「お前が探していたのは、これだろう?」


 男の言葉に、モルガも、そして獣人達もが一斉に目を瞠り、その揺り籠を見る。男の手で乱暴に首根を掴み上げられ持ち上げられたのは、ぐったりとした獣の赤子だった。


 獣人達は一斉に咽を唸らせ、首輪を断ち切ろうと暴れ出す。モルガは悲鳴を上げながら、男の脚に縋った。


「やめて……! 乱暴に扱わないで……!!」

「獣人なら赤子でも頑丈だろうに」

「お願い、その子に手を出さないで……!! 何でもするから……!!」

「何でもと言ってもなぁ。器にもならないオマエに、価値なんてある訳ないじゃないか。ただ見てくれの良い、使い捨ての飾りだろう?」

「っ……!!」


 男の言葉を聞いたモルガは己の無力さを呪い、一粒だけ涙を零した。魂が抜けた様に表情を失くし、力無く男の足元に膝を付いたモルガの耳元に顔を寄せ、男は楽しそうに追い打ちをかけていく。


「オマエには首輪を付ける必要も無い。どうせ何も出来ないのだから」


 高らかに笑い声を上げる男の足元で、俯いたままのモルガの口元が歪む。


「――――出来るわ」


 そう宣言した瞬間、モルガは男の股に手を伸ばした。男が逃げる隙も与えずに長く尖る様に整えた爪を立てて、力一杯捻るように握り潰す。


「っ……!? ぐうっ、あっ!? ……ぎゃあぁあああぁぁ!!!!」

「領主様!?」


 男はあまりの痛みに悲鳴を上げて、無様にも悶えながら床に倒れ込む。その悲鳴に慌てて主へと駆け寄る従者を領主と呼ばれた男へと突き飛ばすと、二人は縺れ絡まる様に床へと転がった。


 モルガはその僅かな隙に、領主の手から投げ出された小さな揺り籠を拾うと、艦板へと続く出入口に駆け出していく。そこには監視役の護衛騎士が一人、立っていた。


「貴様……!!」

「邪魔、しないで……!!」


 護衛騎士がモルガを捕えようと構え、立ち塞がる。モルガは揺り籠を守る様に抱え込むと、騎士に体当たりしてでも外へ出ようと身構えた。

 だが、その騎士は不意に横から跳び出した獣人の体当たりによって突き飛ばされて、壁に強く打ちつけられ、あっけなく気を失ってしまう。


 不安気に振り返るモルガの瞳を、獣人達はしっかりと見て強く頷く。そしてモルガの躊躇いを払うように一人が咆哮を上げれば、残る獣人達も一斉に高く声を上げた。


 その咆哮はビリビリと船腹を揺らし、船中へと響き渡って行く。


「……行け!!」

「お守りしろ……!!」

「我等が王の子を……!!」


 奴属の首輪を嵌められた獣人達が、モルガを囲み、壁となる。先程の咆哮で異常を察し駆けつけた護衛騎士達に抵抗出来ぬまま切りつけられ、次々に仲間が倒れても、獣人達は囲みを崩さずにモルガを船上へと連れて行った。


 だが漸く船上に辿り着いても辺りは黒い海が広がるばかりで、陸がどれほど離れているのかもわからない。


 生き残った獣人はモルガと赤子を除けば五名のみ。それも全員が気力だけで立っている状態だ。

 護衛騎士の剣に囲まれ、じりじりと船の手摺まで追い込まれた獣人達は、それでもモルガと赤子を背に庇い続けた。


「――残念だよ、モルガ……。オマエでもう少し楽しみたかったのに」


 前かがみに股を手で押さえ、従者に肩を貸させた領主がやってきた。


「――私はもう、うんざりだわ。オークみたいに腰を振るしか能が無いんですもの」


 モルガが心底嫌そうに鼻で笑えば、獣人達がどっと笑い声を上げる。護衛騎士達や従者までもが思わず肩を揺らし、噴き出すのを堪えていた。


「貴 様 らぁぁぁぁ!!」


 それに腹を立てた領主が剣を凪いで、肩を借りていた従者を切り付ける。突然間近から切り付けられた従者は抵抗する術も持たず、腕を切られ床に倒れた。


「ギャっ……!!」


 倒れた従者の腹に剣を突き立て止めを刺すと、領主は荒く肩で息をしながら獣人達の背に庇われるモルガを睨みつける。その眼は真っ赤に血走り、領主がどれ程怒り狂っているのかを表していた。


「――殺せ。器ごと殺して構わん」

「ですが、かの方は」

「早くせんか!!」


 領主の命令に、護衛騎士は躊躇った。己の命を遂行しようとしない護衛騎士に苛立ち舌打ちをすると、領主は自ら血に濡れた剣を振るい上げる。

 獣人達は盾となるべく身構えて、モルガはせめて揺り籠だけは守ろうと背を丸め、懐に抱え込んだ。



 ――ここまでか



 獣人達もモルガも諦めかけたその時、突然女の声がした。モルガとは違う、やたらと気怠げな声だ。



「女子供に、その扱いはないんじゃない?」



 領主が背後を振り返るが誰も居ない。「ここよ、ここ」と呆れる声に空を見上げれば、マストのてっぺんに人影が見える。月を背に顔も見えない黒い影に領主が訝し気に目を細めると、人影はバサリと大きな羽音を立てて、甲板へと降り立った。


 女の頭から生えた大きな黒色の羽は、まるで結い上げた女の髪のように畳まれる。その奇抜な髪形を目にし、領主は女が誰なのかに漸く気付く事が出来た。


「貴様……あの子供を連れて来ぬどころか裏切りおって!!」


 このフレスカという女は、かつて他国で気紛れに暗殺業をしていた。そんな女がこのゴルデア国で堂々と魔導具士として働けているのも、己が便宜を図ってやったからだ。商業ギルドに口を利き、その代わりに必要な時は恩を返させるつもりだった。

 実際、既に目障りな何人かはフレスカに始末させている。領主はゴルデア国の身分証明と引き換えに、フレスカという便利な駒を手に入れたのだ。


 なのに今回は違った。フレスカは依頼した子供に接触しても一向に連れてくる気配も無く、それどころか予定を変えてエルフごと攫う計画さえも、フレスカによって阻止されてしまった。


 怒りがなり立てる領主に、フレスカは詰まらなそうに首を傾げる。


「あら、一度だって領主様の依頼を受けた覚えはないわ。押し掛けて来て一方的に話すから、仕方なく聞いてたけど」

「何だと……?」


 領主の依頼してきたターゲットと、自分が標的にした者が偶々同じだっただけ。そのどれもが領主に負けず劣らずのクズ貴族達だった。本調子だったならば領主も標的にしていたとフレスカが言えば、領主は唖然と口を開いたまま固まった。



「それにあの子には恩が出来たの。あの子がその女を心配してたから、貰ってくわ。……私を騙した事は許さないけどね」


 フレスカが頭にそっと手を入れれば、次の瞬間には領主を除いた護衛騎士達が動きを止めた。首を覆う鎧の隙間から、先程までは無かった長い針のようなものが生えている。


「何をしておる! さっさと捕えんか!!」


 領主が動かなくなった護衛騎士を見回せば、突然動かなくなった己の身体に、護衛騎士達は混乱しているようだった。


 動けるのは五名の獣人とモルガと赤子。そしてフレスカと領主のみ。己の置かれた立場に震えながら再び視線を戻す領主に、フレスカは薄い唇でにぃっと弧を描く。


「ま……待て。そうだ、望むままのの金をやろう!! 欲しければ貴族籍もくれてやる!!」

「要らないわよ、そんなもの」


 興味が無さそうにフレスカが言えば、領主は焦りを隠さずに命を乞うた。


「領土……領土も半分やろう!! そうだ、王族にも話を付けてやる!! 王族お抱えにもなれるのだぞ!? な!?」


 王族の名を出せばフレスカが喜んで頷くと確信しているのか、領主は媚びるように笑顔を向ける。


 だがフレスカは心底嫌そうに顔を顰めて、吐き捨てるように言った。


「馬鹿言わないでよ。もうすぐ滅ぶ国の王に飼われたいなんて、誰が思うのよ」

「……ほろび、る?」

「――まさか気付いてないの? どうやってるかは知らないけど、あれだけ入って来る情報も出てく情報も操作してるくせに?」


 信じられないと呆れるフレスカに、領主は必死の思いで思考を巡らせる。だが一向に思い当らない。あの方の言う通り、上手くやっていた。アレがある限り、他国にこの国の中の事を気付かれる訳が無い。

 それに獣人の王の子供を攫ったが、そもそも家畜と変わらない獣人なぞ、どう扱っても文句を言われぬ筈だ。実際、獣人の国から証拠も無いのに抗議が上がっても、それ以外の国はだんまりを決め込んでいるのだから。


 思考に囚われ黙り込んだ領主に、フレスカはお道化るように肩を竦めて見せた。


「安心して? 領主様は、ちゃーんと法で裁いてもらうらしいから」

「私を裁くだと……? そんな事が出来るものか!! あの方が、あの方がきっと――」

「あら。蜥蜴のしっぽ切りって、お貴族様の嗜みなのでしょう?」


 フレスカの言葉に、領主は口を閉ざした。フレスカの言う通りだ。己もガルクスを切った。役に立たなければ、邪魔になれば、貴族は保身の為に血縁者でさえも切り離す。競りに参加していた貴族達も、今頃はこぞって保身に走っている事だろう。


「――は、ははははは! それもそうだ。あの方ならば、間違いなくそうするだろうな」


 突然笑い出した領主に、己もしっぽ切りされる可能性に気付き、とうとう頭が可笑しくなったのかとフレスカが片眉を上げる。


 ひとしきり笑い声を上げると、領主はぽつりと呟いた。


「――ならば尚の事、渡すものか」


 領主の呟きを拾ったのは獣人だけだ。ぎくりと身じろいだ獣人達に向かい、領主はにやりと笑う。不穏な気配に気付いたフレスカが口を閉じさせようと動くが、間に合わない。


 愉しそうに口を大きく開けて、領主は命じた。



「殺せ! お前達の王の子を!!」

「!?」


 奴属の首輪を付けさせた者の命令は絶対だ。どんなに心が拒否しても身体は勝手に動いてしまう。


「に……げろ……!!」


 やめてくれ、止めさせてくれと苦しみ呻き、鳴きながら、獣人達は今の今まで守っていたモルガと小さな揺り籠に、その牙を剥く。


 モルガは苦しそうに歪む獣人達の顔を見詰めながら涙を零し、首を横に振った。今尚、己の意思と反する身体に抗おうとしている獣人達を見捨てたくない。あの首輪さえ無ければ、彼等はあんな男の言いなりにならずに済んだのに。


 モルガは手枷を発案した『異界の迷い子』を恨みながら、唇を噛み締める。 じりじりと後退るモルガの背が、船の手摺に当たった。



「……!」

「ガアァァァァァ!!」



 獣人の鋭い爪が振りかざされたのを目の端に捕えながら、モルガはその身を黒い海へと投げ出した。











お読みくださりありがとうございます。ブクマ・評価も感謝です。

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