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お薬いかがですか?  作者: ほる
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077. triage



 まだ処置していない者が居ないかどうかの最終確認をして、バルドがこの救助活動の完遂を告げた。


「――これで、全部だな」

 

 まだ眠っている者もいるが、意識が戻り戸惑っていた者も今は何とか落ち着いている。皆の頑張りもあって、この部屋に居た者の中で死者を出さずに済んだのだ。マリールも、くしゃりと笑って皆を労う。


「お疲れさまでした……!」

「はあぁぁぁ……」

「良かった~」


 エレンとルルナは慣れない救命活動に余程気を張り詰めていたのだろう。二人背を合わせ崩れるように、床へと座り込んだ。


「――なかなかハードだったわね……」


 檻から出したり、薬を飲ませ回復を確認したものから浄化魔法を掛けたり水を飲ませたりと、やれる事はやれるだけやった。アエラウェも疲れ切った表情で壁に背を預けた。


 やっと訪れた安堵感に緊張の糸がぷつりと切れて、ホビット達も床にごろりと寝転がる。暫く息を整えた後、トートがそういえば、と、口を開いた。


「マリーちゃ~ん。確か青い薬ってさ、疲労回復にも効くって言ってたよね?」

「はいぃ……」


 トートに言われると、マリールは疲れを押し殺して青い薬瓶の元へと這い寄った。それから薬瓶にしがみ付き、精いっぱいの笑顔でこう言った。


「皆さんもおひとつ、お薬いかがですか?」

「……もらうわ」

「わたしも……」

「「くれ~……」」

「……甘いの欲しい」

「いただこう」

「頼む」


 マリールは皆の手に飴玉のような青い薬を握らせていく。配り終えれば自らも摘まみ、薬を高々と掲げて見せた。


「それでは~。無事救助を終えまして~。かんぱーい!!」

「「「「「「「かんぱーい?」」」」」」」


 マリールが薬を口に放り込むのを見て、皆も一斉に口の中へと放り込む。バルド達は飴のような薬は噛むと苦い粉が出てくると知っていたし、ルルナは初めてこの薬を渡された時「飲み込め」と言われていたので、ほんの少し飴の甘さを楽しんでから皆が一息に飲み込んだ。


 だが、イクスは齧ってしまったようだ。


「うぐっ」

「あー……ごめんなさい。噛むと苦い粉出てくるって言い忘れてました」

「いや、ポーションに比べれば問題な……んだ、これは……?」


 飲み込んだ途端に、先程まで鉛のように重かった身体が驚く程軽くなっている。信じられない思いで、イクスがなんとはなしに己の掌を見ると、心なしか手入れした女性の手のようにふっくらとして、掌にあちこち刻まれた小さな傷も、指先のささくれもきれいに無くなっている。硬い剣ダコも、心なし柔らかい。


 愕然とした表情で固まったイクスの横から、今度は気の抜ける声が上がった。

 

「あ゛ー……。マリーちゃんの薬初めて飲んだけど、こりゃ効くわー……」

「なー? 効果は目撃してるけど、実際経験するとヤっバイな!」


 まるで温泉に浸かった後に整体魔道具に座ったおっさんのような声を漏らすトートに、ラルムも頷く。

 傷をきれいに治して、その上疲労回復に勢力増強するだなんて盛り込み過ぎだと半ば信じていなかったが、疲労は確かに回復してしまった。しかも何だか気分爽快で走り回りたい気分だ。ちょっとエドナを追って領主館探索にでも行こうかと腰を上げた時、サルムが興奮したようにラルムの腕を引いた。


「ちょ、見てこれ! 二十年前の傷……!!」


 サルムは上衣を腹の上まで捲り上げて、右脇腹を指差した。ここにはつい先程まで、周りの皮膚を引っ張る様にして盛り上がった、十センチ程の一本の線があった。ダンジョンに潜っている時に、止せばいいのに人助けをして刺された傷だ。

 助けた奴らはサルムを刺して、収納鞄を奪い逃げて行った。持ち主が死ねば収納鞄の空間魔法は解除され、中身が外へと掃き出されるようになっている。それを狙って、初めから殺すつもりで刺したのだ。


 勿論、怒ったラルムとトートがそいつらを半殺しにして、サルムの鞄を取り返してくれた。だが結構な深さだったその傷は、サルムの腹に痛々しく残り、二十年経った今でも時々痛み、悩まされ続けていた。

 それが、痛みがきれいに無くなって、周りの皮膚を引き攣らせ盛り上がった肉が、ほとんど平らになっている。


「まじか!」

「……ほんとだ!!」

「わ、やめろおい! くすぐったいだろ!!」


 傷を確かめる為にトートとラルムがさわさわと腹を撫でるものだから、サルムは堪らず笑いながら身を捩った。それを見たトートとラルムは目を見合わせてニンマリ笑うと、嫌がるサルムの腹を撫で捲る。

 おかげでせっかく回復したサルムの体力が、笑い過ぎて少し減ってしまった。


「そうか、痛みがなくなったのは、あの時薬を飲み込んだからか……」


 じゃれ合うホビット達を見て、バルドも己の顔に手で触れた。右目の上から顎にかけ、醜く走った爪痕を触る。抉れた肉はそのままだが、引き攣られていた皮膚がなめらかになっているのは、サルムの古傷と同じだ。

 時折思い出したように痛むのがなくなったのは、マリールに口移しで薬を飲ませようとした時、誤って飲んでしまってからだった。


「――その傷も、治したいですか?」


 傷を撫で確かめているバルドに、マリールは少し残念そうに聞いた。顔に大きく残る痕は戦う漢の勲章のようで、「ワイルドな旦那様素敵! 抱いて!!」 と、思わせる、大事な萌えポイントだったのだ。

 だが、その傷もマリールの黄色い薬ならば、一度塞がってしまった部分を取り除けばきれいに治す事が出来る。青色の薬では痛みを取る事と皮膚の再生を促す事が限度で、黄色い薬のように欠けた部分までは修復再生出来ないからだ。


「――? 傷が好きなのか?」

「っいえいえ! 確かに旦那様の素敵要素の一つではありますが、それが無くても旦那様は素晴らしいものをお持ちですから!!」


 「特に筋肉とか、腕どころか肩とか背中とか、雄っぱいと呼ぶに相応しい盛り上がった胸筋とか、あげくにぷりっとしたお尻とか!! 素敵が止まらないぃぃ!!」等とはぁはぁしながら叫び出したマリールに、バルドは引いた。この突然訳の分からない事を言い出すのは、何とかならないものだろうか。


 次々と上がる傷跡報告に、アエラウェが心底悔しそうに口を開く。


「――しまったわ。美肌効果付きのを貰えば良かったわ……」

「あああ~確かに!!」


 エレンも残念そうに同意する。最近お肌が荒れやすくなって、くすんだ気がするのだ。青い薬+プラスならば、十六歳の頃のぴちぴちお肌に戻れたかもしれない。


 しかし続くマリールの言葉に、二人はがくりと項垂れた。


「青色の薬+プラスはギーアさん達のとこに置いてきちゃいましたから、今持って無いですよ?」

「……大人しく販売されるのを待つしかないわね」

「ですね……」


 失敗から出来てしまった青色の薬+プラスは、ギーア達によって青色の薬一粒入り飴の瓶詰作業を進められている事だろう。無事に帰って販売する事が出来ればいいなと、マリールはちょっぴり弱気になった。


「――それにしても凄いな。重症度別に目印を付ければ、確かに効率良く救助活動が出来る。 軍の衛生部隊でも是非この方法を取り入れたいものだ」


 イクスが目を輝かせてそう言えば、マリールは表情を曇らせた。


「――これは『トリアージ』と言って、元は私のいた世界でとある国の軍が考案したものなんです。色々と議論は残っていますが、災害時や大事故発生時に被災者が多く出た際、少ない救助者で効率良く救命する為にも使われていました」

「とりあーじ」

「重症度の高い順に、赤・黄・青〈緑〉で、黒は既に亡くなっている方、助かる見込みの無い方になります。本当は青色の薬も、前世と同じ緑色に着色したかったんですけど……」


 薬を開発するに当たり、師匠と共に抹茶や緑葉色野菜やら薬草やら藻等で色付けを試してみたが、養い親の「不味そう」の一言で悉く却下されて現在の着色に落ち着いた経緯がある。


 ちなみに彼女はマリールのちょっと実験心が沸いて作った、アレンジクレソンスープを一口飲んで以来、緑色のものが苦手になってしまった。緑よりも毒色を思わせる緑青の方がマシらしい。

 本当に申し訳ない事をしてしまったと、マリールはわがままボディの養い親を思い出していた。


 そんなしでかしメモリアルを反芻しているとは知らず、バルド達は皆、感嘆の息を漏らす。マリールの薬が色分けされているのは只単に効果の違いを示す為だと思い、深く考えもしなかった。だがそれ以外にも色分けする意味があったのだ。


 アエラウェはマリールから預かっていた薬の小瓶を自らの収納鞄から取り出すと、考え込むようにまじまじと眺めながら、マリールに問い掛けた。


「それで、マリーちゃんの薬には色が?」

「はい」


 だが、マリールの取り出したリボンは赤・黄・青だけだ。バルドは使われたリボンの束を見て、ぽつりと呟いた。


「黒は、用意してないのだな」

「……っ、はい」

 

 『黒』は切り捨てられた者に付けられる色だ。既に事切れている者も、息はあるが助けられない者も、同じ赤でも年齢や何らかの理由で後回しにされる者も、『黒』の印が付けられた。少ない救命者に少ない薬と医療器具。限られた時間の中で少しでも多くの命を救うには、命の優先順位を決めなくてはならなかった。


 けれど、元居た世界で救えなかった命も、この世界では救える可能性がある。だからマリールは、『黒』のリボンを用意していない。絶対に諦めないと、そう戒める為に。


 しかし、軍で行われる『トリアージ』は使える兵力を少しでも長く効率良く使う為に、軽症者を優先的に復帰させる。この事を騎士であるイクスに告げるのを、マリールは躊躇った。だが、今告げなくとも『トリアージ』の仕組みを軍で活用するとなれば、結局は同じ事になるのだ。元々その為に作られたのだから。


 強張った表情で黙り込み、己を見詰めるマリールに、イクスは訝し気に首を傾げるのだった。











お読みくださりありがとうございます。

ブクマも増えておりました。感謝です。



まだ…まだ続き書いてていいんだ…

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